【day2】(2)-[4]-(4)
「また、そうした国の――生まれたときから既に自分の〝国〟には『王』が居て、己は『民』であることが決まっている――と思っている市民の皆様方にも、えー、少々受け入れ難いかもしれませんが」
大使がそう云うと、モニタの前でも「んん?」とざわめきが起きた。一体、どういう前置きだ。
その先は大使も、大統領の言葉が己の中に一旦全て――覚えるという意味では無く――入ってきたからなのか、手元を見下ろすことは無く、タオへ真っ直ぐな視線を向けたままで続けた。
「ユピタ=バルムの場合、国と民の関係は、サウザー領と我が国の関係と、似たようなものです」
「……どういう意味かな?」
タオが薄く笑って問うと、マッカン大使は小さく頷いて続けた。
「ユピタ=バルム国に『王』は居らず、我が国の民は、最初から『王』の居る国に『臣』や『民』として生まれるのではありません――これは、『ユピタ=バルム国民』たる者は居ないなどという意味ではありませんよ、勿論。『ユピタ=バルム国民』が生まれたときに与えられるのは純粋な『籍』であって、『王が守るべき』『王から守られるべき』〝民〟として生まれる訳では無い、ということです」
「ふむ、〝禅問答〟でのらりくらりされているようにも聞こえるが、云いたいことは何となく解る。続けたまえ、ウィリアム」
マッカン大使が少し間を開けたところで……これはタオで無くディナム・シンキが云った。いよいよ議長の存在意義以前に、発言の順序まで「ざっくばらん」になってきた。ディナム翁は、マッカンを通して大統領の名を直接に呼んだ。
「私は、『国民』から選ばれたという点でタオ閣下とは少々趣が異なりますが――今、タオ閣下が居られる場所に私、ユピタ=バルム大統領ウィリアム・ヴァン・フーコーが居るとすれば、議員席上にユピタ=バルム共和国民がそれぞれ居る。ユピタ=バルム共和国とは、そういった性質の国なのです。つまり、ユピタ=バルム共和国とは、人民一人一人が、まず、『己』という民を一人だけ持った『己』という国の主なのだ、ということです」
ふむ……と、ディナム翁も薄く笑っている。「何が云いたいのかよく理解出来ない」と戸惑っている者も居るが、「ああ、そういうことか」と頷いている者も居る。それは、中継モニタ前の民衆も同じだった。
「『己』という一人の民が存在する国の『己』という主、それが『王』や『大統領』等、どういった性質のものになるかはそれぞれですが、何にせよ、『己』という国家ですから、その中に行政府・立法府・司法機関、他にも予算や国土があり、その決定や制約によって『己』という民が行動を選択し決定する。その国家の主が名君であるか暴君であるか愚者であるか、主がそのどれかだとして、民は、名君を敬う賢者なのか罵る愚者なのか、暴君に従う駄犬なのか逆らう勇者なのか、愚者を愚者と思わない愚者なのか――『個人』の性格や判断は、そういう現れ方をすると喩えて良いものなら、その『判断』から生じた決定によって選ばれた大統領が――現在はウィリアム・ヴァン・フーコーということです。が、タオ閣下やシンキ先王陛下のお立場とは少々異なりますのは」
「ふんふん?」
「今のところ、ユピタ=バルムが『サウザー領』ということになっているのも、ユピタ=バルムの国民が選択しているからであり、大統領が決定したからではありません。それが、『王政』国家――その国民も含め――とは異なっています。先ほどのシンキ閣下のお言葉じゃありませんが、どんなにユピタ=バルムとしては――その時――最善と思う選択をしたと自信を持っていても、タオ閣下や本部、領内他国がぐだぐだになるようなことをされるのでしたら、いつでもサウザー領から離脱するでしょう。ただし、大統領自身が離脱を最善と思い、それを実行しようと思っても、国民が愚策と思えばウィリアム・ヴァン・フーコーが大統領の職を追われて領に残ります。逆もまたしかり、まだ離脱は尚早と大統領が判断しても、国民が離脱を望むならやはり大統領が職を追われる。――無論、それも愚者や暴君が混じっているのかも知れない〝己という国主〟の選択によりますから、結果的に『己』が損を見る可能性もあることは解っていて、ですが」
議場内と中継モニタ前が、少々ざわめく。最初から王様が居る国の民からすれば、少々理解しがたい話だったのかもしれない。だが、サウザー領内にある共和制・民主制国家はユピタ=バルムだけではない、他の民主制国家代表も「うんうん」と頷いた。
「――ご理解頂くために少々遠回りしましたが――、つまり、『領主代理』が領主として相応しくない悪政を行い、いくら此方が諫めても改まらないようなことがあれば、ユピタ=バルムには『反対』以前に領から離脱という選択もあるということです。その時、領主代理にユピタ=バルム出身者が入っていたとして、『恥かしい』とは思うでしょうが、その『領主代理』が、ユピタ=バルム出身者であることが覆る訳でもありません」
「……ふふっ」
タオは俯いて、思わず笑いを漏らした。俯いたままチラリとアエラ・フーコーを見ると――彼女の表情は、キリリと引き締まっている。
「当然、その『代理』の采配が見事なものでありましたら、国民にとって誇らしいことです。それはユピタ=バルムの国民も、たった一人の『王』たるタオ領主を尊敬し、誇りにしているのと同様で」
「有り難いね。――で、結局?」
意地悪く笑ってタオが首を傾げると、大使は「すー」っと息を吸って吐いた。
「大統領曰く、現状に於いて、領主代理にアエラ・ヴァン・フーコー外務部長が入ることに、異存は全く無い」
「――ほう」
「ただし、今後の采配によってユピタ=バルム共和国が何をどう判断するかは、領内他国の代表と同様である――が」
「が?」
そこで大使は――何故か、微苦笑を浮かべた。
「要するに――大統領は、タオ様の、『アエラ・ヴァン・フーコーに一国の主としての経験が無いことは、不安材料とならないのか』という質問に、気を悪くしている訳です」
大統領の言葉を直接に代弁というより、マッカン大使自身が間接的に、己の印象も含めて述べた。
タオが、ふ、と微笑を見せる。
「つまり、ユピタ=バルム国民、出身者は、生まれたときから『一国の主』としての経験を積んでいるのだから、それが『無い』などと俺が云ったことに、かちんと来たんだな? ウィリアムさん」
――タオも、大使へというより、中継を介して議場を見、発言を聞いているはずのウィリアム・ヴァン・フーコー大統領へ直接、そう云った――かの大統領は、アエラから見てタオが先輩であるように、タオから見て「先輩」なのである。
大使が手元を見て、「簡単に云ってしまえば、そういうことです」と云った。
「ユピタ=バルムの民は、まず『己』という一人の民を持つ『国』を芯に持ち、その民と領土を守る『主』として生きることを生まれたときから学ぶのだから――その芯が無いなんて勝手に決めつけるな、とムカついた訳だ」
「そういうことですね。実際、この私自身も、そうだと思います。そして、そんな一国の主達から選ばれたことに誇りを持つ、本来の意味の一国の主――大統領からすれば、頭に来ても可笑しくないでしょう」
大使が苦笑して云うと、タオは、面白そうにマッカンへ、
「どうせなら、ウィリアムさんが云ってる通りに云ってくれないか、マッカン大使殿。――しばらく会っていないから、少々懐かしさに触れたい」
などと云った。今度は、マッカンが少々困った顔をしたが、タオが「カモン」と云うふうに手招きをするので――
「〝その通りだよ、バーカ〟、〝解っててわざわざ訊くな、バーカ〟。――〝ってか、会議中だぞ、バーカ〟――だそうです」
「あっはっは」
大使は棒読みで云ったが、それでもタオは口を開けて大笑いした。――「論戦」においては、遠回しな比喩、直ぐにそれと判らない皮肉も駆使するが……、素は、アエラとそんなに変わらない――変わっていないことに、懐かしさと安堵を感じる。
タオは大笑いし、ディナム翁とサンハルもクスクスと笑っていたが、他の者は殆ど、ぽかんとしている。あるいは戸惑っている。今回は、中継モニタの前でも笑いは起きず、やはり戸惑いの表情が多数だった。
――アエラだけは、笑いもせず戸惑いもせず、きりっと唇を引き締めている。
「……フーコーさんのお兄さんって…、フーコーさんのこと、結局、信じてるんですか、信じてないんですか? ていうか、仲良いんですか、悪いんですか?」
「ツンデレのシスコン?」
アサギが首を傾げながらギンに云うと、リオンも呆れたような声を出してそんなことを云った。
ギンはリオンの言葉にプッと吹き出してから、「さあ」と肩を竦める。
「そういう話になるのがおかしい、って大統領としては云いたかったんじゃないの?」
「……あ、ああ…」
「――タオ様が、『妹さんが領主代理になりそうだけど、どう?』ってからかってきたような気がしたから、もう最初っから『カチン』と来てたのかもねえ」
しかし、そんなことを問われる筋合いが無い、という「共和国大統領」としての理屈も真っ当だった。タオの、もしかしたら揶揄を、かなり真っ当な論理で、しかし捏ねくりながら「躱そうとしていた」のか。――先ほどのタオの悪態が「事実そうでもある」だったのと何だか似ている。
「でも実際……、アエラ師匠を領主代理にしてもいいのかどうか、各国代表に尋ねることも当たり前ではあるしね。もしかして――タオ様、ウィリアムさんが『どう答えるか』って興味で訊いてたんじゃないかなあ。ウィリアムさんが師匠のこと気にしてるっていうか、いつも――色んな意味で――心配してるのを知ってる筈だし」
「うわあ、性格悪い、タオ」
「マッカン大使殿を介してたから、ちょっと寂しくもあったんだろうね。一回、プライベートでお二人が――いや、サンハル隊長も一緒に三人で喋ってるとこ見たことあるんだけど、学生時代の仲良い友達、って感じだったよ――ホントに『学生』が寮で馬鹿話してるみたいに大声上げてゲラゲラ笑いながらだったから、僕に気付いてバツが悪い顔してたくらいさ――。だから、最後にあんな感じになって、タオ様もリラックスしたのかも」
呆れた顔でリオンが云うと、ギンがそう云ってフォローした。
「でも実際のところ、ギンさんから見て兄妹仲ってどうなんですか? そういえば、その、大伯母様のお話を聞いたときも……」
「ああ……、〝テラ=テール大師匠〟ね」
「お名前は〝テラ=テール〟って仰るんですね――実は、フーコーさんが居るところで、お話を聞いたんですけど、何か、反発しているというか仲が悪いというか、そんな雰囲気があって」
「ん~……」
アサギが訊ねると、ギンは少し迷うような顔をした後で小首を傾げた。
「ゴシップ的な興味で訊いてるんだったら、僕には答えられないよ?」
「あっ、いえ」
アサギは慌てて手を振り、「そういうのじゃないです、すいません」と頭を下げた。




