【day2】(3)-[1]-(6)
「恐らく、チョウみたいにデッカくて強そうな奴が此処に居る間は、黙ってたって、『蓄え』の提出をごまかそうとする人も出てこないだろうし、互いの世帯の『手伝い』を、自分の都合だけでサボろうとする人も出てこないだろうな」
「あ~、そりゃそうでしょうねえ」
リオンが大げさにウンウンと頷いた。
「事務方ってより、オマワリさんが居るみたいッスもんね」
ギンが「そうだね」と云いながらクスッと笑う。
「ただ、僕んちからすれば、チョウみたいな『人手』を此処の専任にされてしまったら痛手だ。第一、この『窓口』の業務自体は、必ずしもチョウみたいなのじゃなくても良く、子供でさえなければ大抵誰でも出来そうなことなんだしね? だから、まだ権力を持つ前の『窓口』は交替でやっていた、と想像してもいいんじゃないかな」
「ああ……そうですね。そうでなければ、『お礼』を越えて、ちゃんと『収入』と云えるほどの報酬が、チョウさんに支払われるべきだとも思います――となると、その『窓口』の仕事は一層『職業』として確定もされますね」
「それも云える」
今度はアサギが頷きながら云い、ギンも頷きを返した。
「それが『職業』として確定的になる前、ごく素朴な『役割』に過ぎない間は、僕んちが困るから、せめて交替にして欲しい訳だよ。――じゃあ、チョウの任期が終わった後、――こう云っちゃなんだけど、アサギ君がその『役割』に就いたとしてね。その年の『蓄え』にあたる分を、黙ってても皆が窓口に持ってくる、っていうふうに……なるかなあ?」
ギンはアサギの顔を見てそう云った。たじろいでいるアサギに微苦笑を浮かべてから、ギンはリオンに顔を向けた。
リオンもアサギの顔を見て小首を傾げ、ギンと同じように、「こう云っちゃなんだけど」と前置きをした。
「正直、『黙ってても』『皆が』ってのは、アサギの時には無理だろうなあ……。催促されるまでは忘れたフリしてたりして」
アサギは「反論できない」と云うふうに、一度目を伏せてしまった。そんなアサギに、ギンとリオンは苦笑を交わし、ギンがアサギを軽く指さして、
「だから、アサギ君には権力が要る、って話になってくるわけさ」
そう云った。アサギが戸惑って「はっ?」と首を傾げる。
「実は、こうした集落の例えで云うと『名君』と『暴君』はとても分かりやすい。名君は『いい人』だから慕われる。暴君は集落の秩序を壊すから嫌われる。――小さな集落に於いては、嫌われると『致命的』だ。ごくシンプルに、集落に居られなくなるから」
「ああ、それは云えます。分かりやすい……というのは尤もです」
今度はアサギが大きく頷いた。
「――『愚者』は分かりにくい……というか、バラエティに富んでいるので複雑になる。集落に居られなくなるほどではない――他の人が我慢しているが故に集落に取りあえずは居られてるが、利己的な主張が多いものだから好かれてはいないという者が居たり、集落のためになることは率先してやろうとする利他的な人なんだけども、それが『八方美人』や『優柔不断』に繋がってしまうことがあるので『名君』ほどには慕われない、とか。――行動の具体例を云うと、『収穫の手伝い』で……、自分ちの日付は一回決めたら他の人の都合は聞かず変更しようとしないのに、他の人が決めた日付には文句を云うとか、渋々手伝うことになった場合には後々その恩を売るような発言を繰り返す、とか……。利他的ではあるんだけど『イマイチ慕われてはいない』という人の場合だと、複数の家庭の手伝いを同時に予定しているものだから途中で抜けたりするので結局は余り当てにならない、とかさ――その抜け出した先が『好かれていない人』のところだったりしたら、また印象悪いよねえ――」
ギンが苦笑混じりにそんな例を出すと、アサギとリオンが「あ~…」と溜息をついた。
「他にも色々とバリエーションはあるよ、さっき云ったのが一番分かりやすい話だね、『税』――『集落を維持するための蓄え』の提出を免れようとする、免れた上で尚集落に居ようとする『ずるい』人が出てくる可能性は、既に想像が付いてる。そうなると、さっきの『名簿』が役に立つし、重要な役割を持ってくる。即ち、個人や世帯の『収量』についても、畑の面積を調べるなりしてある程度の把握をしておく必要が出てくるだろう――提出してもらう『蓄え』の率が世帯の人数や年齢層と収量のバランスを全く考慮しない一律だったら、その方が余程不公平だものね――」
「ああ……そうですね」
「他にも、そうした『ずるい』人とか『暴君』間際で利己的、自分勝手な人に対して、『正義感は強いけど弁は立たない』ような人が食ってかかって揉め事が起きる、とかさ。『正義感が強い』ことは悪いことではないけど、そういうのは『名君』とは云いがたく、『愚者』…って云い切っちゃうのも可哀想な気がするけど、やっぱり『愚行』ではあるもんね――彼の行動が結局集落内の秩序を壊す可能性があるんなら、誰かが仲裁したり、そんなことが起きるより先に、前もっての『調整』とか『基準』が必要になる」
「でもそれを、チョウさんならまだしもアサギが、やろうとしたら『なめられる』……」
リオンが独り言の口調で云うと、ギンが苦笑して、しかし「そう。アサギ君だけじゃなく僕も多分」と頷いた。
「本当なら、『名君』というほどにまで理知的な部分やカリスマ性は無くても、誰がその役をしていようが、集落に混乱は起こさない程度に利他的な部分、云い替えれば『最低限の協調性』が、全員に有ればそれが一番良い。自己を犠牲にしてまで利他的である必要は無いんだから、どうしても納得出来ない『決まり』は、見直しを申し出るとか、皆に納得出来る形で便宜を図って貰えないかと――要は、話し合えば良い。それで集落が平穏であれば良いんだが――」
そこでギンは、卓面の縁をなぞるように、クルッと指で円を描いた。
「ある程度のこぢんまりとした集落なら、『窓口』だけでなくお互いの目……監視もあるから、混乱が生じるほどに『利己的』な者が出て来た場合――例えばアサギ君が『窓口』の任期に在る時に狡いことをしようとした者が居て、アサギ君本人はなめられるとしても、チョウが隣人としてちょっと睨めば大丈夫かもしれないでしょ――そもそもの話、その『なめてかかる』というのも『愚者』だからこそ、理知的でないから、なんだけどね。自分より『弱い』と思ったら勝手に上下を作る、勝手に自分を優位に置くっていう。そんなこと『やっていい理』は存在しないってことが解ってないんだな――。でも、その集落、単位としての集団が大きくなってくると、そうはいかなくなってくる。『狡いこと』のほうを協調してやるような隣人同士、なんてのも生まれる可能性だってあるしね」
「ああ……」
アサギが溜息をつき、リオンに顔を向けて苦笑を見せた。リオンも「サンハルさんが云ってたな」と笑った。
ギンがそんな二人に「ん?」と首を傾げる。
「会議の前に、サンハルさんとお会いして少しお話したんです。――サウザーの政治的会議って傍聴希望の方が凄く多いようですから、それに感心して……」
「サンハルさん、『人間、誰も見てないと思ったら悪いことをするもんだからな』って、その時云ったんだよ。だから、『市民に見張って貰わなきゃいけない』って。それ思い出した。自分で云うかね、って話でもあるけど――そういうことだよね」
ギンが「成る程」と頷いて、「そうだね」と笑みを見せた。
「そう……。誰も見てない、誰からも叱られないと思ったら、人間、『悪いこと』をしたがるもんだ。その『悪いこと』の定義すら、自分の良いように解釈する者が出てくる――それを『悪い』と定義する『決まり』が無いなら、それは悪いことじゃない、っていうふうに」
「ああ……、解る。『違法じゃない』ことは『悪くない』と思ってる奴な。さっきギンさんが云った『暴君』の定義だ、自分が富むことだけが〝正しい〟と思ってるような奴には、それを〝悪い〟って云う決まりが要る……」
リオンが溜息をつきながらそう云った。ギンが頷き、肩を竦めてみせた。
「そう。本物の『暴君』は『決まり』以前に『自分が正しい』と思ってるから――ちょっと語弊があるけど――法があっても無くても彼自身には余り関係ない。でも、そこまで行かない『愚者』は法自体が必要悪であることを理解してないからね、自分がその『法』を作らせてることに気付いてない。もともと世の中は『グレーゾーン』に満ちていて、出来るだけ『名君』や『賢者』に近づきたい『愚者』ばかりであれば、それが『白』に近いグレーであり得るんだけど、それを『黒』に近づけようとする『愚者』が結局、法を作らせるんだよね。……もっと云うと、『合法』であれば『善い』と思っている愚者も居て、こっちはかなり危険だ」
「危険?」
「法律が無くては善悪の区別が付かない、って云えるから、もともとの人間性が危ない」
「ああ…そうか」
「それに――というか、『だから』かな…、権力者――この場合『立法』に携わる者――の方が暴走した時、それを止められない。どんな悪法にすら従ってしまう。そして、そんな自分を『善』だと胸を張るんだよ――怖いだろ? 『もとから無法者』とは危険性の質が違うんだ、そっちは自分を、『正しい』と思うことはあっても『善』だとは思ってないからさ」
「あ~…」
リオンが呆れたような溜息をついた後、「分かる」と頷いた。
「ああ、ちょっと流れが逸れちゃったね、御免。今は純粋に、原初の、あるようなないような『決まり』のことを云ってるんだから……――まあ、大多数の『愚者』は、自分でそういう理屈っぽい分析をしてないだろうけどさ、『決まりを破る』にあたって必要なのは、たった一言単純に『バレなきゃ良い』という短慮だけ。だからこそ『愚者』なんだ」
ギンは苦笑した後で、流れを取り戻すきっかけなのか、一度咳払いをした。
「どう考えてもそれは集落にとって『損失』や『混乱』でしかないようなことをやる……集落が大きくなるほど、そうした『愚者』が増える。すると、それを悪いことだと云うための『決まり』を作らなきゃいけなくなるし、誰かが見ているとしても、その『誰か』が、チョウなら兎も角、アサギ君や僕のように『なめてかかって屁でも無い』タイプだと、結局、集落に混乱をもたらす恐れがある――となると、『窓口』が行う仕事には、誰がその役に就いたとしても、強制力が必要ってことになってくるから――」
「『窓口』に『権力』が生まれる訳ですね……」
アサギがしみじみと頷きつつ、独り言のように呟く。
ギンは、「そういうこと」と云った後で、苦笑を浮かべた。
「何せ、既に権力を持っていても、舐められる時には舐められるしね、僕みたいなタイプは。――アサギ君はそういう経験無い? フリュス村って、『警察』みたいな役割もフリュス家と、委託の人達でやってるんだよね?」
「え、ええ……」
「例えば、何かちょっと狡いことしてそうな人のところに話聞きに行った時、スオウさんやユカリちゃんなら素直なんだけど、君が一人だったら何となく馬鹿にされてる感じがしたり……とか」
苦笑を浮かべたままギンが云うと、「ああ、そういう意味ですか…」とアサギは溜息混じりに合点し、やはり苦笑を返して「ええ、無くは無いです」と頷いた。
ギンの言葉に、リオンが一度目をぱちくりとする。「ユカリ」……ああ、そう云えば、昨日ルナールがアサギを呼び止めた時にその名前が出てきた。女性の名前だと思ったのに、アサギが「小兄」と云ったから少し驚いた。――ギンの話の流れからするに、ということは「ユカリ」は、そういう名前だけれども「なめてかかって屁でも無いタイプではない」ということなのか…。そう思い、再び軽く驚いた。




