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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day2】学習の日(2)午後:会議、傍聴(見学)
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【day2】(2)-[4]-(1)



 ディナム翁はゆっくりと立ち上がって、まず

「儂はもう国王陛下じゃないよ」

 それを云って微かに笑ったようだ。白い髭がふわりと動く。地鳴りのように低い声だが、年寄りにしてはしゃがれていない。名手が奏でるベースのように、あるいは母親の胎内で聞いた心音のように、重いながらも落ち着く声だ。――リオンは、そういう冗句も云うんだ、と少々驚いて瞬きをした。

 タオが苦笑を返し、

「失礼。シンキ猊下」

「いい加減にしなさい、タオ。普通に喋れ」

 今度は呆れたような声でディナムが云い、タオは肩を竦めて、「再度失礼、どうぞ、ディナム師匠」と云った。

 ディナムは「師匠もどうかと思うがな」と唇だけを動かして、一つ息を吐く。

 タオを真っ直ぐに見つめ、「柵」の内側の一点に手を伸ばして――ある人物を指して――こう云った。

「あの小僧っ子を領主代理に()()()()()()()のは、()()()()()

 ――「師匠もどうかと思う」と云いつつ、本人もタオを「弟子」扱いしているのはその言葉遣いから明らかだ――ディナム・シンキは、サンハルを指していた。

 議場は一瞬どよめきに包まれた後、再びヒソヒソ声に満たされた。

 ディナムはそれを意に介していない顔だ。

 タオは苦笑して肩を竦め、指されたサンハルも苦笑いを浮かべて小さく俯き、腕を組んでいた手の片方を拳にして口元に当てた――昨夜はルナールに「サンハルが〈火〉の〈マスター〉でなければ、任命していたかもしれない」と、タオは云ったのだ。もしサンハルが〈火〉でなければ、今、タオは「叱られていた」のだろうか。

 そして――ルナールは、何だか驚いたように目を見開いている。

 議員席に見える顔の多くが()()()()()()()ものだった。

 恐らく、先ほどまで議員席に漂っていた()()()()()空気――それは

「領主が『筋』『異形』の理解のために、領主職を誰かに預けておきたいのは解った」

「だが、何故、代行を()()()()()()()()()()のか?」

 そんな――昨夜ルナール本人やテリーインも抱いた――疑問や戸惑いであり、しかし、それを直接に問うことは直ぐには無理だから、左右上下の出席者で、まずはヒソヒソと意見を交換していた……というところだったのだろう。それが、ルナールにも伝わっていたから、彼女はナーバスになっていたのだ。

 「何故、サンハルを指名しなかったのか」という問いは、「ルナールに任じることに疑問がある」という意思表示に繋がる。しかし、ルナールは()()()()()()極めて特殊な非常事態に限らず、現領主に何かあったときに代行・後継として正式に指名されても可笑しくはない立場にあり、領主が先ず独断・口頭でそれを任じたという順序さえ除けば、()()()()さほど問題は無い。まだ正式な命令書はルナールに渡されていないし、領主(タオ)は今こうやって、首長会議に掛けてもいるのだから…。

 「何故、サンハルを指名しなかったのか」と問うたとして、タオから「じゃあ何故ルナールでは駄目だと思うのだ」と問い返されたとき、何と返していいのか……、それが、先ほどの「珍しく曖昧な雰囲気」になっていたのである。

 が、ディナムは、そうした議場の()()、意志とは全く逆のことを云った。

 タオは苦笑したまま、

「ディナム翁、()()()()が私と同級生、同い年だとお忘れですか? 彼が小僧っ子なら、私もまだまだ洟垂れ小僧ですか」

 そんなことを云う。

 ――タオの言葉を聞いたリオンが、「孫ッ?」と頓狂な声を出した。それからギンに顔を向けると、彼が「そうだよ」と苦笑いを浮かべて答える。

「シンキ王国の現国王は、〝マルス・サンハル・ソーディス・()()()()〟隊長の伯父様だ。皇太子殿下は隊長の従弟殿」

 そういえば、先ほどバーナードが、サンハルのことを「マルス殿()()」と呼んでいた――

「知らなかった。じゃあ、サンハルさんも、CFCとの戦が終わればシンキ王国にお帰りになるんですか?」

 今度はアサギが訊く。ギンが「いいや」と首を振った。

「隊長は、『出向』してる訳じゃない。故郷(シンキ)で義務教育が終わってからずっと、この本部だそうだよ。継承権はお持ちだけど、末席の方なんだ。それで、もうずっと本部(ここ)でタオ様に添ってらっしゃるんだよ――御本人達は、お互い、腐れ縁なんて云ってるけどね――」

「へえ~…。実際――こんなこと云うとナンだけど、サンハルさんってタオの……凄く頼りになる『右腕』――ってか『両腕』まで云っていいかなあ――そういう感じは物凄くするんだけど、『王様』って雰囲気は全然無いから、びっくりした…」

「『隊長』っていう()()の貫禄と『王』のそれは、質が違いますものね」

 アサギもリオンの言葉に頷き、そう云った。

「そりゃ、末席って云ったろ? 隊長本人も自分が『王様』になる可能性なんか、殆ど考えないで育ったからじゃないかなあ。シンキの継承順位は、男性優先で長子の直系側からになるんだって。隊長のお父上はディナム老師の御三男で……、隊長の従弟殿である皇太子殿下にも、王子が既にいらっしゃるからね」

「あー、……それで」

 成る程、そういうことであれば、既にサンハルの父君が「王様になる可能性」を考えずに育ったのかもしれないし、そうした環境は個性の形成に影響されるだろう。しかし、「王子様」と云えば王子様な訳だ、サンハルも――シャールとは全然印象が違う――。

 それにしても、そうなると、このディナムという()()()、一体幾つだ。もしかして、サヴァナの親方達でも緊張し(かしこまっ)()()使うくらい()()で「偉大」、なんだろうか。リオンが、相変わらず驚いたように早い瞬きをする。



 タオの言葉に、ディナム翁は真面目な顔をして首を振った。

「儂が云うておるのは、今問題になっておる『領主代理』の任についてじゃ。マルスは城詰めとは云え、〈軍〉一本槍じゃろう。テリーイン殿に命じられた総司令官代理なら解らんでもないが――、学問こそ修めても『政務』(まつりごと)の実践は皆無と云うて良かろうが。イムファル教授と〈魔術〉の関係とほぼ同じよ――いや、彼の御方よりもまだ『小僧っ子』、『赤子』と変わりゃせんわい、イムファル殿は研究者としての実績なら豊富ゆえ。同じ実()経験の無い者ならば、政治学者と、彼から講義を受けただけの学生、どちらに、重要な政務を任せるつもりになるか?」

「――」

「タオ、そなたは、マルス坊やと比べたら立派に、太鼓腹の()()()()じゃわい」

「失敬な。私の腹はまだまだ六つに割れてるんですよ」

 大げさに顔をしかめて、タオはそんなことを云った。坊や、と云われたサンハル本人は気を悪くした様子も無く、俯いて拳を口に当てたまま、小さく肩を揺らしている。

 ディナムはタオの軽口に反応せず、やはり真面目に――今度はルナールを手で指した。

「ユイ・モニエ・ラルナーラも、マルス坊と比べれば、立派に()()()()お嬢さんだ」

 指されたルナールは、ぴくっと肩を震わせ、目をぱちぱちとさせる。

 ディナムが「しかし――」と続ける。

「それでも、やはり成人()()()のお嬢さんじゃ。『領主代理』などという務めを負わすは余りに()じゃ。ユイ嬢ちゃんの細い双肩に、サウザー領全土を負わすとは、そなたは鬼か」

 ディナムの言葉にタオが目を細め、昨夜、ルナールを説得したときと同じことを云った。

「仮に私に何かあったとき、彼女はルナール公国主なのですから、臨時領主の候補に挙がって不思議は無いんですよ」

「そうだとして、今のユイ嬢ちゃんを、実際に議員や首長が『候補』として挙げると思うか? 挙がったとして、本当に領主の座に就く程の支持を集めると思うか?」

「――」

 タオの反論にディナムは全く動じる気配が無い。タオの方が口を噤んだ。――シャールの時は、ほぼ一方的な「講義」、ヴァネッサの時は「議論」……、今は、タオの方が()()()()()()。アサギの目にそれは明白だった。どちらの意見に賛同するという意識は無いから、ただの「見届け人」の気分でしかないが――、アサギは、少々緊張して背筋を伸ばし、コクンと息を飲んだ。

「無論――、タオ、そなたとて〝何かあったときのこと〟を無意識に選択肢から外される程の信頼を、突然に手に入れた訳でもない。先代領主(イアン・サウザー)の背中を見て学び、働き、時を経て経験を積み、小僧っ子から成人して今や立派な中年親仁となった。――だが、ユイお嬢ちゃんが()、領主代理を務めることでそうした経験を積むと考えるには、余りに状況がシビアだろう」

「……」

「その通り、本来なら、領議会や首長会議で臨時領主の候補を挙げるのだ。その会議にて()()()()()()()()()発言することも当然であろう。今、柵の内側に居るラルナーラでなく、今会議の『ルナール公国代表』にも意見を聞いてみたまえ」

 そう云ってディナムは、ふっと首を左斜め後ろに向けた。――そちらに「ルナール公国代表」が居ることが判っているからだ。

 タオもそちらに顔を向ける。ルナール代表席に座っているのは、本部駐在の大使だ。こちらもタオより十以上年上――、実のところ、ルナール本国では、ユイ・モニエから「じい」とも呼ばれていた人物である。

「ルナール公国大使、サイト・シェディン殿、何かご意見はおありか」

 タオが冷静に問うと、老人は一度目を細めて「恐れ入ります」と云いつつ立ち上がった。

「率直に申し上げます――。曰く、それはとても――光栄(ほまれ)とは思えず、衝撃、狼狽でしかありません。ディナム・シンキ陛下が仰せの通り、ユイ・モニエにその役目を任ぜられますことは、本国(ルナール)と致しましても、酷な話である、と」

 サイト・シェディン大使は、手元を見ながらそう云って、タオに視線を向けた。

「それならばまだ『私』――現ルナール公国主代理である摂政(ショーン・ミニッツ)に任じられるほうが、筋が通っているのではないか、と申しております」


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