【day2】(2)-[3]-(3)
ヴァネッサは「やれやれ…」と云うふうに軽く首を振った後、「では、先をお願いします」と溜息混じりに云った。
「『時間』の問題とは?」
やっと本題に戻った。
「――仮に『特殊対策本部』の長へイムファルを任じたとして、だ。君達を含む魔術士や研究者・科学者が各地で観察なり何なりして『筋』や『異形』の情報を集める。それが本部に集積されてイムファル以下で整理・考察が行われ、総論や体系が出来ていく……、こんな感じになるだろうな、『理解』するための方法、流れは」
「まあ、そうなるでしょう――実際、今から始められることは、それしか無いと思われますし」
「うん、そうだ。だが、それは、『異形』や『筋』が何でもないものだった場合にだけ許される、悠長な方法なんだよな」
「……」
「万が一『害を為すもの』だった場合、速やかに対抗策を取らなければならないが、イムファルが長だと、それを指示・命令するのが難しい。彼は『実践者』としての〈魔術士〉ではないからな、『適材適所』を早急に判断というわけにはいかないだろう――この点で、俺がそれをやりたがってるってことは置いといても、『対策本部長』という権限を、イムファルに与えるのは領にとって良策ではないし、彼にとっても酷だ」
ヴァネッサはそれを聞いて、「成る程」と云うように大きく頷いた。それは彼女にも良く理解出来た。イムファルが「一角を担う」ことはあっても、「長」としては――こう云ってはなんだが――適さない。いくらサウザー領が、〝魔術士でない者〟でも〈魔術士〉を率いることが可能なだけの学習基盤を持っているとしても……、彼は、〈魔術士〉を指揮・配置する極めて重要な権限を持つには、致命的に「研究者」でしかない……。
敢えてイムファルにその役目をさせるのは、余りにも重責過ぎる。――CFCのような相手なら兎も角、「筋」や「異形」のような、今まで経験したことがない上に出来るだけ速やかな判断が求められる非常事態に対して、「机上の知識」だけで対抗しようとすると、判断ミスや遅延が生じ、故に、大きな犠牲が出てしまう恐れがある――やはり、「実践者」としての知識や経験、感覚を持った者が、それに基づいて部下となる魔術士を指揮する方が、現状では理想的だろう……。
「イムファル教授に『本部長』の任は酷だと――それは全く、その通りだと思います。前言――それを提案してしまったことを、撤回すると共に、申し訳なく存じます」
ヴァネッサはそう云うと、ぺこりと頭を下げた。タオが「俺じゃなくて、イムファルと顔合わせることあったら、云ってやってくんないか」と苦笑した。
――リオンとアサギがモニタを見ていたギンに困ったような顔を向けると、ギンも戸惑った顔をまず彼らに向け、ふっと苦笑を漏らした。
ヴァネッサは真面目に「機会があれば是非に」と、大きく頷いた。――イムファルがこの会議を、中継ででも傍聴しているとしたら、一体どんな顔、反応をしているのだろう?
「現段階では、少しでも何か解ったら、直ぐに、何らかの行動を起こせる者が『本部長』には相応しいと思われる。よって、イムファル以外であっても、『専門家』ではあるが『実践者』ではない方に、その役目を、俺は委ねる気になれないんだな」
「その論理からすると、より理想的なのは『本部長』に〈マスター〉を配置することだと思われますが――」
「その通り」
「――しかし、サウザー領に所属する〈マスター〉は、タオ様だけではありませんよ」
その切り返しは予測していたのか、タオは「そんなこた知ってるよ」と嘯いた。
「ヴァネッサ殿、貴方もさっき云っていたが」
タオは、ニッと笑い、
「その役を自分がやりたいと思うが故に、俺がそれをやるのに反対、って御方も、そりゃあ居られるんだろうなあ?」
議員席へ視線を巡らせた。その視線を外そうとして顔の向きを変える者も居るが、タオと同じように何か企んでいるような笑みを浮かべて、真っ向から視線を返す者も居る。どうも、タオよりも明らかに年上と見える年配者に多い。
最終的にタオがヴァネッサへ目を向ける。
「君を含め」
タオがそう云うと、――彼女も、何を考えているのか解らないような微笑を浮かべていた。
が、直ぐにその表情は、明らかに苦笑の形になり、彼女はゆるゆると首を振った。
「〈マスター〉の号を戴いた者として、私にも〝権利〟があるとは考えますが、民間人ですから、〝資格〟の点で諦めております。特別『政務』上にある〈魔術士〉を指揮したことがありませんし、生死――特に不特定多数のそれに直結するような重大案件に取り組んだことはさほど多くありませんので、経験という資格を有しておりません」
タオが「ふむ」と鼻を鳴らし、
「冷静だね。内心は悔しくて仕方無いだろうに」
「ええ、ですから、納得出来るまで突っ込みますよ。――その有資格者は、今タオ様の目の前にも大勢居られる筈です、タオ様がその役を担わなくてはならないことに、私は納得出来ておりません。政務経験者や為政者でありながら〈魔術士〉であり、為政者であるが故に多くの〈魔術士〉を率いてきた経験をお持ちの方が、こんなに一堂に会してらっしゃるじゃありませんか」
ヴァネッサが大げさに腕を広げながら頭を動かして議員席を見回す。――議員席の方から、
「いいぞ、いいぞ!」
「ヴァネッサ君、その調子だ!」
……そんな声と拍手が上がる。やはり、年配者が多いようだ――リオンとアサギは、それを見ていて呆れた顔を見合わせた。
モニタの中のタオは苦笑を見せた後で、またしても表情をふてぶてしい「にやにや」に変えた。
「では、ヴァネッサ君、代表して、貴方に訊くよ? 『有資格者』が大勢居るとして、俺ほどその役目に相応しい人物は居るか? 今、此処に」
ヴァネッサはそれを訊いて訝しく目を細めたが、今のところ傍で聞いていた議員席の年配者には、見るからに「かちんと来た」という顔をしている者が居る。
「経験の浅い若手に担わせる役でないことは――それがいくら〈マスター〉であっても――、既に明白だ。そして今、俺の目の前には、俺よりも厚い経験をお持ちの方が、そりゃあもう、嘆息するほど揃っている。が……」
「――」
タオは一層、意地悪く口角を上げて、
「経験に加え、体力、機動力、瞬発力、判断力とその速度、――それらをバランス良く兼ね備えた〈マスター〉は、居るか? 『年の功』が上手く生きる前に、『年寄りの冷や水』になっちゃ、目も当てられんな」
――そんなことを云う。
当然と云えば当然――なのか、それとも、余りにも非常識な態度ということになるのか……、
「こらぁ、タオ! 何じゃあ、その言いぐさは!」
「坊や、自惚れも甚だしくってよ!」
「若造がなめた口を聞くんじゃねえぞ!」
――そんな野次が一斉に上がった。
「……。ざっくばらんな『雰囲気』ではありましたが――、比較的、静かに会議が進むなあと、思ってたんです……けど…」
アサギがギンに顔を向けて小声で――少し呆れたような声色が混じり――云うと、リオンが後を続けて、
「でも、やっぱり、ヤジも飛ぶんだぁ…」
ギンに、というのではなく、モニタを眺めて溜息混じりに云った。彼の方は、呆れているというより面白がっているらしく、表情は笑顔だった。
モニタ前の市民達も、ケタケタ笑ったり拍手したり、……やはり指笛も聞こえてきた。
ギンはアサギに苦笑を見せて、
「…まあ、ガス抜きってのもあったのかもねえ。本会議場の方は、それなりに張り詰めてたかもしれないし……ほら、傍聴席をよく見てごらん」
促されてアサギがモニタを見ると、傍聴席に居る市民も、口を開けて笑っている――私語は禁止だが、野次が飛び交う中で笑い声を上げるくらいは問題とされないらしい――。
今度は、感心した口調でアサギが云う。
「そんな目的を持って、あんな憎まれ口をわざと叩いたんですか、タオ先生」
「いや、そんなこと僕は判らないよ。――タオ様が仰った内容そのものは、事実でもあるだろ?」
ギンは苦笑しながら手を振る。アサギが、ああそうか、と小さく頷いた。
為政者である〈魔術士〉、〈魔術士〉であり政務従事者――その経験者が揃っていることは、ギンも云っていた通りだ。
が、「特殊対策本部」の長に求められているのは、万が一の時、即座に対応出来る実践者だから……、タオの表現は「憎まれ口」としか言い様の無いものではあったが、「経験者」であっても「年配者」には、主に身体的に荷が重い、あるいは――相応しくない、のかもしれない。
もしや、フリュス村の方でも同じような議論が行われていたとして……。フリュス家の者ではないが魔術士としては一番の経験者である村の御長老などが、進んでその役を担おうとしていたら――タオのような表現は使わないとしても――無理しないで下さい、と周囲が止めるだろうし……。アサギはそれを想像して、「確かに、そうですね」とギンに云った。
「ガス抜きの意図があったとすれば、タオ様だけの判断じゃなく他の方々との連携、阿吽の呼吸……でもあったと思うよ」
「――ああ、それも云えますね…」
「だよな。他の人達が行儀良くヤジ飛ばすの我慢してたら、タオがただ『スベった』みたいで、もっと息詰まったかもしれないもん」
リオンもそう云って、ギンに頷きを見せる。
議長が段々声を荒げながら「静粛に!」を五回ほど云ったところで、本会議場は静まった。しかし、議員席にはむっつりとふて腐れた顔をした者が多く見られる。
ヴァネッサが「はあ」と溜息をつき、
「……そんな悪態をついてまで、領主業務を減らし、実務にお就きになりたいと?」
そう云うと、タオは肩を竦めて答えた。
「悪態ではあったろうが、嘘や詭弁でもない。貴方が『納得するまで』と云ったから、私は『説得する』つもりで云ったんだがね――君は、『もっともだ』と思わなかったかい?」
それをハッキリ肯定するのはヴァネッサにも難しい。小首を傾げて「一理ある、とだけ申し上げます」と云った。
「尊敬すべき先達を危険に晒すことになっては、後進として情けない話でございますから」
「君は、なかなか弁が立つなあ」
タオが大げさに感心した声を出して、笑みを見せた。それから、一つ息を吐くと、
「ヴァネッサ殿から次の質問が来る前に、私から、もう少し事務的なことも申し上げておこう。――今からそれを云うのはずるいぞ、と云われそうだが」
肩を竦めてそう云い、落ち着いた声で続けた。




