【day2】(3)-[2]-(1)
「まあ――『原初』って考えたら、先に生まれたのは『行政』や『司法・立法』を区別はしない、まだ『権力』という名前もない強制力として、漠然としたもの・大雑把なものだったと思うよ、先に『法』と『行政』を分けてしまったから前後してしまったけど。実際、現在でもフリュス村のように、そこまで規模が大きくなければ、そんな『細分化』はしなくても何とかなってる訳で。――何て云うか、まず『法』っていうほどでもない集落の『決まり』があって、その『決まり』に基づいて『窓口』――『集落に関わる仕事』が生じる。どちらが先とも後とも付かず、何にせよ『秩序』『平穏』のために発生した権力だね」
「でも――ギンさんが最初に云ったよね――人それぞれ『己』が『名君』でさえあれば、そういう権力は発生しなくても何とかなってた……」
リオンも、独り言で自分に確認するようにそう云って、ギンが「そう」と頷く。
「僕達が『愚者』であることに由来するのだろうと云ったのは、そういうことだ。皆が皆『名君』や『賢者』であれば、個々が衝突しかけた時に、第三者による強制的な仲介や調整を必要とせず、お互いの理性を用いるだけで『始末』が出来る筈だ。さっき少し云ったね、『グレーゾーン』を『白』に近づけることが、権力無しにも可能だってことさ。そうでなく――人がすべからく『愚者』であったとしても、まばらに生息していれば、そこまで大きな『権力』というものが生じる余地は無かったかもしれないんだけど、悲しいかな、やっぱり人は脆弱だ。まずはそもそも、単独行動が可能な『形』をしていない、生態として群れを成さざるを得ない生き物なんだが、最低限の群れ――『一つの血縁家族』だけで大型の肉食動物の脅威を避けられるとも思えない。虎のような単独行動をするタイプなら兎も角、獅子のように相手も群れだったら、同じ規模の群れだと不利――っていうか、絶望的だよね。近親者以外のペアを作る必要もあるのだから、ある程度の大きな群れにならざるを得なかった、あるいは別の群れ同士の交流を持たざるを得ない。しかし、大きな群れになるほど『愚者』が増える、そうした……悪循環というか矛盾というか」
「ギンさんが『卵が先か鶏が先か』って云ったのはそういうことだったんだ?」
リオンが訊ねると、ギンは「ああ、いや…」と首を振った。
「それは、そういう意味で云ったんじゃないよ」
ギンが手も振って苦笑する、リオンが「あれ、そうなの?」と拍子抜けした風に首を傾げた。
「でも、リオン君の受け取り方が間違ってる訳じゃないよ、そういう『無けりゃ無くても大丈夫だったのかもしれないもの』が『権力』なんじゃないか、って話は、その通り」
「ああ、うん……」
「しかし、僕らが生まれた時代はそうした原初の時代では無く、この世には既に『権力』というものがあって当たり前である、ということが一つ。また、その『権力』自体が、もしかするとそうした具体的な『役割』の認識以前に自然発生していたのかもしれない、ということが一つ。それが『卵が先か鶏が先か』」
「『権力』が『役割』の前に……?」
アサギが首を傾げると、ギンが何だか含みのある微笑を彼に見せた。
「さっき例えばの話で云ったのは、どっちかいうとユピタ=バルムのような民主制国家の原初ってことになるかもね。『愚者』の群れの中で、混乱が生じてから、それを解消して秩序を取り戻すために生まれた『役割』――『権力』」
「……はあ…」
「そうではなく――権力というより、権力者が、先に生まれている群れがあっても不思議ではない、っていうことなんだよ。即ち……その群れ、集団の中に、既に『名君』が傑出して居た場合」
「――」
アサギがリオンと顔を見合わせて戸惑いの表情を見せた。さっき見せた含みのある微笑は、そういう意味だったのか――? リオンがアサギの代わりに訊ねる。
「……もっかい、アサギを『名君』に喩えるんスか?」
「そういうつもりじゃなかったけど、じゃあ、そういうことにしようか? ――ただ、僕が今云ったのは、さっきまで云ってた『名君』とは少し趣が違うんだよな…」
「?」
「――名君に喩えるって云うと混乱しそうだから、取りあえずそれを忘れて、アサギ君を『権力者』、またはこれから『権力者になる人』として『例』になって貰うことにしようか。――ああ、アサギ君、そんな恐れ入るような顔するもんじゃないよ、君は実際、フリュス村に帰れば権力者の一人じゃないか」
アサギが困ったような顔をしていたので、ギンが苦笑して手を振った。
「話を戻すと――とある『群れ』、集団・集落があるとする。個々が『名君』であれば第三者の仲介を必要とせずに混乱を避けることが出来る……って今云ったけど、仮に――取りあえず僕とリオン君で『愚者同士』のトラブルが生じたとしても、仲介をしてくれる『第三者』のアサギ君が『名君』であったらどうだい?」
「んー……」
リオンが腕を組んで、ちらりとアサギを見てから首を捻る。アサギからも直ぐには答えが出ないので、ギンが補足するように続けた。
「この場合の『名君』には、『お人好し』の要素が無いと考えてみてごらん。狼の群れのリーダーが、殺しこそしないが子供を教育するために首根っこを強く押さえたりもするように、云うべき時は強く怒鳴りもする、『ケンカが強い奴こそエライ』と思っているような者に対しては実際に拳を交えることもあるし負けない、だが、怪我をさせたときにはちゃんと謝りもする――そんな面もある。その時誰が見ても、その『名君』は間違ってない、と思えるような客観的判断も下した上でだ。『わるいものは悪い』ていうふうにね、例えば自分の血縁には優しいが他人には厳しい、とか……そんな『贔屓』っていうのも無い」
「あー、そういう人なら、〝一目置かれてる〟感じになりますよねえ……、トラブルが起きかけた『愚者同士』も、その人が出てくる前に『自分達で何とかしよう』って考えようとするかも」
「そう。で、これは、明確な『役割』としての『権力』が生まれる以前に、『権力者』に近い人が既に居るって状態だよね」
「ああ、成る程……。人が集まって『決まり事』を明文化させるよりも前に、アサギ自身が『法律』、って認識にもなってるかもしれないし」
「うん。で、この〝一目置かれる〟っていう感じが、必ずしも、さっき云ったみたいな解りやすい『名君』のイメージとは重ならない、そんなこともあるだろ?」
ギンはそう云ってから、何故かアサギに先ほどと同じような笑みを見せた。
「アサギ君、君は『フリュス村』のフリュス家――教会のお家に生まれた『権力者』だよね」
「は、はあ……」
「つまり、そういうことさ。――個々による直接的なトラブルを仲介する『第三者』としての行動を執らない『権力者』が居る群れも、恐らくあったんじゃないか――行動を執らないと云っても、本人が積極的・自発的には、という意味でね、誰かから云われたら腰を上げる、っていうか」
「――行動を執らないのに、権力者?」
「神官や巫女、あるいは、預言者・占術師、あるいは医師・薬剤師、あるいは――魔法使い。そういった……『人格』『人徳』って意味の『名君の資質』というより、『特殊な能力を持った人』が最初から『権力者』として群れを率いる立場になっている、というパターンだよ」
「ああ……」
ギンの表情の意味はそういうことだったのだ――それにも納得して法師でもあるアサギが頷く。
「想像だけど……――人格の方も含めてのことになるだろうけど――、国や自治体、それに準ずるくらいの組織の権力者、〝トップ〟を『指導者』って呼ぶこともあるのは、その辺りからなんじゃないかなあ、名残とでも云うか……。ただちょっと頭が良いとか出来た人柄ってだけじゃなく、上から目線で『指導』が出来る『何か』を、傍から見て明確に、『能力』として持っている者……っていうか…」
対して、今度はリオンが複雑な顔――いや、何となく不快そうなへの字口で腕を組んでいる。
彼の心境が何となく伝わってきたので、ギンが云った。
「イー・ルは、そっちのタイプから発生してるね、恐らく」
黙ったまま、リオンが一層ムッツリと口を引き結び、否定はしないが頷きもしない。ギンはそんなリオンに気付いているが、彼に、直ぐには言葉を掛けず続けた。
「……ミンジュリー王朝もそっちのタイプから発生してる筈で、今も『形式としては』続いてる筈なんだけど、僕らの今と直接には関係無いし、本質は完全に失われてるというか……文字通り『形』だけ、形骸化も甚だしい実状だから、置いといて――」
するとそこで、リオンが口を尖らせたまま、
「俺、イー・ルだって、本質を守ってるとは思えねえよ、ギンさん。俺さ、別に奴らが『神様の云う通り』なのはどうでもいいんだよ、ただ、『ホントにおまえらの神様はそんなこと云ってっか?』とか『おまえんちの政治家が、イコール神様じゃねえだろ?』とか思うから、何かむかむかして……」
ギンの言葉を遮るように、そう云った。ギンは「判ってるよ」と云うように頷いてから、
「それでも、イー・ルは、『信仰』がダイレクトに『国の体制の基本』となってることに違いないよ。『まつりごと』って言葉の中に、『祭祀』って意味が、まだ実際に含まれてる。だから、『神の声を聞く』能力を持っていると思われている者が、『導師』……文字通りの意味で指導者であり権力者だ。……ミンジュリーの場合は、本当に表面だけってことでさ、『王』が『祭祀を司る者』であるという形式は守ってるんだが、『政治』の実際から『王』と『祭祀』が切り離されてる。国家の体制の基本……為政者にも国民にも、『本質的な信仰心』は無いんだ、イー・ルと違って。――そういう意味で、『置いといて』だよ、リオン君」
「……」
まだ納得出来ない、というふうにむすっとしているリオンに苦笑を見せ、ギンは「だから、ね」と続けた。
「前置きとして、必ずしも今の僕らが思う『名君』の趣とは重ならない、とも云ったんだよ。――そういう……シャーマンや預言者、魔法使い等、大きく『オカルティスト』の部類に入る者が権力者である場合、原初には多分――『生け贄』という風習を持っている群れもあっただろうから…ね。『権力者』がそれを決めたりって指示をすることになるだろうが、その『強制執行』は僕らから見て、とても『名君』が行うこととは思えないだろう?」
「あ、ああ……うん……」
ふて腐れていた顔を戸惑いに変えてリオンが「それは、解る…」と頷く。




