【day2】(2)-[2]-(4)
〝シャール〟は、魔術士隊の中でも特に「騎士小隊」と呼ばれる部隊の隊長である。〈軍〉には、直接「近衛隊」と呼ばれる「領主を直々に守護する隊」も存在しているが、「騎士小隊」は魔術士隊の中でそれと同様の性格を持った少数精鋭の隊だ。魔術士隊の中の一隊だが、魔術だけでなく、剣術等の武術も優れた者が所属する。
アサギとリオンよりは年上だけれどもギン達よりほんの少し若い――ある程度の「地位」を持っている者としては、かなり若い方である。金髪に碧眼、凛々しい顔立ちに長身。そして、魔術――それはつまり理知――と武術――それはつまり逞しさ――の両方を兼ね備えたとなれば。しかも今モニタに見えているシャールは騎士小隊の制服を身につけている、「中学生くらいの女の子」が黄色い声を上げたくなる「白馬の王子様」に見えても全く異論は無い。
シャールさんに限っては、「ファン」が居ても可笑しくないよ、そりゃあ……。そんなことをリオンとアサギはしみじみ感じたが、リオンは、それ以外のところで驚いた顔をしていた。
ギンが不思議そうに首を傾げた後で、「ああ…」と何かを納得する息を吐いた。
「もしかして、リオン君、シャールが隊棟の講義室に居て、今、手挙げたと思った?」
「え、違うんッスか?」
そう、リオンは、そこに驚いてギンに訊ねたのだった。シャールは魔術士隊内の小隊長であるから、リンクされている隊棟に居るのかと。それが、モニタ越しには、議員席に本当に居て挙手したようにしか見えなかったから、サウザーにはそんなに凄い「技術」があるのかと――。
ギンが苦笑しつつ、「違う違う」と手を振った。
「まさか……。サウザーにそんな凄い『機械』も、機械と魔術の『合わせ技』も無いよ。シャールは、本当に議員席に居るよ」
あっ、そうなんスか、とリオンは、自分の早合点に少々照れて頭を掻いた。同時に、少々の落胆と安堵も感じて「はあ」と息を吐く。――そんな凄い「技術」があるのなら、サヴァナからの「技術提供」やら「提携」やらは要らないじゃないか、と拗ねかけていたところだったので「安堵」し、しかし「そんな技術があるなら自分も手に入れたい」と思った熱意も空回りしてしまったので「落胆」したのだった。
それならそれで――アサギが今度は訊ねる。
「じゃあ、シャールさんはどうして本会議場の席に?」
「シャールは、サウザー南部『グランゼア王国』の王子様だよ、本物の。王子様『みたい』じゃなくて」
ギンが微笑を浮かべて云う。アサギとリオンは「え、知らなかった」と目をぱちくりとさせた。
「ルナール副隊長と同じさ、あっさり云っちゃえば『出向』なんだ。と云っても、CFCとの戦争が始まってのことじゃなく、研修留学を兼ねてだいぶ前から本部に居て、騎士小隊長に任じられたのが開戦の年だったんだけどね。――グランゼアは国王陛下が少し前から伏せっておられて、彼の父君である皇太子殿下が政務を担われてるんだけど……、そんな地元の状況もあるから殿下御本人の出席は難しかったんだろう。本国から他の代理を改めて派遣するより、シャールが折角居るんだもの、それで出席をお父上から命じられたんじゃないかな。シャールの継承権は現在第二位、つまり、現皇太子である父君が王になれば、次の皇太子、未来の国王だよ。良い勉強にもなるだろう」
「ああ……そうなんですか…」
で――、他の出席者がまだ手を挙げる前に、「若手」のシャールは何を云うつもりだろう? 単なる緊張もあるのだろうが、明らかに「何らかの反論」を持っているような、険しい表情である。
そんなシャールに対して、タオは相変わらず薄い笑みのまま
「良いぞ、若人が積極的なのは喜ばしい」
そんなことを云って、「さあ、どうぞ。シャール・アンリ・グランゼア殿下」と手を差し出して促した。
――シャールがマイクを手にして、まず最初に、
「〝殿下〟は止めて頂けますか。己がお守りすべき主君から云われると、くすぐったくて仕方ありません」
と、表情は崩さずに云った。軽口でなく、真剣に云ったらしい。
タオは軽く肩を竦めて、「ああ、そう」と苦笑した。――そのやりとりを見ていてアサギは、「ああ、それでシャールさんは僕らへの自己紹介の時にも、敢えて出自を云わず、わざわざ『シャールと呼んでくれ』と云ってきたのかなぁ」と考えた――
「では、シャール。どうぞ」
「単刀直入に申し上げます。タオ様は、『〝あれ〟を理解するため』と仰いましたが、その必要が果たしてあるのでしょうか」
シャールが、椅子の前にある隣の席と繋がった卓へ手をつき、軽く身を乗り出しながらそう云った。タオがぴくりと目を細める。
「〈精霊〉や己の身を『守る』という意識すら必要が無い可能性、とも仰いましたが、そんな可能性が果たしてあるものでしょうか。タオ様は『何か』としか仰せではありませんが、あのようにハッキリと化け物としか云い様の無いものなど、理解以前に退治、排除して然るべきだと私は思います。――そうした割り切りが無くては、CFCとの『戦』を同時進行など出来るものではございません」
険しい表情のまま、シャールはキッパリとした口調でそう云った。タオは目を細めて頬を擦った後、やはり――少し口角を上げた。それは、口ひげに紛れて誰にも見とがめられないほど微かなものだったが。
シャールへの返答をする前に、タオは議員席全体を見回して、
「諸君らの中に、シャール君と同意見の者は居るか、挙手してくれ。――傍聴席の方々も、発言は困るが、シャールの云うコトが尤もだと思うなら遠慮せず」
傍聴席にまで。アサギとリオンは驚いて目を見開く。中継モニタ前の市民が顔を突っつき合わせて自分達の意見を交わしているのは当然のことだが、会議場のタオ自身がそんなことを――普通の会議であり得るものなのか。
アサギがギンに顔を向けると、ギンが小首を傾げ、
「良くあること、では無いよ。――非公式だから…かな」
そう云った。
モニタの中では議員席からも、傍聴席からも、ちらほらと手が挙がっている。どうも、どちらかと云えば若い者が多いようだった。
タオは、「いいだろう」と頷き、下ろせ、と云うふうに自分の右手を上下に振った。
ふ……と、今度はハッキリ判る笑みを浮かべて、タオは
「君達は優しいな」
そんなことを云った。
シャールも、手を挙げた者達も「えっ?」と目を見開き、そのままぱちぱち瞬きをする。
それからタオは、ニッと……笑みを意地悪いものに変えて、
「だが、浅い」
そんなことを、随分あっさりと云い放った。
シャールは鼻白む――モニタ越しに個々は判別し辛いが、恐らく手を挙げた者達も――。
挙手した者全てを相手にするのは不可能であるから、タオはその代表としてシャールに顔を向けた。
「シャール。君は私が云った『理解』という言葉を、『シンパシィ』と受け取ってしまったんだな? あるいは『コミュニケーション』や『ソーシャライズ』か? 君曰くの『化け物』と、理解し合えるか、共存が可能か、それを私が模索しようとしていると? ――私はそんなに優しくない、そんなことは云っていないよ。私が云ったのは、あくまでも『理解』、『知る』だ」
「――」
「私が云ったことは、実に単純な話だったんだが、君が云ったことは『対策』として浅い」
別に「論破」しようとする意志などは見えない。叱りつけている様子でもない。タオは、あくまで微笑を浮かべて、淡々と云う。
「シャール、君は、どうしても生理的に受け付けない、大ッ嫌いな生き物というのは居るか」
領主から問われて、シャールは手の平の汗を握り締めつつ、
「――ミミズや蛇、ムカデのような長い虫は……どうしても好きになれません」
そう答えた。
タオはフフッと笑って、「好きになる必要は無いさ」とまず云った。
「その手の生き物を『好きになれない』者は、そりゃ多いだろうしな。――が、サウザー領に、その手の生き物が大ッ嫌いだからと云って、殲滅させようとする者、特にファーマーが、居るか?」
「――。いいえ……」
シャールが神妙に首を振った。議員席や傍聴席でも、挙手した者に限らず――年配の者でも首を振ったり頷いたりしている。中継モニタの前でも。
恐らく、首を振った者は、タオの問いに対してシャールと同時に「いいえ」と首を振り、頷いた者は、シャールの答えに賛同して頷いた――反応の仕方は違っても、答えは同じ内容なのだ。
「では何故、そんな気味の悪い虫を片っ端から退治しないのか? そうした虫が、土を肥やすことを知っているからだ。蛇が作物を食い荒らす鼠を食ってくれることを知っているからだ。――知らないまま殲滅させてしまい、後で悔やんでも遅い。どんなにそれが気味悪かろうと、たった一種類の虫が絶えてしまっただけで世界が歪むことは、君も良く解っている筈だ」
「……かと云って――、あの化け物は、今まで『この世界』に居た訳ではありません。居なくても問題無いものであることは、既に解っています。居たらより良いものだとも思えません」
シャールの方も、特別口ごたえをする口調では無い。まだ己の中で納得が出来ないから、「納得させてくれ」という意味で、大師匠である主君へ問うた。
タオが「うん」と頷いて、――相変わらず口角を歪めつつ云った。
「そう。我々が、『あれら』を殲滅させようとしても問題は無いのかもしれない。『あれら』と共存、まして共栄など、考える必要は無いのかもしれない。だが、それは既に存在している虫も同様だ」
「……はっ?」
「俺は〈精霊〉と意志の疎通を果たし、〈マスター〉と呼ばれる身になって、まず何よりやってみたかったことは、『異種』の生物との『対話』だった。が、どうにも、特に『虫』とザッパに呼ばれるくらいの小さい生き物とは、それが難しく、未だに達成は出来てないと云って良い……君達の『師匠』と呼ばれる者として、それをここで『白状』しよう。俺からしたら、『筋』から出てきたものも『虫』も、理解不能の度合いで云えば、ある意味似たようなものではあるんだよな」
タオは首を捻りつつ、独り言のような口調でまずはそう云って続けた。
「その上で、俺自身の想像だが――虫の方に、我らと『共存』しているなどという意識が、果たしてあるのだろうかな? 『共栄』を望んでなど居るだろうか? 俺はそうは思わんね。そりゃまあ、人間が作った『環境』をより好ましく思うが故に、虫の方も選んで我々の周囲で暮らそうとするという、本能的・生理的な意図はあるかもしれない。かと云って、虫が我々の周囲で繁栄したせいで我々の方が滅亡した、それが故に虫の側も窮地に陥ったとしても、恐らく、彼らは悔やんだりしまい。共存の意識、概念など、恐らく無いからだ。たまたま自分が好んだ環境に人間が――虫の方は『人間』の存在すら認識しないまま――繁栄しているだけでな。俺が未だに『虫』との会話を果たせてないのは、虫の方が俺達を認識していないからなのじゃないかと、俺は今のところ、そう考えてる」
「――」




