【day2】(3)-[1]-(1)
中継モニタには、まだ会場を出られない出席者が会談あるいは談笑している姿が映っていたが、声は聞こえてこない。
モニタ前に集っていた市民も椅子から立ち上がり、己の連れと語り合いながら、正面大扉の方角に移動し始める者、城の東側渡り廊下へ移動し始める者に分かれた。扉の方角は恐らく城の外から入ってきた者――傍聴整理券が捌けていることを知らずに訪れてしまったのか――、廊下側へ向かっているのは、避難民なのかもしれない。市民が城の中を自由にうろついて良い筈は無いので、会議が終わったら速やかに指定の方向へ移動して次の誘導を受けるよう、先に云われていたのだろう。
が、アサギとリオンは部外者ながら城の客人であり、ギンは城の関係者である。市民の流れには逆らい、魔術士隊棟に続く人気の無い廊下へ向かうことになる。
――リオンは、先ほどマッカンの発言中に意味深な呟きを漏らした男性に好奇心が生まれていたので、声を掛けてみようと思っていたのだが、ギンとアサギはさほどの興味がないらしく、すぐに市民とは別の方向へ移動を始めてしまった。リオンが男性を目で追うと、彼は避難民らしく、城内の廊下へ歩んでいく背中が見えた。お城に居るのなら、もしかしてまた見かけるかもしれないし、と思うことにして、後ろ髪は引かれつつもギンとアサギの背中を追った。
「どうだった?」
とギンが年下の若者に訊く。
アサギがこくんと大きく頷いて、「色々と勉強になりました」と云い、リオンも「俺も」と同調した。
「ギンさんからも色々聞けたし」
ギンは「ふ」とただ微かに笑った後で、軽く「こほん」と掠れた咳をした。
アサギが、
「ギンさんはこれから、何かご予定がありますか?」
と問うと、ギンは「いや、僕は特に」と首を振る。
「僕は今日、そもそも非番だったから」
「それじゃあ、食堂に向かいませんか? お茶でも頂きながら、先ほどの続き――フーコーさんのお話を聞かせて頂けると嬉しいんですけど」
アサギがそう云うと、「そういえば、そんなことを云ったか」とギンが小首を傾げ、「いいよ」と頷く。
アサギはホッと息を吐いた。
食堂に入ると、魔術士隊棟の講義室で傍聴していた者達も同じように考えたのか――会議の感想を話すのに何か飲みながら摘みながらとか――、食堂は少々ざわめいていた。当然、食堂で傍聴していた者達が引き続き腰を据えて感想を云い交わしたりもしているだろう。リオンが確認するように軽く見渡すと、しかしチョウの姿は見えなかった。
三人が向かい合って座れそうな丸テーブルを確保し、ギンが腰を下ろす。アサギが「僕がお茶とってきます」と云ったので、リオンもギンの顔が見える椅子に座った。
アサギは食堂の一角にある喫茶道具を置いたテーブルに近づき、盆にコップを三つ取ると、大きめのポットで用意されている冷たいハーブティを注いだ――これは、魔術士隊員達が栽培して収穫したものを、やはり魔術士隊員が毎朝昼晩の交替当番で煮出したり煎じたり焙じたりして常備されているものなのだそうだ。栽培から淹れるところまで全ての作業が、魔術士にとって心身のバランスを整える訓練・修業でもあるという――。
アサギから差し出されたコップを「有難う」と云って受け取り、「どこまで話してたんだっけね」と独り言の口調で云った。
「〝ツンデレ〟なのはフーコーさんの方かもって、云ってたんスよ」
同じくアサギから差し出されたコップを受け取りながら、リオンが少々身を乗り出して云う。
「アサギんちは、同じ『政務』に関わる家族とは云え、フーコーさんみたいにツンとした感じは無いから、不思議だって」
「ああ、そうだったね……」
うん、と頷いてギンはコップのお茶を一口飲んだ。本日午後のお茶はミントらしい。珍しくよく使った口が、涼しくて爽やかだった。
「先ほど、マッカンさんが『南』からの代表ってなった時も――。あれって、大統領――お兄さんは、完全にフーコーさんを『本部の西』だと考えてたということですよね。……ユピタ=バルムから――『ヴァン・フーコー』から出てる、とは一切考えなかったんでしょうか」
アサギがそう云うと、ギンは苦笑を見せた。
「そりゃあ、大統領だって、あんだけ大口叩いたんだから、アエラ師匠を『本部からの代表』だと、見なさないわけにいかないでしょう」
「……まあ、そりゃそうかなあ」
リオンが腕を組んで首を捻った。
「でも、そもそもフーコーさんて、何でサウザー本部勤めなの? 俺がこんなこと云うと生意気だけど――ちょっと危なっかしいのはそうだけど、何処ででも仕事出来るやり手なのはそうじゃん。出身地でだって――それこそ兄妹の親密さが生きるような感じで、今なら大統領補佐官とかやってても、全然不思議じゃないだろうし」
「ああ、それはねえ、ある意味では単純な話だよ」
ギンが、やけに含みのある云い方をした。「単純」と云っているのに。
え?と、アサギもリオンも首を傾げる。
「サウザー領で〈魔術士〉を志願する者は、何処の出身だろうが、誰でも一度は本部の教育施設に入学、あるいは留学することを考えるものなんだ。本部にしか施設が無いって訳じゃないから、〈魔術士〉になること自体にそんな格差は無いんだけど――もともと〈魔術士〉は独学ででもなれるものなんだしさ――、何と云っても、本部の学校だったら領主御本人の講義や実習がダントツ多いからね。僕ら兄弟も、両親の出身は城下じゃないんだよ、前領主様の頃、お互い留学中に知り合って本部で結婚って話だ」
「へえ……」
「あと、〈魔術士〉というより、研究者を目指してる人なら――それこそイムファル教授みたいな――、そっちは地方によって施設や指導者の充実度合いに差があるんで、余程、本部への進学を目指す人が多いね。マッカンさんも多分、一度は本部へ留学してる筈だよ。それで結局、『研究者』の多少っていう格差はあるから、魔術士志願者も、〈理論〉部分を重視するなら、自然と本部を目指すことになるんだ」
「じゃあ、フーコーさんも〈魔術士〉を志す気持ちが強くて、それでまず本部に進学して、そのまま城勤務を望んだということですか? タオ師やサンハルさんが、直接の先輩だそうですし」
「そういうことだね、少なくともアエラ師匠本人はそう云ってるよ。――それはそれで、ウィリアムさんと逆だな…」
やはりギンの言葉には何となく含みがある。それに、最後に小さな声で呟いた独り言は何だろう?
不思議そうな顔を見合わせているアサギとリオンへ、ギンは、
「それが、アエラ師匠っていう人――『己』の建国の歴史なのさ」
にっこり笑ってそう云った。
先ほど、会議の中でウィリアムが出した喩えのことか――。
「マッカンさん――を通して、大統領はああ云ってたけど、その喩えを借りるなら、ユピタ=バルムのような国であっても、本当に一人一人が最初から『己』って独立国を持てる訳じゃないよね?」
「え……えぇと、どういう意味ですか?」
丁度コップを口に付けていたアサギが、少々慌てた顔をしてテーブルにコップを戻し、首を傾げた。ギンは微苦笑を浮かべる。
「喩えを借りはしたけど、ちょっと表現がアレになっちゃうなあ……まあしょうがないか――、つまりね、生まれたとき……赤ん坊の頃から『独立国』になってる『己』なんかありえないじゃない? どうしても最初は、『家』っていう領土の植民地、属国……ああ、やっぱり、そう云うとナンだな、領民として生まれた領民……だよね?」
「……。何とか、伝わってます」
「多分、ユピタ=バルムみたいな国の場合、そこからの『独立運動』するところから『己』の建国が始まる――ってことなんだと、僕は思うんだよ。さっき、マッカンさんが……いや、彼を通じて、ウィリアムさんが最初に云ったのは――王国や公国、そういう君主制、しかも世襲制のような……『最初から〝王様が居る〟〝王様が決まっている〟国』では、人民に『己』を独立させる意志が無い……って云ったらあんまりか、少なくとも民主制国家よりは弱い、って意味なんじゃないかな。『己』が、生まれた『家』だけでなく『国家』の属にあるのが『当たり前』って意識が強い……というか。民主制・共和制国家は、『己』の籍としての『国家』はもちろん自覚してても、属の意識は、弱い――っていうより、弱かろうが強かろうが『人それぞれ』で構わない……そんな感じ?」
「――」
軽く目を細めたアサギに、ギンが手を振って苦笑する。
「それが良い悪いってんじゃないんだよ。ウィリアムさんも云ったけど、それで最終的に、『己』にも国家にも問題が無く安泰なんなら構わない、だからこそ本来自分達の価値観とは異なるはずの、領主一人が君臨するサウザー領に加入しているのだし、しかし、それが危ぶまれるならいつでも離脱する、とも云ってたんだからね。――それに、CFCみたいな、一見あるいは表向き民主制の国家でありながら、国家が個人に『己』の『建国』を許さないほうが――感情的な表現になるけど――『タチが悪い』って云える。――侵略を受け、それに抵抗をしながら、負けた結果としてUCFCへの加入を余儀なくされた国の人の方が、余程に『己』の建国が出来ている筈なのに、CCFC市民であるという自我しか無い、『己』がCFCの『植民地』であること、『籍』がそのまま『属』であることに甘んじている人間側が、そうした『敗戦国』を虐げてるし」
「あ、ああ……、――そう、ですね…」
ギンは少々眉を顰めて云い、アサギは溜息をつきながら頷いた。が、ギンは「今はCFCはどうだっていいんだ」と再び苦笑を浮かべて手を振り、おどけた声で「閑話休題」と呟いた。
「――でも、ユピタ=バルムみたいな国でも……あっさり独立出来る『己』も居れば、そうは行かない人も居る――例えばアサギ君は、フリュス村の『フリュス家』に生まれた段階で、規模が違うって云っても、〝サンハル隊長の従弟殿〟や、シャール、ルナール副隊長と同様、既に『村』『民』を懐に抱えるべき『王様』――アサギ君本人は王じゃなくても『王臣』として在ることが求められてる訳だよね。君は、そこから独立、あるいは――村の側から見れば離反や造反することって、想像出来る?」
アサギは狼狽の表情を見せてから、「い、いいえ…」と首を振った。ギンは薄く笑って、「だよね」と頷いた。
「それは、アサギ君が、『そういうふうに育つ』ような環境で育ったから、と云える。それが『良い・悪い』は傍から云うことでは全く無く余計なお世話で、当人が最終的に幸せを感じるかどうかだけで決まることなんだけど、民主国家の場合――、それは、本来の意味の『国』って単位が関知することじゃない、人民レベルになる訳さ――本当ならね」
――ぽつりと云った最後の台詞には、暗に「CFCは〝本当〟じゃない」という意味が込められていたのだろう。
だが、ギン本人が「今はどうだっていい」と云ったのだし、本人とて「云わずにいられないが云うべきことでもなかった」という意識があるのかもしれないから、アサギも確認はしない。
「あ~……、えぇっと、育った家を離れて家計とか世帯を『独立』って意味だけじゃなくて、家業や家名を継ぐとか継がないとか、――そういうことッスか? 生き方を、『己』――個人が選択出来る環境なのかどうかっていう」
リオンがそう口を挟むと、ギンが再び「うん、そんな感じ」と頷いた。
「――で……、ユピタ=バルムみたいな共和制・民主制国家でも、『名門』とか呼ばれるような〝おうち〟に生まれると、色々あるってことさ。ユピタ=バルムは王制廃止してから、まだそこまで長くないってのもあるし」
「どのくらい?」
「テラ=テール大師匠の何代か前に――御免、具体的な数字は忘れたけど三代前後だったかな……五代以上は行ってない筈――、『王立』の魔術士学校の教授や『皇太子の教育係』としての魔術士が居たとかって聞いたことがある。だから、つい最近ってほどではないけど、他の民主制が長い国と比べたら歴史は浅い。そんなもんだから『名門』『旧家』とかって〝箔〟はまだまだ健在。っていうか、民主国家になってからでも、大統領や結構上層の為政者を輩出してる時点で現役の『名家』でもある。――師匠やウィリアムさん自身はその〝箔〟に頼ってなんかいないけどねえ」




