【day2】(2)-[2]-(2)
タオは演説台の隅にまず瓢箪を置き――それを置くためのホルダーが備えられているらしく、転がることも無く真っ直ぐ立った――、紙をざっと広げ、それから両腕を台に突っ張るようにして若干前のめりになった――授業を始めるぞ、と宣言する教師のようだ――。
「まずは諸君、今日は急な招集にも関わらず、このように多くの直接参加、大変痛み入る。間接参加しか叶わなかった土地の御方も、どうか恐縮せずに居てくれ。無理を云ったのはこっちの方だ、招集に応じてくれただけで嬉しい。どうも有難う」
タオはまず、しみじみとした声でそう云って、ぺこりと頭を下げた。
アサギ達が見ているモニタは、画面が四分割されていた。左右半分に分かれて右側の上に、演説台を真ん中にして大きく――今はタオのアップが映っていた。下には、傍聴席から見た風景なのだろうか、天井に近そうな位置から議場全体を映し出している。左半分の上側には扇状の議員席全体を映した固定画像があり――これは今タオが見ている風景と云えるだろう――、下側は、定期的に――大体十を数える毎だろうか――議員席に座った出席者の顔がそれぞれズームアップされていた。全体的な画像の方を見ると、殆どの議員席は埋まっているが、小さな「板」だけが置かれている席が所々に見えた。
ふと、アサギが何かに気付いた顔をして首を傾げる。特に緊張感は無く、腕と足を組みリラックスした様子でモニタを真っ直ぐ見ているギンへ、「ギンさん、ちょっと良いですか?」と小さく声を掛けた。
「ん?」
ギンがアサギに向かって顔を向けた。
「何だか、出席者の方の、年齢の偏りが激しい気がするんですけど、サウザー領全体で云ったら、このほうが一般的なんですか。本部のほうが、領全体で考えたら特殊?」
「?」
質問の意図が分からず、ギンは首を傾げた。アサギが「あ、すみません」と一度謝る。
議員席を改めて眺めてみると、タオやサンハルより十や二十――あるいはもっと――年上の人が多いような気がした。そうでなければ、ギン達、ルナールくらいまでの、どちらかと云えば若い人――流石に自分やリオンと同年代くらいまで若い者は居なさそうだが――。ちょうどタオ達くらいの年齢の者は、ポツポツとしか見えない。
フリュスとて現在の当主はアサギの長兄であるから若いほうだが、大体「政治」に関わる者、特に「長」「幹部」となると、タオやサンハルくらいの年から一回り程度年上までのほうが、一般的に多くなると思うのだけれど……。〈魔術士〉となった者がそうでない者と比べて長命であることを踏まえ、サウザー領が大きな「魔術士の国」であることを考えると、タオやサンハルの方が「若いほう」であって、今議員席に見えているような年配者のほうが「現役」として当たり前なのだろうか。
アサギがそういう疑問を口にすると、ギンが「ああ…」と納得する意味の頷きを見せた。
「いや、そういう訳でもないよ、云われてみれば――今日は代理の方が多いみたいだ。急な招集だったし、こういう時勢だから、現職御本人はやっぱり、直接参加が難儀だったのかな。本来なら、タオ様や隊長に近い人、それより少し年上の人が一番多いよ、首長に限らず議会議員の方々も」
「さっき、中部アルクス町ってとこの元町長……バーナードさんって人に会えたんスけど、そういう――『元』とか『前』とか、経験者が多い感じッスか?」
リオンが訊ねると、ギンが改めてモニタを眺め、「うん」と頷いた。
「そうだね。本部にもともと詰めてる大使の方とかも居られるようだけど、前職の方が結構多いな」
「あー、やっぱり…」
先ほどバーナードと握手したときのことを思い出して、リオンは、「ここに親方達が居たら、バーナードさんに限らず、『懐かしい』って興奮するのかなあ」などと考えた。
ギンが続けて、溜息混じりに云った。
「――それに、殆ど〈魔術士〉だ。……改めて見てみると凄いな……、こんなに〈マスター〉が揃ってるの、初めて見るかも」
「へえ……」
アサギとリオンもギンにならって、改めてモニタを見た。――正式に〈魔術士〉となっても、若手は何だか気後れして――それを纏うべしとのドレスコードでも無い限りは――長衣の着用を避ける傾向にあるから……、今議員席に見えている、年配者で長衣を纏っている方は、明らかに〈マスター〉なのだろうな、と思った。民を守る為政者としてもさることながら、〈魔術士〉である己に、確固たる自信を持っている――そんな印象を受ける。
そして、モニタ半分の片方でアップになっているタオも、昨日グロス平原に向かった時と同じように長衣を纏っていた。
議員席に向かって礼を述べ、頭を上げたタオは「さて……」と本題に入った。
「まずは簡潔に、昨日の状況説明と行こう。昨日午前――というか、早朝と云っても良いかな、CFCが〈核の矢〉の発射準備に入ったとの報があり、サウザー本部管轄地では避難命令を出した。グロス平原への着弾が予想されたため、領主が〝対策〟として現地へ向かったのだが、〈矢〉は幸い、着弾前に消滅した。――その後、私の帰城の後に、避難命令は解除した訳だが……」
――タオがそこで一息つくと、「モニタ」前の市民達が少々ざわめいた。
だが、モニタの内部に居る者――「議員席」の側は落ち着いた様子で、特に物問いたげな顔も見えない。
多分……、市民の側は「何故消滅したのか」を知らず、タオがそれを説明しなかったから、ざわめいたのだ。だが、「議員席」に居る者は、「何故」を問うても仕方無い、問うてはいけない……そちらを解っているのだろう。
議員席の側に居る者も、事実――「化け物が食った」という――は知らない可能性がある。知っている者も居るのかもしれないが、実際のところがどうあれ、魔術士の国であるサウザー領の幹部は、タオが「やってはならないことを敢えてやりに行った」のだろうこと、それを、もう感じ取っているのだ。
そしてそれは、政治的に糾弾することではないから、この会議の場では黙っている、そういうことだ。
「昨夜の招集時にも申し上げたが、〈核の矢〉よりも、もっと深刻な問題が生じたのかもしれないことは、諸君らも既に感知、あるいは認識しているだろう。同時に、CFCとの戦も止んだ訳では無い。そこで私は、新たな対策を講じなくてはならなくなった――」
アサギとリオンの前でざわめきは止み、「ごくん」と息を飲む音は聞こえた。
タオが一度演説台の上に視線を落とす、一枚の紙を指でなぞったようだ。それから顔を上げ、
「昨夜から今日にかけ、この城を訪れた段階で初めて、あの『裂け目』『黒い筋』を見たという者の方が多いとは思うが――。現段階で、ポーラ市国と東部アルクス・タウンの上空でも『筋』の出現が正式に報告されているのだが、他にも『出た』国や町はあるのか。『出た』国で、本部への正式報告が未だという出席者は挙手を願う」
再び「モニタ」の前で、――小さな、悲鳴にも似た喧騒が起きる。まず、タオが「ポーラ市国と東部アルクス」と云った段階で、「マジかよ、あれだけじゃないのか」という声が聞こえ――彼はグロス平原に出た筋のこともまだ知らないのかもしれない――、議員席からちらほらと手が挙がった時には「ええっ」と驚きの声が聞こえた。
アサギとリオンはゴクンと唾を飲む。自分の地元にも出ているのを既に知っているから、そこまで驚きはしなかった――昨日タオに云われたとおりだ、「一種類の謎だと思っていないと、いちいち新鮮な気分で驚く羽目になる」。だが、やはり「確認数が増えた」ことへの恐れは覚えずにいられない……。
タオが議員席を眺めてから再び演説台を見下ろすと、ペンを取って素早く何事か書き付けた。顔を上げて、「そうか」と承り、
「今、挙手した諸君は、後ほど改めて、より詳細な――出現時刻あるいは最初に確認出来た時刻、代表庁舎から見た時の方角等々――報告を頼む。では、他の諸君は城に来て初めて、実物を見た、と思って良いのかな。良かろう――要するに『あんなの』が、各地で出てきている訳だ。既知の者も居るかもしれないが知らない者も居るだろうから報告しておくと、サヴァナ・アルチザン・ギルドの平原や、フリュス村上空にも生じている」
タオの云う通り、それを知らない者も居たようだ。今度は議員席の方でも、軽くどよめきが起きた。
――会議でそれを云ったということは、グロスからの帰路で自分達がタオに伝えた時より後、サウザー領、城にも正式に情報として伝えられたのだろう……、アサギとリオンが顔を見合わせて確認し合う――二人が、「其処」からの客人であると知っているのか、斜め前に座っていた年配の男性がチラリと振り向いてきた。
「――あの『筋』から、得体のしれない『もの』――物体とも生物とも云いがたい『なにか』が出てきたことも、それが生じた土地の者は知っているのだろうな。それとも『筋』だけが生じて、そこから何も出てこなかったという国があるなら是非とも教えて貰いたいんだが――そうか、そういう箇所は無いのか――。それがあるから、〈核の矢〉への避難命令を解除したとは云え、今後の領の方針としては『非常時に迅速かつ適切な避難』が行われるよう、態勢を整えておくべきだと思うが、如何かな」
「賛同される方は挙手をお願いします」
タオが云わなかったので、議長――あるいは司会――の男性がそう云った。
議員席に着いた者全員が手を挙げている。
「――皆、『当たり前のことにいちいち賛同を求めんでいい』と云いたそうな、ふてぶてしい顔をしているな。宜しい」
タオは少し笑ってそんなことを云った。アサギとリオンは「きょとん」と目を見開く。――さっきまでは如何にも「会議場の領主」らしく、淡々と、しかし厳かに弁じていたが……「いつもの」タオと同じような雰囲気が出てきた。
真面目で硬い「説明」や「講義」をしているときでも、それが意図的なのかどうかは解らないが、時折冗談のようなことを云ったり、脱線のような軽口や比喩を云ったりしながら、笑みを浮かべ――こちらをリラックスさせたり拍子抜けさせたりする、あるいは不意をついて議論上の窮地に追い込んだりもする。
それが「タオ・サウザー」という人物であることは、サウザーへの来訪からこっち、充分理解したつもりだったが、こんな――まつりごとの会議中でも?
モニタの前に揃った市民が「ふふっ」と笑う声が聞こえてきた。ギンも口元に手を当てて苦笑しているようだ。
――こうした「空気抜き」のような箇所があることで、タオの「講義」は面白くて興味深い。若手魔術士として、それは知っていた。もしかして、サンハルが云っていた、傍聴希望が多い理由――「面白いからじゃないか」というのも、こういう部分なのだろうか。「面白い教授の講義」をとるような感じがあるからだろうか? しかし、会議となれば「話し合う」相手が居る、議員席に居る方々がそれだ。となると――その「討論」は一体どうなるのだ。そちらも、傍から見ている分には余程「面白い」のだろうか?




