【day2】(2)-[5]-(3)
「無理――とは云わんですよ、そりゃ。というか、マッカンさんのように現職も兼任して務めようとしている方が居られるのに、それに、シンキ先王陛下のように、同じ隠居ながらご年配の方が承ったのに、私が拒否しようと思ったら、どんな豪勢な理由を挙げりゃ良いですか。――私ゃあマッカンさんと違って、かみさんもほぼ隠居、『戦さえ無けりゃ、冥土の土産にはサウザー領一周旅行でも出かけたかったのに』と、脳天気なんだか不謹慎なんだかってぇ愚痴を云うとるくらいですからな、城に来いと呼べば喜んで直ぐにでもやってくるでしょう」
大げさに嘆くような声でバーナードが云うと、タオは笑みを浮かべ、
「では、了承されますか?」
と問うた。
バーナードは首を捻り、
「しかし、私が出張る必要があるですかねえ。ディナム翁も居られるんですよ。私は現職じゃないから直接〝中アルクス〟の行政に指示は出せないし、よって其処から周辺地域への情報伝達というのも、結局滞る」
「ご謙遜を。そりゃ、直接の指示は出来ないとしても、影響力は否定できないからこそ、『元』の貴方が会議へ派遣されたんでしょうよ。何なら一人、貴方の伝達係として、本部から一人、中アルクスに派遣しましょう。どちらにせよ、中部から代理が確定しなければ本部の管轄になるところだったんですから。東西南北それぞれの地方からは既に候補が出てること考えると〝アルクス〟の性質上、貴方の代理であり本部の職員って立場の者が現地に居りゃあ本部との連携はスムーズだし、良い感じに情報や指示も巡るじゃないですか。中部地方全体をフォローするための伝達網は、今もある程度なら存在しているのだし、これから追々細かくしてってもいい」
――タオの提案に、中部地方代表が集まった「島」では、「ああ、そりゃいいねえ」と云うふうに頷き合う様子が見えた。
タオの言葉に、何とも理解し難い内容があったので、リオンが首を傾げてギンに訊く。
「今、何つったんスか? 〝アルクス〟の性質上で、良い感じ、って……? 全然意味が分かんねえ」
ギンが「え?」と云うふうに首を傾げ返すと、アサギも不思議そうな顔をしていた。
――ああ、知らないなら、そりゃ「意味が分からない」か、とギンは納得して頷いた後、リオンに苦笑を見せた。
「……アサギ君は兎も角、君は知ってるかと思ったけど…」
ギンがそう云うと、リオンは「えっ?」とたじろいだ。
「え、俺が、サウザー領の『基礎知識』として知ってなきゃいけないようなことなの? ……バーナードさんが『金工職人組合』の組合長さんだったとかってのは、聞いた…けど」
ギンが「いやいや」と手を振り、「そんなに気にしなくて良いよ」とまず云った。
「考えてみれば、二人は〝戦時〟に使者と修行を兼ねての訪問だもんね、平時の研修や交流じゃないから……。そういう――領全体の、地方の特徴とかまでは、まだ伝わってないか」
「じゃ、〝アルクス・タウン〟っていうのは、他の国には無いような……、特にリオン君みたいな――技師の方にとって興味深くなる特色があるってことですか?」
アサギが問うと、ギンが「まあね」と応じた。へえ、とリオンが目を輝かせる。
「〝アルクス町〟って名前の自治体は、東西南北中で五つあるんだけどね、五つが中部地方に固まってるんじゃないんだ。東部地方に〝東アルクス〟、南部地方に〝南アルクス〟ていうふうに、サウザー領のそれぞれの地方に一つずつある。で、中部地方には〝中アルクス〟ね」
そう云ってギンが軽くモニタを指した。
「かと云って、単に〝アルクス〟っていう同じ名前がついてるだけではなくて、共通点というか一定の特色があるんだ、それが故に互いが『連携』している」
アサギが何か思い出した顔をして、確認口調で云う。
「そう云えば――、他の自治体代表の方は殆ど席から動かない感じだったけど、そうじゃない方が時々居られましたね。何と云うか、それぞれの集まりを渡り歩いてる感じの」
「うん、そういう特色を持った町なんで、状況に応じ〝アルクス町〟という一つの自治体連として活動することもあるからさ。今の流れだと、それぞれの地方で代行の候補を一人挙げる議論をしなきゃいけないけど、アルクスの場合、それとは別に〝アルクス町連〟としての意見も――一応纏めておいた方が良さそうな感じだったんで、それでだろう。ちなみに〝アルクス〟だけじゃなくて――、さっきちらっと聞こえただろう、〝ウーシン〟」
「あ、はい」
「〝ウーシン〟も、そういう部分は〝アルクス〟と似てる。〝ウーシン〟は中部地方なんだけど、他の四地方には〝イーシン〟〝アルシン〟〝サンシン〟〝スーシン〟という町がある――この通り、最後に必ず『星』を意味する『シン』が付くので、纏めて『星町』とか『暦郡』とか呼ばれてるんだけど、そちらは、アルクスとは別の共通項で『連携』してるんだ」
「暦郡?」
アサギが首を傾げると、ギンは、
「『暦』は天体、つまり〝星〟の動きを、文字や数の『記号』にしたものって云えるだろう?」
「ああ……」
「〝カレンダー〟っていう『物』を『星町』が生産してるとかって訳ではないんだけど、『暦』の本質は『星町』が一番理解しているというか実感しているというか――そういう感じだから『暦郡』とも呼ばれてて、それが、『星町』の持つ共通項とも関係する」
「じゃあ、その『共通項』の部分で、〝アルクス〟については、俺が知っててもおかしくないってことッスか?」
リオンが好奇心に満ちた目をして問うと、ギンが「うん」と頷いた。
「学園都市とか観光都市とかって、その都市の特色を表現する言葉があるだろ? アルクスはそれで云うと『技術都市』とでも云うのかな――そりゃまあ、都市って云うほどの規模じゃないっていうか、『都会』ではないんだけどさ」
「……。『工業都市』とは違うんスか?」
そういう表現だと「工業都市」の方がよくありそうだが。リオンが首を傾げると、「僕は、その表現だと似つかわしくない感じがするなあ」と同じように首を捻った。
「『工業都市』って云うと、大規模工場やコンビナートみたいのが浮かんでくるし……。――そういうんじゃなくて、アルクスは、何て云うか、『技師』『職人』が特に集まってる町なんだよ」
「へえっ!?」
それで「君は知ってるかと思った」なのか、と納得もしつつ、リオンは目を見開いた。
「だから、当然『工房』や『工場』も多い町ではあるけど、『工業都市』は似合わない感じがするな。――〈魔法装置〉の開発とか生産に携わる魔術士や技師も多いこと考えたら『〈魔術〉都市』でもあるし、技術養成校や開発研究機関なんかも多いから、その点では『学園都市』でもあるしね。その辺もひっくるめたら、『工業』よりは、あくまで『技術』って感じなんだよなぁ」
「ああ……」
「加えて、アルクスは各種ギルド、組合、団体の事務所、企業の…より上位の支所や本部・本社が必ずある町でもあるんだ――西アルクスだけは例外だけどね、そういうのはやっぱり城下町の方に集まるし――。だから、自治体の首長も、民間団体や企業との関係や交流が深くて日常的。そして、アルクスの中でもやっぱり〝中アルクス〟は、地理的にも役割的にも『中心』を担っている部分があるんで、ああして、バーナードさんが特に推されるような形になるんだね。――マグギルドの総代表代理がバーナードさんを推す格好になったのも、マグギルド総本部こそが中アルクスにあるからだよ。実は領本部、城下町にあるマグギルド事務局の方が『西』の地方本部なんだ」
へえー、とリオンがモニタを改めて眺め、感心した声を出した。
「でも、先ほど――〝オル=リス〟ギルドの長という方は、〝ウーシン町〟の町長もされたことがあると何方かが仰ってましたよね? その方御本人が――アーグさんと仰いましたか――バーナードさんを推薦されるというのは? 『暦郡』も、似たような性質を持っているのでしょう?」
アサギが首を傾げると、ギンは「それはね」と困った様子も無く続けた。
「『星町』は、大まかに云うと第一次産業が主要産業の町だからだよ。農業、林業、川・湖・海に接した町なら漁業・水産業――等、あるいはその加工場とか卸業とか流通。それで、アルクスと比べたら人工的な開発が余り進んでいない――意図的に制限してるって部分があって、人口密度も高くない……こう云っちゃなんだけど、純粋に『田舎』なんだよね――だからって、ないがしろにされてるってことは無いよ、勿論。そういう性質の町なんだから、『サウザーの食糧庫』って云っても然程大げさじゃないもの、軽視なんか出来ない」
「……あっ、成る程。それで『暦』――それを必要とする原初は、農業や水産業ですものね」
アサギが、やっと実感を持ってそのネーミングを理解した、と大きく頷いた。ギンも「そう」と頷きを返す。
「人工的な開発が意図的に制限されているというのも、『暦』の作成に際して障害となるから?」
「うーん、天体観測所が『星町』に必ずあるという訳でもないから、それが理由とは限らないけどね……さっき云ったけど、『カレンダー』自体の作成を星町が担ってるって訳でも無いし。純粋に作物の生育や生態、環境に悪影響を与えないためが第一だと思うけど、まあ実際、いわゆる田舎だからこそ空気や空が綺麗で、星が見えやすいのはそうだね。『暦郡』じゃなくて『星町』の方しか通称を知らない人は、完全に『星が綺麗な町だから』って思ってるかも」
ギンが軽く肩を竦めてから続けた。
「で、『田舎』だからこそ、政務が余りシビアじゃないってのも確か。それだったらやっぱり、もう少し都会のアルクスの方がハードだろう。だから経験を考えて、アーグさんはバーナードさんを推したんじゃないかな。『星町』の中で中心的なのは、やっぱりウーシン町ってことになるけど、ウーシンと中アルクスなら地理的に接してもいるし。どっちかから『中部』の代表を出すんなら、アルクスの方が――正解って云えるかな」
「他は、接してないんですか?」
「〝アルシン〟と〝南アルクス〟は町境が接してるけど、『庁舎』を基準にしたら互いに『遠い』って感があるな――でも、星町の五つ、アルクス五つが連携してるのはそうだけど、地方毎の『シン・タウン』と『アルクス・タウン』同士も〝ペア〟って感じで連携はしてるんだ。各産業間……特に第一次産業と二次・三次産業の間に格差や隔たりがあるといびつになるしね。――そういう、元々の関係を考慮した上で、既に東西南北の主要国から代表が出たことも鑑みれば、偉大な〈土〉のマスターでもある〝中アルクス〟元町長のバーナードさんを『中部地方』の代表として、アーグさんが推したのも、民間ギルドが推すのも、理解出来る。理想的だね」
成る程、とアサギとリオンの二人は大きく頷く。
モニタの中のバーナードは「やれやれ」という顔をしていた。――渋るような顔だが、先ほど直接顔を合わせたときの様子を思い出してみれば、彼とて本気で「嫌がっている」訳ではないだろう、リオンとアサギはそう感じて笑みを浮かべた。あのとき感じた「タオと似た雰囲気」――あれが偽りや幻では無いなら、彼もまた、タオと同じように己の「やるべきことをやる」確かな意志があるはずだ。「他にやるべきことがある」という理由が無い上に、「やるべきではないこと」という判断も本人がしていないのであれば――、「やりたくないこと」をやりたくないと、やりたくないという理由だけで云うことは無い筈である。




