【day2】(3)-[1]-(2)
「ふーん……――で、フーコーさんは、家で色々あって、ユピタ=バルムに居られなくて、サウザー領本部に居る、ってこと?」
「『居られなくて』って程ディープじゃないと思うけどねぇ。本人にとってはどうか知らないけど、傍から見る限りでは〝ツンデレ〟レベルなんじゃないかな。僕には、アエラ師匠が『ヴァン・フーコー』って家から、『追放』や『造反』『革命』で独立したようには見えてないし」
ギンが再び苦笑して小首を傾げた。
「一番解りやすいところだと――そういう名門のお家って、特に女性に、『縁談』が直ぐ来ちゃうでしょ。そういうのがもう、心の底ッから嫌だったみたいだよ、アエラ師匠。――いや、そういう話を本人から聞いたことがある訳じゃないんだけどさ」
「いや、それは俺も納得出来る」
リオンが真面目な顔をして大きく頷くと、アサギも苦笑しつつ頷いていた。――フーコーは、外から結婚相手など持ってこられるのが、凄く嫌そうだ。婚姻まで行かずとも、「女に言い寄る男」や「もてたがっている男」というもの自体が嫌いらしい。また、フーコー本人が色恋沙汰などに興味を持ってないようでもある。要は、フーコー本人が「硬派」だから、「軟派」な異性が嫌いなのだ。傍から見る限り、明らかにそうした性質をしている。
「師匠本人じゃなくて、ウィリアムさんから聞いたことある逸話なんだけど……。『縁談』持ってくる側からしたら、名家のお嬢さんと婚約したがってる男や家が『存在する』のは、何はともあれ当たり前だろ? そんで、本人よりは親とか――そのお家の『当主』に話持っていくよね。で、アエラ師匠が義務教育終了する間際くらいに、たまたま、そういう話してる応接室の声を聞いて……、飛び込んでって、『変態は帰れ!』って怒鳴ったんだってよ」
会議の傍聴と違い、周囲に居るのは一般市民ではないが、魔術士隊員誰でもが知ってて良いエピソードでも無いからか、とても小さな声になって二人の方に顔を突き出しながらギンが云う。アサギは驚いた顔をして、リオンは「ぷふっ」と吹き出した。
「アエラ師匠からすれば、そんなの当たり前じゃないわけさ。義務教育終了間際ってことは、成人してないどころか、まだ『こども』、それも、本人に顔も見せてないまま結婚申し込むなんて、師匠にとっては、とんだ『変態』なんだね。勿論、申し込んだ側にしてみれば、師匠のほうが『非常識』だったのかもしんないけど」
「まあ、そうだろうなあ……。逆に『良いとこのお嬢さん』に縁談が無いほうが、『何か問題あるんじゃないか』ってゲスな勘ぐりしだす奴出てきそうだもん、社交辞令的に、そういう話持ってく奴も居るだろうしさ」
「そうだね。アエラ師匠もそれは理解してたから、『この先こんなことが〝結婚するまで〟続くのかと思うと反吐が出る』って云って、その先、進学はサウザー本部に決めた……要は『家を出る』って決心したそうだよ――勿論、そんな動機だけじゃなく、当時のヴァン・フーコー家の若者の中では、アエラ師匠が一番〈魔術士〉の資質が高かったのと、本人の意志が強かったのもあって、それが師匠には一番良いと判断されてのことらしいけど……そこだけアエラ師匠は自分で公言してる訳だね――。ってことは、ね。この話を別の角度から見ると、アエラ師匠にとって『ヴァン・フーコー』というお家自体は、例えば、『名家の令嬢と生まれた以上、花嫁修業に励み、同じく良家の跡取り息子から望まれて結婚するのが〝幸せ〟なのだ』――なんていう刷り込みがされるような環境ではなかった、って解るよね」
「ああ……そうですね」
アサギが嘆息混じりに頷く。
「そりゃあその時、アエラ師匠が叱られなかった訳ではないそうだよ。でも、『相手に失礼をした』って意味でじゃなくて、盗み聞きしていたことと――その時、ドアを蹴って開けたことが『はしたない』って意味で。つまり、アエラ師匠のご両親やテラ=テール大師匠を含めて『ヴァン・フーコー』というお家自体も、義務教育がやっと終わるくらいの娘に唾付けようとする行動には――いくらそういう行動が世の中には当たり前のように存在しているとしても――承知しかねるってスタンスだったんじゃないかな。だから、その場で相手に『謝れ』とは叱られなかったんだ」
「お家自体じゃなくて、そのお家の性質上で逃れられない、他のお家との関わりが、フーコーさんにとっては煩わしくて、ってことですか…」
「『国』の喩えでいやあ、『外交』だなあ。――特に、女の人に生まれたならではの」
リオンが云うと、「そうなるね」とギンが首肯した。
「家族に関しては――、師匠がテラ=テール大師匠に何か、反感持ってる感じがあるのは、完全にライバル意識に近いものだよ。同時に、近親憎悪……みたいなもの? いや、憎悪までは行かないかな」
ギンが苦笑混じりにそう云って小首を傾げた。
「アエラ師匠と比べて機動性で云ったら全く逆なんだけどね――文字通りの意味だったら今は足がお悪いっていうのがあるんだけど、ソレは考えなくても――それこそディナム老師みたく、どっしりしてる。あと、結構上品っていうか……流石に名家の『貴婦人』って感じはあるな。でも、同時に剛胆で、頑固で、女傑って感じ――あと、たまに〝おまぬけ〟」
最後を、とても小さな声で――アサギやリオンにすら良く聞こえない程の――ギンは云った。
「さっきの話で、『はしたない』って叱ったのも、筆頭はご両親じゃなくテラ=テール大師匠だったそうだし……。良く似てるとこと全然似てないとこのバランスが『相性』に反映されるとき、師匠の場合は『反発』みたく顕れるってことなんだろうと思うよ。『似てる』んだから、ほんの少しでも何かが違えば、凄く理解し合えて仲が良くなる可能性だってあるだろ。当然、アエラ師匠には〈魔術〉への熱意があったんだから、テラ=テール大師匠を尊敬してないはずもないんだし」
ふむふむ、とアサギとリオンは頷いた。リオンが何か思いついた顔をして、
「じゃあ、フーコーさんが〈風〉に行ったのも、もしかして、その大伯母さんの影響? 大伯母さんが〈土〉だったから、対抗心とかライバル意識なのかな」
「……。あー、今まで考えたことなかったけど、云われてみれば、そうなのかもねえ」
ギンがリオンの指摘に、目をぱちぱちとさせた後で、「あり得る」と頷いた。
「じゃあ……お兄さんに対しては……」
今度はアサギが訊く。――アエラ・フーコーとは性別が違う、「妹」と「弟」では完全なシンパシィを感じられることは無いだろうが、「一国の主」である兄を持っているという点で共通点があるため――決して「ゴシップ的な意味」ではないが――気になったのだった。
「お兄さんに対しても、ライバル意識が強いと思うよ。それは、ウィリアムさんのほうも、師匠にね」
「……え、お兄さんの側に? ギンさんにも――第三者から見て解るほど?」
アサギには意外なことだったのだろう、今度はアサギが目をぱちぱちさせた。ギンはハッキリ「うん」と頷く。
「それは、ウィリアムさんから聞いたことだから確かだよ、僕が一方的に推測したことじゃなくて。本当のライバル意識が芽生えるほど年は近くないし同性でもないから、妬みとか羨みまでは行かないんだろうけど……、〈魔術〉に関しては、早いうちに妹から追い抜かれる、って思ってたって」
「……」
「ウィリアムさんって、〈火〉の〈友〉なんだけどね……、〈精霊〉は違うけど〝号〟で云えば、想像通りアエラ師匠から抜かれた訳で」
「それは――、『諦めてしまった』から?」
アサギが軽く眉を顰めて云うと、ギンは苦笑して「そう云うと、あんまりネガティヴだよ」と首を振った。
「最終的には、単に『進路』と『適性』の問題さ。サウザー領にある以上、ユピタ=バルムも〈精霊〉や〈魔術〉に関しては基礎的知識として学習するけども、あの国、統計的には『子供の憧れの職業や資格』として〈魔術士〉がそんな上位に無いんだよね。『ヴァン・フーコー家』は、ユピタ=バルムが民主制になる前から〈魔術士〉のお家でもあるんで、たしなみとして〈魔術〉の自宅学習は濃いものだったそうだけど――何せ、テラ=テール大師匠っていう偉大な魔術士もお家に居るのだし――、ウィリアムさん本人には、そこまでの『モチベーション』が無かったってことじゃないかな、他の、周りの子供達と同じで」
「でも、それで〈友〉まで……なれるものですか?」
「それは、留学で本部にやってきて、サンハル隊長やタオ様と出会ったことが大きいかもね。むしろ……、子供の頃はそんなでもなかったのに、その時に心が揺らいだのかもしれない、『〈魔術士〉として、もっと先を目指しても良いんじゃないか』っていうふうに」
「――」
先ほどギンが「逆」と呟いたのはそれか――。アエラ・フーコーは、先に〈魔術〉への熱意があり、サウザーへの進学でタオやサンハルと出会ったことで「政務」に従事することも選んだ。ウィリアムは先に「政務」への志があり、しかしたしなみ程度の魔術留学中にタオとサンハルに出会ったことで、〈魔術〉に対しての「モチベーション」が、その時だけでも上がった――それが故に「迷った」のかもしれない、と。
「でも結局は、ウィリアムさんにとっては『初志貫徹』で、『政治』のほうに集中することを進路として選んだ訳さ、お祖父様――テラ=テール大師匠の弟さん――や、お父様の背中を見て」
「お祖父様やお父様も政治家――為政者だったんですか?」
「うん、お祖父様の方はユピタ=バルムの議会議員を経て最終的には大統領、お父様は自国の庁舎勤務を経てから領総議会議員を務められた」
ギンが大きく頷いてそう云うと、アサギが少々戸惑ったように小首を傾げた。
「これをまた別の角度で考えるとさ――もともと〈魔術士〉の名門であり、今もテラ=テール大師匠のような偉大な〈魔術士〉が居る〝おうち〟なんだけども、じゃあ、その『家督を継ぐ』としたら誰かってなると、候補の筆頭はウィリアムさん。でも、そのウィリアムさんがご先祖様と同じような偉大な魔術士になることを強制はされなかった、ということも解るよね。かと云って、サウザー本部への留学中にウィリアムさんが『迷うことが出来た』くらいに、お父様やお祖父様から、政治家に『なる』ことを強要もされてなかった。――つまり、師匠とウィリアムさんのご実家であるヴァン・フーコーという家は、傍がどう認識しようと、生まれた子供に対して『己』の建国を認めているってことさ」
「……」
「だから、『諦め』っていう言葉を使うと、ちょっと失礼でもあるんだよ。――両方を突き詰めるのには、やっぱり……、ウィリアムさん曰く『向いてなかった』。〈魔術士〉って、子供の頃のモチベーションっていうか……『感性』に左右されるところがあるから、『諦めた』っていうとあんまりなんだけど、『積極的にはなれなかった』ってことじゃないかな。アエラ師匠のほうが『向いてる』と思ったことと、自分自身が、テラ=テール大師匠よりも、お祖父様やお父様に憧れたっていう点で」
アサギは神妙に「成る程…」と頷き、リオンも腕を組んで「ふむ」と鼻を鳴らした。が、小首を傾げて
「でも……、『向いてない』ってことは無い気がするけどなあ。そこまでモチベーションが無いのに、〈友〉までなれたってことは、実は、才能があるってことじゃないの?」
「あ、それは僕もウィリアムさんから話聞いた時に思った」
ギンが大きく頷き、彼にしては珍しく少し身を乗り出して食いつき気味にそう云った。「君もそう思うんだね」と云いたそうだ。




