【day2】(1)-[6]-(4)
「無論、それでも『アリバイ』の点で、君達――アエラ、ルナール、イムファルが例に挙げた偉大なる〈土〉のマスター達、そして俺は、犯人じゃない。が、それ以外に犯罪が可能だった『魔術士』は――ごまんと、とは云わないが、居ても当たり前だ」
「――」
「……自分とその同盟の『濡れ衣』を晴らしたいがためだけに、魔術士全般を容疑から外しちまっちゃ主観的にすぎるし、向こうに外させるのも恣意的なんだからな。――魔術士に出来るんなら『常人』にも出来た筈だ、『常人』に出来ないんなら魔術士にも出来ない。現段階で疑わしきは『常人』も魔術士も一対一、どっちかが零ならどっちも零。小学校からやり直して〈魔術〉の造詣深めて貰う必要は無いのさ、CFCに悟って貰わなきゃならんのは、そっちだ」
やれやれ、と云うふうにタオは首を振った。
「だから、『密室殺人――と自分がそう思っただけの状況――を、いきなり魔術のせいにする』ような思考回路の人間とは議論出来ん、俺はそう云った。俺の中でそれは結局、たった今まで、全く変化せんかったよ」
イムファルとルナールが神妙に頷いている。フーコーは、ふて腐れた顔で口を尖らせながら「そうね」と返答したが――ふと、訝しげに目を細めた。タオは立ったまま、机に置いていたボウガンからの報告書を手に取り、それを眺めていた。その横顔に、何だか……妙な笑みが横切った気がする、何か思い出したような、あるいは思いついたような。
タオが顔を上げて三人の方へ向く。
「よって――もし本当にCFCへ返答するつもりならば、先に云った二つを、そのまま云え。――くれぐれも口を滑らすなよ。ボウガンからの報告書にあることは、『捜査組織が敢えて非公開にしている現場の状況』と同じなんだから」
「……もう完全に無視してた方が良いかもね、イムファルさん」
フーコーが首を伸ばしてルナール越しに云うと、そうですね、とイムファルも頷いた。
「万が一にも『語るに落ちる』ようなことになっては、話がややこしくなってしまいます」
ふっとタオは笑い、執務椅子に再び戻った。
――「説諭」する位置として座っていた場所から、本来の執務椅子に戻ったことで「これで終わり」と云いたげに見えた。が、ルナールが少し迷うような顔を見せた後で「タオ師」と声を掛けた。
「なんだい」
「あの……、では、先ほどアサギ君から云われましたけど、この『説諭』に関しては……、あの二人にも伝えておくべきですか? 若手への講義と思ったらあれで構わないと仰せでしたが、今のお話は――」
「ああ……」
タオは髭を扱きながら何か考える顔をした後で、曖昧な首の傾げ方をした。
「具体的には……、市長と党首室、CFCとの関わりについてはわざわざ云う必要は無いよ。彼らへの講義――、あれは、『本当に党首室が完全なる密室であった場合』に、魔術士に何が出来て何が出来ないか、彼らがまだ知らなかったことを知ることが出来た、そういう意味でつくづく有意義だったからな、ちょっと順番が違っただけ」
「はあ……」
「しかし、本来なら、そういう順番間違いをしてはいけない、順番を間違ったせいで大事なところを飛ばしてしまう、そうした思考回路を作ってしまってはいけないからな――少し『大局的な心得』としては教えてやった方が良いかもしらんね。特にアサギは『フリュスの者』としての自覚が、あるようだから」
――地元に帰れば「フリュスというお家」の一員として「フリュス村の幹部」で居なくてはいけないアサギだ。その自覚が、若くても、また自信はなさげでも、ちゃんとある。ならば、
「君達が今叱られたような間違いを、彼がしてはいけないからね」とタオは云った。
恥ずかしげに目を伏せた後で、ルナールは「分かりました」と頷いた。
「他に何か質問は? ――よし、じゃあ今度こそ終了だ。それぞれ持ち場に戻りなさい。それか少し休憩するんだな、午後からはまた『イベント』があるぞ」
おどけた声で領主が云って、部下は苦笑しつつ立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」「ありがとうございます」「失礼します」「それでは後ほど会議で」そう云いながらイムファルとルナールが扉を出て行った――が、フーコーだけは、何だか渋い顔をして残った。
再び書類に目を通し始めたタオの顔、額辺りを、正面から見下ろしている。
「……どうした、アエラ?」
うん?と顔を上げて、タオが首を傾げた。
「君も会議には出席するだろう、準備と、昼飯を済ませなきゃ。――まだ『ケンカ』したいネタがあんのか?」
「タオさん。――さっき、何だか、気になったんだけど」
軽口を無視し、腕を組んで、フーコーは首を傾げて見せた。表情は何だか――やはり険しい。
「さっき、何か――思いついたような顔、しなかった?」
「はん?」
「『良いこと思いついた』って――子供が悪戯をする前のような顔、したでしょう。本気でニヤニヤしてるだけじゃなく――少し緊張が混じってる笑い方」
タオは、ハッキリそれと解る苦笑を見せた後で、ごしごしと頬を擦った。
「そんな顔してたか? というか、そういう表情は多分、自覚して出るようなものじゃないだろ、訊かれても分からん」
「学生時代――、『呪文構造論』の討論型試験で教授を完膚無きまでに論破した時――その前の、控え室でそういう顔してたのよ。何を思いついたの? 誰にも考えつかないような、突飛な『市長の殺害方法』でも思いついたんじゃないの?」
「また自分じゃ思い出せないような懐かしい話を出すもんだな。それに、俺はそんな物騒な『方法』なんか考えたことないよ」
タオは肩を竦めた。とぼけているように見えるタオへフーコーは目を細め、――苛立った小言口調ではなく、真摯に問うた。
「じゃ、もう少し具体的に質問するわね。これは〈魔術士〉として、『先輩』に個人的に訊いてみたいの。タオさん――〈常人〉と〈魔術士〉の疑わしきが一対一、それは良いとして、よ。どっちかが零ならどっちも零――そっちが真実だったら、どういうことになるの?」
「――」
後輩の質問に、まずタオは――にッと口角を上げた。
「偉いな、アエラ。そこに気付いた。イムファルとルナールは、気付いてないのかな、気付いてても訊こうとしなかったのかな?」
「――私が『遠慮知らず』って仰ってるんなら、『ええ、そうですよ』と開き直るわ。どうなの。まさか、『ならば〝犯人は居ない〟と考えるのが合理的』――なんて、仰らないわよね。明らかにそれは考えられないから、わざわざアサギ君とリオン君にも確認しなかったのよ――どう捻くって考えても『自殺』や『事故』ではあり得ない、それだけは、今の段階で既に客観的真実でしょう?」
「……そうか?」
タオは口角を上げたまま、とぼけた声を出してフーコーに首を傾げてみせた。フーコーが目を細める。
「まさか、本当に〝犯人が居ない〟なんて、思ってらっしゃらないわよね?」
「繰り返すけどな、アエラ」
笑みを苦笑に変えてタオが軽く首を振る。
「イムファルとルナールの前では省略したけども。この世に於ける合理的診断が行われていない以上、それだってまだ『否定』はしちゃいかんのだよ?」
「……?」
「リオンとアサギには純粋に〈術〉の解説をしていた訳だが、その中で君らも云っただろ。『死んでから斬る』のならば、まだあり得る、というふうなことをさ。――今の段階では、それを否定しきれないから、そう、殺人の犯人は居ないかもしれない。違うか?」
タオの言葉に、そういうことかとフーコーは溜息をつき、ゆるゆると首を振った。
「つまり、市長の死因自体は、例えば心筋梗塞なり脳溢血なりの『病死』……もしや『自殺』もあり得なくはない、居るのは、その後『斬った者』だけなのかもしれないと? 居るとすれば、殺人でなく遺体損壊の『犯人』かも、って?」
「そういうことだ。そのどちらなのかを証明出来る者――『検屍』の専門家が遺体を見てはいないんだから、それもやはり合理的説明がなされていない状態ってことだよ。UCFC大統領、アスール幹事長、そしてボウガンはその専門家じゃない」
タオの言葉にフーコーは肩を竦めた。少しばかり嫌味な口調で、「グイグイ先に行くかと思えば、たまに相当慎重なんですからね」と云った後で、表情を引き締めた。
そして机に載せた手、腕に一層力を込め、身を乗り出す。
「じゃあ、それはそれでも良いわ、タオさん。まだ生きてるうちだったのか死んでからだったのかは兎も角として、『斬った犯人』のことを私は云ってるんですから。これ以上、煙に巻くのは止して」
「――」
「……もしかしてタオさんは、――想像してるんじゃないの、一般人でも魔術士でもない『犯人』」
タオが薄笑いを浮かべたまま、身を乗り出し、顔を近づけてくるフーコーへ小首を傾げてみせた。
「そこまで云うんなら、君もある程度、想像してるんじゃないのか?」
「――裂け目から出てきた化け物がやった……、その可能性を――考えてる?」
フーコーが頷いて、囁くような声で云う。
するとタオはからかうような笑みを見せ、
「君、『この世の理屈で何とかなる話をしに来た』って最初に云わなかったか」
そんなことを云った。フーコーは軽く眉を寄せる。
「さっきは、あくまで『職務上』で云ったんじゃないの。今は魔術士でもある私が『個人的』に訊いてるのよ。――どうなの、タオさん。あなた――もしかしてその可能性を一番考えてるのじゃありませんこと?」
タオは是とも否とも云わず、真意の計り知れない笑みを浮かべている。ただ、やはりさっきまでと同様に、フーコーへ釘を刺す内容の言葉を発した。
「アエラ。――それも今のところ、比重としては『同じ』だ」
「えっ……?」
身を乗り出していたフーコーが、不意を突かれたように背を伸ばす。
「『犯人』の可能性は数値として同じ。一般人対魔術士、対化け物、その疑わしさは一対一対一。『一般人対魔術士が零対零だから、化け物が犯人』って理屈にはならないんだよ。いいか、アエラ、俺が云いたいのは何よりそれだ――『化け物の仕業と思いたい』、そんな気持ちがあるなら、それは必ず消せ」
「……」
「今自分が『分からないこと』の原因を、自分の理解が及ばない何ものかの所為にするのは、『魔術士の仕業』にしたがってるCFCと変わらん。自分の理解が及ばない『良いこと』の原因は『神』の一言で、悪いことなら『悪魔』の一言で終わらせるイー・ルとも変わらん。解らないなら解らない自分を受け入れるだけで良い。それが嫌なら解るまで追求すれば良い。ただそれだけの話なのに、最初からその努力を諦めた者、とりわけ、自分が諦めたのに諦めない他者を蔑み憎む者、そんなのと同じ土俵に立つんじゃない」
「――ええ」
フーコーは力強く頷き、キュッと唇を引き締めた。そんな彼女に、タオが軽く肩を竦めてみせた。
「それになあ、アエラ。――市長を切断した犯人が『誰なのか』を追求する必要性は、全く無いんだぞ? サウザーとしては今んとこ、それが誰だろうが知ったことじゃないんだから。比率が一対一対一っていうのも、そもそも忘れて一向に構わんのだよ?」
「あ……ああ、はい。それは、そうなのよね――」
タオは、「犯人を知りたいと思う必要は無い、それが『無駄』なのだ」と云っている。「先輩」から、「集中するあまり脱線する」悪い癖を再び指摘されたように思い、フーコーは軽く頭を掻いた。
「俺は、会議の後、『俺が知る理』に無いのかもしれない謎に取り組みたい。そこで市長を斬った犯人が誰なのかも、もしや分かるのかもしれないが、今は――君達には、『この次元の理』だけで何とかなる仕事を預けておきたいんだから、そのつもりで働いてくれよ。同じ土俵に立つことは無いが、『〈魔術士〉にしか解らない理』でCFCの相手もしないよう気をつけろ。そういうのって結局、連中が一番カチンと来るから、ケンカ売ってくるんだ」
「分かりました」
フーコーは苦笑を浮かべて頷き、やっと「それでは」と頭を下げて執務室を出て行った。
扉が閉まるのを見届けて、タオはまた、ボウガンの「検屍」報告に目を向けた。――薄笑いはもう完全に消えた。だが、目の光はやたらとキラキラしている。
【day2】 学習の日
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