【day2】(2)-[4]-(3)
実のところ、フーコー本人は今回の会議で何の発言予定も無かった。こうした会議には、他の部署はともかく外務部長――あるいはその代理――だけは出席しなければならないから居た、というだけだったのだ――ちなみに今回何の発言予定も無いと云ったらサンハルもそうなのであるが、彼女と同様、戦時下の会議では〈軍〉から元帥が一人、「柵の内側」に居なくてはならないことになっているから居る、だけである。サンハルが居るのは、もしテリーインへの任官に異を唱える者が出てくるようなら、〈軍〉側の意見を述べる者として元帥にも発言機会が生じるかもしれないと、それを予測してのことだ。〝特殊対策本部〟を設置するにあたっての「流れ」を、現段階で最も把握しているのが彼であるから出席する元帥に選ばれたのだ――。
居るだけで終わりだった筈なのに、いきなり議論の中心に持ってこられてしまったので、アエラ・ヴァン・フーコーは目を白黒させた。
サンハルがそんなフーコーを横目にくつくつと喉を鳴らし、タオも彼女に目を向けて薄笑いを浮かべている。
二人のそんな表情に、フーコーは睨みをきかせた。が……、ルナールだけは、そこでやっと「ホッ」と息をついて――少しばかりリラックスした表情になり、フーコーへチラリと視線を向ける。――シンキ先王曰くの「熟女」は最終的に戸惑いの表情を浮かべた。
議場内をざっと見回しても、「異論は無い」という顔が殆どである。たまに見える悩ましげな顔は、恐らくフーコーの性格を案じてのことだろう。
実際、フーコーの政務、実務経験は長くて濃い。臨時採用の雑用職時代も足した上でだが、タオが正式に領主となってからの年数と比べると、彼女の本部勤務年数のほうが長いくらいである。それに、外務部長になるまでに、他の各部署を経験してもいる。ルナールと同性であることも、彼女を補佐、あるいは先導するに、上手く働きそうだ。ただ、性格が豪放磊落、たまに短慮でキレやすいために危なっかしい――「領主代行」となると荷が重いのではなかろうか……? 悩ましい顔はそうした心配が理由だ。
しかし、「その危なっかしい性格は、それこそ大公が御してくれるのではないか?」との予測が過ぎったのか、悩ましげな表情も、そのうち消える。
タオは、議場の一点に視線を向け――シャールの三段後ろの席、窓際だ――、「ユピタ=バルム代表、ツゥリー・マッカン大使」と指名した。最後まで悩ましげな顔をしていた――指名された当人、タオ達と同年代に見える男性は、目をぱちくりとさせた。
「アエラ・ヴァン・フーコーが領主代行の一人となることに、そちらでは何の問題も無いのかな?」
タオがそう訊くと、マッカン大使は「少々お待ちを」とまず云い、先ほどのシェディンと同じように手元を眺めた。それから、――一応挙手をして、発言の意志を示す。
マッカンは立ち上がり、マイクを手にした。
「ウィリアム・ヴァン・フーコー大統領の言葉をそのまま申し上げます――失敬な物言いに聞こえましてもご容赦願います」
――さて、後に続けた言葉については、大統領自身が先に前置きしたのか、マッカンが大統領の言葉にそう思ったために断ったのか、それは解らない。
アエラ・ヴァン・フーコーが柵の内側で、見るからに苦虫を噛みつぶしている。
中継モニタの前で、再び――今度はアサギが「えっ?」と驚いて目を見開く。
既にギンは、「また何か訊かれる」と想像出来ていたのか、若い客人二人に顔を向けて、
「ユピタ=バルムの現大統領は、アエラ師匠のお兄さんだよ。五つ上……だったかな」
そう云った。アサギとリオンは「へえー」と顔を見合わせ、モニタ中の大使とフーコー――アエラ女史を交互に見た。
大使は、時折、言葉を選ぶように首を捻りながら、声色だけは冷静に語る。
「――二番手のヴァネッサ氏は民間の御方であるので除きまして、シャール…王子から、シンキ閣下、そしてルナール公国摂政殿と大使殿の発言が続きましたことに影響され、タオ閣下は、ええ……、何か――、勘違いをなされているようですが」
特にタオは気にしたふうもなく、小さく俯いてフッと笑った。
「アエラ・ヴァン・フーコー殿は、ユピタ=バルムの出身というだけであり、本国の政務には全く関わりの無い、本部勤務の御方にありますれば、そうした問いを投げかけられる意図が…良く分かりませんし、――本来なら、答える筋合いも無いでしょう、とのことでございます。シンキ閣下のような御方から資質を見込まれ、タオ閣下がアエラ殿の手腕を信頼されて命じられるのであれば、こちらとしては――それはそれ、というだけでありまして……、そうした経緯で、自国出身者が、一時的にでも『領主代行』という重要職を担い、勤め上げられれば、ユピタ=バルム国民にとっての喜びや誇りにはなりましょうが」
再び、タオと――ディナム・シンキ翁も微かに笑った。アエラは「ふっ」と鼻から息を吐いて表情を引き締めた。もう苦虫を噛んではいない、冷静な顔つきだ。特に気を悪くした様子も無い。
つまり、アエラはあくまで「出身者」というだけで、ユピタ=バルム共和国から「出向」している訳では無い。だから、大統領や大使が――先ほどルナール公国大使が述べたような意味で、異議を唱えたり、あるいは了承したりする理屈は無いのである。
故に、シャールから始まり、世襲制・君主制である「王国」「公国」代表の発言が続いたため、何か勘違いしてないか?と大統領は云ったのだ。
アエラは、ただ単にユピタ=バルム共和国現大統領の妹、現大統領を兄に持っている、というだけだ。現大統領が前大統領、ただの人になっても、アエラがサウザー領本部職員であることに――彼女自身が辞表を提出するか免職にでもならない限り――変わりは無いし、アエラが領主代行を務めている間に現大統領が「ただの人」になったとしてもそれもそれ、次の首長会議でユピタ=バルム共和国の席に彼女の兄は座らない、というだけである。当然、ウィリアム大統領の任期が終わる前にアエラ外務部長が別部署に配属されたり退職したりしても、それもそれ、ユピタ=バルムの大統領以下、幹部が本部の外務部と接触・連携する時、アエラはそこに居ない、たったそれだけのこと。
アエラ・ヴァン・フーコー本部外務部長が「領主代理」を任ぜられることに、「ユピタ=バルム共和国」の代表が異議を唱えるとしたら「不適格」のみで判断してのことであるし、賛同する時も「適格」だけが根拠となる。よって、ユピタ=バルム共和国代表が個別指名されて、「問題は無いのか」と是非を窺われる「筋合い」は無いのである。
「失礼――つい、ルナール公国のケースと同様に考えてしまった。まあ、しかし、純粋に――大統領閣下ご自身は、ユピタ=バルム出身者が『領主代理』を務めることへ、どう感じておられるのかな。民と同様、喜びや誇りだと? それはつまり、私がアエラ・ヴァン・フーコーへ『領主代理』を任じることに、異議は無いと?」
――先ほどの大使の発言の中で、少なくとも「異議」は唱えていない、だが、明確に「賛成」とも云っていない……。あくまで、領主の意志のままに、あるいはこの議場の合意のままに、と――ある意味、意思表示を逃げているようにも聞こえる。「勤め上げれば自国民にとって誇りにはなるだろう」とは云ったから――翻って、「やるんならちゃんとやってもらいたい」と云う意図が隠れているようには思われたが……。
タオは意地悪く口を歪ませ、問いを重ねた。
大使が、
「異議を唱える根拠が今のところ無い、と申しております。誇りに感じるかどうかは、結果次第でしょう、と」
そう云うと、タオは相変わらず「ふむ」と意地悪く笑みを浮かべた。
「これが、現状のような緊急の事態でなければ、ルナール大公と同様、本来なら大統領ご自身が臨時領主として指名や推薦をされても可笑しくないのだが、そういう立場にある者として、政務経験はあれど『一国の主』としての経験は無い出身者が領主代行を務めることに、大統領御自身も誇らしさを感じられますのか? 不安や不満はおありでないのか?」
――今度は、少々長めの間があいた。大使が再びマイクを口元に近づける。
「ディナム・シンキ閣下、ルナール公爵、シャール王子……、また、結果的にそれを周囲が求めているが故に、という点でタオ閣下も、――えー……、そうした方々のように、『生まれてきた時から、己以外の人民とそれが住まう国を守らねばならぬ王』となるよう求められる方々には、――ピンとこないかもしれませんが……」
例に挙がったのとは別の「王国」「公国」等の代表も、ぴくんと目を細めていた。大使の向こうに居るユピタ=バルム共和国大統領が、何の含みも無く真面目に本音を云おうとしているのか、それとも遠回しに、皮肉のような含みを持たせて云っているのか、判断がつかない。
が、ディナム翁とタオは、ククッと喉を鳴らしていた。……恐らく、ウィリアム大統領は「そのどちらか」を云っているのでは無く、「真面目なことを、皮肉めいて」云っているのだ。
彼の人となりは良く知っている――豪放磊落、「どんな場所であろうが」キレれば率直に切り込んでくるアエラに対し、ウィリアムは「場はわきまえて」冷静に、だが、何らかの含みを遠回しに、あるいはオブラートに包み、しかし、それを皮肉や悪口だと受け取って気を悪くする方が愚か者だと思われそうな云い方を使って、最終的に「真面目な本音」を投げかけてくる。
ディナムもタオも、「『聞きたくない本当のこと』を云われたとき、ただの悪口だと思ってキレる輩は、問題から逃げてる愚か者だろう?」という言葉を、まだもう少し若かったウィリアムから聞いたことがある――昔と違い、もっと「口が」達者になったようだ。聞いた相手にも「皮肉や悪口だと思う自分のほうが可笑しいのか?」と一旦考えさせて黙り込ませる――その間に自分有利の展開を構築する、あるいはその時間を稼ぐ、そういう「オブラート」の使い方も手に入れたらしい――「問題から逃げる愚か者」から本当に逃げられると、結局、問題の解決にならないことも経験してきたのかもしれない――。
それが伝わったので二人は笑っていた――アエラはそういう回りくどい「兄」にイライラすることがあるというのも、ついでに知っているし――。
今は、マッカン大使が間に居る分、尚のこと「オブラート」が効いている。大使は最初に「大統領の言葉をそのまま」と云ったが――流石に、ウィリアムが「べらんめえ」で語っていたなら、「翻訳」して発言しているだろうから。




