【day2】(2)-[2]-(1)
普段の正面ロビィは全く何も置かれておらず、吹き抜けのだだっ広い空間があるだけだ。リオンが、軽くであれば凧を操る練習をしても特に問題は無いだろうくらいに――実際にやったら誰かから咎められるだろうけども――。
しかし、今は大きなモニタが壁に掛けられ、それに向かって長椅子や簡素な丸椅子が沢山並べられていた。普段何も無い空間に物が置かれると、面積は変わるはずも無いのに狭く感じられるのは、独り者の家でも「お城」でも変わりないようだ。
アサギとリオンが廊下からその空間に入った時、丁度視線の先に、別の渡り廊下から同じ空間へ入って来た者の横顔が見えた。
「あれっ、〝吟〟さん……」
リオンが声を出すと、彼は顔をこちらに向け、「やあ」と云った。
チョウの弟、三つ子の末弟だ。三つ子だが、恐らくこの三人は一卵性ではない。三人のうち二人がその組み合わせであるということもないのだろう、見た目が三人とも全く違う。
ギンの、背丈はアサギと同じくらいだし――アサギはチョウの胸くらいにしか頭が届かない――、髪の色と目の色も、黒髪に金目である長兄〝見〟とチョウの二人とは違って茶髪に碧眼、体格もどちらかと云えば「華奢」な方である――そしてケンは長身で細身のほうだ。
遺伝子の発現という点で髪と目に着目した場合、一卵性の組み合わせがあるとすればケンとチョウだろうが――ちなみに父親譲りらしい――、その二人の顔つきは似ても似つかない。ケンが母親に似て、チョウは父親に生き写しという程似ており、ギンは各パーツごとに見ると父母どちらかに似ている――トータルではどちらに似ていると云うこともない、という話である。
お互いに歩み寄り、アサギとリオンも「こんにちは」と返す。
「ギンさんも此方で傍聴ですか? 魔術士隊の講義室は現役の正規隊員に優先されているんじゃ……」
アサギがそう訊ねると、ギンは小首を傾げて苦笑した。
「いや、僕は――〝お喋り〟だからね……講義室は避けた方が良いと思って」
そんなことを云った。
アサギとリオンは顔を見合わせて首を傾げ合う。
〝見〟〝聴〟、そして〝吟〟の三兄弟は、皆して「無口」な方だと思っていたから、ギンの自己評価にアサギとリオンの二人は戸惑った。
――モニタに集中していた市民の目がちらほらと此方に向いたので、ギンが軽く顎をしゃくり指を振って、壁に近寄るよう促した。……「ちょっと離れよう」と云う訳では無く、そうした仕草だけで済ませるところが、如何にも無口なのだが。
小さな声でギンが続ける。
「今、講義室は本会議場とリンクされているから、〈魔力〉の濃度が高いんだ。そうなると魔術士隊員は大なり小なり、鋭敏になるんで……、僕の場合、結果的に『私語』をしてしまう恐れがあったものだからさ。出てた方が良いだろうと」
「ああ……」
云われてみれば。ギンは〈魔力〉の点でも性格の点でも、兄二人とは少々趣が異なる。
三人の〈通信術〉がサウザーでも随一なのは確かだが、名は体を表すとは良く云ったもので――〝見〟〝聴〟の二人が〈受信〉を得意としているのに対し、〝吟〟は〈発信〉の方を得意としている。恐らく三人の「連携」が優れているのも、兄弟という親密さに因るものだけでなく、兄二人を媒介する形でギンの〈発信〉が上手く作用するためなのだろう。三人とも〈受信〉――〈感〉が優秀だと云うなら、他の魔術士も入った状態でやっと、「それぞれが〈通信〉を得意とする」という評価になるはずである。
よって、〈魔力〉の濃度が濃くて鋭敏になってしまう講義室に居ると、無意識のうちに〈発信〉――〝お喋り〟をしてしまう恐れがある、と、そういう意味だ。兄以外にも〈通信〉を得意とする魔術士が同席していたら実際に声には出さずとも「雑音」になる可能性があるし、ケンやチョウは尚のこと、「傍聴どころじゃない」状態になるのかもしれない。かといって、それを抑えて講義室に居続けても、今度はギン本人が傍聴どころじゃなく、もしや体調の方を崩すかもしれない。――出ていた方が良い、というのはそういうことだ。
「それじゃ、ケンさんとチョウさんも講義室には入ってないんスか?」
今度はリオンが訊ねると、ギンは軽く首を傾げ、
「チョウ兄だけ居るよ。文字通り傍聴は得意だからね、私語厳禁なんて注意は最初から要らない程」
そう云って軽く笑った。
「ケン兄は今回、保安隊に任じられたから、随意で傍聴出来る立場に無いんだ。でも、本会議場の周辺に居る筈だ」
「ああ……そうなんだ…。でも、ギンさんはどうして此処まで? 隊棟の食堂とかでも良かったんじゃ?」
「念のために。チョウが講義室に居る以上、彼も耳が良くなってるから、僕は、いっそ隊棟を出てた方が良いかなと。――君達の方こそ。食堂の方が、お茶があるよ」
兄の二人とは、性格的にも趣が異なる――というのは、こういう部分だ。「基本的に無口」と云っても、ケンやチョウと違い、ギンは「打てば響く」――打ちさえすればちゃんと響く。
自分から何か話題を出して、派生を繰り返した末、最終的に全く関係のない話になる――というタイプの「お喋り」はしないのだが、声を掛ければ返し、質問すれば丁寧に答えてくれるし、何の役に立たない只の雑談であっても――少なくとも表向きは――億劫がらず付き合う。
ケンやチョウだと、ただ声を掛けただけでは、軽く手を挙げるだけだったり会釈だけだったりすることもあるし、「イエス・ノー」で終わる質問だと、本当に「イエス」か「ノー」しか云わないことも――声に出すならまだマシで、頷くか首を振るかだけということも――ある。雑談には尚のこと乗らない、――自分には全く興味が無い話題だったりで――酷いときは顔に出るし、席を外すこともある。
そういう点で、三つ子のうち「一番喋りやすい」のは、確かにギンだ――ケンやチョウが「とりわけ無口」な分、三人が揃うと三人ともがそう見えるだけで、ギン一人であれば、「最初は取っつきにくいけども話してみればきさく」と云う方が正解なのかもしれない。
「一般の人達がどんな反応しながら見てるのか、それを観察するのも勉強になるだろって、サンハルさんから勧められたんスよ。特にアサギが」
「ああ……成る程。そうだね、傍聴席の人達よりは、実際、リアクションが素直で大きいと思うよ」
そう云ってにっこり笑い、ギンは椅子の並んだ広間の方へ顔を向けた。つられてアサギとリオンもそちらに目を向ける。
正に老若男女、という顔ぶれがある。
魔術士志望なのか、それとも本部職員志望なのか、傍聴と云うより「見学」という風情の真剣な顔をして手帳とペンを手にモニタへ見入っている若者が居たり、腕組みをして険しい顔をモニタに向けている壮年の男性が居たり――ここまでは「政治的会議の傍聴人」として良く見受けられるタイプだろうが、若い――まだ夫婦にはなっていない雰囲気の――男女が長椅子に並んで座って、男性の方が女性の肩に手を伸ばし、女性は男性の肩に頭をしなだれている――まるでデート中のような風景も見えた。
流石に、長くじっとしていられない年頃の幼児、愚図って泣き出したらなかなか自分の意志で止められない赤子などを連れた者は居ないが、まだ〝小学校〟に入ったばかりかその直前くらいの幼児を隣りに、あるいは膝の上に座らせた女性や男性――恐らくその子の母や父だろう――、そうした子連れ、家族連れの姿はちらほらと見える。保護者の付き添いはもう要らない程度、〝中学生〟くらいの年齢のグループも見えた。
アサギやリオンは、老若というより、明らかに子供が多いことに少し驚いた。
しかし、満席というほどの人数では無く、空席がちらほらと見える。流行っている病院の夕方の待合室、という風情である。
普段は「パブリック・ビューイング」なども行われているような領だと思ったら、何だか意外な感じがする。もっとぎゅうぎゅうに集まっているかと思ったのに――
「思ったより、人少ないッスね。避難所の方が、休めるからいいんですかね?」
リオンがギンに首を傾げてみせると、彼は頷いて、
「それもあるだろうね。避難所は家族単位で固まってて寝具もあるから。病人やご老人、小さい子が居るご家族はそっちで見てるみたいだ。折角城に居るのだから生で見たいと思う人は、傍聴席を選んだろうしさ。それに、城下町――城壁から内に住居があるなら、そちらで中継見る方が気が楽だから帰宅した人も多いようだね――会議が午前中開催だと、そういう人も残っちゃって、もっと慌ただしかったかも」
そう云えば、タオの執務室で総務職員の人がそんなことを云っていたな……。アサギとリオンが顔を見合わせて納得の表情を見せる。
ギンの方から「僕達も座ろうか」と小さな声で提案されて、「はい」と二人は頷いた。
臨時に設営された傍聴席の最後尾、最端に三人が並んで座れそうな長椅子が、丁度良く余っている。
座ってみれば余っていた理由が分かった、モニタがいまいち見え難いのだった。――まあしかし、傍聴席は市民に対して開かれているものなのだから、城の関係者が良い場所を望むのは身の程知らずである。もっと人数が居れば立ち見を選んで然るべきなのだから、「座れて良かった」と思わなくては。
喋っている間に、会議は既に開会していたようで、議長らしき人物がアップになり「それでは領主タオ・サウザーより、ご説明申し上げます」と云った――議長というより「司会」のようだ――。
通常の議会であれば扇状の議員席には当然議員が座る筈だ。今は「首長」やその代理等、領内各国の代表が議員の代わりに座っているということになる。選出議員による議会のみならず、こうした首長会議にもこの会議場は使われるためなのか、着席した代表者の前で繋がっている卓には「名札」ではなく、「地名」を記した直方体が立っていた。
アリーナの演説台の斜め後ろ――モニタ向かって左側だ――には柵で囲った空間が設けられている。其処の椅子には、他国であればそう呼ぶ「内閣」の役職に就いている者、「大臣」などと呼ばれることになる者――サウザーでは「部長」や「長官」などと呼ばれる本部職員が座ることになっているのだろう。柵の内側に今は、タオ、フーコーとルナール、サンハルとテリーインの五人が座っていた。「長」の付く幹部全てが居る訳ではないところからして――例えば情報部長であるイムファルの姿は無いが椅子の空きはまだ随分ある――会議によって出席の義務を持つ職員が変わるのかもしれない。五人は固まって座っていたが、席順は決まっているのかどうか、アサギとリオンには解らない。
タオは柵の内側で――そちらも少し傾斜・段がついている――一番高い場所に座っていた。彼だけは、順というより「席」が決まっているということだろう、椅子の色も他と違う。
タオが立ち上がって演説台に近づく。彼は右手に瓢箪を――恐らく水が入った――、左手に、数枚の紙を持っていた。
アサギ達の前で、サワサワと声の波が立つ。「まだ何も云ってないのに、どうしたんだろう」とリオンが首を傾げて、ギンに顔を向けた。
「まだ演説台に立ってもないのに。何で皆、こんなに、リアクションしてんスか」
微かに呆れた様子も混じって、リオンがギンに囁く。
「タオ様が手に紙を持ってたからじゃないかな、多分。――普段、タオ様は殆ど『原稿』とか持たないんだ。……まあ、タオ様に限らないけど……」
「……。へっ、へえ~」
ギンの答えに、リオンは目をぱちくりとさせた。アサギも驚いた顔をして彼と視線を交わす。まさに「ライヴ」ということだろうか。
「でもまあ、……今日はタオ様が一方的に招集した、『云っとくことがある』っていう性質の会議だから、云い忘れが無いようにメモでも持ってるんじゃないのかな?」
市民もそう思い直したのか、モニタの前も直ぐに静かになった。タオが口を開こうとしていたし。




