【day2】(2)-[5]-(1)
単純に計算して出席者が倍になった――ということになるのだろうか。いや、本来出席すべき代表がちゃんと居る自治体や団体もあるのだろうから、五割増し、というくらいだろうか。議場は先ほどよりも、相当うるさくなった。
こうなると、傍聴席の「私語禁止」も多少緩くなるのか、モニタ越しに、隣同士座った者が耳打ちしあっている姿も見える。また、当然と云えば当然か、中継モニタ前も賑やかになった。
「ディナム陛下の体調に問題が無いなら、居てくれると、本気で頼もしいよねぇ」
そんな声が聞こえたり、
「政務経験者だったら、今は民間人でも問題無いのかな?」
「それでも良いんなら、俺は〝オル=リス〟の組合長を推すね。あの人も昔は、〝ウーシン〟の町長やったことあるんだぜ」
アサギとリオンは未だ聞いたことのない固有名詞が聞こえてきたり、
「アエラお姉さまが『本部』って考えるならさあ…」
「『南』はユピタ=バルムだけじゃなくて、グランゼアも入るよね、じゃあ、シャールさまでも良いんじゃないの、きゃあー」
「全く、女子はそんなことばっかり云ってるなあー」
「何よう、じゃあ、あんたは誰が良いのよ」
「俺はやっぱり、グランゼアだったら〝シャールさん〟よりは、〝ディヴァン提督〟のほうが良いよ、渋くてカッコいいもんなぁ」
「えー、それは無理無理。提督は本部に待機出来ないよ」
――先ほどの……「中学生」くらいのグループからも、そんなかしましい声が聞こえて、アサギとリオンは苦笑を見せ合った。
「……フーコーさん、〝お姉さま〟とか云われてましたよ」
リオンがこそっとした声でギンに云うと、ギンも苦笑して「あーうん」と頷いた。
「外遊とかで露出多いから、城の幹部の中じゃイムファルさんと並んで有名人だしね――性格は兎も角、見た目は『あんな女性になりたい』って思う感じがあるらしくて、憧れてる女の子は多いみたいで」
「……。ギンさん、何となく毒舌ですよ、それ」
「あれ、そうかな」
とぼけた顔のギンに、アサギが小さく笑い、リオンもブフッと吹き出した。
自分達は分からない、知らない――しかし、サウザー領には、本部以外の政務従事者でありながら城下の民も認知していて信頼を寄せるほどの者が、まだまだ多く居るらしい。リオンとアサギは「自分だったら誰を推す」などとは考えることが出来ない、またその必要も無いのだが、さて、結論としてどうなるのだろう?
再びモニタに目を向ける。
大体、議員席そのものも地理的な分類で指定がされているらしく、出席者が複数人で顔を突っつき合わせている輪、「島」が出来ていた。ユピタ=バルムのマッカン、グランゼアのシャールは椅子から立ち上がり、腰や首を伸ばす形になって周囲の者と議論をしている。ただ、自分の席から全ての「島」へ渡り歩いている者も居るように見えた。
先ほどのヴァネッサのように民間の組織からの出席者は、最初から「民間」という括りで固まっていたらしく、その中でも小さな輪が出来ていた。恐らく組織によって違っているのだろう、ヴァネッサは彼女を含めて先ほどの五人――マグ・ギルドの代表で固まっており、彼女達に背を向ける形で別の輪も出来ている。
しかし、その「括り」の中に居る者達はそれぞれで、結局似たような行動を執っていた。己が属する組織の関係者で顔を突っつき合わせた後、個々がばらけて別の「島」へ渡り、その後また本来の席に戻って他の者と意見を交わす……という。――例えば、ヴァネッサに注目していると、「ノース」代表ということだからか、まずルナール公国大使が座っていた辺りの島に向かい、その後、何事か言葉を交わした後で本来の席に戻り、他のギルド代表と耳打ちしあう……、そんな調子である。
そうした、席の移動すら見られるようになった「ざっくばらん」な会議場だが、「何分後に意見を纏めて云え」という形にした訳では無いので、いつ何処から挙手等の意思表示があるか分からない。タオはそのまま演説台で水を口にしながら様子を眺めていた。
柵の内側では、サンハルが小声で――会議場内は賑やかになっていたから、普通に喋っても問題は無さそうだったけれども念のため――フーコーへ、
「うちの祖父さんが済まんな」
と苦笑を見せた。フーコーは澄ました顔で、
「どういたしまして、お気になさらず。――お年寄りの無茶ぶりには、慣れてますの」
などと嘯いた。サンハルが「くふっ」と吹き出す。……テラ=テール刀自のことを云っているのか。
ルナールも、
「アエラさん――私も、とても、恐縮ですけど有り難いです。正直――やっぱり、一人で領主代理なんて、荷が重かったんですもの」
「そりゃそうでしょうよ。――何にせよ、あの雰囲気じゃあ…、私が引き受けるかどうかは兎も角として、ユイちゃん一人に任せるってのは無理だったものね。強引にそうしてたら、今度はサウザー領が一枚岩じゃ居られなかったわ」
議場内の雰囲気が少し緩くなったからか、アエラも足と腕を組み、緊張を解すためにグルッと首を回した。
「……それに関しても、うちの祖父さんが済まんかったな。こうなった以上、何としてもディナムにも、その重責を押しつけてやりたいところなんだが」
にっと口角を上げて、サンハルはシンキ王国の席を見る。――想像通り、「祖父さん」は周囲の出席者から取り囲まれて、一方的に何か云われているようだ。そもそも「複数名による領主代行」を提案したのもディナムであるし、領主が直々に指名した……というより、その指名が適確だと思われたから、「サウザー領東部地方」の出席者は皆、他地方と違って「説得」にあたっているのだろう。
「ところで、フーコー。君はそれで、ユピタ=バルムの『南』、サウザー本部の『西』、どちらからの代表だと自覚してる訳だ?」
ふと思いついた、という声でサンハルが問うと、フーコーは「あら、妙なことを仰るわね、サンハルさん」と目を見開いた。
「勿論、本部よ。そうじゃなきゃ、さっきの理屈に合わないじゃないの」
「まあ……それもそうだが」
「兄貴だってそのつもりで居なきゃおかしいわ。今、彼処で議論してる人達も、自分達の中、あるいはその上司の中から、誰か一人候補を挙げなきゃいけないって思ってる筈よ? ――まあ、現状考えると、グランゼアからは無理でしょうけどね――」
――サンハルの「祖父さん」につられたのか、フーコーも「兄貴」という言葉を出し、「サウザー領南部地方」からの出席者が固まっているエリアを見た。……どうもそちらは揉めているようだ。それも、マッカンが困った顔をして手と首を振っている。
「……あれ、どういう意味かしら。兄貴が周りから推されて、マッカンさんが断ろうとしてんのかしら。だったら虫の良い話ねえ」
フーコーがむすっとした声を出すと、ルナールが苦笑し、
「でも、共和制国家の大統領が本部へ出向というのも、確かに難儀なことですし……タオ師が仰ったような『時間』のことを考えると、法的手続きや引継が大変ですもの、ウィリアムさんは難しいのじゃないかしら」
「――いや、どうだろうな? 俺には、マッカンさん本人が困ってるように見えるんだが。……それに、やけにシャールが熱心に主張をしているようだな――良い傾向だ」
サンハルが独り言のような口調でそう云った。先ほどのタオの「講義」あるいは「説教」で萎縮してしまうことはなく、ほぼ全てが自分より年長者で構成された他の出席者へ物怖じすることもなく、自分の意見をちゃんと述べることが出来ているようだ、それを褒めたらしい――フーコーの云った通り、グランゼアの現状を考えると「自国からは絶対に無理だ」という主張だけは出来なくてはいけないのだし。
カラン……と鐘のような音が議場内に響き、波が引くようにざわめきが消えた。〈回路〉が開いた状態で誰かが発言の許可を求めようとした時、挙手する代わりに出る音だ。
その音がした方向へ、全ての視線が集まる。「南部地方」が集まっている島だ。
「どうぞ、ウィリアム・ヴァン・フーコー、ユピタ=バルム共和国大統領閣下」
タオがそちらに手を差し出して、そう云った。――音を出したのがウィリアムだったから、だ。決してマッカン大使が、ではない。大使本人は肘をついて頭を抱えていた。
『サウザー領南部地方の意見として、我が共和国のツゥリー・マッカン大使を領主代行へ推薦する』
機械を通して、ウィリアム大統領の声が聞こえる。議場内に「おぉ」という声が上がった。
当事者であるマッカンは頭を抱えて渋面だが、「南方」の意見としては実際それで統一されたらしく、他に不満そうな顔は見えない。
フーコーがサンハルに「ほら、ね?」と小声で云った。何だか自慢げな声色が含まれていたので、サンハルが苦笑し「そうだな」と頷いた。
「マッカンさん本人を、大統領が推すとは意外だったけど……」
フーコーが独り言のように呟いた後で、ちらりとマッカンの方へ目を向ける。彼は頭を抱えるのをやめ、代わりに、困ったように頬を擦っていた。
タオが根拠を問う前に、ウィリアムがそのまま続けた。
『ただし、領主代行という職務は余りに重責であるし、本国人事も考慮すると今のところ大使職は兼任とさせて頂きたく、よって代行の中でも末席という扱いにして頂けないだろうか』
「何とも、真っ先に声を上げられたと思いきや、そうした虫の良い譲歩を求める『裏』があってのことでしたか。――それでもマッカン殿を推す、『南部地方』の統一意見となったのは何故に?」
タオが薄笑いを浮かべて意地悪く云うと、――それにはシャールが挙手した。タオが「どうぞ、シャール君」と発言を許可する。
「それは、〈魔術〉関連の事態を考慮してのことです。マッカン様は今でこそユピタ=バルム共和国の大使を専任されていますが、以前には共和国防衛軍魔術士隊付属のシンクタンクに所属した経験がおありです。タオ様もご存知の筈です、マッカン様は、イムファル教授に比肩する研究者でもあります。だからこそ、現在はサウザー本部への大使を担われているという面もある訳で」
「ふむ……」
「シンキ先王陛下が代行として入られれば『特殊対策本部』の側でも有り難い……とタオ様は仰せでしたから、南方でもそれを考慮した上で、このまま本部へ待機が可能な者、あるいは明後日までに本部へ招集出来る者という条件やその他適性を総合的に判断しますと、マッカン先生以外に居られまいと、それが『南方』の統一見解になりました」
「成る程ね」
タオは大きく頷いて「納得した」との意を示した。――サンハル達も柵の内側でチラリとお互いに目配せをする。シャールが熱心に口を開いているようだったのは、東方の出席者がディナム翁にそうしていたように、マッカンを「説得する」形になっていたからか。
シャールも、見た目だけだと、女性からもてる「王子様」、男性からは嫉まれそうな「色男」だが、〈魔術士〉としては大変に熱心な勉強家であり努力家である。恐らく、実家が王家でなければ、あるいは王位継承権がもう少し下位ならば――もう少しだけ自由に自分の将来を自分で決められる生まれであれば――、実践者である〈魔術士〉よりは、イムファルのように「研究者」の側に進んでいたのかもしれない、そんな印象を直属の上司――魔術士隊長サンハルや副隊長ルナールは持っていた。
故にシャールは、魔術士隊の中でも一二を争うイムファルの崇敬者であるのだが……、最初は「様」だった敬称が、無意識のうちに「先生」になったところからして、マッカンのこともイムファルと同等に尊敬しているのは明らかだ。イムファルに比肩する「研究者」でもあるマッカンが領主代行として入ることに対して――本人に自覚は無いだろうが――「城に常駐することになったら光栄だ」という私情も、もしかしたら混じっていたのかもしれない。が、そんな私情を完全に忘れてやって客観的に見ても、実際理想的である。




