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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day2】学習の日(2)午後:会議、傍聴(見学)
65/103

【day2】(2)-[2]-(5)

「雌の蚊は恐らく、毛皮が無くて吸いやすい()()を、()()()()狙っているのだ。()()を狙ってなんかいないさ。だが、我々の方は、()()のせいで滅亡する可能性(おそれ)もあることを()()()()()。その可能性が現実となったとき――蚊の方は、俺達が居なくなったら、再び別の、毛皮を纏った()()を狙う。ただそれだけだ、悔やみはしないさ」

 タオが「そりゃまあ、我々の方にも、好きこのんで蚊と共存しているつもりはないから、例としてイマイチだったけどね」、そう云って肩を竦めたが、シャールは領主の軽口に笑みなど出ず、神妙な顔つきだ。

「では逆の方向――俺達は気味の悪い虫が一種類でも絶えたら世界が歪むことを()()()()()が、虫の方は()()()()()()()人間(おれたち)に限らず他の生き物が困ることを、果たして知っているだろうか? ()()()()()()生き残ろうとしているんだろうか? それも、俺は全く思わないな、虫に限らず。――『()()栄』というのは、人間(われわれ)が勝手に云ってることさ。いや、『栄』の意識は、いよいよ人間(われわれ)にしかあるまい。むしろ人間(おれたち)の方が絶滅したって、世界は大して困らないだろうに、『共存』なんて考え方してるのは俺達だけだ。では、何故我々にしかその意識が無いのか? ――それぞれの『役割』を()()()()()からだ」

 タオはそこで一口水を飲む。

「我々は、君が化け物と云った『あれら』と『黒い筋』を、その()()を、全く知らん。()()()()()()()()()()()()()()()のだから、これからも知らなくて良い。気味が悪いという理由だけで殲滅させても問題は無い。君が云う通り、その可能性はある。だが、我々の方が()()()()である可能性とてあるのだ」

 意地悪く口を歪めているタオに、シャールと、特に若人達は――議員席や傍聴席、中継を問わず――目を見開き、きゅっと唇を引き締めていた。

「俺達が今まで知らなかったってだけで()()()()()()()()()()()()――『あれ』は、()()()()()()なのかもしれない。神や悪魔、怪物、ユーマ、異星人(エイリアン)、天国・地獄・アナザーワールド・外宇宙、そんな言葉は滅多に使いたくないが、()()()()()()()()が、こんな()()()()()()()()の今になって顕示された、『()()()()あった』と認識する状況に、俺達は置かれたのかもしれんのだよ。――そして、()()()からすれば我々こそが、我々から見た()()()()()()と同様の存在であり……『気味が悪いから殲滅してしまおう』と、()()()()()()()()()()()()訳だ」

 シャールが、びくりと肩を震わせて何か云いかけたが、タオが続きを云う方が早かった。

「だが、()()()に、我々が『共存すべき益虫』あるいは『殲滅すべき害虫』という()()が一体あるのかどうか、それも俺達には分からん。俺達を絶滅させた結果、向こうが困ることになったとして、さあ、それはそれ、俺達が知っている虫と同様、後で悔やんだりはしないのかもしれない。馬鹿を見るのは、というより、馬鹿を見た()()なるのは、結局滅ぼされる我々だけ。そんなことだってあるかもしれん。当然、その逆もある。本当に『あれ』が、あんなにグロテスクであっても、俺達が今まで知らなかっただけの『共存すべき存在』だって可能性もある。だが、俺達が()()()――あれらを殲滅させてから、それが()()()()()時、向こうは別に何ともないとしても、悔やむのはやはり我々(こちら)。その点で、我々の方が虫の立場だったとしても、虫とは違う」

「――将来の、そうした後悔を避けるため、私が申し上げた『退治』や『排除』は承知出来ないと……そういうことですか」

 シャールが溜息混じりに云いつつ、首を縦に動かした――彼の中で、ある程度の「納得」が出来たらしい。

 が、タオは

「それは百パーセントじゃない」

 と軽く肩を竦めて、小首を傾げた。シャールが「はっ?」と瞬きをする。

()は『それ以前の問題』だと云いたいのだ」

「――」

 今度は、タオが苦笑を浮かべた。

「実際、私は、そういう意味で『慎重』になるべきだと、()()()()()思っている。仮にここで、()()を排斥する行動を執るべきか否かを議論するとしたら、()()()()反対意見側につく、ってことだ。だが、『筋』は兎も角、『異形のもの』に対しては即刻、攻撃や排斥の命令を出すべきだと――民に限らず、為政者である君達にも、不安や恐れがあるだろう。それも、私は当然のことだと感じ取っている――が」

 ――中継モニタの前に居た若者……、タオが何を云っているのか、まだ全く解らないだろう幼い「子供」よりも、もう少し年を重ねた「中学生くらい」の者達、それと、「幼児」を連れた若い親達が特に、「タオ様もそれは考えておられるのか」と安堵の息を吐いたようだった。

 しかし――タオが逆接の表現を用いたことで、「えっ」と再び不安そうな顔をしている。アサギは、そんな様子を見て不憫そうに眉を顰めていた。


 タオは一つ、「はあ」と息を吐いて、

「やはり、()()()()()()()なのだ」

 と云った。

()()()()、『理解』が――『知識』が必要なんだよ」

 演説台の端をギュッと握り、今度は表情を引き締めて、タオがシャールに目を向けた。

「シャール君。君は、あの『異形』を()()()()()『退治』するつもりだったんだ?」

 真面目な声と表情の領主に問われて、シャールは「うっ」と息を飲み――()()()()()()

 そうだろう、とタオは頷く。

「我々は、退()()()()()()()()()()のだ」

「……」

「我々の知識――大方の常識では、大体の動物は『頭』を潰せば死ぬ、と知っている。――しかし、あの『異形』の頭は、我々が見て『頭』と思う箇所とは全く別のところにあるのかもしれないぞ? 頭だと思ったところが、向こうの常識では『尻』かもしれんのだ。俺達の場合だと、取りあえず尻の肉を削られたくらいじゃ、即死はせんだろ。向こうもそうかもしれない。あるいは、俺達が『尻』だと思ったところが『頭』だとしても、それでも『頭』を飛ばされたのでは死なないのかもしれない。向こうの常識では『尻』の方が余程に急所として当たり前なのかもしれんのだよ。そしてそれが、俺達から見て『頭』の位置にあるなら()()()()()()()()()()()だが、尻だと思った位置がやっぱり尻で、そして尻が急所だったりするなら、もう訳が分からん」

 ――タオの例えに、若者は何とも云いがたかったが、年配の者は余裕があるらしく、俯いて口元に手を当て笑みを隠している者がちらほらと居た。

「じゃあ、取りあえず()()()()()()()()()()? だが、『プラナリア』みたいなものだったら、どうするよ。プラナリアは()()()()もんだが、あんなでっかくて気味の悪いものが、切る度増えていくようじゃ、こうやって例に出した俺とて、想像だけで悲鳴上げちまいそうだぞ。火を点けても燃えないかもしれない、逆に、()()の『火喰蜥蜴(サラマンダー)』が、実は姿を現したのだとしたら、どうする」

「……」

「君を含め誰か一人でも、『異形』のどれか一つにだけでも、ほんの少しでも『触った』者すら、居るか? 今ここに居るなら、そういう情報だけでも持ってる者が居るなら、挙手せよ」

 ――当然のことながら、返答は無い。タオが溜息をつく。

「ならば、盾を以て『筋』の方へただ押し返すことすら、出来るかどうかも解らんだろう? ――そもそも、俺達はあの『異形のもの』が本当に、俺達がそう云う()()なのかどうかも解らんのだから、俺達が云う意味で『殺す』ことなど出来んかもしれんのだ。ならばどうやって退()()する。――俺達は、()()()()()()()()()んだよ」

 しみじみとタオがそう云うと――シャールはコクッと頷いた。

「排斥を議論する以前の段階なんだ、今は。現状の我々は、あの『筋』『異形』のことを何も知らない、だから()()()()()()。火事になった時には水をかければ火が消える、それすら知らない状態なのだ。油火災には水をかけちゃいかん、なんて特定知識以前の問題だよ。――私が先ほど『行政上』として皆に指示した『対策』は、火事になったら『逃げろ』、ただそれだけでしかない」

 そう云うと、議員席の殆どが、「うむ……」と頷いていた。

 ――アサギとリオンが、モニタの前の「子供達」にふと目を向けると、「中学生くらいのグループ」も、タオの言葉に、「ああ、そういうことなんだ…」と納得して頷き合っている様子が見えた。

「本来なら、災害(わざわい)それぞれの質に応じた、きめ細かいマニュアルが必要となる筈なのに。山火事、台風、豪雨、大雪、地震――それら全てに全く共通で、『ただ避難しろ』って大雑把なこと云っててどうする。――極端だが、現状では事実である喩えを出すならな……、我々は今、〝火〟という『現象そのもの』を()()()()()ようなもので、〝火事〟という『災害(わざわい)』を認識する以前の段階なんだ。それが財産を()()()――消してしまうとか、自分の体を()()()死なせてしまうとか、そんなことも()()()()()()まま、『物凄く熱いことが不愉快だから、熱くないところまで取りあえず遠ざかろう』としているだけなんだよ。その『熱い』が、『見た目気味悪い・怖い』になっただけだ。そんな対策は本来『対策』のうちに入らん、しかし、やらない訳にはいかないから指示した。今は()()()()()()()()だ」

 だから、とタオが身を乗り出し、よく響く声で、

()()が必要なのだ」

 そう云った。

 本会議場が静まりかえり、中継モニタの前も、私語が消えた。

「そして――その()()が可能なのは、きっと〈魔術士(おれたち)〉だと、その自負が、俺にはある。――一体、『あれ』が、出場所や目的地を選んで決めたのだか、それは俺には判らん。出てきた目的も当然分からんし、もしかすると向こうにも、そんな選択や目的は無いまま、()()()()出てきたのかもしれず、ほっといても()()()()()()()()()()居なくなるってこともあるのかもしれない」

「……」

「ただ、仮に一時的に存在するだけなのだとしても、その間()()()()に害を為すのか為さないのか――為さないのならそれでいい。もしや益をもたらすのなら、そりゃあ共存の方法も考えた方が良かろう、どんなに気味が悪かろうが。だが――何より()()()()()()『対抗』しなくてはならない。そのために、俺達は『あれ』のことを()()()()()()()()()()、俺達は無知だ。――もし本当に、『あれ』が、()()()知らない、しかし、例えばイー・ルが()()云う『神』あるいは『悪魔』だと、連中が既に()()()()()のならば、俺は『教えてくれ』と謹んで頭を垂れるだろう」

 タオがそう云うと、議員席で再びちらほらと、ゆるゆる首を振る光景が見られた。――それは、領主(タオ)が「頭を垂れる」など冗談じゃない、そんなことをしてはならないという意味では無く……「イー・ルが知っている筈が無い」、そういう意味の「否定」の仕草だと、モニタを見ていたリオンは思った。

「サウザー領の領主である〈魔術士〉、〈土〉のマスターとして、私は――『対策』には、まず理解が必要だと考えている。そのための時間、余裕が欲しいのだ」

 もう一度それを云うと、「異論」を持つ者の代表として、シャールが「分かりました」と大きく頷いた。――それに合わせ、先ほど挙手した者も、賛同の意味で拍手をする。傍聴席でも同じだった。


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