【day1】-[1]-(7)
タオは手にした杖をグッと草に突き立て、真正面、草原よりももっと向こうへ視線を向けた。
「リオン、〈風〉から弾道の情報を得よ。チョウ、熱の情報を得、城のレーダーと合わせて分析を――、リオン、君の情報をチョウに〈伝〉で渡せるか」
「チョウさん、これを」
タオの質問に直接は答えず、リオンは懐から糸巻を取り出し、チョウの方へ投げた。タオの頭を飛び越してチョウの手に収まる。
「それを握ってて貰えるか。耳、抑えてなきゃマズイのかな」
「否」
チョウはリオンに軽く首を振ってみせ、タオに目配せをした。タオの背後で凧糸がリオンとチョウの間を繋いでいる。
タオは頷き、
「よし、リオン。それでチョウに情報を渡せ。チョウ、君はそれも含んで分析し、着弾予測地点を『ランタン』に通せ。――俺に見えない? 大丈夫だ、俺も火の友ではある、君の術が〝地〟から伝わる。アサギ、君は〈水〉を通して、弾道上と周辺の生物に危機を伝えろ――やったことはないのか……、大丈夫だ、〈水〉にそれを云えばいいんだ、水が友なら、言葉の通じない生物全ても、君の言葉に耳を傾ける友だと思えば良い」
早口に若者達へ指示を与えると、タオは一度目を閉じ、杖を両手で強く握った。
口を噤んで黙ったままだが、若者達には聞こえない大声をあげている。
――聞こえるか、全ての層に存在する〈ガイア〉の子供達。今、君達には危機が迫っている。私の住まう層にて、巨大な破壊の力が動こうとしている。特に危険な範囲は、「ここ」から「ここ」までだ。迷う死人達、迷わぬ死人達、妖精達、妖怪達、獣人達、皆、逃げよ。その場を動けぬ草木達よ、どうか今しばらく耐えておくれ。「ここ」から「ここ」までの緑よ、どうか今年の命を私に預けてくれ。私は全精霊王の友であり地精霊王のあるじであるタオ・サウザーだ――
ぱちりと目を開け、タオは鋭い目つきで前を見据えた。
改めて杖を右手に握り込み、何も無い空間へ真っ直ぐ突きつける。左は何か落ちてくるものを受け止めるように手の平を上に向けて、同じく前へ突き出した。
そのままじっと、前を見据え、手をつきだして、タオは「何か」を待っていた。
どの位経ったのか、誰も時計を見る暇など無かったから、具体的には分からない。ただ、晴れた空の下、四人それぞれの影が、足下から生える方向をじりじりと変えつつ、それなりに短くなっていった。その間、黙ってその時を待った。
タオにも気になることはある。サヴァナはどうなっているのか、フリュスはどうなっているのか、そして城は、我が領の民はどうなっているのか。
だが、タオは一言も口をきかなかった。それを自分の代わりに知っていて貰うために、若者達に来て貰ったようなものなのだ。本当に最悪のことが起きれば、若者の方がそれを口にせずには居られまい、今、〝地〟のあるじたるタオが己のやるべきことをやっている時に、それを邪魔してまで云わねばならぬことなら、訊かずとも云うだろう。
それを若者達も判っているから、どんなに不安でも、口を開かず、己のやるべきことをやっていた。
だからタオは、黙って立って待っている。
そして、その時が、来た。
だが、予想には反していた。
それが己の感知範囲に入った瞬間――、何かに手を伸ばしたとき、まだ実際に手に触れずとも影は滲むように交わって見える――そんな距離感覚を得た瞬間、タオの左手は握り拳となり、草原には穴が空いた、筈なのだ。
〈核の矢〉が手の中に入った瞬間、己の手でそれを星の、それこそ「核」まで引きずり下ろす――、〝地〟の魔術に於いて最も禁断のものとされる、星そのものの〈重力〉を狂わせる魔法……それを、行なった、筈なのだ。
だが――
その瞬間、自分の左掌に感じるはずの「感触」は全く無く、タオは空を掴んでいた。
そして目に映ったのは、巨大な火の玉、だった。
一体何処から現れたのか、いつの間に現れたのか、――己の視覚の「コマ数」を一体いくつ飛び越えて、この火の玉は現れたのか、まるで解らない。唐突に、としか云いようがなく、其処に在った。
炎の球体が半分に割れ、まるで、パクンッと〈矢〉を一口に飲み込んだ、ように見えた。
タオは呆気にとられて、その様を見ていた。
すると次には、核の〈矢〉を飲み込んだ炎の〈口〉から、同じく火を帯びた礫が幾つも、飛んできた軌道をなぞるように、描くように、引き返すように、小気味よく飛んでいった――後でリオンが、「何だかスイカの種を飛ばすのが凄く上手い奴みたいだった」などと云ったのだが、滑稽ながら、それは随分と的を射た風景であった――。
――火の礫を吐きだした炎の球体が、振り向いた。それは、〈口〉がタオ達の方を向いた、という意味になる。
全員が――若者達だけでなくタオも、息を呑んで全身を強ばらせた。金縛りにあったように身動きがならず、思考は一瞬停止していた。
四人のうちアサギの行動が最も早かった。そうは云っても、有効な何かを具体的に行えた訳では無い、己が〈水〉性であること、己の近くに居るリオンが〈風〉性であることを鑑み、立ち上がって彼に近寄ると、腕を伸ばして水平に〈水〉の結界をただ張った。果たして、唐突に現れた火の玉にそれが通用するのかどうかは解らなかったが……。
次には、チョウが素早く領主の前に槍を掲げた。完全にタオの前に立ちはだかっては彼の視界を遮り、却って「邪魔」になってしまうため、〈装置〉である槍を柵に見立てて両手で掲げ持つ。相手は「火の玉」である、万が一あれが攻撃をしかけてくることがあれば、恐らく自分が、〈同化〉あるいは〈溶融〉することで領主を守ることが出来るはずだ。そうなれば、何らかの〈理解〉も、僅かなりとも出来るはず。
リオンは、アサギから庇われたまま立ち尽くしていた訳では無い。「凧」から伝わってくる状況を必死に整理し、理解しようと努めていた。
タオも同じく、部下から守られたままキョトンとしていた訳では無い。火の玉をじっと見据え、己の知識と感覚を研ぎ澄ませて、「これは、何だ」という自問に答えを出そうとしていた。
炎の球体……〈口〉から、四人に向かって火炎や火の礫が飛んでくるということは無かった。
じっと見つめているうちに、炎は球体の形を崩し、――炎らしく――メラメラと揺らぎ始めた。
それは、蛇の形になり、次には龍の形になった。時には鳥のようになり、肉食獣――恐らく獅子のような形にもなった。
そして、最後には――人の形になった。
頭があり肩があり腕があり、胸があり腰があり足がある――二本足で立つ生き物の形だ。
だが、大きさはまだ、「人」と同じではない。このままでは、巨人だ。あの炎の足の下にあって、蟻……とまで云うと誇張が過ぎるが、それでも、四人はまだ鳩か鶏程度の大きさでしか無かろう。
男女――雌雄の別も判らない。少なくとも、成人女性に見えるかたちをしていないことだけは確かだが……。
……人――巨人の形をした炎、その「顔」。もしかしたらタオは目が合ったような気がした。その瞬間、「顔」が……口がゆっくり開き、歯を見せて笑ったように見えた。
タオはその時、強烈な怖れを抱きつつ、猛烈な好奇心と、何故か愛着を覚えていた。その表情が、恐ろしくも、何とも愛嬌があるものに見えた、気がしたからなのだろうか。
だが、それもほんの一瞬のことだった。
人型の炎がくるりと再び振り返る。矢がやってきた方向を確認するように。その時、
「タオ! 上……ッ!」
リオンが叫んだ。
その時初めて、タオは「まるで空が裂けたような」風景を見たのだ。
リオンが「透明の板」を草の上に放りだして、北側を指さしていた。その方向の青い空に真っ黒い筋が走っている、いつの間に。
黒い帯や紐が風に乗って飛んでいる訳でも無い、浮かんでいる訳でも無い――其処に何か在るのではない。空の一部が割れている、としか云いようのない「筋」……その「間」から、
「う、うわっ!」
今度はアサギが叫んだ。
物凄い速度でわらわらと、今度こそ何かが落ちてきた。ムカデやヤスデのような多足の――しかし大きさはチョウが持っている槍ほどもありそうな――虫のようなもの、逆に足は全く無い蛇のような、しかし頭の位置に人間の(ような)顔があるもの、頭から腰までは人の(ような)形をしているのに腰から下が途端に蛙の(ような)足になっているもの、逆に頭が鶏 (のよう)で体が人の(ような)形をしているもの、脳みそ(らしき固まり)に目玉(のような球体)だけがひっついて蝶の(ような)羽を生やしたもの――ありとあらゆる形の「化け物」としか云えないような「何か」が、空に浮かんだ黒い筋の「隙間」を押し広げるようにして、落ちて、降って、下りて来ていた。
だが、それらも四人に襲いかかることは無かった。先ほどまで球形をしていた炎、今は人の形をしている炎の背後に集まっていく。
人の形をした炎は、肩越しにもう一度だけ軽く四人を――タオを振り返ってから、直ぐに、矢の軌道、先ほど吹き飛ばした火の礫の軌跡を再びなぞるように、飛び去っていった。そして化け物達も、その後を追い、列を成して飛び去っていく。
もしかして――「あははははは」と笑い声が聞こえたような気がするが、気のせいだろうか。タオは首を傾げる。
「百鬼夜行……?」
リオンが呆然として呟く。実際、風景としてはそうとしか表現出来ないようなものだったが
「真ッ昼間だぞ……」




