【day2】(2)-[1]-(1)
一応通信室に行ってみたリオンとアサギだったが、サンハルが云っていた通り「折り返しで良い」という簡単な伝言のみが残されており、そういうことならサウザーの〈通信機〉を使わせて貰うのも恐縮だったので、私物による〈通信〉にしようと、それぞれの客室へ一旦戻ることにした。
また、食堂に行ってみると、献立が運良くサンドイッチだったものだから――執務室で総務職員が云っていたことから察するに、会議のため入城した者達にも振る舞うことを想定して、食器を使わずとも良いメニューになったのかもしれない――、二人とも一人前ずつそれを配膳室で受け取って、自室で食すことにした。
昼食と通信を済ませて、アサギが廊下に出ると、隣の部屋のリオンも姿を見せた。
リオンもアサギに気付き、
「おっ? やっぱり、あんたも傍聴に行く?」
と云った。アサギは頷いて、
「うん。スオウ兄様――司祭様と話が出来たんだけど、サウザーで会議があることを伝えたら、勉強になるだろうから、可能なら傍聴させて貰いなさいって」
「俺もだ。筆頭……長から云われた。――まあ、云われなくても行くつもりだったんだけどな、俺」
「本会議場」なるものに向かうつもりであるのだから、それなりの格好をせねばなるまいとリオンでも思ったらしく、カジュアル過ぎる甚平姿はブレザーとスラックスの装いに変わっていた。アサギも、ジャケットを身につけている。
「そろそろ人が集まりだしているんでしょうか、何だかざわついてる」
二人にあてがわれている居室は、会議場や執務室などの公的施設が入っている区域・棟とそこまで近くはない。しかし完全に「離れ」になっている訳でもなく、渡り廊下が繋いでいる。夜間は「公邸」や「執務エリア」にあたる部分との間に渡された通路が、非常時の避難経路と定められた箇所以外封鎖されるのだが、今は全て開放されている。そうした繋がった空間から、何となく落ち着かない雰囲気が彼らの方にも伝わってきていた。もしかすると、今自分たちが居る場所――主に客室や応接用控え室等が集まっている、外来者のための区域と云えるだろう――でも、日帰りが無理な出席者のための宿泊準備等が行われているのかもしれない。
「傍聴って、どういう手続きで可能なんでしょうね。ただ『させてください』って云うだけでもいいのかな…」
アサギが首を傾げると、リオンも「さあ」と肩を竦めた。
「まあ、取りあえず、行ってみるだけ行ってみよう。本会議場って……あの、〝アリーナ〟みたいな、でっかい広間だよな」
リオンがアサギを促し、そちらに脚を踏み出す。
二人がサウザー城を訪れてから、一度も「本会議場」なるものを使うような大きな会議、総議会等は行われていない。二人とも、来訪初日に城内を案内されたその時だけ「本会議場」の位置と内部を確認していた。
思い出してみるに、本会議場はすり鉢状、一番低い場所はそれこそアリーナ、発言者のための演説台があり、議員のための席が傾斜を付けて扇状に並んでいた。そして傍聴席は桟敷席のように縁にあって――多分、階数としては二階か三階くらいになる高さじゃなかったろうか。
自分たちの居室が二階の高さであるので、渡り廊下を選んで進み、公的施設の集まっているエリアに入った。
ざわめきと緊張感が強くなってきたので、三階への階段には向かわず、取りあえず廊下をきょろきょろしながら進んでみると、進路にサンハルが見えた。
サンハルも二人に気付いて、「おや」と声を出し、近寄ってきた。
「傍聴をご希望かな?」
軍議ではないからか、サンハルは軍服でなくダブルのスーツを身につけていた。「威圧感」は普段より弱いが、「ダンディ」ではある。リオンはいつもと違う緊張で背筋を伸ばし、「はっ、はい」と声を裏返らせた。素直な感想を口にするなら「怖い」ということよりも同性として「惚れ惚れ」した、「敬意」の意味が強い緊張感だったのかもしれない。
「親方から、見といて損は無いぞって云われて」
リオンがそう云うと、アサギも、首肯を兼ねてぺこりと頭を下げ、「僕も兄から勧められました」と云った。それからサンハルの後ろに広がる光景をチラリと覗く。
「こちらは……、出席者の方の入り口ですか?」
サンハルの後ろに固まってざわめきを作っている集団は、アサギやリオンから見ると比較的年配者によって構成されていた。身なりもサンハルと同様スーツや、一見して制服だと解る――アサギやリオンはその者が所属する組織を知らないが――、フォーマルで硬い装いの者が多い。そうでなければ「魔術士としての正装」と云える黒のゆったりとした長衣を、厳かな雰囲気で纏っている者――。
サンハルは頷いて、
「ああ。この階から入れる傍聴席もあることはあるが、今はまだ市民を入れられないね。一般市民の傍聴希望者は一旦、この上の階に誘導されるはずだ。――ただ……」
そう云った後で小首を傾げた。
「もしかしたら、もう整理券が捌けてしまったかもしれないな。随分と希望者が多かったようだから」
「整理券……」
少々呆れた顔を若者が見合わせ、リオンが訊ねた。
「いつもそうなの?」
「いつもということは無いよ、そうじゃないと混乱が起きるくらいに希望者が居ることがたまにあるから、準備の方をいつもしている」
サンハルが軽く首を振ってそう云うと、今度はアサギが感嘆の溜息混じりに、
「サウザーの皆さんは『意識』っていうか、政への関心も高いんですね……。――正直、タオ先生や幹部の方々への信頼が篤いから、決定事項を意識しても過程の方はそうでもないのかと……」
「うん、俺もそんな感じかと思ってた」
若者の言葉にサンハルが微苦笑を浮かべる。
「厳密に、サウザー領は『民主主義』じゃないからね。領主は今まで結果的に世襲だし、勝手に誰を指名しても構わないことになっている。総議会議員の選抜方法も選挙に限っておらず各国・自治体で異なるから、必ずしも政に『民意』が反映されるとは限らない。だからこそ、民には『過程』だけでも監視する気が無くちゃいけないよ。権利というより、ある意味『義務』だ」
「……へえ…、そういう考え方、幹部がするんだ」
今度はリオンが感嘆の溜息を吐く。
「幹部の方は『監視して貰わなきゃいけない』、と思ってるね。人間、誰も見てないと思ったら悪いことをするもんだからな」
サンハルは肩を竦めてそう云った。アサギとリオンが顔を見合わせて苦笑を交わす。
「と云っても、それは『硬いことを云えば』、であって……」
「え?」
「民にとっても、『面白いから』じゃないかな。良く分からない退屈な議論を年寄りが捏ねくってるだけだったら、そりゃ誰も傍聴なんかしないだろう」
「――」
「今日の場合は、しばらく総議会も無かったところに久々の領内全土への招集で、しかも、普段の議会じゃなく、滅多に無い特級の首長会議だから、レアなんだよな。城下市民だけじゃなく、全土から自分ちの代表の追っかけみたいに来ている人も居るらしいし……――一応まだ戦してるんだから、そんな気軽な移動は避けて中継で我慢して欲しいものなんだがね――」
「はあ……」
再び呆れたような顔を若者は見合わせ、リオンが首を傾げながら軽く眉を顰める。
「でも、それはそうだよねえ。今の時勢考えると、出来たら一般の傍聴避けた方が良いんじゃ……? ぶっちゃけ、スパイとかアサシンが紛れ込んだらどうすんの」
「もっともだ――傍聴の許可不許可もタオの決定だが、職員や幹部の中には今は止した方が良いと思った者も、そりゃあ居ただろうな。許可が出されたら出されたなりに、手間は掛かっても受付を設けて整理券配布、誘導も厳密に時間とルートを決めて行う訳だけど――そんなんで大丈夫かって顔だね――そこら辺は、まあ、技術的に対応策はあるんでね」
リオンに大きく頷いて見せた後、サンハルは微かな含み笑いを見せた。――サウザー領のように規模が大きくなると、自分達には思いつかないような、政務に於ける「魔術の使い方」があるのか……? 「ふむ…」と若者二人は、神妙に鼻を鳴らした。
そんな二人へサンハルが改めて云う。
「恐らく、中継は既に始まっている――ちらほらと席に着き始めた出席者達が顔を見せているのじゃないかな――そっちを利用するのも悪くないよ。それぞれの顔もアップで見られるし」
「……いよいよ『ライヴ中継』みたいっすね」
リオンがそう云うと、サンハルはまた肩を竦めた。
「君達は勉強のためってのがあるようだし、ライヴの方が良ければ別に席を用意させてもいいんだが……どうするね」
それを聞いて二人とも首を振った。
「それは恐縮です、有難うございます、結構です」
「うん。傍聴席とは別に改めてってなっちゃうんなら、いいッス。変に目立つのもヤだし、係の人に余計な気を遣わせそう」
「そうか」
サンハルは微笑して頷き、
「中継のモニタは魔術士隊棟にもあるよ、君達はそっちがリラックス出来るかもな。それに、避難民がまだ居るから、避難所と城正面のロビィでも設営されている筈だ。傍聴席だと静かにしてなきゃいけないが、そっちなら市民の素の反応が見られるだろう――フリュス村の『幹部』でもあるアサギ君には、勉強になるかもしれないよ」
アサギは再び「ありがとうございます」と頭を下げた。――と、サンハルの背後から
「おい、何を油を売っているんだ、マルス殿下よ」
そんな声が聞こえ、
「ディナム翁はもう議場に入られてしまったぞ、ちゃんと挨拶もせんと……――ん?」
小言口調と共に、ツカツカと足音が近づいて来た。
――彼からは見えていなかったのか、アサギとリオンに気付くと、彼は首を傾げた。
アサギやリオンから見て、祖父くらい……サンハルより――幅を取って十五から三十くらい年上に見える男性である。褐色の肌を上品なスーツに包んだ彼の体格はガッシリとして頑丈そうなものだったが、身長はサンハルの肩にやっと届くくらいだった。
しかし決して萎縮することもなく、最初はサンハルへ指を突きつけ顔をしかめながら近づいて来た。髪の量に不安を感じたことはまだ無いのだろう、惜しげも無く短く刈り込んでおり額も狭い。が、立派に整えた口ひげとそれは、年齢に応じて真っ白だった。
その男性は特にリオンの顔を見て「んん?」と首を傾げると、サンハルの顔を見上げて
「この若人はどちらさんかな」
と訊ねた。リオンの方も、――何だか、威厳はあるけど親近感もある、この人に似てる知り合いとか居たっけ?と不思議そうに首を傾げた。




