【day2】(2)-[3]-(4)
「サヴァナの平原とフリュス村にも『筋』が出ているのだから、私はそちらにも協力を要請するつもりでいる。恐らく、向こうもこの件に関しては、そのつもりで居るだろう」
タオがそう云うと、「そりゃそうだろうな」という顔をして、うんうんと頷いている者が殆どだった。ヴァネッサも頷く。
「ただ、そうなると、向こうもそれなりの役職に就いている者やベテラン――『上層部』と云えそうな御方をこちらに派遣してきたりね、そんなこともあると思われるのだよ。また、向こうも向こうで、イー・ルやらエグメリークやらと戦争中ではある。そうした中で、余計な萎縮や遠慮をせず議論が出来る者、『戦』に関しての情報・状況もお互いに把握した上で展望を考えられる者、そういう条件を考えたら、かなり絞られてくるだろう?」
「それは……そうですね」
ヴァネッサが議場を代表して肯んじた。
「まず、完全に、民間人には無理です」
「うん、サヴァナやフリュスの幹部と面識がある魔術士は、民間にはそんなに居ないだろうから、どうしても気後れして、遠慮無く意見をぶつけることなど出来ないだろうな。そうすると、『判断』や『行動』を最初から間違えていた、という結果になりかねない。当然、『戦況』についての詳細も、民間の方がご存知の筈は無いから、その辺りを共有することが出来ない」
理解出来ます、とヴァネッサが頷く。
「そういう……、サヴァナやフリュスとの情報の共有の関係もあって、領内国家・自治体の長にも、――もうその名称で通しちまって良いかね?――『特殊対策本部』の長を任じるのは、難がある。『今ここに居られる方々』に限れば特に、既に政務を引退された方も多いから、お持ちの情報がもっと、現職よりも少ないだろうし」
「……。確かに、事務的に、よく理解出来るご判断です。仰せの通り、あんな憎まれ口を叩く前に、先に仰っても良かったでしょう」
ヴァネッサが呆れた溜息をつきながら云う。タオが、「順番がそうなっただけさ?」と肩を竦めた。
「で、――そうなると、この城に直接詰めている、本部在籍の幹部……に絞られてくる訳だが」
タオはそう云うと、一つ大きく息を吐いた。
「候補に挙がるだろう幹部を一人一人潰すより、話を早くするために、俺が相応しい理由を、もう云ってしまうとな」
「――」
「いざというとき、超法規的な判断と行動をなし得るのは俺だけだ」
キッパリと云うと、議場や中継モニタ前は一瞬静まりかえった。
――議員席に座った、先ほどタオに野次を飛ばしまくった年配者が、今度は「うむ」と厳かに頷いている。
「民間人の貴方方は、どうしても其処がネックになってしまうだろう、ヴァネッサ君」
穏やかな声でタオに問われ、ヴァネッサは「ええ…」と、しみじみ頷いた。「イリーガル」「アウトロー」「ギルティ」――大抵の民間人は、それを避ける。避けない者は、「犯罪者」に直結してしまうのだから――そうならないための判断を日常的に繰り返している――それに慣れている。
「本部でも領内国家政府でも、政務従事者には心理的な縛りがある筈だ。即ち、民間人より余程強く、法に則ることを迫られる『公』に属する者であるが故に、『私』を信じるのにどうしても迷いや躊躇、戸惑いが生じる。加えて、『上層部』『上司』が居るが故に、『部下たる己』自身の判断に、迷い、躊躇い、そして、己自身を信じられず、己を裏切る、そんなこともある」
この非常事態に於いて、そんな「迷い」「躊躇」は、致命的な「遅れ」となる可能性がある――
「サウザー領に於いて私だけが、最も、その躊躇から自由だ。己の判断や行動が『間違って』いたかどうかは、結果だけが決める。私は、結果を出す前に違法かどうかで判断や行動を迷わない。何故なら、法は必ずしも理でないからだ。その分――誰よりも、機動力と瞬発力がある。それは、たった一人の領主たる、俺だけが持つ適性だ」
結果を出す前に合法であるか否かを判断材料や行動の根拠としてしまうのは、今はただの躊躇――無駄な刹那でしかないのだ。「合法」だが「手遅れ」、そんな結果を生み出すような心理を持たざるを得ない者は、「その役」に相応しくないのである。
行動を起こす前から、「法」の枷を外せない者に王の資格は無い。「規範」を持たぬ無法者に資格が無いのは当然であるが、「法」へ逃げ場を求める者にも資格は無いのだ。「王」とは、民と領土を守るため、「規範」ではありながら「逸脱」を厭わぬ覚悟を常に持つ者――その決断と行動が可能である者のことだ。
最終的に、「違法な犯罪者」となり「背信者」と罵られようが罵られまいが有罪となろうが無罪となろうが――、それは、粛々と受け入れるべき結果ではあっても、予測すべき結果には入らない。純粋に、行動という「原因」から引き起こされる、事象としての「結果」が出た後で考慮されるべきことなのである。
正しいか正しくないか間違っているか間違っていないか、己の行動が、そのうちのどれに顕れるのかを「結果」だけで予測し、そして実際に行動に移せる――移さねばならないのは「領主」だけだ。
――タオの言葉を聞いて一際大きく頷く者が居たことに、リオンが気付いた。
漆黒のローブを纏い、真っ白な総髪、同じく真っ白で豊かな口髭と顎髭……、タオよりも、いや、バーナードよりも随分と年上に見える男性である。見た目だけで、大魔術士だと判る、最早、「仙人」と呼びたくもなるほど――貫禄と同時に静謐な空気が、その老人の周りにはあった。ついさっきまでは、こんな人物を意識していなかった――が、意識してしまえば、目が離せなくなるほどの存在感があった。そういえば、この人物は――先ほど、野次を飛ばしてはいなかった…筈だ。
「――俺が、『形』としては本部長になって実務では他の誰かってするのも、躊躇というか、俺の判断や指示を仰ぐ・伝えるっていう、『一手間』が入ってしまうだろう? 俺はその伝言ゲームを出来る限り避けたい。『時間』の問題というのは、そういうことだ」
冷静な口調で領主が云うと、ヴァネッサは「ふーっ」と息を吐いてから、
「解りました。『特殊対策』の長に、タオ様ご自身が就かれることへ、もう何の異論もございません。勿論――だからこそ、領主職の軽減を望まれることも、ごもっともであると存じます」
大きく頷いて、厳かにそう述べた。代表として彼女に発言させた、周りの民間ギルド代表も頷くことで「異存は無い」との意志を見せる。
タオは「有難う」と頭を下げ、ヴァネッサが着席するのを見届けてから、議員席を見渡した。
再び髭の向こうで薄い笑みを見せて、
「――では、他には?」
そう云った。
議員席では、再びヒソヒソとした声が上がる。
柵の中で、ルナールが一番緊張した面持ちを見せていた。テリーインは、ヴァネッサからああ云われ、それについての異論も上がらなかった以上、タオ領主への反対意見は出席者各位に無いのであろうし、自分にももう後退の余地は無いと、腹を括っていた。
先ほどまでとは、「ヒソヒソ声」の質が違う。
モニタ越しにも何となく伝わっていた。中継場所でも「どうしたんだろうね?」という小さな喧噪が起きている。
リオンが、
「――何か、文句あるなら云えば良いだろ、って云いたくなるような、変な空気」
独り言の口調でそんなことを云った。モニタ越しに空気が解る筈は無いが、アサギやギンも、その雰囲気は感じた。傍聴席に居る市民達には、もう少し具体的に、何が起きているのか伝わっているのだろうか?
「こういうこと、あるんですか?」
アサギがギンに問うと、ギンも不思議そうに、あるいは戸惑った様子で、
「ん~……珍しいことじゃないかなあ。どうしたんだろう。普段は、もう少し……さっきまでみたいに、人が発言してるときでも、ある程度ハッキリした意思表示する人が殆どなのに」
「煮え切らない、って感じですね。発言を待つ側からしたら、ちょっとイライラしそうな雰囲気」
「『質問や異論がある』ってハッキリ云えないけど、このまま『是』とも云いがたい……そんな感じかな? 珍しいなあ…」
傍で、そんな想像をしていると、タオも――表情には特に苛ついた様子が無いが――、
「手が挙がらないな。文句が無いなら、〝サイン〟しちまうぞ、ここで」
一口水を飲んでからそう云って、瓢箪を置くのと入れ替わりに最初に見せた命令書二枚を、再び議員席に向けて掲げた。ザワッ、と議員席の声が大きくなったが、しかし、挙手する者は出ない、まだ――迷っている雰囲気だ。
そんな中、アサギは、柵の内のルナールが、キュッと膝の上で拳を作るのに気付いた。
業を煮やしたのは、タオではなく――議員席の中の一人だったようだ。
スッ、と静かに手が挙がる。「あ」とリオンが軽く目を見開いた。先ほど「仙人」みたいだと思った、存在感のある老人だ。
一度議員席は静かになり、タオが微笑して、
「どうぞ、ディナム・タイクーン・シンキ国王陛下」
そう云って手を差し出した。
――アサギとリオンが「あっ、もしかしてこの人が」と顔を見合わせた。バーナードだけでなく、「彼」も来ていたのか。
ギンがそんな二人の様子に首を傾げて、――ギンにしては珍しく――彼の方から「知ってるの?」と訊ねた。
「ちょっと……バーナードさんと一緒に、お名前というか……噂というか、聞く機会があったんです」
詳しいことは置いておき、アサギがギンに云った。リオンが後を引き継ぎ、
「それと、フーコーさんの大伯母さんって人もセットで」
「ああ……」
ギンはどういう機会があったのか深く問おうとしなかったが、「納得」と云うふうに息を吐いた。
「そうか。三人とも偉大な〈土〉のマスターだものね、何かそういう話を聞くことがあったんなら、一緒に聞いて当然だ」
それで――さて、領主の師匠でもあるという偉大なマスターは、何を云おうと挙手をしたのだろう? じっと黙って、この世の全ての成り行きを見守る大山のような雰囲気を持った人物が――。




