【day2】(3)-[1]-(4)
「――複雑な顔してるけど、考えてみればそれは当たり前なんだよ? 〈精霊〉は世界を作ってる『元素』、根源だ。その〈マスター〉になろうとするなら、それは『世界のあるじ』になろうとしているのと同じなんだから」
アサギとリオンは再び戸惑った顔を見合わせる。「それはそうだろうけど…」と云いたそうに首を傾げていた。
「ただ、――言葉にすれば今みたいな『世界征服』みたいになっちゃって『形』が同じに見えてしまうんだろうけどね、違うんだよ。『支配者』――『あるじ』とは何ぞや、っていう哲学が違う、その顕れ方や場所が違うのさ」
「……」
「無論、CFCなんかにとって、〈魔術士〉の〝号〟である〈マスター〉については全くどうでもいいものなんだろうけど、それは『為政者』『国の主』の哲学も含めての話にもなってくる。だから『支配者』の哲学ね。――CFCの市長とか、それにひっついて支配者ぶってる為政者っていうのはね――どうかした?」
ギンの言葉に、アサギがピクンと目を細め、リオンは軽く首を竦ませた。それに気づき、ギンが首を傾げる。
二人は「いえ、何でも」と言葉を濁し、「続けて下さい」とアサギが云った。ギンはまだ知らないのだ――今、さらっと口にした「市長」は、既にCFCの支配者ではない――「この世に居ない」らしいことをアサギとリオンは知っている。それで、つい、反応が出てしまったのだ。
ギンはもう一度首を傾げたが、特に追求することもなく続けた。
「まあ、CFCみたいなところの為政者は――『支配者』っていうのを、『上に立つ者』のことだと思っている。というか、支配者でない側――この場合、市民や領民などだね、そちらが自分達の下に居ると思っている。同時に、市民や領民の方も、支配者・権力者が自分の『上に居る』、自分達が『下に居る』と思っている」
「……違うんですか?」
アサギが「えっ?」と目を見開くと、ギンは曖昧に首を動かし、
「全く違う、という訳じゃあないけど、完全に正しくもない。――ごく単純に、CFCの市長を『正しいとは思えない』のはアサギ君もそうだろう?」
「え、ええ……それは、まあ…」
「そういう考えでは、当然のことだけど、〈魔術士〉にはなれない。――このコップを〈精霊〉や『人民』だとするよ? ――支配するということは本来、懐に入れることだ」
ギンはコップを左手で掴み胸の前に置く。そしてそれを抱きしめるように、右腕も使って覆った。未だ中身が入っているから、流石に上衣の内側――「懐」に入れることは出来ない。
次に、再びコップを机に置いて、ギンは左手で何か摘むような仕草をし、その手とコップの間で右手の人差し指を往復させた。
「比喩としてよく云うけど……『首根っこに紐を付けて繋いどく』くらいだと、本当は『支配』と云わないよ。『紐』が単なる『制限』になってるだけでね。紐は切れることもある。紐が長ければ『対象』がその先でどうしているかも把握出来ない」
「……」
「支配ってのは、紐などつけなくても良いくらいに近いところ、『懐』に入れてしまうことだよ。――『支配される側』の命運を完全に自分が掌握することを云うんだ」
リオンとアサギは複雑な表情をお互いに見せ合っていた。
そんな二人に、ふ…と笑みを見せてから、ギンがまたコップを胸の前に置き、
「――だから、外敵から襲われたとき、真っ先に傷を負うのは本来、『支配者』ということになる」
自分に向かって矢が飛んでくる様でも表すように、もう片方の手指で自身を何度も指した。
それを聞いてアサギは「ああ…」と嘆息混じりに頷き、リオンは腕を組んで「ふむ…」と唸る。そういう意味なのか、と納得した表情だ。
「……勿論、『権力』っていうのは『上に立つ』者が持つものなんだけどね。だから、『支配』っていうのは、上から覆って懐に入れることなんだろうと思う」
ギンは改めてコップをテーブルに置き、卓面へ向かってドームを描くように腕を広げつつ降ろす。
「ただ、そこで一つ――卵が先か鶏が先か、みたいなことを云い始めると、『権力』ってもの自体は、何故存在するのか、必要なのか」
そう云うとギンは、コップを改めて握り、
「マッカンさんを通してウィリアムさんが云ってた喩えを借りて、このコップを『己』としてみようか。この中に『己』という一人の民が居て、『己』という国土は底だ。そして側面は支配者である『己』という国主。国名は『吟』だ。――僕がさっき云った喩えだとひっくり返したいところだけど、中身がまだ入ってるしね――」
軽く笑いながらそう云った。それから、
「どうせだから中に入っているのは『民としての己』であると同時に『糧』や『収量』、『財産』ともしてみるかな。で、君達のも、アサギ、リオン、という『己』だと思ってみよう」
と二人のコップも指さす。アサギとリオンも、「ああ、はい」と頷いて、ギンと同じようにコップを握った。
「ウィリアムさんの喩えは名君・暴君・愚者だったよね――じゃ、仮に僕を暴君、アサギ君を名君、リオン君を――済まないけど、愚者としようか」
「いや、ギンさんが『暴君』を取ってくれたからそれで良いっすよ。俺、〝タロット〟の『愚者』のカードは、何か好きだし」
リオンが笑ってそう云うと、ギンも「そう」と微笑を見せた。アサギは少し戸惑っている――自分に「名君」を宛がわれたことがくすぐったいのかもしれない。
「世の中の『己』が全て『アサギ』君のような名君であれば、そもそも、『権力』って要らない。個々の判断だけで平穏は保つことが出来る」
ギンは自分の胸の前にあるコップを握ったままそう云い、次に「しかし」と云いながら「僕は『暴君』だ」とまず確認した。
「リオン君、君は『外交』するなら――良い関係を築きたければ、どちらに近づく?」
「ギンさんがどんな『暴君』なんだか知らないから、イマイチ判断付かないんスけど……」
「文字通りの意味さ、君のイメージにある一番酷い『暴君』を、そのまま考えてみれば良い」
「まあ、……そりゃあ、アサギの方でしょうねえ」
そう云ってリオンは、コップをアサギの方へ近づけた。ギンが「そりゃそうだよね」と頷きつつ、
「でも『吟』は、それが気にくわない。例えば、『リオン』君は『アサギ』君が訪問して来たときにはお茶を出すのに、僕には出さない。アサギ君のことは褒めるが、僕には悪態ばかりつく。――技術大国であるリオン君は、アサギ君のためには働いたり技術提供をしたりするが、僕には全く何もしてくれない。リオン君がアサギ君に何かを提供するので、アサギ君も恐らく――農作物なり何なりお返しするだろう。それが繰り返された結果、『お互いが豊かになる』。――僕は『豊か』になろうと思ったら、一人でどうにかしなきゃいけない」
「――」
「……名前をそのまま使ってるからアレだけど、勿論、例え話だからね」
複雑、というふうに唇を歪ませたリオンに、ギンが苦笑を見せる。
「『名君』であるアサギ君は恐らく、『暴君』である僕とも出来たら良い関係を築きたいと思っている。だから僕が『暴君』でなくなるような『方策』を取れないだろうかと考える。よって――取りあえず、アサギ君は僕にもお茶は出してくれるだろう。その上で、ちょっと諫めるような『お説教』をするのかもしれない。僕はそれを、仮に黙って聞きはしていても、『暴君』だから、腹の中ではアサギ君を馬鹿にしている、あるいは憤慨している。……でもアサギ君はリオン君と同じように、帰りにお土産も持たしてくれるのかもしれない」
「はあ……」
「僕の悪口をリオン君が云っているのを聞いたら、もしかしてリオン君の方に『そういうことは止めた方が良い』と諭したりもするのかもしれない。さて、その時、『リオン』君は、一体どういう反応をするんだろう?」
ギンがリオンに顔を向けてそう云うと、彼は少し考える顔をして、
「……まあ、アサギがそう云うんなら、悪いこと云うのは控えよう、って思うかもしれない。でも、『暴君』が気にくわないのはそうだから、アサギの方を――『お人好し』って思って、何云ってんだコイツ、って思うこともあるかもなあ」
「――。君に『愚者』を割り当ててやっぱり正解だったんだね」
ギンがそう云ってニコッと笑い、それから「うん」と大きく頷いた。
「人間ってそういうもんだよね、そのどっちか、両方があり得る。それがちゃんと想像出来てる君自身は、愚者であることを分かっている、実は賢者だ」
「は、はあ……」
奇妙な褒められ方をしたので、リオンは戸惑って頭を掻いた。
「――リオン君が云った二つの想像のうち、前者は『悪くはなりきれない、なれるものなら〝善人〟〝名君〟に自分もなりたいと思っている人』だ。云い替えれば、『ちゃんと反省も出来る人』であり『〝名君〟を尊敬出来る人』だ。後者は逆に『反省が出来ない人』。もっと深く云うと、『アサギ』君が名君であることに、大して感慨を持っていない人――『〝善人〟〝名君〟を尊敬することが出来ない人』だな。だから、『自分が〝名君〟になることは望んでいない人』でもある、どちらかと云えば『暴君に近い愚者』だ。――『暴君』の僕は、『リオン』君が後者だった場合、君に近づくだろう」
「……」
「君がアサギ君にムッとした時を見逃さず、僕の方がアサギ君についての悪口をリオン君に云う。君がそれに同調するならこっちのものだ。協力して『アサギ』君を懲らしめよう、家来にしよう、と提案する。お人好しの『アサギ』君を従えさせることが出来れば、互いの『利益』になるから」
例え話なのは分かっているが、何とも複雑な気分だ。――だが実際、そういうものなのかもしれない。アサギとリオンは神妙な顔つきで「うん…」と頷いている。
「流石にそこまでは――『名君』を尊敬することが出来ない鈍感ではあるけど、悪くもなれないなら、『リオン』君はそんな僕の提案を拒絶するだろうな。だが、『名君』を『お人好し』だと軽蔑する程にまで本当の意味で愚者であったなら、僕の甘言に乗ってしまうのかもしれない。そして『暴君』は奪い取った利益をそんな『愚者』と半分こにはせず、何とか自分の取り分を増やそうとする――実際、『暴君』はそれが可能だ、〝君〟が付く以上、愚者よりは賢いからね、『名君を軽蔑する愚者』のことを、やはり軽蔑、あるいは嘲笑している。それが『暴君』とまで云える程の者だ――。つまり、『暴君』は云い替えれば、善と悪というよりも『純粋に利己的』な者のことを云う。そして利己的であることを、決して『悪』や『過ち』だとは思わない者のことでもある。恐らく、決して『善』だとは云わないのだろうが――『正しい』とは云い替えるのさ。暴君にとって『正しい』ことは、『己』に『利』があること、『己』が『富む』ことなんだ」
ギンが、何だか妙な笑みを浮かべて云う。




