【day1】-[1]-(6)
「魔術士になることは簡単で難しい。よく解らないか? そうか、では君に尋ねよう。君には友達が居るか? 居るのか、それはいい。では、君はその友達が、自分の云うことを聞いてくれるから友達になったのか? 友達が云うことを聞いてくれなくなったら友達を止めるか? その友達が自分を友達だと思ってくれなくてもいいから云うことを聞かせたいか? 何故云うことを聞いてくれないのかを考える前に?
君は他の誰かと何らかの関係を持つときに、まず握手を求めるかね。あるいはお辞儀して挨拶をするかね。それとも、跪いて靴にキスをしろと云うかね? ――君は、家来・奴隷という言葉と友達という言葉が、同じ意味だと思うか?
家臣・臣下――ああ、これは難しい言葉だったか、けらいというのはな、なってくれた時に頼りがいのある仲間となるのだ。自分が無理矢理従わせた家来というのは、結局お金を貰っている間だけ、お仕事として向こうが家来をやっているだけなんだよ。そういう家来は、王様にお金が無くなったらお給料が無くなるから、直ぐに去ってしまう。だから王様やお金持ちというのは、もう持っているのにもっともっと欲しがらなくてはいけないという悪循環に陥るわけだが、それは最初が間違っているからなんだな。本当は、お金が無くても自分の傍に居てくれるような親友としての家来が必要なのだ。それが魔術士にとっては『精霊』ということだ。
だから魔術士になるための『最初』はとっても簡単だ。精霊に挨拶をして笑って握手を求めればいい。そして友達になればいい。しかし、人間というものはどうしても、自分が王様になりたい気持ちがあるものだから、どこかで自分以外の者を侮ってしまいそうになるのだなあ。それを人間は、抑えるのが難しいのだ。いきなり、跪いて靴にキスをしろ、これから自分の云うことを聞け、なんて云ってくる相手と、君は友達になれるかい?
まず謙虚に礼儀正しく〈精霊〉を認識するところから始め、挨拶をして握手を求めて友達になる。そうすれば、魔術士にはなれず、お父さんと同じ牛飼いになったとしても、精霊は牛が健康に育つ草の生えた原っぱを君に教えてくれるし、台風が来そうなときや大雪が降りそうなときには前もって教えてくれるだろう。それは、自分がなりたかった魔術士、城の正規隊員にはなれなかったとしても、決して絶望するような人生じゃないんだよ。
だから君達、魔術士になりたいと云うならば、まず最初に自分の身の回りに居る『人間』を、自分と同じ人間だと、ちゃんと思えるようになるところから始めなさい。自分がされて嫌なことは隣の誰かもされて嫌だ。自分がされて嬉しいことは他の誰かもされて嬉しい。それを自分と同じ人間にすら出来ない者は、人間よりももっと根源的で――簡単な言葉で云えば『偉い』存在であり、どうしたって目にも見えてない精霊と友達になることなど出来まいよ」
魔術士志望の子供の前で講義した時を思い出す。恐らく、〈敵〉側にはなんのこっちゃ解らない話であろう。前線に送られる兵士に対しては銃や剣の取り扱い方法が重要なのであって、それを持つ己がどうあるべきかはどうだって良いのだから――精々、上官の命令には逆らわず従うべきである、という程度であろうが、それもそれで「ちゃんとした魔術士」のあるべき姿・精神とは正反対だ――。
連中の発想では、ちゃんとした魔術士、など決して囲い込める者では無いのに、どうして気付いて貰えないのだろう…?
「アサギ。フリュスは?」
「――母様や叔母様、各部落の長老様など、〈マスター〉の皆様が、村を覆うために八方向へ配置されました。兄様……いえ、大司祭様が教会の祭壇で一人……、それで、僕には何故なのか良く判りませんが、流優様が、教会の鐘楼に居られます」
「ああ……そうか」
アサギの表情は「何をなさるのでしょう」とタオに質問を求めているようだったが、タオはそれを敢えて無視し、草原に視線を戻した。流優のことはタオも良く知っている。アサギの従姉にあたる――フリュス一族の現在の本家ではないが、才能のある魔術士であり僧侶だ。流優は流優で、己のやるべきことをやるつもりなのだろう。
はっ、とチョウが息を呑む音が聞こえ、どうした、とタオが鋭い声で訊ねる。
「ルォーバンと、ミンジュリーが……」
「はあ? 何でそんなんが今出てくる」
ルォーバン連邦とミンジュリー王朝、いがみ合っている両者だが、今タオ達が当事者として関係しているサウザー領、サヴァナ・ギルド、フリュス村、とは同盟でもなければ敵でもない(今のところ)。世間では一応、CFC、イー・ル、エグメリークにその二カ国を加えて「五大国」などと呼んでいるのだが、現在の戦況に於いては、前者の三カ国とも同盟でも無ければ敵でも無い、無関係である(経済的関係はあるらしいが)。そのうち五大国の間で敵になったり味方になったりはするのかもしれないが、今のところそっちはそっち、ルォーバン連邦とミンジュリー王朝の両者は、自分たちと別の枠内でやりあっている。
何故今その名前が出てくるのか? 情報として必要か? それも、余計なことは自分からしゃべり出さないチョウが今、口にしなくてはいけないことなのか――?
「――大海赤道上で、大規模な展開を、両者、始めたそうです。そちらも、恐らく――〈原子力艦〉や〈核〉を搭載した空母が出動して……」
「……どいつもこいつも」
タオは腕を組み、足下を見下ろして「はあ」と溜息をついた。
「何考えてんだ? 大海赤道上て……、あっち方面は夜中なんじゃないのか。そんな大ゲンカ、近所迷惑も良いとこだ」
――きちんと精霊と知り合い、手順を踏んで、友人となったものであれば……タオのように「主人」ともなれば尚一層、「かく」「げんしりょく」なるものには、手を出すことなど絶対に出来ないのだけれども……。
ああそうか、連中には、だから「魔術士」が少ないか居ない、のだ。「かく」「げんしりょく」は、精霊を通して星・世界の力を動かす「魔術士」から見て、純粋にしてネガティヴな意味の「力」であり、それが巨大すぎる。魔術士がそう表現する「元素」、つまり「精霊」をも、狂わせて殺せる力、だと認識している。となればそれは――世界を壊せる力でもある。星そのものをぶったたいて砕くことが出来るくせにとんでもなく小さな――爪楊枝サイズのトンカチ、みたいなものだ。
何故そんなチカラが、この世には存在しているのか。それについて「元素」たる当の精霊は直接に教えてくれない。
――〈友〉にとて教えたくない、教えられない秘密というのはあるものだろう――
――自分にすら分からない自分のこと、というのも、あるものじゃないか――
人間にはそう聞こえる言葉で、恐らくはぐらかす。
『その存在の理由と我々の存在の関係を、探求し続けること・学び続けることを最終的に生きる目的としたのが、我が友・魔術士と呼ばれた人間なのじゃないのか、タオ・サウザー』
タオは、〈土〉からはぐらかされた後にそうした言葉を聞いたことがある――。
実際、それはそうなのかもしれない。「精霊」がこの世界を造るなら、何故、この世界には精霊を殺す力も同時に存在するのか? それはどうしようもないものなのか? それこそがこの世界が存在するにあたって内包する、「矛盾」でありながら「真理」だとでも云うのか? 真理だからこそ「どうしようもない」ことだと……? ――そんな疑問を、常に魔術士は抱えて「友」を、世界を守ろうとする。
――しかし、探求する前に、学ぶ前に、それを駆使することを目的としている連中からすれば、もしかすると、「そこまでの力は持っていない」とでも――楽天的に思っているのかもしれない。〈魔術〉の方が余程に得体の知れない恐るべき力だとでも思っているのかもしれないが、魔術士からしたらそれは違う……。
「精霊」と友人になることがまず第一歩の目標・目的である魔術士は、それを殺す力など、恐れて嫌悪する対象でしかない。何故そんなものが存在するのか、理由は知りたく思っても、手に入れようとは決して思わない。「制御するため」に手に入れる、等と云えば詭弁だ。魔術士がそれを口にすれば、魔術士仲間から総スカンであり、それこそ「はぐれ」である。それを手に入れて駆使しようとする連中こそ、本当の魔術士からしたら余程に恐ろしいのだ。
そして勿論、精霊が「自分を殺す力」を持っている者の友になど、なる訳がないから魔術士が居ない、という当然の帰結であるわけだ。握手を求めて近づいてくる者がもう片方の手に銃やナイフを持っていれば、誰だって後退る。最初から友になる気も無く、脅して支配するために近づいてくるなら、尚のことだ。
知識の差か。向こうからしたら、〈精霊〉をまず知らないし、よって本当の魔術士を知らないから魔術士が権力を持って治める領地・国・集団が恐ろしいのだろうが、こちらは「かく」「げんしりょく」の恐ろしさを知っているから、それを駆使する者を余程に恐れているのだが。
――俺達は連中から、恐れを知らないオカルティストがリアリストの大国に刃向かっている、とでも思われているのだろうか。
やれやれ、というふうに溜息をついたタオは、今度は空を見上げた。
「海……海上戦ですか?」
アサギが顔を上げ、不安げに呟いた。チョウに確認したのか、タオに訊ねたのか、判断が付かない。両方の間くらいに視線を向けた。
チョウが無言でこくりと頷き、タオが微苦笑を浮かべた。水性のアサギには、気がかりとなって当たり前だ。
「気になるなら、そちらも監視してて構わないよ」
「……何だってルォーバンとミンジュリーまで、今……。結界は……そちらには全く張られていないのでしょうに…」
「その通りだな。俺達がここで踏ん張ったって、そっちに何かあれば、世界中がパアだ。何たって海だもの」
随分呆気なくタオは云う。
「だがそれでも、今自分がやるべきことはやらなくてはいけない。連中がどうなろうが、俺は知らん。俺が今やるべきことはサウザー領の民を、この〝矢〟から守ることだ」
冷たく聞こえる声でタオは云い、若者達は神妙に口を噤んだ。
――一体、何だってこう「破れかぶれ」の時期が重なったんだろう。「せーの」で決めたんだろうか。CFC、イー・ル、エグメリークの連合軍だけならそれもあるかもしれないが、ルォーバンとミンジュリーまで……。連中、手法が似たようなはぐれの〝占術師〟をそれぞれ雇ってでもいるんだろうか。そいつが「今だ」とでも云ったか?
一つだけでも大変なのに、五カ国分もの「かくへいき」が一度に使われては、ただでは済むまいなあ……。もしかして、五大国以外でガヤガヤやっている連中も、何かまずい兵器を持ち出してたりしないだろうな。
再びタオは、今度は天を仰いで息を吐いた。
チョウが不意に「うっ」と呻いた。タオが彼に目を向けると、チョウが薄く口を開いた。
「――発射…、の報が」
普段無口で忠実であるが故に「冷静沈着」に見えるチョウも、流石に動揺したらしく、息が詰まって声が途切れた。
タオは眉を寄せ「そうか」と大きく頷いた。
リオンとアサギも表情を強ばらせて、「ひゅっ」と息を吸い込む。




