【day2】(3)-[2]-(2)
「――イー・ルって国の黎明期がどんなものだったのか、真実はどうだか僕だって知らないから、一体、国の創始者が暴君だったのか名君だったのかも解らないよ。イー・ルを興した最初の権力者とその民衆は、ちゃんと神様の云う通りにしていたかもしれない。――もしかすると、創始者はともかく、何処かの時点に暴君が居たからこそ、後にサヴァナの民となる者は反乱を起こして、それに敗れ、放浪の民となった――イー・ルが世界に向けて発している主張は、もしかしたら真実なのかもしれない。だからこそ、『暴君に対しての抵抗』という都合の悪い部分の真実を隠すために、君達サヴァナをイー・ルは滅ぼしたいのかもしれない……そういう考え方だって出来る」
「……」
「勿論、イー・ルはサヴァナを『〝名君〟が治めていた平穏な国に混乱をもたらした〝悪者〟』と定義したがって、それを追放した自分達は正しい、と云いたがっているのだろうけどね。君達サヴァナの民がそれを肯定も否定もしないのは、『それが本当かどうかを知っている人間は生きていないんだから証明なんか出来ない』、歴史ってのはそういうものだと、それを解っているからだろう?」
「……まあ、そういうことだよね。第一、今のサヴァナには、イー・ルがどこにあるのかすら知らないまんま戦争始められちゃったって一族も居るんだから、殆ど『関係無い』んだ……イー・ルとは」
「もしかしたら『〝名君〟に反乱を起こして追放された』というイー・ルの主張が真実なのかもしれないのもそうなんだろう。かと云って、それを今の戦争の理由として正当化するのはお門違いだって、僕も思うよ。今更の動機付け、難癖だ」
「――」
「ただ、イー・ルにとって都合の悪い方――暴君に対抗した、という事実をもみ消したい、という動機がもしや向こうにあるのなら。あるいは、もっと単純に、イー・ルの主張は実は全くの作り話――後にサヴァナの民となるイー・ル人が『反乱を起こした』ってのは完全に嘘なのだけど、それを戦の理由の一つとして、事実として、世界に認めさせておきたい……そんな動機が、もしやあるのだとしたら、ね。実は、それもサヴァナの人と同じ思考から生じてるんだよ」
「同じって……」
再びリオンは口を尖らせた。そんなリオンに、ギンは微苦笑を浮かべたまま続けた。
「――『元イー・ル人の反乱民が放浪している』ということを、サヴァナの人達が肯定も否定もしない、それどころかイー・ルに対して何の感慨も無い……。ただでさえそんな無口な君達が、完全に居なくなれば、取りあえず残った側が後でどうとでも云えるじゃないか。それが真実の歴史として残るのかどうかは、それもまた世界中の〝己〟が名君または賢者、愚者、暴君のどれなのかに依るんだけども、イー・ルはサヴァナの人と同様に、それを解ってるんだ、『サヴァナの民が滅びさえすれば、真実を知っている人間が完全に居なくなる』『歴史ってのはそういうもの、生きてる人間が〝作る〟ものだ』――とね」
リオンはギュッと眉を寄せてムッツリと口を噤んでしまった。
「だからもう、イー・ルの黎明期ともなれば、名君が立っていたのか暴君が立っていたのか、それも、誰も知らないんだよ」
「……」
「でも」
ギンが苦笑を冷静な表情に変え、声も少し低くなり、真摯に続けた。
「――でも、少なくとも、アサギ君ちと現在のイー・ルは、全く性質が違う。それが、今話してる『支配者』の哲学さ、リオン君」
「……うん」
ギンの言葉を聞いていると、イー・ルを思い出した。だが、それはフリュス――「アサギ」にも当てはまることである。だけど、両者を一緒にしたくない、そんな複雑な思いが過ぎったのだろう……。ギンから真剣な声で「〝一緒〟ではないんだよ」と云って貰えたので、リオンは溜息混じりに頷いた。
「――それ以前に、もっと分かりやすい『一目置かれ方』はある。より動物的な、一番強い者こそ権力者っていうね――ただし、人間の場合、その『強い』の感じ方や意味が、本来なら他の動物とは大きく異なっている筈ってことなんだけど――」
「ああ……うん、一番解りやすいよね、それが」
「『トラブルが起きてから』とは違って……『最初から一目置かれている人がいる』、こっちのケースは、専制君主制の原初と云って良いかもね。その概念の原初、かな。『役割としての権力』より先に……というか『権力』が意識されるよりも前に、それを持つ者、『王』の方が先に『存在』した」
ギンはそう云うと、「ん、んっ」と喉を鳴らした後、コップの中身を飲んだ。
「愚者の集まりの中で役割としての権力が生まれたパターンだと、『権力者』も『愚者』の中から、後で決まることになる。この場合、比較的『名君』に近い人――もしくは、愚者の中に紛れていた実際に『名君』そのものである人が、周囲から推されてなるケースもあっただろうな」
「まあ、そうだろうなあ。いよいよ『民主的』っつうか」
リオンがそう云って、アサギも頷いた。
「ただ、『民主的』だったら、推された奴が拒否する権利だってあるんだよな」
「そうだね。それまでも『名君』としての資質を周囲には知られていたからこそ推されたのに、本人は『権力者』になることを望んでないってことが、あっても当然だろう。その時、『嫌がる奴にそんな役目を無理矢理負わせたら、結局はトラブルになるのかもしれない』ってことで、周りも納得してくれることもあるのは、そうしたケースの特徴だ。でも、それじゃ結局、『権力者』……纏め役が必要なのに生まれない恐れもあるから、やりたがってる者、つまり『立候補』を待つっていう――『選挙』の原型が生まれる。少なくとも僕は、最初から『立候補』からの『選挙』っていう方法が生まれてるよりは、先に『皆から支持』される人が居て、その人が無理だったときに、っていう順序の方がすんなり入ってくるなあ」
「それは……云えるかもしれませんね。さっきの例えに出てきた、『正義感は強いけど弁が立たない』ために手が出ることがある、っていう人は、先に『推される』ってことは無いでしょうけど、他に居ないなら、本人が立候補することはありそうですもの」
「ああ、それは云える。そんで、『いや、あいつにさせるわけにはいかないだろ』って思った別の奴が、やっぱり立候補して、他の奴らが選ぶって形が生まれた……そう思ったらしっくり来るなあ」
アサギが頷きながら云うと、リオンも同調した。が、「でも」と続けて首を捻る。
「――それって、『よりマシ』なのを選ぶって感じにもなっていきそうだから、やっぱ、『愚者』の群れで生まれる方法なんだなあ…」
しみじみとした声でリオンが呟くと、ギンが苦笑し、軽く肩を竦めた。それから、「〝民主的〟な方がそうだとして」と云って、先を進める。
「――『王』の場合は『名君』である者が『権力者』に、最初から、またはいつの間にかなっていて、後から『役割』がついてくる」
「……」
「サウザー領の成り立ちは、それこそ良い例だ。一体、タオ様のご先祖――初代領主ということになっている〝ハル・サウザー〟様自身に、自分が『権力者』である自覚があったかどうかは分からない。ハル様はただ、サウザーというお家に生まれた一人の〈魔術士〉に過ぎなかった。しかし、ハル様以前の時代で既に、周辺の他の家族が『サウザーのお家』をまず、地主さんとか庄屋さんとか呼ばれるような、集落における『リーダー的』な存在として信頼する感じになってて、それがどんどん大きくなっていき、『サウザー領』と呼ばれるほどの規模になった時、初代領主ということになったのは〝ハル〟様だった。つまり、権力者当人ではなく周囲が『名君』としての資質を持ったお家――そのなかでも当主、あるいは当主に近い誰かを自然と『権力者』にしたんだな。『民主的』な側と違うのは、それが『推す』という意味では無かった――周囲が『既に王として扱っていた』ってことと、拒否する権利がハル様には無かったのかもしれないってことだ。『お家』が先に何となく権力者だったからなのか。ただ――」
「――おい」
不意に頭の上から低い声が振ってきたので、三人ともが驚き、顔を上げた。
見上げると、訝しげな顔をしているチョウが立っている――座っている三人に対し、チョウは立っているから、いよいよ巨人を見上げているようだった。それでアサギとリオンが少々萎縮している雰囲気があったので、弟であるギンが、
「驚かさないでくれ、何か用?」
と口を尖らせながら云った。
するとチョウが目を細め、今度は呆れたような声で、
「何か用って――君らは、夕食を、食ったのか? 食後のお茶か、それは?」
チョウはギンと、アサギやリオンにも顔を向けて云い、それぞれの手元にあるコップを見やった。
えっ、と今度は三人が食堂の中を見渡し、ついでに窓の外も見た――既に陽光が全く無い。食堂内は、トレイに空の食器を乗せて下げようとしている者が多いようだった。まだ席に着いて食事をしている者は、最早疎らだ……。
アサギとリオン、ギンは顔を見合わせ、バツが悪そうな顔、あるいは苦笑をチョウに見せた。
ギンがやはり代表して、
「いや、話が弾んでしまってね……、まさかこんなに暗くなってるなんて。声を掛けてくれて良かった」
と答えた。チョウがやはり呆れたような顔をして、
「……早くしないと、鍋が空になるぞ」
そう云って、テーブルから離れていった――そのまま食堂を出て行ったので、チョウ自身は食事を済ませているらしい。自分が食堂に入った時から出て行くまで、お茶のコップを手元に置いたまま熱心に議論している三人を気に掛けつつ、最後には不審に思ったのかもしれない――もしかすると、会話の中に自分の名前が出てきていたのが時々聞こえたりもしていたのか……、普段なら、自分から誰かに「特に用も無く」声を掛けたりはしないのに、チョウから「おい」とは何とも珍しいことだ――。
チョウの後ろ姿を見送ってから、ギンが若い二人に顔を向ける。
「お開きにする?」
そう訊くと、リオンが目を見開いてぶるぶる首を振った。
「そんな、酷ッスよ、半端なところで。ギンさんだって、気持ち悪くないンスか、続き云わないまんま」
ギンは再び苦笑し、
「……じゃあ、食事しながらにしようか」
と提案して、腰を浮かせた。




