【day2】(2)-[1]-(3)
サンハルに勧められた通り三階に向かってみると、階段を上りきった場所から「廊下」と呼べるような細長い空間は殆ど無く五歩ほど左に歩いたら直ぐに、本当に劇場のエントランス・ロビィやプロムナードのような広い空間があった。
だが本来、その階段から誰かが上ってくることなど想定されていない――市民が誘導されて上ってくる階段は他にある筈なのだろう、アサギとリオンが階段を上りきり、ロビィの側へ怖ず怖ずと首を伸ばして覗き込んだところで、
「あっ、ちょっと」
と驚いたような、男性の声が聞こえた。慌てた声で
「駄目ですよ、どこから入られましたか、こちらの通路は一般の方は……」
そんなことを云いながら近づいてくる者が居た。
アサギとリオンも慌てて首を引っ込めて背筋を伸ばす。すると――恐らく総務職員だろう――若い男性は、「あっ、失礼しました」と敬礼をしながら同じく背筋を伸ばした。〈同盟国〉からの客人だと、ちゃんと知っているのだ。
アサギは困った顔をして手を振り、「敬礼は止めて下さい」と微かに頬を染めた――職員の男性は自分より年上にも見えたから尚のこと――。
職員は再び「失礼しました」と云って、元の持ち場に戻るためだろうか、来た道を引き返していった――二人の足を止めたことに「失礼」とは云ってきたが、此処にやってきた目的等は訊いてこなかった。
若い職員だからそういう気が回らなかったということか……〈同盟国〉の客人だからと云って城内の何処でも好き勝手にうろついて良い筈も無いので、何らかの「取次」になるような質問をされた方が二人にとって有り難かったのだけれども――結局は放置されたようなものだ。
仕方無いので、アサギとリオンは彼の後ろをついていく形で、取りあえずその広場へ足を踏み入れた。
すると、正面にテーブルがあって――それが傍聴の受付窓口になっているのだろうか――その奥に、
「あらっ、アサギさん、リオンさん」
見知った顔があって、声が聞こえた。
近づくと、向こうもテーブルの奥から二人の方へ出てきた。
「何か私に御用だったかしら? ごめんなさいね、今日はずっと会議の準備で取り込んでいて」
サウザー城へ来訪したときに城内を案内してくれて、その後もずっと城内の行事や予定を伝えてくれたりタオを始めとする幹部との取次をしてくれたり、あるいは何のことはない用事も聞いてくれたりと「世話役」になってくれている女性である。
年齢は二人の母親くらい、背はアサギの肩位にしか来ないが、とてもふくよかで凄く色白の、メランジュという女性だ――リオンは最初に自己紹介をされたとき「ホントにメレンゲみたいだ」と感動して、思わず彼女の頬ぺたを指でつついてしまった。大らかな女性だったので気を悪くはせず「不躾なお兄ちゃんねえ」とただ大笑いし、その時、傍に居たアサギはリオンの行動に驚きもしたが、「使者」としてそれなりに感じていた緊張をリオンとメランジュの二人から解してもらった気になった――。
普段は母親のように甲斐甲斐しく自分達の世話を焼いてくれる優しい「小母さん」のような感覚しか無いが、先ほどテーブルの奥に見えた姿、その表情は本部の総務職員として――恐らく今はこの場の責任者になっているのだろう、若い者に指示を与えているようだった――、キリリと引き締まって凛々しいものだった。
アサギが「いいえ」と手を振り、
「傍聴させて頂こうかと思ったのですが……」
と云い、その先も続けようとしたのだが、メランジュは困った顔をして先回る――もしかするとタイムテーブルの関係で彼女には今少し「焦り」が生じているのかもしれない――。
「ああ、お二人にも、先にご希望を聞いておけば良かったわねえ。そうしたら、二人分席を空けておいたのに」
「いや、メレンゲさん、俺達、もう空きが無いのはサンハルさんから聞いたんだ」
メランジュの焦りが何となく伝わってきたのか、リオンも少し早口になってそう云った。
「あら、そうだったの? ええ、そうなのよ、整理券はもう捌けちゃってるの。もしかしたら空きが出るかもしれないから、締切まで待ってて貰えるかしら?」
「いえ、中継を拝見するのでも良いかと思いましたので、モニタの位置を教えて頂けますか? こちらで詳しく教えて貰えるだろうと、サンハルさんが」
「ああ、そういうこと……――ええ、じゃあ、ちょっと待ってね」
今度はアサギが云うと、メランジュは大きく頷いて先ほどのテーブルに向かい、大きな紙を折りたたんだものを広げながら戻ってきた。
「こちらをどうぞ。一枚ずつじゃなくても構わないわね?」
広げた紙を一度、手品師が「種も仕掛けもありません」と云うように裏表ひらひらさせてから――内容は両面にある、という意味だ――、アサギに渡してメランジュは云い、二人をそれぞれ手の平で指した。
アサギが手にした紙を横からリオンが覗く――彼は少し呆れた顔をした。
「これって、傍聴希望の市民に配ってんスか? 流石にヤバくないッスか」
紙には、城の簡単な見取り図――しかし公的な執務エリアを含んだ全フロア――と、モニタの位置を示す印、そしてそれぞれの印に応じた説明文が書かれていた。
整理券が捌けていることを知らない市民が誘導に従ってこのフロアに来てしまった場合に、モニタの位置を教えてやるため、この資料を用意しているのだとしたら、あんまり親切すぎるんじゃないだろうか。それこそスパイやアサシンがこんなもの手に入れてしまったらどうするのか。
メランジュは苦笑して「やぁだ、そんな訳は無いわ」と大げさに手と首を振った。
「流石に一般の方にはそれなりの、口頭の案内だけしますよぉ。――これは、出席される方の、秘書の方だとか補佐官の方だとかに、控え室の位置案内も兼ねてお渡ししてる物。ご帰宅の際には返しても頂きます。だから数が無いので、二人で一枚でも良い?って訊ねたの。無くさないようにしてね、ただ持ってると忘れて無くすかもってことなら、いっそ覚えてる間に廃棄しちゃっても構いませんからね」
「あ、ああ……良かった、そういうことか」
「解りました」
ほっとリオンは息を吐き、アサギはこくりと頷く。
それじゃあね、とメランジュは早足にテーブルの方へ戻っていった。若い職員の「そろそろ誘導始まります」という――少々ぴりぴりした――声が聞こえる。
邪魔になっちゃいけないから、退散しよう。アサギとリオンは顔を見合わせて無言で確認し、そそくさと来た道を戻っていく。
市民には立ち入り禁止であるエリアへ入ってしまえば、少しくらいノンビリしていても特に通行の邪魔になるということは無い、階段に辿り着くとアサギは足下に気をつけつつも紙を覗き込む。
「魔術士隊棟は、『講義棟』の大講義室と、食堂にモニタがあるって書いてますよ。あ、でも……講義室の傍聴は、サウザー領の正規、現役隊員を優先って書いてます」
「ふーん。秘書の人とかが『控え室』兼ねて利用するのは避けてくれって意味なんだろうな」
「じゃあ、空きがあっても、僕らも遠慮した方がいいでしょうね。――あ、遠慮っていうか本当に、控え室として『使わないでくれ』って意味の注意書きかも。本会議場とリンクさせて『発言権保持者』が着席してる可能性があるから、私語厳禁、だって」
「へえっ、じゃあ、魔術士隊棟の講義室は、もう本会議場の傍聴席とおんなじって意味だ」
踊り場で方向を変えながら、「どうしますか、そちら行ってみます?」とアサギがリオンの顔をチラリと見上げる。
リオンは難色を示した。
「いやー、本会議場の傍聴席が駄目だったんだから……ライヴ会場じゃないのに『私語厳禁』とか云われちゃうのは、何かカッタルイなあ」
リオンの台詞にアサギは苦笑する。
「食堂だったら――魔術士隊棟だけじゃなくて職員用の食堂や総務部の小会議室とかでも、お茶しながらモニタ出来るみたいですよ。『喫茶準備あり』って書いてる箇所が幾つかあります」
サンハルが云っていた「君達はそっちの方がリラックス出来るだろう」とは、この、食堂の方を想定していたのかもしれない。
「あー、要するに、そういうトコが『控え室』想定のメインなんだろうな。――うわー、これ、何だ?」
リオンがアサギの手元を覗き込み、呆れたような声を出した。
「今は戦中だからってことなんだろうけど……、サウザーって普段は、『パブリック・ビューイング』も大々的にやってんだな」
「え?」
アサギは首を傾げる。リオンが紙の一点を指した。
「ほら。モニタのある位置の印。城正面の大扉から矢印引いて城下町のも文字案内してるよ。『中央広場』と『城南グラン・フィールズ屋外運動場』ってのもある。注意書きで『傍聴利用は停止中』ってあるけど」
「ホントだ……」
「サヴァナもオープンどころか、キャンプファイヤー囲んだ食事や飲み会の延長で会議することもあるから、親方のお内儀さんが給仕でウロウロしてたり子供連れてきてたり、俺達みたいな若いのも傍聴したけりゃフリーパスだったりなんだけどさあ……」
今度はアサギが少し呆れた顔をした後で苦笑した。
「フリュスの場合も……、フリュス家が基本的に『幹部』ってことになりますから、改めて『会議』って云うより、家族全員揃った時にはちょこちょこ『打ち合わせ』、って感じなんですよね、それこそ夕食時だったりするし。そうでなくて……長老や地区長さんとかも居て貰った方がいいような大きな会議なら、一応『お知らせ』出して傍聴の希望者募りますけど。屋外でってことは……無いですね」
「でも、サウザー領みたいに大きな国で、こんなオープンなのって珍しいんじゃないか? そりゃまあ、普通の議会なら兎も角、今日のみたいなので……整理券どころか、だよ。それが当たり前ってのが、何か凄ぇな――CFCとかのセージカからすりゃあ、信じられないくらい『暢気』なのかもしれないけど――。それに、こんな広い場所使うくらい、一般人が纏まって注目するってのも、やっぱ凄ぇや」
「そうですね」
溜息をついたリオンに、アサギも大きく頷く。
「昨日、グロスの丘でタオ先生が仰ってた――」
「ん?」
独り言のような口調で呟いたアサギに、リオンが首を傾げた。
「――『やるべきこと』が分からない時に、『やりたいこと』も思いつかない、というか、考えようとしないのは、甘えだって、チョウさんが、ちょっと叱られたでしょう」
「ああ、うん……」
「それで、忠実と従順は過ぎると厄介だって。さっき、サンハルさんが仰ってたのも、それと通じてる気がしました。――選挙などで直接に『民意』を問うている訳では無い分、サウザーでは、傍聴の機会を増やすという形で、『過程』を最大限に一般の皆さんへ公表している訳ですよね。それすらも見ない――意識せずにただ結果だけを受け入れるならば、それは『信頼』や『忠実』ではなく、『甘え』や『愚鈍』なのだと……そういう意味で、サンハルさんは、『権利と云うより義務だ』と仰ったのかと。ましてや、結果を受け入れもしないならば、愚鈍というより自分勝手もいいところで」
「ああ……」
リオンは溜息をつきながら頷いた。リオン本人はタオやサンハル、アサギのように、「為政者」としての側面を持っていない。よって、正直なところ、如何にも「政治的」なことを考えるのは苦手なのだが、アサギが云いたいことは、何となくでも分かった。




