【day2】(2)-[2]-(3)
「宜しい、では、諸君も既にある程度理解が出来ている筈、そしてある程度の想定を、地元ではやっている筈だな、今後どうすればいいのか。即ち、臨時議会の開会や対策室の設置が必要だ。具体的な避難方法等については各国各自治体の土地柄、地理、人材等の条件にも左右されるため、本部から一律の基準を一方的に出すことは出来ぬ。よって、まず各国にて対策計画を纏め、その過程で本部への要望等が出るようなら通知してくれたまえ。また、本部では各国同様、直轄地のための対策室を設けているが、領全土のための対策人員も、当然、確保しなくてはならない。この会議はどえらい有事の昨日の今日、私が臨時に招集した、ある意味非公式の会議だが、明日以降、臨時の領総議会も開会する予定である。その際、各国代表の領議員にも本部対策役員を担って頂きたく、選抜が行われる筈だ。そこら辺のご理解を宜しく頼む」
――所々しれっと、やけに口語調、あるいは曖昧な言葉が混じるのは、もう領民にとって当たり前なのだろうか。硬い人なら眉を顰めそうなものだが、そんな気配が全く無い。アサギはまだ、少々呆れた表情を浮かべていたが、リオンは既に慣れたのか、ニヤニヤと笑っていた。
「で――、ここまでは諸君も想定済み、もうそのつもりで居た、ある意味『退屈な御託』だったろうが」
タオはそう云うと、演説台の縁をぐっと掴んで身を乗り出した。――いよいよ、講義が盛り上がってノッてきた教授のようだ……。
「今云ったのは、一国のあるじ、国を担う幹部――行政に携わる者が民を守るための『対策』であり、民や国土に降りかかる災難が何であれ、速やかに、当然行うべきことだ。――が、あの『筋』に限った場合、それで対策は充分か?」
タオは一度議員席を隅から隅まで見回した。議長あるいは司会の男性が、回答を促すべきなのだろうかと少し迷っていたが、彼が口を開く前に、タオが
「否だ」
と云った。要するに質問ではなく反語表現を用いただけだった。
「こうして見る限り、代理でお出での方も〈魔術士〉、そうでなけりゃ〈魔術〉の研究職経験者が多いな。諸君らも解っているのじゃないか、あれに対応出来るのは『魔術士だ』と」
そこでタオはにぃっと笑い、演説台を掴んだまま肩をいからせた。
「あの筋は『何』だ。そこから出てきたものは『何』だ。私は一向に解らぬ、知らぬ。――今、少しでもあれについて、何らかの知識を持つ者が居るなら挙手せよ。どうか私に教えてくれ」
――「演説」を効果的に行うためのテクニック……という訳でも無かったらしく、タオは議員席から手を挙げる者が居なかったことへ、あからさまに、がっかり、という表情を見せた。
ぷるりと首を振ってからタオが続ける。
「これだけ魔術士が、しかも〈マスター〉も揃いながらにして、誰一人、何も知らぬ。ならば知らねばなるまい。知らずして、この世界の〈友〉〈マスター〉を名乗れるのか。『あれ』が一体、我々に何をするのかも分からぬ以上、〈友〉を守れるか」
特別、唾を飛ばしながら熱く訴えている訳では無い、声色は静かに淡々としている。「俺の云うことを聞け」という押しつけがましさは全く無い。しかし、その内に秘める熱は隠しようも無く、議員席――意識としてはそれだけでなく、傍聴席にもモニタ越しにも、この中継を眺めている全てのサウザー領民に対して、じわじわと染み入るように、タオは語りかけていた。
「無論、『あれ』が我らに対して何もしない、〈友〉を守れるかどうか以前に、守るという意識は必要無い可能性とてある。だが、そんな可能性とて消せないくらいに、我々は『あれ』について、何も知らない、全く解らないということだ。知らないものへの対策など、本当のところ、執れる訳が無い」
そこでタオは角に置いた瓢箪を掴むと、一口、中身を飲み込んだ。それから一つ「ほう」と息をつき、
「――私は、サウザーの領主――為政者である。『あれ』に対して何らかの『対策』を執らなくてはならないのは、当然だ。そして、為政者である〈魔術士〉が行うべき『対策』とは、先ず『あれを理解すること』だと、私は考える。――そこで領主たる私自身は、魔術士として、行政上のものとは異なる『対策本部』を置き、その責任者に入りたいと思っている」
静かにタオの主張に聞き入っていた議員席で、微かだが、どよめきが起きた。
「ぶっちゃけて云うと、領主タオ・サウザーは、『あれ』が何かを知り、理解を深めるために、『領主』としての職務を少し減らしたいのだ。ただでさえ『戦』してるところに、あんな謎まで出てきたのじゃ、流石に時間無いし、体力に自信が無い。そこで、だな」
――議員席のどよめきが、少し大きくなった。
タオが「幹部」の座っている柵の方へ顔を向ける。ルナールとテリーインは、ゴクンと唾を飲んでしまった。
「領主代行の任を〈サウザー本部軍〉魔術士隊副隊長でありルナール公国主であるユイ・モニエ大公へ、〈軍〉総司令官の任をルーカス・テリーイン参謀長へ、預けようと思う」
案の定、議員席のどよめきは一層強くなり、傍聴席や中継モニタ前もざわつく。ざわついたどころか「えーっ」という悲鳴に近い声も幾つか上がった。
会場の視線を一度に集めたルナールとテリーインは表情を硬くして、二人とも膝の上で拳を握り締めている。タオだけは平然として、喧騒が収まるのをただ待っていた。
司会役の男性が「静粛に」と二度ほど云うと、会議場は静かになったが、中継モニタ前は、まだヒソヒソとした声が上がる。
「昨夜の内に両名には、口頭でそれを任じ、両名とも承った。云っておくが――あくまでも、私はこの二人へ、臨時の代行を命じただけだ。後継を指名した訳では無い。もしや今、そう受け取ってしまったせいで動揺した方が居られるならば、それは忘れてくれ」
それを聞いて、中継モニタの前でもホッと息をつく者がちらほらと居た。ルナールとテリーインに文句があるという訳ではないだろうが、現在の状況に於いて、こんな突然「代替わり」が行われるのはあんまりなんじゃないか、そういうざわめきや悲鳴だったようだ。
「また、重要な判断や決断については、私に意見を求めても良いし、最終的な決定は私が下すとも云ってある。具体的に云えば、『サイン』は相変わらず私のものが有効であって最終責任は私が負う、そういうことだ。テリーインに任じた総司令官も、今やってる『戦』の実務に於いてであって、大将は相変わらず私だ」
タオはそう云うと不敵に笑い、親指で自分を指した。若干緊張感が増していた中継モニタ前では、再び微かな笑い声も漏れた――本会議場は、どの程度空気が緩んだのか知れないが…。
「――ただ、〈魔術士〉でもある領主の私が、『あれ』を理解し、対処するために集中する時間を作りたい、そういうことだ。諸君らが納得出来たなら、正式に二人に任ずべく」
そう云うとタオは、演説台に置いていた二枚の紙を摘んで議員席に向けた。
「この通り、命令書は用意してある。二人の名前と、私のサインだけが、まだ空白だ。諸君に納得して貰えたなら、今すぐにでも記入、サインする。――だが、私の我が儘っちゃあ我が儘だと、思ってる者も居ることだろう」
タオの言葉に、議員席からざわざわと声が上がった。
モニタの前で、ギンが「メモだけじゃなくて、こういう『戦略』のためでもあったのか」と目をぱちくりさせた。ギンだけでなく、市民も「おぉ」と声を上げていた。
――タオは紙を演説台に置くと、再び台の端を掴み、
「さて、会議本番だ。云いたいことあるなら挙手してくれ、俺が指名する。――さあ、ケンカしようぜ」
そんなことを云って、ニッと笑った。
――モニタを眺めていたアサギとリオンは、ぽかんと口を開けて顔を見合わせた。自分達の前に座っている市民からは、所々で拍手や歓声が上がり、指笛まで混じった。
アサギがギンに、「あのぉ…」と声を掛けると、ギンが
「……君が訊きたがってることは、何となく解ってるよ」
と特に打たずとも、返してきた。
「まあ、こんな感じだよ。普段の議会も……」
再び、アサギとリオンは呆れた顔を見合わせた。
「でも、タオ様にしては珍しい……いつもよりテンションが高い感じはする、今日は特別ノッてるのかな……。――さっき仰ってたけど、今日の会議はある意味非公式だから、ちょっと羽目外してるのかもね」
「――中継はこんな盛り上がってるけど、本会議場の傍聴席は私語禁止で大人しくしてなきゃいけないんでしょ? ストレス溜まんないんスかねえ」
リオンがギンに首を傾げて見せると、ギンは「さあ、どうなんだろうね」と苦笑した。
「生は生なりに、緊張感とかスリリングな感じがあるからね。……そっちの方が好みの人は、傍聴席に敢えて行くんじゃないかな?」
「ああ……、何か解る気がする」
「アエラ師匠が出る時はもっと凄いよ。まあ、盛り上がるったら無い」
ギンが肩を竦める。
この三兄弟は、三つ子だからといって同じ〈精霊〉の〈友〉を目指す方向には行かなかったらしく――両親もそんな、敢えて「お揃い」になるような育て方をしなかったということだろう――、ギンはリオンと同じく〈風〉の友だ――チョウが〈火〉、ケンは〈水〉の友であるから、結果的に兄が弟を制すような方向になっているのだが、やはり特に両親がそういう教育をして道を示した訳でも無くあくまで「結果的」ということらしい――。
チョウの直接の師匠がサンハルであるように、フーコーはギンの師匠の一人である。チョウはサンハルが直接の「上司」でもあるから「隊長」と呼ぶことが多いが、ギンはフーコーを普段「師匠」「先生」付で呼ぶのだった。
リオンとアサギは、また顔を見合わせて、今度はギンと同じように苦笑を見せ合った。それは……何となく想像がつく気がする。
議員席では、隣同士に座った者が顔を突っつき合わせてコソコソ話をしている様子も見えているが、まだ挙手する者は居ない。モニタに映っているタオは――午前中、執務室で見たような――薄笑いを浮かべていた。何だか……「わくわくしている」表情に見える。本当なら「反対意見など出ないまま、スムーズに命令書を渡す」ことが出来る方が喜ばしいだろうに……、それこそケンカしたくてうずうずしているかのようだ。
少しして、議員席前列、タオから見て右側の方に座っていた「若者」が手を挙げた。
定期的に出席者の顔を交替に映し出していたモニタ左下フレームが、手を挙げた者にズームアップして固定される――成る程、あのフレームはただ出席者の顔を確認するためのものじゃなくて、目的としては「発言者」をアップにするためのものだったのだな、とリオンは合点した――。
――モニタの前に集っていた「中学生くらいのグループ」のうち、特に女の子から「きゃーっ!」という黄色い声が上がる。アサギとリオンは先ずそれに驚いて呆れた顔をしたが、流石に近くに座っていた大人が「これ、少し控えなさい」と注意した。
モニタの中で挙手した若者のことは、アサギとリオンも既に知っている。
リオンが少し驚いた顔をして、モニタを指さしつつギンに訊ねた。
「あれ、シャールさんッスよね。えっ、講義室とのリンクって、あんなにリアルに見えるの? 凄ェ」
「えっ?」




