【day2】(1)-[6]-(3)
タオは執務椅子に座ると、「フーコー」と呼び、手招きをした。戸惑った表情のまま彼女は立ち上がり、机の正面に立つ。
「其処じゃなくて、こっち。俺の椅子の横に、俺を向いて立て」
タオが椅子の横、椅子の肘掛けを軽く叩いて指示する。イムファル達から見て左側だ。
首を傾げつつフーコーが従う。タオは椅子を回転させてフーコーの側を向いた。イムファルとフーコーには領主の横顔が見える。
フーコーの顔を見上げて、タオが確認口調で云った。
「フーコー。〈装置〉ではなく君の基本装備――武器は、『剣』だったよな。〈軍〉では、『剣士』として属す登録になってるな」
「え、ええ……」
戸惑いつつもフーコーが頷く。
「では、フーコー。この状態から、『居合術』で、俺を真っ二つにすることは不可能か? 椅子に傷を付けずに」
「……ッ」
フーコーが、うっ、と息を飲む。イムファルとルナールも、えっ、と目を見開いて顔を見合わせた。
タオは薄笑いを浮かべて、両肘を肘掛けに置き――アサギとリオンに示した、尊大な権力者が権力の椅子に座っている風景を再び見せた。
「――君が一番いい間合いをとって構わんぞ。一閃で真っ二つに出来る位置を決めなさい」
フーコーは息を飲んで、領主の云う通り「自分にとって一番良い位置」を探した。両手を左側の腰辺りに持っていき、右足と左足で足踏みをして――その位置を決めようとする。それから、ゆるゆると首を振った。
「――後ろめたくて嘘を云ってる訳ではなくてよ、タオさん。椅子に傷を付けずに――というのなら、やっぱり、『無理』だわ。その姿勢……、深く座っていると、どうしても……」
大方、タオが何を云いたいのか解り始めているようだ。フーコーは妙に口ごもってそう云った。タオはやはり薄笑いを浮かべており、
「じゃあ、これでは?」
そう云って立ち上がる。タオの背丈はフーコーよりほんの少しだけ高い。じっとフーコーの目を見て、やはり「君の間合いで構わん」と云った。――フーコーは、一歩下がって、こくん、と頷いた。
「――この位置なら……、真っ二つに出来るかもしれないわ」
今度は、何だか悔しそうな声色でフーコーは云った。
「完全に立ち上がるのでなくても、こっちに正面向いてさえいれば、立ち上がろうとして腰を浮かせた――そのくらいのタイミングでも、椅子に傷を付けずに済む――かもしれない」
「そうか」
タオが満足そうに頷き、ルナールとイムファルにも、一度視線を向けて云う。
「そんじゃ、『やられたー』ってなって」
おどけた声を出しながらタオは、後ろの椅子にどさりと尻を落とす。そして、
「で、その殺人者が、こうして」
自分の右手で左手首を取り肘掛けに乗せ、逆もそうした。
タオは無造作にフーコーの手を取ると背もたれに乗せさせて、「回して」と端的に云った。フーコーは鼻の頭に皺を寄せた表情のまま、タオが正面を向くように椅子を回転させる。
「こうすれば、取りあえず、『市長の死に様』は一丁上がりだ。殺害の実行犯が魔術士でなくても、な」
ニッと笑ってタオが云う。イムファルとルナールは狼狽の表情を隠さない。
ルナールの唇が「でも…」と云うふうに動き掛けたが、それに先回ってタオは続けた。
「『イアイ』等の『一撃』による殺害が可能な隙を、市長が見せたかどうか、間合いに入れさせたかどうか、油断させずにその間合いへ入ることが可能なのは誰か――なんて諸々は、取りあえず置いといて構わん。俺が今君達に『説諭』してんのはそんなことじゃないからな」
「――」
「俺はCFCへの返答として告げただろう、『密室で人が死んでいるのを魔術士による殺人と思うのは合理主義者の考えることじゃない』と。どうしてそれを、俺は自分の部下に云わなきゃならんのだ?」
大げさに「嘆かわしい」と云うふうにタオは首を振った。
「――いいか、『都合の良いときだけ』じゃない、真っ当な、ちゃんとした『合理主義者』はな、まず、『殺人』であることを証明した上で、魔術より先に手品を疑うんだよ」
「……っ」
「恐らく、君達、サウザーという魔術士の国の者より、魔術を理解していないCFCの『ちゃんとした合理主義者』の方が、余程に」
タオはフーコーへ「戻れ」と云うふうに手を振って見せ、自らも立ち上がった。――こちらに戻ってくるタオが、ルナールには、執務机に向かっていった時よりも一回りくらい大きくなったように見えた。無論、そんな訳は無いが。
さっきと同じように三人の前に座り、静かな声で続ける。
「もう解ったな。――『〝常人〟に出来ることではない』と思っても仕方ないと、結局は大統領と幹事長の主張の方を納得してしまった。そこが君達の誤りだ。濡れ衣を晴らしたいのであれば、それを受け入れてはいけなかった。〈魔術士〉、〈魔術〉の研究者である余り、『常人』に出来ることを過小評価していた。その考察が欠落していた。ボウガンの報告書が来るまでは何とか持ちこたえていたのに、党首室と市長の状態を知るや否や、いきなり魔術士にしか出来ないことを考察し始めてしまった――」
「……」
「確かに、党首室の状況は『異様』だ。だが、まだ、連中曰くの〝常人〟には『出来ないこと』の一線を、君達が引いてはならんかったのだよ。あるいは――『出来ること』『出来ないこと』を基準にするなら、いくら向こうがそう表現しようが、〝常人〟の一線を引いてはならんかったのだ。イムファルが云ったな、〈魔術士〉であっても空間と時間を超越することは出来ない、と。『だから魔術士にも出来た筈はない』、その論理展開が大間違いだ。いま示されている『空間と時間の縛り』は、『魔術士でない者』には決して越えられないものか? 空間と時間を超越することさえ出来れば、『常人』にだってこの殺害は可能だろうが」
膝の上で拳を作っていたイムファルが、「はい――」と声を絞り出した。
「少なくとも、現段階――CFCからの通信とボウガンの報告書からでは、結論を出すことこそ不可能――だと」
「そうだ」
タオが大きく頷く。
「ボウガンは結構な『検屍』を、多分吐きそうになりながらやってくれてるが、それでも合理的な『現場検証』と云えるほどのことはやってない――さっきまで判らなかった『謎』のうち、ボウガンからの報告で明らかになったのは、市長本人が死んだ、それが『事実』だったと、それだけだ。まして、大統領や幹事長は――自分たちは事細かに『密室状態』を云ったつもりなんだろうが、極めて理想的な客観視を行える『ちゃんとした合理主義者』の集団……司法組織や捜査員を入れた気配が無いんだから、結局は情報として不完全だ。そういう組織の人間がちゃんと見れば、密室どころか。指紋はべたべた残ってたり、足跡は『よく見れば』残ってたり――あるいは、それを拭いた跡が残っているかもしれない。窓の鉄格子には『ぱっと見は気付かない程度の』切れ目が入ってる、『一見したところ以前と変わり無い壁紙だが』実は張り替えた跡があった。――遠隔の〈魔術〉なんかに頼らずとも、『誰かが入って・殺して・出て行った』、ただそれだけの話かもしれんのだ。『時間の超越』にしたって、本当のところ市長が昨日の何時頃死んだのかが正確には分かってないんだから、それを吟味する材料がそもそも無い」
「――」
「実のところ、大統領か幹事長が犯人だという可能性も、まだ消しきれない――というより、まだ消してはいけないだろうが。あの二人が『一閃で』人を真っ二つに出来る武術なりの達人だとは聞いたことがないが、他にその二人の『腰巾着』が居たかもしれない。だからこそ警察や司法組織に現場検証をさせていないのかもしれないって考えも、未だに有効――よほどに合理的だ。身も蓋も無い話――『二名の警護員が実は犯人だった』という可能性とて、まだ否定出来ないじゃないか。警護員は魔術士ではないかもしれんが剣の達人ではあったかもしれない――自然なことだ、剣の達人でなくチェスの名人が警護をやっているのよりは」
タオは、意地悪くニッと笑ってそう云った。イムファルは唇を噛み、ルナールは両手で頬を覆って、フーコーは「力が抜けた」というふうにドサリと背もたれへ身を預けた。
「仰る通り――アサギ君に諭しておきながら、私自身が、〈術〉に囚われておりました」
ルナールが独り言のように呟き、はあ、と息を吐いた。〈治癒術〉の方が「のっぴきならない」時のためだと――「最終手段」として考えるべきだと説いておきながら。〈常人〉が「人医」を通り越し「治癒魔術士」の〈術〉へ頼ってしまう、そんな術士の姿を見せてはならないとアサギに云っておきながら――UCFC大統領とアスール党幹事長が魔術に頼るのを受け入れてしまっていたのだ…。
そういうことだ、とタオが頷く。
「『魔術でも出来ないこと』の考察と証明をしたけりゃ、それが『手品じゃないこと』を先に証明してなきゃ駄目なんだよ。だが、それを証明するのは、現段階で俺達じゃない、『魔術なら出来る』って云いたがってるCFCだろ。『非存在の証明』を俺達がするより前に、もっと簡単な『存在の否定』を向こうがやるべきなんだ。それをしてきてないんだから、相手すんなって云ってんだ」
「――」
「君達は――俺達は、『この次元の理』だけでなく『魔術の理』を知っている。そして、その両方の理に対して真摯であり謙虚でなくてはならない。大統領と幹事長の、都合の良い時と部分だけの合理――『合理〝主義〟的』な主張に、『魔術の理』だけで付き合うと、それもまた『魔術士として都合の良い合理』的になるから水掛け論が生じるんだよ、『バーカ』って云われて『馬鹿って云う奴が馬鹿だ』って返すのと同じで、客観的な結論は『じゃあどっちも馬鹿』だ。向こうが『ちゃんとした合理』でケンカ売ってきた時に、魔術士としてちゃんと合理的に買えよ」
大げさに呆れた声を出してタオが云う。三人とも顔を見合わせて溜息をついた。そんな彼らに、
「……君達は優しいな。特にアエラ、君はあれほど大統領と幹事長を馬鹿にしつつ、濡れ衣に怒りつつも、向こうに犯人が居ないことを信じてやっている」
くすっと笑ってタオは立ち上がり、執務机に近づいた。
――明らかに揶揄、あるいは皮肉だ。フーコーはふて腐れて「先輩」を睨みつけた。
「無論、『空間と時間の縛り』がどちらにせよ平等である限り、容疑も平等だ。魔術士でない者が犯人でも可笑しくないなら、魔術士が犯人でも可笑しくない。その『縛り』を何とかする方法を、『シロウト』より魔術士の方が良く知っているのも事実ではある――かといって、それを『魔術士が犯人』であるという根拠にするのは、何度も云うが、短絡でしかなく証明にはならない訳で、『魔術士と〝シロウト〟が共犯』という可能性も考えるのが『合理的』、当たり前だ――」
「……」
「君達もさっきの講義で云っていた。『部屋に入って出る』、そこさえ誰からも見つからなければ、〈風〉は〈刃〉で――リオンにはまだ無理なようだが、アエラ、君になら凶器も残さず調度品に傷も付けず、可能だな?」
タオがフーコーに顔を向けそう云うと、フーコーは唇を噛んで頷いた。
「当然、イムファルが云ったように――仮に俺が〈金剛石の刃〉を作ったとして、それを剣士であるアエラに装備させても同じだ、さっき実演して見せた通り。それこそ魔術士でもあるアエラでなく、手練れの剣士……そうだなあ、サウザーだと、〝リーヴス〟元帥なんて、この場合理想的な実力者だな、斬られた方もそれに気付かない程だろう――彼でも良いのだ、部屋に入って出る、そこさえどうにかなれば。――そしてルナール。君は、この位置でなければ『凍らせて割る』のが無理だと云ったが、それは、この位置に立つことさえ出来れば可能だ、と云ってたんだ。時間の問題についても、窓から誰かが覗いているリスクを考えるなら『カーテンを閉めれば良い』、市長が殺された時刻が分からないのもそうだが第一発見者が発見した時刻も分かってないんだから、そこにある程度の差があるようなら、いくらでも方法はある。――既に市長が死んでいる時刻に、『素人』の大統領と幹事長へ『まだ市長が生きている』と思わせる方法、まだ生きてる時刻に『既に死んでいる』と思わせる方法は、それこそ魔術にあるぞ、〈幻惑〉、〈幻視〉――」
イムファルとルナールにも顔を向けて、執務机の前を指さしながらタオが云った。二人ともバツが悪そうに頭を掻いたり首を傾げたりしている。




