【day1】-[1]-(5)
当然のことながら、城壁を出ても道に人は居る。タオの姿を見て、何か言いたげな顔も勿論見えるが、しかし大声を出して引き留めるような民衆は居なかった。
特に西から東へ城を目指してきた者から見たら――、タオは、「すれ違った」ことになる。それはつまり、自分が今退避してきた方向へ――より危険な筈の方向へ、領主自身が向かっているのである。少なくとも、不安、不満を、訴えることなど出来るはずも無かった。
グロスの丘に着きクルマを降りると、タオは若者に「〈装置〉を常に使える状態にしときなさい」と指示した。
「ただし、〈感〉と〈識〉の系統を優先させてな。今は、〈攻撃〉に使う装置は要らない。武器が結果的に〈識〉の装置になるんなら話は別だけど――チョウはそうだよな?」
タオが無口な若者に首を傾げると、チョウは「はい」と端的に頷いた。チョウは長い槍を手にしている。もう一つ、ポケットから耳栓を取り出した。それを左耳にだけ填める。彼にとって、それは「栓」と逆に「イヤフォン」と同じ役目をするのだが。
アサギも「解りました」と答え、丘の上でマントの内側から水晶玉と絹の巻物を取り出した。
リオンだけが少し迷う顔をして、
「コレは使ってもいいもんかな? 俺の〈感識〉って、こいつが一番びんびんすっから持って来たんだけど…」
そう云って手にした「凧」を掲げた。
タオは頷き、
「ああ、いいよ。別に、居場所が分かるとか分からないとかは関係無いし。ここに俺が居るのが知られたって、だから何だ、って状況だもんな、今は」
と答えた。
そうか、とリオンは頷き、丘の上から、紙飛行機を投げるように凧を投げた。二等辺三角形を二つ繋げたような形の凧は、空中を滑った後で大きな円を描きながら上昇し、最後にはリオンの頭上でぴたりと止まって、彼の左手首に繋がった糸で固定された。恐らく、その糸を通し、リオンは何かを得ているのだろう。
右手には先ほども持っていた「透明の板」を持っている。アクリルのようだが、ただ透明の板だ。だが、リオンにはそれが〈装置〉として存在する。リオンはそれを水平に持って見下ろしていた。
「リオン、アサギ。君らは今のところ、地元の情報を見てなさい。此処のことはしばらく気にしなくていい。――チョウ、着弾地点の情報は、どんな感じ? 動いた?」
リオンとアサギが「いいのか?」というふうに戸惑いの表情を浮かべたが、タオは直ぐにチョウに顔を向けていたので、「そうか…」と自分の〈装置〉を見下ろした。リオンは左手をクイッと小さく振って透明の板を見下ろし、アサギは草の上に跪くと巻物を広げ、左手に水晶玉を握り、右手のクラブで巻物をゆっくりと撫でた。
チョウは領主の質問に答える。
「予想半径は狭まりました。今見えてます」
丘の上から領主と同じように草原を見下ろし、チョウが淡々と答える。
タオは頷き、
「大体、中心はどの辺になるか判るか?」
チョウは「お待ちを」と云ってクルマの荷台からランタンを取ってきた。――彼愛用の〈装置〉という訳では無い、軍の備品だが、チョウの〈魔術〉の媒体にはなり得る。
これを、と云ってランタンをタオに渡す。タオも何をするのか判っているので、火を入れないままのランタンを顔の前に掲げた。タオが手にしている持ち手部分にチョウも左手を重ね、右手の槍を地面に対して平行に持ち、視野程度の角度範囲で薙ぐように振る。
ランタンのガラスの奥に、黒い点がポツリと浮かんだ。草原の一部が焦げたように見える。
ランタンをチョウに返し、「うん」とタオが頷く。
ガラスを通して見えた黒い点は、実際の草原には見えない。だが、「今の段階であそこらへん」とは覚えた。
チョウはトラックにランタンを戻しに行かず、傍らに置いた。〝火〟の精霊と友情を結んだ魔術士にとり、それが「愛用の私物」でなくても、いざというとき有効な〈装置〉になり得る。
リオンは〝風〟と友であるので――彼に限らずサヴァナには風の友人が多い――、「凧」が〈装置〉となっているのは至極当然と云える。フリュスのアサギが水晶を〈装置〉にしているのは、少々洒落に近いものがあるが、司祭、法師であるフリュス一族の者が「巻物」を己に最もしっくりくる〈装置〉として扱うのは尤もと云えば尤もであるし、そもそも、男性でありながら〝水〟の精霊と友になれるというのは、元々「フリュス」の血筋にあることを差し引いても、相当の、「努力」を含む「力」あってのことだ。
黒い点の位置を常に把握しておくのに、今立っている場所は少々都合が悪い。タオは首を草原に向けて、丘の上の「最適な場所」を探した。
ここだ、と思った場所に立ち、再び草原を見下ろす。リオンとアサギ、チョウが彼の傍らに移ろうとしたが、タオが止める。
「俺の周り直ぐ近くに居なくてもいい。ていうか、――リオン、おまえは今居る其処が一番いい、其処に居なさい。アサギはね、……リオンの右側、――こっちにもうちょっと近寄って、下がって……ストップ、其処だ。チョウ、君は、俺の右、――もう少し離れて、良し、其処だ」
〝地〟のあるじである魔術士、師匠には策――というより、「やるべきこと」が自分たちよりももう少し具体的に判っているらしい。若者達はそれに諾々と従った。
チョウだけは、歩き始める前に、指示の修正が入った。
「ああ、チョウ。そのランタンは、アサギの右斜め前――、草原が通して見える位置に置きなさい。――うん、そこら辺。リオン、アサギ、君らも時々、このランタンを通して草原を見てみなさい。チョウの〈識〉が入ってるから、君らにも着弾予測が大方判る」
若者に指示し、若者がそれに従い、タオが改めて草原を見下ろす。
初夏だ。正に「草原」、見渡す限り、青々とした草が揺れている。空も晴れて青く、爽やかな昼間だ。
本当なら、あんなまがまがしい黒点では無く、牛や羊がノンビリと草を食み、白黒、茶色、ベージュ……、もう少し夏に近づけば小さな花が咲き始め――この草原の植生からすると――黄色や薄桃色が混じる、そんな色とりどりの点を散らしている風景が、この丘からは見える筈なのだ。
それがどうだ、この不気味な静寂と云ったら。
流石に、こうも静かすぎると、余計な緊張の方が増して血圧が上がる。
「――チョウ、サウバー山系はどんな感じか、城に入ってる情報を教えてくれ」
こくり、と無言でチョウが頷き、こめかみを指で押さえるようにして耳を覆った。
「友軍の殆どは壕へ入ったようです。遠隔の結界も、森の縁で……もうすぐ張り終えます」
「結界張ってる隊へ指示してくれ。〝ブツ〟は通すように。くれぐれも、〈反射〉しようとはするな」
「――はい」
「リオン。……サヴァナはどうしてる?」
「取りあえず、こっちも弾道の予測はついたみたいだから、退避の方向は決めて一目散、って感じ。……今まで、あっちにそんなこと知られたら困るから完全に隠してたけど、最後は〝層〟移る可能性もある」
「そうか」
思えば、サウザー、サヴァナ、フリュスの〈敵〉には、ちゃんとした魔術士が少ない、あるいは居ない。
タオ達が自称する、あるいは認める「魔術士」とは、何より精霊と「友」になって魔法を駆使する者を指す、最低でも「精霊と意志の疎通を図ろうとしている者」のことを指すのだが、〈敵〉側に居るのは「ただ魔法が使えるだけ」の者が殆どだ。何故魔術士が魔法を使えるのか、という部分は全く理解しようとせずに、どうすれば魔法が使えるか、に向かってしまった、タオ達からすれば「はぐれ」あるいは「もぐり」と称されるただの魔法使い。どういう呪文を覚えれば、どういう道具を手に入れれば、どういう魔法が使えるのか、というスキルと結果のみに走ってしまった「はぐれ」が扱う魔法は率直に云って弱い。精霊から見下されて、精霊の側が、自らの力を誇示するために、「魔法の効果」を体験させてやっている、だけなのだ。
そういう「はぐれ」が扱う魔法では、タオ達のような魔術士には到底太刀打出来ない。だから――
連中は太刀打出来る魔術を手に入れたくて、侵攻してきているのだろうか。それとも、自分が持っていないものを他者が持っていることへの嫉妬からだろうか。
農耕をメインとしたある程度の牧歌的生活を――〝世界規模で考えた場合、比較的に〟という意味だが――営んでいるサウザーやフリュスは兎も角、魔術だけでなく科学も、そしてそれを扱う人間の手の均衡と節度を、ちゃんと保って使っているサヴァナのような者も居るのに――、何だって連中は、手に負えなくなるのが判っているのにそこまで「力を欲する力」が強いのだろう――いや、手に負えなくなることが、判っていないから、欲しがるのだろうか? 羨むのだろうか?
タオが知っている範囲で、〈敵〉側に数少ないながら居る「ちゃんとした」魔術士は、のっぴきならない「支配下」に置かれている。例えば妻子が人質に取られていたり、もう逆らえない程の金銭的な援助を受けていたり――そういうのは、正確には援助とか恩でなく「高利貸し」と云うが――。精霊は、そんな「友」や「あるじ」を哀れんで、魔術士に寄り添っているだけだ。逆に云えば、そこまでの「策」を弄さなくては、「ちゃんとした魔術士」という「力」は、〝支配下〟になど置けないのである。今、侵略を受けているサウザー、サヴァナ、フリュスの魔術士達も、この「戦」に敗北したとしても、服従はしない。それは、不可能なのだ。
タオは「私も魔術士になって、部隊に入りたい」と云う子供、若者に対して云う。
「魔術士になることは簡単だ。だが、とても難しい」
と。




