【day2】(2)-[4]-(2)
此度の会議は代理出席が可能となっているが、本来出席すべき首長達も〈中継〉を通じて現在の様子を見届けている筈である。ただし発言は、タオ、あるいは議長が許可するまで不可能だ。
そうは云っても、代理出席しているのが「大使」のような、本部やその近隣の「駐在員」という性質の者になると、本国の現況、その詳細に暗いままのこともあるため、会議出席者として発言にそれを反映させられず、本国の意志とはちぐはぐになってしまう可能性がある。特に今回の会議は招集から丸一日も経っていないのだから、本国との打ち合わせも殆ど出来ていない筈である、よって、「駐在員」しか出席させられなかった自治体は特に手続きを経て、別途〈連絡回路〉を開き、本国からの意見も〈通信〉で取得することを許可しているのだ――シャールの場合も、本来なら立場がこちらになる筈だが、彼は完全に自分自身の意見として発言をしたように思われた。本国より、それを許可されていたらしい――。
サイト・シェディンはその〈通信〉を利用し、余程に今忙しい訳ではないなら本来の代表として中継越しに会議へ参加していた筈の、摂政であるショーン・ミニッツ・ルナール――現在のルナール公国をユイ・モニエの代わりに切り盛りしている彼女の従兄だ――の意見を伝えた。
「タオ様もご存知の筈ですが、ユイ・モニエ様は先代公の急逝により、本来ならまだ学問のみを修められる筈の時期に家督を継がれました。その後、やっと御公務に馴染まれてこれからという時期にCFCとの戦が始まり、本部へ出向なされました訳で――。恨み言のようになりますが、そうした巡り合わせを良いことに、タオ様がユイ・モニエ様へ領主代理を命じられたとは、余りに独断に過ぎ、酷でございます。――これは、ショーン・ミニッツだけでなく、このサイト・シェディンの意見でもございます」
声色はさほど恨みがましいものではなかったが……、シェディンの表情は辛そうに眉が寄っており、タオは苦笑を見せた。
だが、タオに「済まなかったね」と云う気は無い。
「勿論、先の弁は例えばの話であって、摂政本人も現在は公国を離れる訳には参りません。よって、きちんと公国にも通達があってのことでしたら、固くご辞退申し上げていた、と。ショーン・ミニッツは、そう申しております」
「つまり――、師匠も、ショーン殿も――シェディン殿も、ユイ・モニエ・ラルナーラを領主代理とすることに、反対だと?」
タオの直接的な問いに、シェディンはこくりと頷いた。――が、ディナム・シンキは直ぐに返答しない。そんな師匠にタオが訝しく目を細めた。
「――ユイ・モニエ・ラルナーラ本人も、そんなことは判っていただろうが、それをそなたが云いくるめた――いや、説得した結果、彼女も受け入れ、腹を括っていたのだとすれば。……しかし、こうして年寄りが余計な心配から異論を唱えて話が流れることになっては、今度は、嬢ちゃんが妙な安心で気を緩ませることに繋がり兼ねず、それは彼女にとり、良くない経験となってしまおうな」
「……。師匠、何が仰りたいので? ユイ・モニエ・ラルナーラを領主代理とすることに、反対している訳ではないんですか」
タオが目を細めたまま、ディナム翁に問う。シェディンとルナールは戸惑った顔をして、ディナム・シンキとタオの方へ交互に視線を向けた。
「儂は、ユイ嬢ちゃんの双肩に領全土を負わすのは酷じゃと申したろう」
「――」
「現状のような非常事態に、一刻も早く政務を代理に預け、『筋』や『異形のもの』への対応を始めたいと思う、そなたの考えは充分理解出来る――これが本国だけのこと、まだ代を譲る前のことであったら、儂とてそうしたわい、そのために譲位したかもしれぬのぉ――。故に、平時であれば臨時領主として候補に挙がっておかしくない、ユイ・モニエ・ラルナーラにそれを任じる気になるのも理解出来る、実際、昨日から今日にかけて他に居らなんだろうからな。マルス坊は経験以前に、平時であっても本来、候補に挙がらぬ」
ディナムが抑揚無く冷静にそう云うと、再び議員席に後ろめたそうな顔がちらほら見えた。
「――それで?」
タオが首を傾げて先を促した。――今は完全に、主導権がディナムにある。
「この非常時に、そなたが独断で急遽、領主代理を任じるという順序の違いが許されるのならば――数量の違いも許されて良いのではないか? 即ち、ユイ嬢だけでなく他に、数名の代理を設けても――『領を背負う肩』を増やしても良いのではないか? 代理『数名』による合議・合意を、『領主の意志』としてはどうか。儂はそう提案したい」
ではどうするというのだ、そんな袋小路に入りかけたところで、ディナム・シンキが冷静に具体案を述べた。
「理解出来ぬ謎に取り組む〝特殊対策本部〟には許されぬ『時間の無駄遣い』や『妥協』も、そちらの〝合議〟ではある程度許されるだろう? この次元の理だけで世界に通用する『政務』に特化した役なのだから、それは此処に居る殆ど、その誰が担っても慣れたものだ、ど素人は居らぬ。民間の御方とて、『組織』の運営にならば携わった経験が充分におありだ。速やかな判断が必要とされる事態に直面した時、領主代理に就いていながら己が損益ばかりを気にして、議論を捏ねくり結論を先延ばしにする馬鹿者も、此処には居らぬ筈じゃ」
「……」
「――左様、個々にどんな感傷があろうが、そなた一人が職務を離れたとて、途端にぐだぐだになるサウザー領ではない、それは信じておって良いぞ、タオ。しかし、ユイ嬢ちゃん一人に任すというなら、どうだろうかな」
タオは思案げに顎を扱き、「ふむ…」とマイクが拾えない小さな鼻息を漏らした。
「最初にそなたが云うたが、『後継』を指名した訳ではないのなら、尚のこと許されて良いと思うのだがな。何なら、それが許されるために、本日のうちにでも領総議会を招集し、法的整備をすれば宜しい」
「――それはまあ、何とも、それこそ反則すれすれの順序違いですな……」
苦笑してタオが呟く。ディナムはしれっとした顔だ。
「まあ、どちらにせよ、総議会の招集は早めに行うつもりだったのですがね、『特殊対策本部』に関して予算審議等も必要ですから」
ルナールが云っていたことを、ディナムに対して告げると、彼は「それも当然であるな」と大きく頷いた。
「どうなのだ、タオよ。儂の提案は、そなたの意に沿わぬものか? ――其処に持参した命令書の数が足りぬのが不満なら、今のうちに総務で名を空欄にした本文を何枚かタイプさせたまえ。いっそ、そちらの書記の御方にやってもらっても良かろう。重要なのはそなたの自署ゆえ」
己とタオの間に座した書記役を手で指しながら、ディナムが云う。師の言葉に、タオは苦笑した。
己の戦略を有利に進めるために用意した命令書であることを、師匠には見透かされているらしい。弟子である己以外、議場に今居る他の誰も気付いていないだろう――いや、やはり弟子であり孫でもあるサンハルは気付いているだろうか?――、ディナムの厳かな声、豊かな口髭の向こうでそれを発する唇には皮肉めいた薄笑いが浮かんでいるのだ。
「実質的なことが合意に達すれば、命令書は後になっても、実は構わないのでしょうがね……」
――明らかに、議場の空気は変化している。最終的にディナム翁は、議場全体の意見を代弁した。
「何故サンハルでないのか」という疑問は最初に払拭した、議場の側へ「その疑問のほうが可笑しい」と、間接的に叱責することで。
だが、そのおかしな疑問に内包されていた、「何故ルナールでは駄目なのか」「駄目ではない、間違っているというのでもないし、悪い訳ではないのだが」という戸惑いのほうは、もっともであったのだ。その戸惑いをもう少し具体的に述べるならば、「ルナールで大丈夫か」――「ルナール一人で大丈夫なのか」という不安だったのである。ただ、最初にあるのが「何故サンハルでないのか」という間違っている疑問だったせいで、シンキ先王陛下以外の誰も、挙手して発言するほどの「具体的な言葉」にはなかなか出来なかった、ということだ。
それを、ディナム・シンキが、具体的な代替案と共に代弁した――「してくれた」ことで、議場の空気も明らかに晴れて緩んだ。
タオは師匠へ返答する前に、サイト・シェディン大使に目を向けた。彼の表情も、先ほどより緩んでいる。それから、柵のほうへ目を向けると――ルナールには、さほど表情の変化が無い。少なくとも安堵したようには見えず、相変わらず緊張の面持ちである。
意外な気もしたが、考えてみればそれもそうだろう。昨夜から今日に掛けて、それなりの心積もりと、自分なりの政務計画を考えていたようだから、今度はそれが覆されるかもしれないとなれば結局は混乱の元だ、いくら「自分一人の負担」が軽くなるかもしれなくても、困惑や緊張感が払拭される筈は無い。まだ「安心」は出来まい――。
最後に議場全体を見渡すと、――「ディナム翁に賛成」という意見を持つ者が殆どだと、雰囲気で判る。
タオは一つ頷きを見せて、
「師匠が仰る通り、ラルナーラ一人に領主代理を担わせるのは酷かもしれません。この会議の出席者各位に限らず、本国の首長御本人がそれで構わぬと仰せならば、複数人による代行も良案だと思いますが――」
そう云って再び議場内を見渡した後、
「しかし、今ここで、己がやると立候補して下さる御方は居られるんですかな。後日また、それを決めるための会議を招集……というのは、私が最も避けたい『時間の浪費』なんですがね」
最終的にディナム翁へ視線を向けると、彼の老人は飄々と、再びマイクを持ったのと逆の手をスッと挙げた。
「取りあえず、成人したてでまだ青いユイ嬢ちゃんやマルス坊主とは比べものにならん経験者、熟女が直ぐ傍に居るではないか。灯台もと暗しじゃな、タオ」
ディナム翁は柵の内側に居る、アエラ・ヴァン・フーコーを指していた。
「はあ!?」
思わず前のめりに頓狂な声を出してしまい、フーコーは慌てて背筋を伸ばして口を覆った。クスクス笑いが議場に満ちる、当然のことながら、中継モニタ前では遠慮無く、爆笑で賑やかになった。




