【day2】(2)-[5]-(4)
「――儂も、バーナード君が居てくれると嬉しいし、有り難いね」
手を挙げぬまま、ディナム翁がマイクを通してそう云った。
「〈魔術〉的にも、バランスが取れて良いじゃないか。――いくら儂が〈火〉と〈土〉のマスターとは云え、その両方へ同時に頼られるのは流石に老体に鞭じゃ」
「マッカン殿は、どう思われる。遠慮無く、思うところを申されよ」
タオがマッカン大使に顔を向けて問うと、ディナムと違い一度挙手して
「正直に申し上げれば、私としても有り難いことです。――私もユピタ=バルムの民として『己』の建国は出来ておるつもりですが、その『己』が、主従で云えば、とことん〝従〟の側でございますので……」
『おいコラ、ツゥリー、てめえよ、俺の御高説をヘニョヘニョにすんじゃねえよ』
「――聞こえてるよ、ウィリアムさん」
機械を通してウィリアムの素の声が議場内に響き、タオも思わず「くくっ」と喉を鳴らした。……傍聴席からも堪えられない顰めた笑い声があがり、柵の内側ではアエラ・フーコーが頭を抱えている。「あんたがそんなだから、マッカンさんもとことん出来た〝従〟にならざるを得なかったんでしょうよ」と彼女が呟くのを小耳に挟んで、サンハルもタオと同様、喉で小さく笑った。
マッカンも苦笑を浮かべてから続けた。
「自信を持って〝主〟で居られるほどの判断力と決断力、加えて『強い肝っ玉』が無い、という意味です。――その代わり〝従〟の性質を持った『己』には自信がございます。命じられたことにはどんな不可能にも立ち向かう意志、逆に、主がどう考えても過ちを犯していると判断した時には、どんな罰も恐れず諫められる、そんな『〝従〟としての誇り』があります。――ですから、領主代行という任は、荷が重くもあり、しかし、己は末席に在って、より〝主〟に相応しい経験者が複数人居られる『合議』の一部を担うと考えれば、『調整者』として有効に立ち回れるのではないかと」
「ふむ、それは云えるね。今のところ挙がっている者は――こう云うとなんだが――個性が強いから……、一歩引いた『調整者』が居ると心強い」
タオが髭を扱きながら大きく頷いた。――マッカンの表情が、少々引き締まり、声色も厳しいものに変わる。
「ユピタ=バルム、南部地方の代表という立場から離れ、先ほど御評価頂きました〈魔術〉の『研究者』としての意見も付け加えさせて戴きますと――」
「うむ。――貴方の場合、より客観的な意見は、そちらの方になるだろうね」
そうですね、とマッカンが首肯した。それから、一度軽く眉を寄せて云った。
「実は、もしバーナード様の名前が挙がらず、私を含めた先の四名で代理が決定するようでしたら、私は確実に反対意見を述べるつもりでありました」
「ほう?」
「タオ様が仰った『均衡』を考えますと――、先ほど名前が出たイムファル君と同様、四人のうち私自身は〈魔術士〉でありませんから、現在、代行としてお名前の挙がっているルナール公、アエラ外務部長、シンキ先王陛下の三名だけでは、――ハッキリ申し上げて『不味い』です。余りに不均衡です。だったらいっそのこと、領主代行を全て魔術士以外で構成する方がまだしもだ、とまで申し上げましょう」
「ふむ……そういうものなのかな…」
「この場合、シンキ先王陛下が〈火〉と〈土〉を『兼ねる』という考え方をすべきではありません――先ほど陛下御自身は御高齢故の体調を案じられる発言をなさいましたが、失礼ながら『それだけではなく』の話でございまして、『尚のこと』とも云えます。――よって、バーナード様でないとしても、もう一人、〈火〉か〈土〉の魔術士が居られる方が良い――いえ、居られなくてはいけません」
「ふむ。傾聴に値する意見じゃな。魔術士本人にはなかなか気付かれぬ。マッカン君、続きを頼む」
ディナムもより真摯な目つきになって、厳かに何度も頷いた。
軽く咳払いをして、マッカンが続けた。
「ルナール公とアエラ様、私――となった段階で、シンキ先王陛下でなく、私と同様の魔術士ではない方が入られたのなら、まだ問題は無かったのですが――また、先ほどタオ様が仰ったように、普段は〈土〉のタオ様お一人、ルナール大公が〈水〉でお一人ということならば、それは不均衡という状態ではなく、『領』の特色として現れると考えて構わないのですけれども――。シンキ先王陛下が承諾されました以上は、もうお一方、〈魔術士〉――出来たら〈マスター〉が居られるべきです。大公とアエラ様が〈水〉と〈風〉である以上、シンキ先王陛下は常に〝克し克される〟状態になり、負担が大きすぎます。かと云って〈火〉か〈土〉に集中する――偏るならば、今度は著しく安定を欠きます」
「しかし……、領主ってのは、あくまで『この世』だけに必要な役割で、サウザーとて『政務』そのものに〈魔術〉や〈精霊〉を必要とはしていないよ。師匠だって自分が何の〈マスター〉で、何から克され何を克すかなんて意識しながら日常を送ってはいないだろう、俺だってそうさ。そりゃまあ、無意識に……苦手意識みたいなもんは出てくるかもしれないけどね。俺は、あくまで『特殊対策本部』の側を考えて、そっちで〝政治的手続き〟が必要になった時なんかに、ある程度ツーカーで話が通るから〈魔術士〉だとベター、って意味で云ったんだがな」
タオがそう云うと、マッカンはゆるゆると首を振って続けた。
「『政務』『領主』というこの次元への影響だけが強い役職といえど、〈マスター〉の名前が三名挙がっているとなれば、代理に就かれる魔術士御本人の〝魔法的属性〟と〈精霊〉の、互いの影響力が否定しきれません。〝ブレ〟とでも云いましょうか……その通り、『無意識に』であることが問題なのです。御本人に意識はなくとも、思考時や意志決定の場に於いて偏りが生じたり、後で考えたときに不本意な結論を出してしまったりと、そうしたことが起きる恐れがあります」
「ふむ……」
「――繰り返しになりますが……ルナール公とアエラ様、それに私が入るのならば、もう一人は、それこそ同じ研究者たるイムファル君が、『均衡』のためにはベターでした。〈水〉と〈風〉ならば、直接に互いを克しも克されもしませんので、研究者がそこに混じるならば『状態』を観察することだけが出来ます。つくづく、シンキ先王陛下お一人で〈火〉と〈土〉を兼ねると考えてはなりません。現状の『三名の〈マスター〉』では、甚だしい不均衡です」
――そこで、ギン達三人の斜め前に座っていた壮年の男性が、ふと俯き、「く」と小さく笑ったようだった。彼の顔が辛うじて見える位置に座っているのはリオンだったが、苦笑いに見える。それからやはり小さな声で――当然独り言だろう――
「イムファルがベターだった、とはねえ…。云うもんだ」
と云った。
リオンが小首を傾げ、「どういう意味っすかね」とギンに囁きかけた。
するとギンは――彼にも聞こえたらしい――軽く肩を竦め、
「さあ?」
とリオンに返した後、改めて男性をちらりと見た。後ろ姿を見る限りでは――自分の位置では顔がよく見えないので――、ギンにも、覚えが無い。ただ、年齢はイムファルやマッカンと同じくらいに見える。
また、リオンが顔をちらちら見る限りでは、その男性はずっと――何と云ったら良いだろうか、モニタにちゃんと目を向けているのに、それを見ていない、というか……。モニタのもっと奥、あるいは裏ッ側でも見るような、遠い目をしているような気がした。そして口元には、引き続いて薄く笑みが浮かんでいる。
「イムファルさんか、マッカンさんの知り合い……かな」
リオンがコソコソとした声でギンに云うと、彼も「かもね」と肯んじた。
――そのひそひそ話が聞こえていたのか、男性が肩越しにちらりと三人を振り返った。が、話の内容は聞こえていなかったのか……、リオンやギンを特に咎めることはなく、直ぐにまた前を向いた。
振り返ってきたその顔に、「何処かで見たことはある気がする」と一瞬ギンは思ったが、しかしそれ以上記憶を掘り下げることは無く、ただリオンに向かい、「これ以上は止そう」と云うふうに唇へ人差し指を当てた。リオンも、「ウン」と応じる。
男性と同じく、モニタへ注目すると、タオが腕を組んで首を捻っている。
「うーん……とは云え――今となっては師匠も、『じゃあ止める』とは云わないでしょうね」
タオがディナムへ顔を向けてそう云うと、「勿論じゃ」と翁は頷いた。するとマッカンが「ではやはり、『尚のこと』です」とはっきり云う。
「性別との関係を申し上げても、バーナード様が居られることは『均衡』のために良いのです。シンキ先王陛下を〈火〉と考えて男性、ルナール公が〈水〉で女性、アエラ様が〈風〉で女性、バーナード様が〈土〉で男性――これは、絶妙な十字を描いておりますので」
――マッカンはつい、アエラ・フーコーに「様」という敬称を付けてしまっていたが、本人は気付いていないらしい。そのまま、研究者が研究結果を発表するかのように、あるいは教授が学生に講義するように、声色は冷静ながら熱意に満ちた目をして語り続けた――シャールは、随分とキラキラした目でマッカンの語る姿を見上げている。
イムファルが何処かで会議の様子を見ているとしたら何を考えているだろう、マッカンと同じように途中で「これは不味い」と焦っていたりしたのだろうか、そして今のマッカンの「解説」に安心していたりするのだろうか。




