【day2】(2)-[6]-(2)
「何だね、今のところはもう良いだろう、会議終わり。まだ俺に何かあるか? とっとと命令書を作成して荷を降ろしたいんだがな」
タオはむすっとした声でそう云いながら、大股になって柵の内側へ入っていった。
「逸る気持ちは重々理解しておりますことよ、ごめんなさいね、タオさん」
今度はアエラ・フーコーが大げさに、子供をなだめるような声を出した。再びふて腐れたタオへ、フーコーは直ぐに真面目な顔になり――顰めた声でコソコソと、顔の横に手を立てて云う。
「命令書は兎も角として既に領主代理職に就いたことは、私も存じ上げてます。でも、一つ確認しておきたいことがあるの。本部の私とユイちゃんに、あのお三方が加わるのですから――直ぐに領主代理として務めるべきだからこそ、時間が無いのよ」
フーコーはちらっとディナムの席に視線を向けた。
――わざわざそんなに声を顰め、しかも急いで何を確認せねばならぬというのか? タオは思いつかず、しかし彼女に合わせて声を沈め「何だね」と囁いた。
そこでサンハルからの目配せを受けたテリーインが、
「タオ様、私はこれで失礼します。――〈軍〉司令部に戻らせて頂きます」
タオに敬礼を見せて、速やかに「柵」から出て行き、先ほどタオが向かいかけた扉へ足早に近づいた。
そんな唐突な――見るからに「そそくさ」という風情だったテリーインの後ろ姿を、タオは驚いて見送ったあと、
「何だ、まるでテリーインを追い出した感じになってしまったじゃないか」
「追い出した……そんなようなものだな。『君の耳に入れられない話をするから、直ぐに戻れ』と、先に俺が云っておいた」
サンハルが肩を竦めてタオに云う。タオは再び呆れた顔をし、「何なのだよ」と自分も手にしていた紙を顔の横に立てながらフーコーに再び訊ねた。
「……CFCの通信のことですよ。そして、市長」
「……」
フーコーの眉間の皺、そして沈めた声につられて、タオも一瞬口を噤み、顔をしかめた。ルナールとサンハルも厳かに頷きを見せる――「今すぐに確認が必要だ」と二人も同調している仕草だ。
「今のところ、本部の情報部の一部、それと今此処に居る私たちしか知らないことなのよ。テリーインさんは、昨日の通信時にはその場に居たそうだけど、市長のことはまだ知らないようだから、伏せておくために席を外して頂いたの」
「ん? サンハルは?」
昨日の通信時には居たが今朝の通信は知らない、ということなら、サンハルも同じではないのか。タオが「君はもう知ってるのか」とサンハルに顔を向けると、彼は頷き、フーコーがタオに補足する。
「今朝、私たちが執務室に伺う前、既にサンハルさんにはイムファルさんが、その時点での情報を入れてたの。だから、市長のことは既にご存知だったのよ。昨日、その場に居合わせていたお二方のうち、より上層部になるのはサンハルさんでしょ」
「ああ、そうか……」
「君らがそのことで延々執務室に籠もっていたのだと、会議の前に聞いたよ」
サンハルが肩を竦めながら云い、フーコーも小首を傾げた。
「イムファルから、『昨日の続き』としてテリーインにも報告すべきかどうか、判断を仰がれたんでな。今朝の段階では一応、俺一人で止めておくように云ったんだ、それで今も追い出すような感じになった」
「ふむ」
「誰と誰が知ってて――『誰が知っているか』を私たちが把握出来てるのか否か、それが既に今の時点で、この通り、交錯してますのよ? ちなみに、ユイちゃんも未だ公国にそんな情報入れてないわ。――どうするの、タオさん。東部、南部、中部の代表でもある訳でしょ、お三方は。またあんな通信が来たときに、領主代理がどうするべきか、指針だけは今のうちに頂戴」
沈ませた声で早口にフーコーが云い、タオも「そうだな」と大きく頷いた。
「それは完全に、君達――情報部と領主代理の五名、それとサンハル、君だけで完全に止めておけ。あちらのお三人さんにも釘を刺しておかねばな、俺がそう命じたと伝えてくれ」
「しかし、タオ、マッカンさんはどうするんだ。彼に限っては、『胸にしまっておく』のが余りにも重荷になりそうな情報でもあるぞ。……俺は正直、マッカンさんにだけは、その情報自体入れない方が良い気がするんだが」
サンハルも祖父の方へ背中を向けてフーコーとタオの盾になる位置に立ち、小さな声で云った。
タオが小さく首を振る。
「いや、マッカンさんだけが知らない、ってのは駄目だ。足並みが揃わなくなる恐れがある。そりゃ、足並みを無理矢理揃える必要は無いんだが、持ってる情報が違うが故に起きる〝すれ違い〟は時間の無駄を生む」
「それはそうでしょうけども……あの方は大使と兼任ですし、そちらの立場からすると直属の上司に本部の情勢を『伝えない』ということが、隊長の仰る通り、余計な心労になるかもしれませんよ」
そうなると結局は領主代行の職務に障りが出てしまうのでは、とルナールも困った顔をしてタオに訴える。タオは髭を扱いて一度目を伏せてから、
「……じゃあ、サンハル。君が『個人的』に情報を入れる形にしたまえ。君がウィリアムさんに云うから、マッカンさんは本国にそれを伝えなくて良い、そういうことにしよう。だったらマッカンさんの気は楽になるだろう」
「は? 俺がか」
サンハルが軽く声を裏返して、パチパチと瞬きをした。タオは「そう、君がだ」と繰り返す。
「そりゃな、アエラ、君でも良いんだが……。複雑だろ?」
微苦笑をタオが見せると、フーコーは肩を竦め、「そうね、何だか妙だわ」と云った。
「兄妹の会話にすることじゃないし、領主代理としてなら、じゃあ何故マッカンさんからじゃないのかってことになるし、本部外務部長としてなら、何故ユピタ=バルムにだけその情報を入れるのか、ってなるもの」
「そういうことだ。あくまで『公』としては完全に止めておく、そうじゃないと何処から広報されるものか解らないし、広報はしないとしても『組織』が『知る』ことになると、アエラの云う通り『誰が知っているか』を把握出来なくなってしまう、すると何処から漏れるとも限らない。あの情報は『戦』の上での切り札ともなるかもしれんのだからな、少なくともCFCが公表するまで、サウザーが『それを知っている』ことは漏れちゃいかん、向こうが報せてきたことであっても。――だから、サンハル、個人的……私的に、君が『大統領でもある先輩』に云え」
「……随分なプレッシャーをかけてくれるものだ。私的で構わんのなら、それこそアエラでも良いんじゃないのか」
サンハルが肩を竦めてから首を傾げると、アエラ・フーコーは軽く口を尖らせ、
「サンハルさん、私と兄貴の『私的な会話』には、政治的なものなど全く無いのよ、本物の兄妹ゲンカだけよ」
そう云う。だから、「そんな話」を「私的」にするのは不自然なのだ、と云いたいらしい。タオが苦笑を浮かべた後、
「云い方変えるか、〝非公式〟だよ、サンハル。アエラが〝私的に兄へ〟ってことにすると、『じゃあ、兄から他の家族へ』伝わっても可笑しくない感じになっちゃうだろ? ウィリアムさんが黙ってたとしても、こっちがそれを危惧する羽目になるじゃないか。――他人だが友である君が『内緒話』すんのが一番良いんだ、本来の領主の俺が『個人的』に、っていうのも、アエラと同じで少し妙な感じになるからな。ウィリアムさんなら察してくれる筈だ」
最後には真摯な声になって云うと、彼も表情を引き締めて「解った」と大きく頷いた。
「――ああ、そういえばアサギとリオンも知ってるな、サウザーの誰かにわざわざ告げることは無いだろうから――たまたま耳にしてしまった『機密』ってことくらいは解ってるだろうし――急いで口止めする必要は無いが、フリュスとサヴァナには俺から云うことにするんで、君らの誰かが云うのも止しといてくれ」
「……口止めを急ぐ必要は無いとしても、顔を見た時には一応釘を刺した方が良いかしら? もしかして、もうそれぞれ地元に情報を入れてしまってるとしたら、それを把握しておく必要がありますでしょ」
「うん、そうだな。一応確認してくれ」
「解りました」
ルナールとフーコーも顔を見合わせて頷き合った。
じゃあもう良いか、という顔をして踵を返そうとしたタオであったが、ふと何か思い出した顔になり、慌てて付け加えた。
「……っと、待てよ……。――おい、サンハル、今此処でささっと云えることじゃないから、まあ良いが、やっぱりテリーインに、市長のことも云っておけ」
「そうか?」
サンハルが首を傾げると、タオは呆れたような顔をし、そりゃそうだろう、と云った。
「テリーインには、実質的な軍総司令官を任じたんだぞ。だったら、おまえが知っててテリーインが知らないのは可笑しいだろ。朝の段階ではおまえの方が『上層部』だったが、今はそうじゃない」
「ああ……そうか、『戦』の切り札となる可能性がある情報を、トップが知らないのは問題だよな…」
「暗殺がどうのこうのは置いといても、『死亡』って情報だけはテリーインが持っておくべきだ。それは実際にサウザーの諜報隊が仕入れた情報でもあるんだしな――だから、テリーインには必ずしも君からじゃなくても良い、『情報部から』の形ででも段取りはしとけ」
「解った」
納得、というふうにサンハルが大きく頷く。フーコーも「あ、そっか」と呟いた後で、タオに確認した。
「じゃあ、タオさん。一応整理しとくわよ、あのことを知ってるのは、情報部と領主代理の五人の他には、サンハルさんとテリーインさんに兄貴、それとアサギ君とリオン君――それ以上は漏らさないようにってことで良いのね? アサギ君とリオン君に確認して、もし二人が誰かに云ってるようならそれを確実に把握」
タオが「うむ」と大きく頷く。ルナールとサンハルも、「諾」と頷きを見せた。
「では、そういうことで――バーナードさん、マッカンさん、師匠、一先ず、私はこれで失礼! 宜しくお頼ぉ申しますよ!」
――ディナムの席に集っていた三名も、こちらの「こそこそ話」を気にしていたのか、タオがそちらに目を向けると、師匠と目が合った。何か訝しんでいる様子も顕わな師匠達へ陽気な声でそんなことを叫ぶと、タオは今度こそ、「関係者以外使用禁止」の扉に早足で近寄り、会議場を出て行く。大股で早足だから、わざとなのかと云うくらいに長衣の裾がばっさばっさと揺れていた。
残された者達は、そんな領主の後ろ姿に呆れた表情や苦笑を見せていた。
【day2】学習の日
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