【day2】(3)-[1]-(3)
「〈魔術士〉に本気でなりたくて修行してる人間からすれば、何だか嫌味にも聞こえるもんね。――だから、僕もウィリアムさんに訊いたんだよ、自分の才能の有無については自問したことが無いのか――才能が『有る』気がしたのなら、それをモチベーションに変えないのは、他の〈魔術士〉志望者に対して、失礼な気はしないのか」
「うわ、ギンさん、勇気あるなあ」
リオンが目を見開いて呆れた声を出すと、ギンは苦笑を見せた。
「その時は僕が、ちょっと行き詰まってて――焦りがあった頃だったからさ。ケン兄が〈水〉の〈友〉になれたばかりくらいで、僕は……、意志の疎通を果たしていた筈なのに、何だか〈風〉の声が聞こえなくなってたんだ」
「あ~……、分かります」
ギンの言葉を聞くと、リオンは声色を変え、しみじみと頷いた。アサギが不思議そうに首を傾げる。
「声が聞こえなくなる?」
「あ、アサギはそういう経験、無いんだ? 〈水〉ってそんなこと無いのか」
「〈友〉になれてからアエラ師匠に聞いたけど、〈風〉に独特のものらしいよ。他は〈魔術士〉の側に問題があってそうなることが殆どだけど、〈風〉は、こっちに問題が無くても、〈精霊〉が気紛れなもんだから――喩えれば『あ、ごめん、聞いてなかった』とか『あれ、居たんだ』、みたいな。でも悪気は無いっていう」
ギンがそう云うとリオンは「へえー、そうだったんだ」と納得の声を出した。
「――〈友〉になれてから実感出来たことだけど、〈風〉と意志の疎通を果たしたと思っていても、『実は〈凪〉も〈風〉の一部』だと思えてないうちは、まだ半端って云うか……」
「ああ、はいはい。言葉にするとそんな感じッスね」
「リオン君はそういう時――まだ、〈凪〉が分かってなくて声が聞こえなくなった時、焦ったりしなかった?」
ギンから訊かれて、リオンは首を捻って過去を思い出し、
「まあ、ちょっとは焦ったかもだけど、行き詰まったって感覚は無かったッスね。多分、それはサヴァナ人の性格じゃないかなあ、『まあ、そんなこともあるさ』って。『今日は駄目でも明日は大丈夫かも』って楽天屋が多いもん、うち」
「ああ……、そうか。こっちこそ『何か云った?』ってくらいの方が、〈風〉は良いしね」
アサギが、そのやりとりを聞いて「そういうものなのか」と真面目な顔をしている。
「――まあ、そんな時期だったんで、勇気っていうより、個人的に本当に『嫌味云われた』気になったんだよ、僕は」
「そんで、ウィリアムさんは何て云ったんスか? 怒りませんでした?」
「いいや。――キョトンとして、『〈魔術士〉って、なりたいと思わなきゃなれないのか?』って返されたよ」
ギンは懐かしむような遠い目をして「ふ」と笑った。
「絶句しちゃうよね。――それで『でも、嫌味に聞こえてしまうんなら、云い方を考えるか控えるかしなきゃいけないな、御免よ』って……恐縮されちゃったんで、僕もそれ以上は何も云えなくてね」
アサギとリオンは戸惑いの表情を見合わせた後、「うん…」としみじみ頷き合った。
「今、〈友〉までなってからだと、ウィリアムさんの云うことも理解出来る、君達もそうだろう?」
ギンが二人に問うと、「はい」とアサギ、「うん」とリオンが頷く。
「なりたい」と思いすぎると「なれない」のだ――〈魔術士〉、〈友〉には。その「加減」、「気持ちの持ちよう」が余りに繊細、微妙――極端な話、〈魔術士〉になれた人間にも明確なキッカケが全く思い出せないくらいの、「運」あるいは「偶然」にも左右されるがために、「なれる」「なれない」の差は言葉に出来るものではない。故に、はぐれやもぐりは兎も角、ちゃんとした魔術士になるための〝マニュアル〟は決して作れないのである。
「じゃあ、ウィリアムさんの場合、――最初から『モチベーション』がそんなに強くなかったことが、『ヴァン・フーコー』っていう『お家』の素地やサウザーへの留学と相まって、却って上手い方向へ行った、ってことなんでしょうか」
「そうだと思うよ。――『上手く行く』方向へ進むことが自然と出来ていた、っていうのが『才能』だってことになれば、そりゃ、ウィリアムさん本人に自覚は無いよね。……それで、ウィリアムさん本人にはそれ以上訊けなかったけど、後でサンハル隊長には質問してみたんだ、ウィリアムさんの人となりも聞きたかったから。そしたら、隊長も苦笑いを見せてね――殆ど同じようなことを云われたよ、『〈魔術士〉になりたいと思えばなれると思ったら大間違いだぞ?』って」
そう云ってギンは苦笑を見せた。
「でもね、それは〈友〉まで。〈マスター〉には、『強い意志』が必要となる――簡単な言葉で云えばそういうことってのは、習ってるでしょ」
アサギが頷いて、
「はい。――もちろん、その『意志』が、具体的にどうあれば正解なのかは、当然――師匠が教えられることではないのでしょうが」
「そう。だから――サンハル隊長がその時云ってたけど、ウィリアムさんが〈マスター〉になることは『無理』だって。彼には、〈マスター〉になれるほどの『強い意志』が全く無いから。彼の『意志』は既に、サウザー領の一国であるユピタ=バルムの為政者としてだけ頑強だから、〈火〉の〈マスター〉には、もうなれない」
「もう、って……? でも、タオ師匠にしろフーコーさんにしろ、為政者でありながら〈マスター〉である方は多く居られるのに……。――〈友〉や〈マスター〉になるのに年齢が関係あるとは、師匠や先輩から全く聞いたことが無いんですが、この先、ウィリアムさんが『なりたい』と思っても絶対になれないんですか?」
アサギが不憫そうに眉を下げてそう云うと、ギンは「そういう意味じゃなくて」と手を振った。
「そりゃまあ、残り時間という意味で考えれば、年齢は多少関係あるだろうけど、『何歳までになれなかったら、もうなれない』って期限は無いよ? そういう意味の『もう』じゃなくてね……これは、ウィリアムさんがどうこうっていうんじゃなく、〈マスター〉になるためのヒントって話になるんだけど――ああ、これは別に言葉にして構わないことだよ、僕も、先達と云えるサンハル隊長から聞いたんだから――、〈マスター〉は〈精霊〉のあるじとなることなんだから、ちょっと誤解を生みそうな表現だけど、『世界を支配する』くらいの強い意志が必要だ、って云うんだよ」
「……」
アサギとリオンは顔を見合わせて、「ええ?」と首を傾げた。
世界を支配――?
「それって、世界征服って意味ッスか? それじゃあ……、何て云うか、『意志』の形が、CFCとかイー・ルと変わんないじゃないスか」
リオンが呆れたような中に、少し憤慨したような様子も混じってそう云うと、ギンは微笑を見せた。
「だから誤解を生みそうって云ったんだ。言葉にすれば、そんな風に受け取れるけど――CFCなんかは、ぬるい」
「……」
「CFCはさ、簡単に云っちゃえば、サウザー領を支配して統治したいんだよね、多分。そんで、それが全世界規模になるのが最終目標っていうか。――イー・ルの場合は少し違って……サヴァナ・アルチザン・ギルド自体を滅ぼしたくて、上手く行けばその技術だけを手に入れようとしてるんじゃないのかな、違う?」
「あ、ああ……、多分……。イー・ルは俺達の存在自体が気にくわないらしいから」
戸惑った顔をしつつリオンが頷く。
「で、イー・ルの最終目標は、自分達の『信仰』だけが世界で絶対的な価値観として残ること、になるんだろうから、それもそれで『世界征服』の意志があるってことになるよね。本人達は否定するだろうけどさ、イー・ルの『神様』だって、平和と慈愛を説いてるんだから」
「……」
ギンは次に、アサギへ目を向け、
「エグメリークはどういう目的なんだか、具体的なところがイマイチ僕には分かんないんだけどなあ。何にせよ、支配下に置こうとしてる訳だよね?」
「まあ……そうですね。一応……、向こうとしては、『フリュス村はもともとエグメリークの一自治体に過ぎないのに、国の体制に従わないから』制裁や完全統合をするため、みたいな理由をつけてるみたいですけど……」
「え、そうなの?」
ギンが目を見開いてから、呆れたような顔をした。アサギは手を振り、
「勿論、そんな時代は一度も無いんです。だって、フリュス村はエグメリークとは接してなくて、地理的に『隔絶』っていうくらいに、川や山脈、方角によっては海も挟んで離れてますし、フリュスの『隣町』『隣国』って云えるところも、別にエグメリークの支配下には無かったんですから」
「だよねえ……。今まで一度も植民地支配もしてなかったとこに、遠くからいきなり、それこそ『もう唾つけてたのに』って云い出したってことか」
「辛うじて、ほんの少しの間だけ、国と云うより王族の方々と関わりがあった時代はあったんですが…」
「あ~……それか。どさくさ紛れに、そういう歴史を引っ張り出してきてこじつけた」
「そうかもしれません。――何ていうか……、CFC、イー・ル、エグメリークの『同盟』中、エグメリークは……、こう云うとなんですけど、おみそな感じが、僕にはしてて……。CFCとイー・ルがサウザーとサヴァナ相手に戦してるから、じゃあ、サウザーとサヴァナの〈同盟〉であるフリュスはエグメリークが引き受けた、って『余り』を担当してるっていうか」
アサギが首を傾げつつ、そんなことを云う。リオンがプッと吹き出して、「天然で毒舌だな、あんた」とアサギに云った。
アサギは「毒舌? えっ、何が?」と狼狽えた声を出す。ギンが手を振って「一向に構わないよ」と笑った。
「エグメリーク側が『毒』だと思いそうな表現ってだけさ、アサギ君。率直で素直な意見だと思うよ、云われてみればその通りさ。国の有り様とか哲学が原始的で雑だし――『五大国』の一つってことになってるのも、馬鹿みたいに〈核〉持ってて〈軍事力〉だけは――外にアピールしてる分は――物凄いから、そう呼ばれてるだけだよね」
「……だから、僕にもエグメリークが、実際のところ何を目的にしてるのか分からないんです。向こうが云い出した理由にしたって、それで戦争にしなきゃいけないほどフリュスがエグメリークに楯突いた……っていうか、『攻撃的』だったことがある訳でもないし、王族との関わりだって随分昔にほんの数年で終わってて、この戦が始まる前だったら尚のこと、大した交流すら無かった訳で…。少なくとも、フリュスみたいな小さな村が、エグメリークから名指しで敵国扱いされる本当の理由は全く解らなくて」
「じゃあ、やっぱり、ごく純粋で原始的な『支配』目的なんだろう。戦争して勝ったら自分の領土が増える。領土が増えたら収量が増える、それを『国が富む』ことだと思っている、原始的な哲学」
まあ、それはCFCも同じだけどね、とギンが薄く笑った。リオンが困った顔を見せてから
「〈マスター〉になるためには、そんなもんじゃぬるいくらいに強く、支配の意志が要るって?」
そう訊いた。ギンは「そうだよ」と頷く。




