【day2】(2)-[3]-(2)
「領主の代行ではなく、あれを理解する目的として置く『特殊対策本部』、その『本部長』の方をタオ様以外で、と考えてみても宜しいのではないでしょうか。その場合、貴方様の直下に居られますでしょう――リンデン・イムファル教授は、如何にも相応しい方だと思われますが」
ヴァネッサの言葉に、アサギとリオンは「おや」と瞬きをした。ギンへ目を向けると、彼は顎に拳をあてて「それもそうだな…」と云うふうに小さく頷いていた。
「――イムファルさんって、城の外でもそんな有名なんスか?」
リオンが訊ねると、「勿論さ」とギンが、少し驚いた顔を見せて大きく頷いた。
「サウザーの〈魔術士〉、〈魔術〉に関わってて『イムファル教授』を知らない人は居ない、と云っていいくらいだよ。そりゃ、実践者ではないけど、『研究』『理論』では第一人者、大博士さ。しかも――研究職にある人は、意志の疎通を果たしている〈魔術士〉に協力を求めてデータ集めて理論展開をしていく人が多いけど、イムファルさんの場合はそうじゃなく、意志の疎通までは全ての〈精霊〉と果たしてるんだからね。本当の〈魔術士〉志願者だって、その域に達することは簡単じゃないのに! 彼の講義を受けたくて仕方無い、でもなかなか叶わなくて嘆いてる若手魔術士に研究者は、ごまんと居るよ」
本来の性質としては「無口」である筈のギンの声色が少々熱くなったので、彼自身のイムファルに対する敬意も良く伝わってきた。
――ってことは、午前中、成り行きとは云え、イムファルの初歩的ながらも濃い講義を受けられた自分達は、相当にラッキーだったのか。アサギとリオンは顔を見合わせて声に出さずに、それを確認した――声に出したら、もしかして周りの市民、あるいはギン本人から、随分と大げさな羨望の言葉を投げられてしまうのかもしれないから――。
「『あれ』を理解するために置く部署の長にイムファルさんが相応しいというのは、そういう意味なんですね」
「うん、云われてみれば、ね。僕自身も『それは悪くない』って思ったよ。情報部長職のほうを代行出来る人は、何人か居るはずだし……――でも、タオ様には別の考えがあるのかな…」
議員席に目を向けると、ギンと同じように考える者も多いようで、ヴァネッサの意見に賛同するように「うんうん」と頷いている顔が結構多く見える。意思表示として、拍手する者も居た。腕組みして首を捻っている者は、ヴァネッサの意見に難色を示している訳ではなく、「そんなことは領主とて思いつかない筈はないが」とでも考えているのかもしれない。――そして、どうも何を考えているのか解らない……特に何のリアクションもせず冷静な顔つきで居る者は、「まだ先がある」、そう考えて推移を見届けている段階なのかもしれない。
タオはヴァネッサに「うん」と大きく頷いて見せた。
「勿論、イムファル君のような個性を、この状況で遊ばせておく手は無いね。『対策』の一角を担って貰うつもりだ」
「――しかし、あくまで『一角を担う』……、イムファル教授に『対策本部長』をさせるつもりは無い訳ですね? 私の意見に『一理ある』とは思って頂けなかった、ということで」
「そうだ」
タオがキッパリと頷く。
ヴァネッサの質問の主題はこれからだ。
「何故でしょう。イムファル教授にトップを預けられない、あくまでタオ様ご自身が動く、その根拠は」
「『時間』の問題だ。それを考えるとやはり、イムファルに最高責任を負わすのは、『実践者ではない』というネックがある」
ヴァネッサは冷静に問い、タオも淡々と答えた。
「ただ理解するだけ――知識を蓄積するだけなら、イムファル君でも良い……というか、彼は物凄く適任だ。だが、その『理解』の目的は、そもそも何だね、ヴァネッサ君。――あの『筋』『異形』が、我々の何であるのか、それを見極めることだろう。害を為すものなのか、益をもたらすものなのか、どちらでもなく何でもないものなのか。『害を為すもの』だった場合が最悪だと、それは貴方もお解りだな?」
「勿論です。――最悪の事態を、今は想定するべきです」
「では、君と私とで『最悪の事態』の想定が少し違うのかな?」
「……」
タオが軽く笑って云うと、ヴァネッサは訝しげに目を細めた。
――ヴァネッサから視線を外して、タオは議員席を眺め、低い声で問いかけた。
「まさかとは思うが、君らの中に、俺に何かあることが『最悪』だと想定している者は居らんだろうな」
タオの言葉に、「うっ」と息を飲む者が少なからず居た。これも、どちらかと云えば若い者が多かったようだが、それなりの年齢、経験を持ったように見える者でも、バツが悪そうに口元を擦ったり、タオから目をそらしたりする者が居る。また、傍聴席と中継モニタ前でも、多くの者が「えっ」とたじろいでいる。
「傍聴席、あるいは、中継モニタ前でご覧の市民諸君は、まあ、そこまで気にせんでいい。そうやって俺を頼り、案じてくれることは、領主冥利に尽きる。有り難いことだ」
そう云ってタオは、ぺこりと軽く頭を下げた。――そして頭を上げた後は、やけに厳しい顔をして議員席をねめつけた。
「だが、今、この会議に出席している諸君。貴公らが、『最悪の事態』を、『領主に何かあったとき』だと考えていたのだとすれば、だな――」
「……」
「――馬鹿たれ!」
演説台のマイクを通さずとも最後列まで届く声――よって、マイクを通ってしまえばビリビリと窓を揺らすほどの迫力で、タオが怒鳴った。
若い者はビクッと肩を竦めている。情けなく眉を下げている者も居た――が、タオよりかなり年上とおぼしき出席者の中にはポツポツと、口元に手を当てて……「笑いを堪えている」ように見える者も、居た。リオンが反射的に探したバーナードは、そちらだった――。
「そんな他愛の無いことを『最悪』と想定していてどうする、他の災難の何もかもが『想定外』の事態になってしまうぞ! まして、今俺が云うまで、それこそが『想定外』だったならば、現在の職を返上したまえ! サウザー領の為政者として、『領主に何かあったときのこと』は、日常的に想定して然るべきだ、馬鹿者がッ」
一瞬、本会議場も中継モニタ前もシンと静まりかえった。――議員席では、卓に手をついて「恐れ入りました」とでも云うように頭を垂れる者がちらほら見える。それとは逆に、中継モニタ前では「そうは云ったって、そんなこと普段考えたくないよね」と、首を振りながら嘆きの声を上げる者、それに頷く者が多く見られた。
中継用のカメラがあるのだから、恐らく同時に録画もされているだろうが、それだけでなく――演説台と議員席の間には、書記役と見られる恐らく総務職員が、演説台を挟むような形で三名ずつ配置されていた。「録音」「タイプ」「速記」と手段を変えて二名ずつが議事録を作成しているらしい――一人が無意識に、あるいは故意に誤ったとしても、他でフォロー出来るよう複数人を配置しているということだろう――。彼らも、タオの一喝にビクリと肩を竦ませた。「録音」の担当者は当然――というより不可避だが、タイプや速記担当の者も、今の恫喝を正直に記録しているのだろうか。
ふん、とタオが一つ大きな鼻息を飛ばしてから、ヴァネッサに顔を向けた。
「――民間ギルドの長である貴方にそれを説教するつもりは無いが、ギルド代表として、自分が居なくなっただけで途端にぐだぐだになるような組織は情けないものだと、ご理解は頂けような」
「……。ええ、むしろ、自分一人が居なくなっても何の変わりも無く、此方が淋しくなるほど頑強な組織の代表を務められることの方が、己の誇りでありましょう」
ヴァネッサも一つ息を吐いてから頷き、そう云った。そうだろう、とタオが頷く。が――ヴァネッサは
「……しかし、民間組織と領の代表では抱えるものが異なる筈ですので、タオ様の仰ることに百パーセントの賛同と理解・同調をすることは出来かねますが」
そうも続けた。今度はタオが目を細める。――ヴァネッサの言葉の方に、今度は「うんうん」と頷いている年配の者が議員席で見られた――。
ヴァネッサは軽く首を振り、
「ここでリーダー論について議論しても仕方がありませんので、本題に戻らせて頂きます」
そう云ってから、鼻の頭に掛かっている眼鏡のつるをクッと指で押し上げた。タオに対して真っ直ぐな視線を向けて、
「それで――『〝領主に何かあったときのこと〟は、日常的に想定して然るべきなのだから、たった今、別の者に代わったとて問題は無い筈だ』――とでも仰るのでしたら、詭弁でございますよ」
キッパリとした声でそう云った。
今度はタオが「んっ」と喉を鳴らして、意外なことを云われたように瞼をぱちぱちとさせ、それから苦笑を浮かべた。
「なかなか面白い切り口だね。――いいや、そういう論理に展開するつもりは全く無いよ、貴方の誤解だ。……が、そう切り込んできたのだから、返す刀で確認しておこうか」
タオが、ニッと笑って返す。
「故に――『領主に何かあっては大変だから、代行を立ててまで〝特殊対策本部〟の実務に入るのは反対だ』というのは、詭弁とは云わずとも、浅いどころか平ぺったい感傷論だ」
あっさりとタオは云い、議員席では、狼狽えた顔、戸惑った顔、バツの悪い顔を見合わせる者、あるいは、口元に手を当てて俯き、小さく肩を揺らしている者が居た。
ヴァネッサは決して萎縮や遠慮をせず、あるいは怯む様子も見せず、己が納得出来るまでタオに言葉を投げる。タオも、確固たる己の意見を頭から押しつけることは――命じることはなく、しかし折れることもなく、納得してもらうまで付き合うと、そんな不敵な表情だ。ぴりぴりとしつつも高揚感がある、それこそ、先ほどのやりとりは、切り組のようだった。
――アサギはモニタを見つめ、今は本当に「議論」だなあ……、と感嘆の息を吐いた。




