【day2】(2)-[6]-(1)
タオが演説台の端をがしっと掴み、「では」と張りのある声を出した。
「結論として宜しいか。私、領主タオ・サウザーが『黒い筋』『異形』への対策に集中するが故、サウザー軍実質総司令官にルーカス・テリーイン現参謀長を任命し、領主代理に、ユイ・モニエ・ルナール、アエラ・ヴァン・フーコー、ディナム・タイクーン・シンキ、ショート・バーナード、ツゥリー・マッカン、以上の五名を任命するものとする」
異議無し、の拍手が起きる。
「宜しい。では、これより私は『特殊対策本部』の本部長であり、その任務へ偏重させて頂く。命令書は後ほど渡すが、今この時から、代理ながら領主は、五名の各氏だ。――さて、では閉会の前に、最後に細々とした指令を出しておく」
そこでタオはコホンと一つ咳払いをした。
「昨夜、諸君を招集した際、既に申し上げているが、『黒い筋』という問題と『戦』が並行しているが故に、領民の安全確保のため、もう少し詳細を詰め、変更すべきは変更せねばならん。それらを議論するための議会も近日中に予定しているが――。今のこの会議で『特殊対策本部』の設置も『承認された』と云える訳で、その運営に際しての議論も必要となった。即ち、予算編成や法整備等だ。領総議会・各自治体議会の議員諸君も、この会議をご覧になっておられるだろうから既にお解りだろう――忙しくなるぞ。各議会事務局は連携して、日程調整を今すぐにでも始めてくれたまえ。――ちなみに」
タオは再びそこで区切りを入れ、柵の方向を見やった。ルナールに微笑を見せて議場に向き直り、
「この指示について、俺自身はすっかり頭から抜け落ちていた。――これは、昨夜ラルナーラへ領主代行を命じ、それから今朝までの間に彼女が先のことを考え、俺に云ってきたことだ。五名の中でルナール大公は確かに最も若いし、政務経験も浅い。が、彼女はちゃんと、己のなすべきことを理解し、勤め上げる意志を持っている。よって、――決して、ラルナーラの年齢や経験で、君らが彼女を『侮る』ことが無いよう、切に願う」
そう云ってからタオは、師匠へ顔を向けてニヤッと笑った。
「ディナム翁。ラルナーラはお嬢さんかもしれませんが、年寄りにしか出来ないことがあるなら、若者にしか出来ないこともあるんですからね。恐らく、ひよっこにしか出来ないことも、世の中にはある」
「――君は、論戦術と云うよりも純粋に、口が達者だ」
ディナムが――微苦笑を浮かべて呟いた。
「私からは以上。――諸君らから、今出すべき議題は無いか」
タオが全体に向かってそう云うと、ふと、北部地方の「島」から手が挙がった。先ほど発言したポーラ市国大使である。おや?という顔をした後で、どうぞ、とタオが発言を促す。
大使本人も、一度微かな苦笑いを見せてからマイクを持って立ち上がった。
「些末なことでありますが、最終的な確認としてタオ閣下にご質問差し上げます。――この会議の内容と結論について、『広報』は如何なさるおつもりですか?」
するとタオは目をぱちくりとさせ、大使と同じように苦笑をまず浮かべた。それから大げさに肩を竦めてみせた。
「その必要があるかねえ? そりゃあ最初に『ある意味非公式』とは云ったが、『公開』はしてるんだよ。俺としては、『広報』しないことに文句云われる筋合いは無いと思うね。中継見てない方が悪い」
――モニタを眺めていたリオンとアサギが顔を見合わせ、笑みを交わした。やはりタオは、「そういう考え方」をしているのだ。
ポーラ市国大使は、その答えを予想していたのか、再び苦笑いを浮かべた。
「領内の民はそれで納得するでしょうが、領外――外国に対しては?」
「サヴァナとフリュスには、この後一応、ちょっと云っとくと思うよ? ホントならこの場に居てくれると有り難いくらいだが、そうは行かないからね」
「――他の不特定多数の『外国』に対しては」
「ふん? ――『サウザー』は、戦時の今も、外国人旅行者を――そりゃまあ、厳格に出入国審査はさせてもらっているが、拒絶してない筈だが? 巧妙に旅行者に化けたスパイからゴシップ大好きなパパラッチまで、それなりに居るんじゃないか? だったら中継見てんだろ。『イエー! どうもー、改めましてサウザー領主のタオでーす』」
タオはこれ見よがしにカメラに向かって、グッと親指を突き出し、次には手を振ってみせた。
モニタ前では爆笑も起きたが、流石にあきれ顔も見える。議場内でも同様だ。
ふっ、と、タオはシャールに見せたような意地悪な……何か含んだ笑みを浮かべて続けた。
「そういう連中が、中継を見ていないとすれば、それも『怠惰』だよな。広報しないこっちが悪いんじゃねえぞ、見てないそっちが悪い」
云いながらタオは再びカメラ目線になり、レンズを真っ直ぐに指さした。それから、再びポーラ市国大使を中心に全体を眺める目線になって
「その手の連中が中継見ていた上で――それはつまり諜報活動や取材だわな――、上司にどんな報告しようが、どんな記事を書こうが、それも、こっちがどういう内容の広報をしたとしても、結局は連中自身の胸先三寸、舌先三寸だろ。――俺は、広報の必要性を感じないね、俺が今一番避けたい時間の無駄だ」
タオがそう云うと、ポーラ市国大使のみならず、議場のあちこちや柵の中――サンハルも「うんうん」と頷いていた。
「そりゃまあ、この後、命令書を五人に渡して領主代理が正式に就任したときは、広報室から『決定事項を正式に発表』、という形にはするだろうと思うよ? 領民にだって中継見てられなかった者は居るだろうし、『新聞』には出して欲しいよな。しかし、今この会議で議論した内容が全てであって、それ以上・以下・以外、どの『事実』もこの先には無い。ならば、議事録をまんまプリントして『読め』で終わらせる方が、まだしも時間の節約だ。質疑応答を含んだ『会見』って形の広報は必要無いと思うんだがね」
議場内に「頷く」――つまり、タオの発言をハッキリと肯定している態度は見えない。が、実際にサウザーへ侵入したスパイ等からしたら相当の皮肉か、それを通り越して挑発に近いその発言を、「否定」、咎めたがっているように見える者も居なかった。
ポーラ市国大使も、仰る通りですね、と云いたげな顔――薄い笑みを見せた後、
「政治的――外交上ではどうなります? 『ウチの領主、一時的に代理が務めることになったんで宜しく』と云っておかなくても良いのですか?」
「あー、それを俺が決めるのか? 俺は、時間の無駄だと思ってんのに、面倒だな。――じゃあ、それは、それこそ代理の五人に決めて貰おう、元々外務部のアエラ・ヴァン・フーコーも居るしな。俺が一時的に退くご挨拶をする必要があると判断が下るなら、〝直筆メッセージ〟や〝ビデオレター〟くらいは作るよ。――それが『代理』の皆さんの初仕事になるんでしょうかね。宜しく」
そう云ってタオは師匠、バーナード、マッカン、それから柵の内側に居るルナールとフーコーへ丁寧に目線を合わせた。五人とも「やれやれ」と云うふうな顔をしている。
タオは再びニッと笑い、
「この非常事態に、そんな些末なことで、ガタガタ云う『外国』があるなら、それこそ『内政干渉お断り』で突っぱねて構わん。それは現領主の俺の意志だ」
親指で自分を指してふてぶてしくそう云った。
最後にポーラ市国大使へタオが目線を向けると、大使は「解りました」と頷いて、マイクを置いた。
「皆の中には、『いやそれじゃいかん、ちゃんと会見の場を持つべきだ』と意見をお持ちの方はおられないのかな」
タオはタオで、最終確認というふうに全体を見渡した。特に不満そうな顔は見えないし、手も挙がらない。
「それでは、他に議題をお持ちの方は居られないか?――居ないか、では、良いだろう。お開き!」
そう宣ってタオは一つ大きく手を打った。
会場は「閉会」を表す拍手に満たされる。議長、あるいは司会者が改めて
「臨時首長会議を終了致します。傍聴席から開扉致しますので、出席者の皆様は今しばらくお待ち下さいませ」
と声を張り上げた。
傍聴の市民が傍聴席から出て階を移り、恐らく議場外のエントランス・ロビィになっていた空間を空にするまで、出席者は議場を出られないことになっているのだろう――それは軽く保安上の理由だ、現在は「戦時下」でもあるから、もしや一般市民に紛れた不埒者が居た場合に備えて、出席者を近づけないように――。しばらく出席者は前後左右の者同士で席から立ちもせず語り合ったり、あるいは扉とは全く逆の方向、馴染みの顔がある席に近づいて談笑をしたりしていた。
バーナードは周囲の者に軽く頭を下げて、「お疲れ様」のような挨拶を交わした後、どっしり腰を据えたままのディナム翁の下へ向かった。「これから宜しく」というような言葉でも交わすつもりだろうか。マッカンはシャールから引き留められて何らかの言葉を投げかけられた後、握手を求められて苦笑し、それに応じた。その後、バーナードと同様、ディナムの席に近づいた。
――そしてタオは、司会者が「今しばらくお待ち下さい」と云った瞬間に、自分の左後方にある扉へ向かって足を踏み出していた――その扉は完全に「関係者以外使用禁止」であるから市民と出くわしたりしない。よって、保安上の理由で「待て」と云われても「俺は待たなくて良い」とでも考えてのことかもしれない――が……、
「こら、タオ。ちょっと待て、こっち来い」
呆れたような声のサンハルに止められた。
タオがふて腐れた顔で振り返ると、大げさに苦々しい顔をしたサンハルが手招きをしている。
渋々、タオは「柵」の方へ戻った。




