【day2】(3)-[1]-(5)
「特に『他と比べて己が』って意味でね――いや、それは『暴君』とはちょっと違うか、『暴君』は純粋に己が富むことこそ正しく、際限がない。己自身が満足するまで富むことを望む、そしてそのために他を全く気にしないってのが完全に『暴君』だな。他と比べて己が富むことを望むのは『他』という基準があるから、それより上に行けさえすれば踏み留まれるという点で、ほぼ暴君の『愚者』かな――ただ、その『基準』の方を常に更新するもんだから、本物の『愚者』は踏み留まれず『暴君』に近づいて行くんだけど」
その表情は皮肉めいているようにも見えたが、寂しそうでもある。――先ほどと同じように、アサギとリオンも、はあ…と溜息混じりに「分かります」と頷いた。
気を取り直して、と云う風に一度軽く首を振り、
「どちらにせよ……他者を気にせず、あるいは他者と比べて、己が富む、それを実現させるのに一番解りやすいのは――服従させるという意味の『支配』だ。『暴君』なんだから、〝努力〟とか〝学習〟とか、そういう発想は無いさ。そういう発想が無いからこそ『暴君』なんだよね――支配するための努力なら別かもしれないけど。で……そうした『暴君』のもう少し具体的なやり方は、色々あるだろうね。僕の提案を拒絶したリオン君に腹を立てて、まずはリオン君から『家来』にしようとするとか。いっそのこと、リオン君に声を掛けることも無く、もう最初っから『アサギ』君のところに押しかけていって、ただ奪い、『支配』する。『支配』してから、――『リオン』君と『アサギ』君が友好的であることを利用して、人質のような扱いにして、リオン君のことも『支配』する」
ギンは自分のコップをアサギに近づけ、彼が握っているコップを取るふりをして、自分のコップに中身を移すような仕草をし、同じようなことをリオンのコップに対しても行なった。
「ただ、今話してるのは、『個人』――『己』を国に見立てた上での例え話だ。となると、今僕が云った、『暴君』による『アサギ』君への襲撃と略奪は、単純に云えば『泥棒』『強盗』『脅迫』だよね。――するとここで、一番分かりやすい権力が顔を出す、即ち、『裁き』……『司法』」
そう云うとギンは、コップの上に指を立てた。アサギとリオンが「ああ、成る程……!」と此処では大きく頷く。この例え話が一体どこに着地しようとしているのか、分からなくなりかけていたのだ。
「『人間』がこの世に生まれて後、こんな『暴君』の暴挙を指くわえて見てるのが当たり前だったようなら、僕らはとっくに生まれてないだろうな――人間は個体で見ると動物の中でもかなり脆弱だ。まず『名君』が絶え、次に『愚者』が絶えたら、最後に『暴君』が共食いを始めるだろうが――虎、狼、獅子、そうした肉食動物の前でそんな暢気なことやってるようなら、『人間』自体とっくに途絶えてる筈だけど、僕らは生まれた」
「――何処かで、少なくとも『暴君』を制御するための『権力』が生まれたから…」
アサギが独り言のような口調で云うと、ギンが「うん」と頷いた。
「どんなに『暴君』が、自分の富、利益のために他人の犠牲を厭わないことを『正しい』と考えていようが、それを『悪い』『間違っている』と云うために『裁く』という行動、司法という権力が必要となる訳さ」
「分かります……」
「当然、司法のためには立法が必要なんで、纏めて『法』と云っちゃってもいいね。じゃあ、三権で云うともう一つの『行政』はどんな感じで生まれたのか、想像してみると……」
ギンはテーブルの外枠を指でなぞるように、ぐるっと輪を描いた。
「このテーブルを、ある集落――農村とでも考えてみようか。今度は、三人とも『愚者』として」
ギンがそう云うと、アサギは「ほっ」と息を吐いた。
「それぞれが開墾する土地をどう割り振るか、水の分配をどうするか、とかの『決まり事』は『法』ってことになってくるから、取りあえず今は忘れておこうね、それは『暗黙の了解』っぽい感じで『あるような無いような』状態だと前提して話を進めてみよう。例えば、この農村では作物の植え付けや収穫を、日をずらしながら皆が協力してやっているとする。仮に、僕が二日に小麦の収穫をすると決めて、何日か前にアサギ君とリオン君に『二日に小麦の収穫をするので手伝って』て云う。それで二人は来てくれた」
まず、アサギとリオンの方へ自分のコップを滑らせるように近づけた後、ギンは、人差し指で二人のコップを指し、招くように曲げた。アサギとリオンが自分のコップをギンの方に差し出す。
「その段階でアサギ君とリオン君がまだ収穫日を決めていないようなら、自分ちのことはまだ云わないまま、お疲れ様、って帰って行くね。その後、今度はアサギ君が同じように『明日自分のところの収穫をするからお願い』って来る。いずれはリオン君が来る。――どうせなら、此処に、そうしたやりとりの窓口があると良いんじゃないだろうか」
ギンは自分の胸の前から腕を伸ばしてアサギの方、リオンの方へコップを寄せたが、最後にはテーブルの真ん中に、トン、と指を乗せた。
「僕のところは何日に、アサギ君のところは何日、リオン君は何日に収穫をするよ、っていうのを、中間地点である此処で聞いといてくれる人、伝えてくれる人が居る」
「まあ、少なくとも全員の家に自分が云って回るよりは、良いかもな。その時行った先に誰も居なかったら、何度も行かなきゃいけなくて困るしさ」
リオンが「うん」と頷いてそう云った。
「他に、――例えば畑の畦が壊れたから修繕が要るんで手伝いが欲しいとか、そんな話も聞くようになる。仮にアサギ君ちの畑で畦が壊れたとするよ。小麦の収穫くらいなら良いとして、そんな力仕事を女性と子供、老人しか居ないような世帯に頼むことは出来ないし、そもそも必要がないから集落の全員に云って回らなくていい。ただ、アサギ君はそうした仕事が出来そうな人が居る世帯を、全て把握出来ているかどうか。……このメンツだったら、僕んちのチョウとかを出させるのが良いだろうけど、その時、チョウは別のお宅の屋根の修理にかり出されてて数日手が空かないかもしれない、すると結局、家々を回って誰か手伝ってくれないかって、訊いて回ることになっちゃう」
「はあ……」
「まあ、そうした例を考えてみて――『個々が各家庭に訊いて回る』よりももっと便利な方法は無いだろうか、と思案した場合、『伝言板』を此処に置いておくっていう手段も、まずは生まれてそうだね」
「ああ、そうですね」
アサギが頷くと、ギンが「でも」と続けた。
「それは、一日一回家族の誰かが見に行くっていう、それはそれで決まり事でも先に作っておかないことには、情報の齟齬が生まれる可能性があるし、迅速さが必要な時には伝言板だと上手く機能しないってこともある――だから『回覧板』も同様だね、特にスピードの点で伝言板より悠長になってしまうし」
「やっぱり、『人』が居てくれた方が、より良いってことになりそうだな……」
ギンが再び、テーブルの真ん中をトンと指で叩く。
「ただ、この『窓口』には、誰かがいつも居てくれなきゃ機能しないよね。すると、この『窓口』役を僕ら以外の誰か一人がやるとなったら、この人自身の『収穫』が無くなるから『糧』が無くなる。そこは、『窓口』をやってくれていることに対して、僕らが『報酬』として収穫の一部をこの人に分けるべきだろう」
「ああ、そりゃそうっすね」
「この『窓口』のシステムがもう少し重い意味を持ってくると、個々の判断だけでやろうと思ったら『手間』だったり『重労働』だったりになることについては、一旦この『窓口』に集積させてから、その『窓口』の判断で実行するようにしたら良いんじゃないか、ってことになってくる。例えば、小麦の収穫時期は大体似通ったものなんだから、この窓口に居る人自身が『ギンの収穫日は何日、アサギは何日、リオンは何日』ってスケジュールもある程度決めた上で、纏めて全ての世帯に伝えてくれると、手間が省けるよね。畦の修繕の例だと、リオン君ちの畦もちょっと危ないかな、って状態だとしたら、まずアサギ君ちのあとはリオン君ちに、って、日程と人手を調整してくれると有り難い。それ以前に、壊れてしまってからじゃ遅いっちゃあ遅いから、『壊れそうな場所』を定期的にチェックしたり、どうせだから、集落全体に影響がありそうな――例えば道や、山津波のおきそうな斜面なんかの点検や修繕等は、チョウが専ら『担当』してもいいんじゃないか。――すると、この『窓口』は一つの『業務』として成立することになって……さっきは『報酬』って云ったけど、それが何より、『人件費』としての『税』という名前になった」
「ははあ……。じゃあ、畑の畦が壊れて修繕、っていうのも、今度は『土木事業費』として一旦窓口に集まる訳ッスね」
「完全に私有地の範囲であれば『税』として窓口に集まってはこないだろうけど、誰の土地なのか線が引かれていない集落の土地や施設――『集落の財産』て云って良いかな、そういう部分の修繕とかは、壊れた度にいちいち皆が集まって『どうしようか』って話し合うより、もうその『担当窓口』があれば良いよね。『税』という特殊な名称になる前に、『いざというときの集落の蓄え』を『窓口』に集めるようになるのは自然なことだ。それがより発展していって――、ある一定の共同体を恙なく保つための『窓口』となる『行政』という業務が生まれる。原初はそんな感じなんじゃないかなあ」
リオンの相づちにギンは頷いてそう云った。
「『畦の修繕』で例に出した、『力仕事が出来そうな人が居る世帯』ってのを思い出してみると、ここで『集落の名簿』があると便利っぽい、てのも結構早めに生まれる」
「成る程、それは『戸籍』って訳か。確かに、どこの家に何歳の男が何人、女が何人とかがハッキリしてると有り難いよな」
「どっちが先かは分からないけれども、『集落の蓄え』を徴収出来る『働き盛り』が各家庭に何人居るのか、そんなことも、『窓口』の方は近所付き合いで自然と知る以上に『キッチリと』把握しといた方が良いわけだしね」
リオンが、ポンと膝を叩いて云い、ギンは「そう」と頷きを見せた後、「とはいえ……」と云いながらテーブルの真ん中をまた指した。
「この段階では、まだ『窓口』が、権力としての行政組織にまでは至ってない。その業務に就いている人が生まれただけだ。――今はコレを『その業務に就いた人』だとするよ。チョウだと思ってもいいや」
そう云って、自分のコップをその位置、テーブルの真ん中に置いた。
「この人が『権力』を持つようになるのは、――『僕ら三人が〝愚者〟であること』に由来するのだろうと思う」
コップを指さした後で、その指を上方へ浮かべる仕草を見せてから、ギンがアサギとリオンを見やってそう云った。
「一人ずつで例えてたけど、明確に世帯で考えてみようか――僕んちから此処に、取りあえずチョウを出したとする」
ギンは再び、コップを自分の方へ戻した後、テーブルの真ん中を指した。




