【day2】(1)-[6]-(2)
若者二人が座っていたソファの向かいに、タオが腰掛ける。三人は、若者が座っていた方へ並んで腰掛けた。真ん中にルナールが、その左右にイムファルとフーコーが。
タオが苦笑して「窮屈じゃないか?」と云った。
「俺の隣りも空いてるが」
「今から私たちお説教されるんでしょ、正面からじゃなきゃ『身にならない』わ」
ふて腐れた声でフーコーが云い、
「さあ、どうぞ、タオさん。私たち、何が間違ってたのかしら?」
テーブルに手を付いて身を乗り出した。サンハルが云った通り、彼女だけは全く殊勝な様子が見えず、むしろタオと「口論」するつもりが満々のようだ。
タオはそんなフーコーに小首を傾げ、
「間違っている、とは云わない。――若手魔術士への解説だと思ったら、相当有意義な時間だった」
「それはもう聞いてます。『幹部として』何処が不味かったと仰るの?」
「本題を見失ってる。本題への結論になってない。結論に至るまでに重大な思考上の欠落がある」
少々苛ついた様子の見えたフーコーに、タオがあっさりと云った。苦笑混じりだった口調が、サッと冷徹なものに変わった。
どういう意味だ――。三人は顔を見合わせて、イムファルが、
「……何を見落としていたのでしょう」
領主へ、恐る恐る尋ねた。タオがその問いに対して
「思考、というより『思想』か? ――性根の部分と云える問題だから、自分で気付けないのなら、それが、重大な欠落だ」
そう跳ね返すと、フーコーも「えッ」と息を飲んで身を引いた。
タオが軽く口角を上げ、声色も平常に戻した。
「三人全員に訊くぞ。若手魔術士への講義だと思ったら、あれで終わってる、構わん。――が、UCFC大統領とアスール党幹事長が聞いて納得するか? あの解説で、『市長殺害犯は魔術士ではあり得ない』という結論を受け入れると思うか」
「納得して貰わなきゃ困るわよ、だってそうなんですもん」
フーコーが拗ねた声で云う。ルナールも、
「大統領や党幹事長が聞いても納得しないだろうと、それは判っていて二人に解説していた部分はあります。〈魔術士〉と〈魔術〉〈精霊〉を知らない方とは水掛け論になるだろうことを、それは心得て……」
さほど熱くなっていないが、師の指摘は不本意であるという意志が明確に判る声色で反論をした。
「そのつもりで喋ってたのだろうことは、俺にも伝わってる。君らは何度か『仕方無い』という表現を出したからな」
タオはゆるゆると首を振り、「だが、そうじゃないんだなあ」と呟いた。
「水掛け論、にもまだ至らないな。まずは君達、殆ど、風火水土それぞれの魔術士が、単独でそれをやろうとした場合のことしか云ってないだろう。――今の講義を聞いた大統領か幹事長が、『では、風火水土の複数種、あるいは全ての魔術士を揃えてのことなら可能なんじゃないのか』と云ったら、どうする? 『可能にしたければ協力が必要』みたいなことは今の講義で君達も云っていたじゃないか。『そうした協力態勢があれば、時間や密室の制限も無くなるんじゃないのか』――そう反駁されても可笑しくない講義を、君達はしていた。これは『水掛け論』じゃない、向こうからしたら真っ当な『疑問』だ」
「し、しかし――、タオ様、それはやはり不可能というものでしょう。市長の死に様――ボウガンによる『傷』の報告を見る限り、あれは、『単独犯』によるものとしか思えません。そりゃ、我々が市長の遺体の様子を知っていることは向こうに知られてはなりませんから、口に出来ませんけども……」
魔術士ではないながら、研究者としての自負があるイムファルが、今度は焦った声で反論をした。
「〈透視〉等のサポートならまだしも直接の殺害行為に限っては、『複数人』が携わって、あの報告書にあるような『傷』はできっこありません。全ての術の調整を自分一人で判断しながら行わなくては……」
「一人で、か……――イムファル。君は〈土〉、〈金剛石の刃〉の解説をするとき、〝ディナム〟翁――シンキ先王陛下を引き合いに出したな。あれは、少々恣意的だったぞ。ディナム師匠は複数種の〈マスター〉だと君も知っている筈なのに、アサギやリオンにも云わなかった。――大統領と幹事長がさっきの講義を聴いていて後からそれを知ったら、きっと『意図的に隠した』と疑うだろう」
イムファルの反論に、タオがニッと意地悪な笑みを見せてそう云った。グッ、とイムファルが息を飲む。――シンキ王国の先王、ディナム・シンキは〈火〉のマスターでもある。サウザー領というより、全世界で考えても稀な存在だ。
しかし、イムファルは反論を続けた。
「そ、それは――それでも、云う必要は無いと思います。仮に複合技を使用するにしても、魔術を知らない者にも理解出来る『現場不在証明』の問題は覆しようが無いのですし。――タオ様とてお解りの筈ではありませんか、あの『傷』――『殺し方』は、稀代の魔術士であるシンキ陛下にすら不可能だと! あれは、風火水土全てのマスターとでも云うべき者が存在しない限り不可能です!」
「んじゃ、『サウザーにそんな〈魔術士〉は居ないのか』『居るかもしれないから探せ』って正式に要請があったら、捜索せにゃならんな」
強い口調で云ったイムファルに、タオはあっさりと返した。研究者は一瞬絶句する。
「――そんな、不毛な……」
絶句の後、イムファルが掠れた声で思わず呟き、タオは「不毛だなあ」と繰り返して頷く。
「この世に存在しないものを探してこいって云われてもなあ、そりゃ困る。『蓬莱の玉の枝』やら『ソロモンの指輪』やら『賢者の石』じゃあるまいし。だが、正式に要請があったらやらなきゃな。探さないんなら『存在しない証明』をせにゃならん、でないと『存在するかもしれないじゃないか』と胸張って返されてしまう――連中にしてみれば、行ったことが無い『シンキ王国』も『月の裏側』も『蓬莱国』も、会ったことが無いサウザー初代領主もアスール新民党初代党首もソロモン王も、見たことが無いウランも賢者の石も、全部同じ価値だ」
ルナールとフーコーも呆れたようにぽかんと口を開く。
「俺自身とて、全ての精霊のマスターなんてのが、もしや何処かに隠れてるとしたら会ってみたいしな、どえらい誘惑だ。どんなに『非存在の証明』が難儀で不毛だと解っていても、だからこそ『蓬莱の玉の枝』を探してみたくなる」
タオが腕を組み、少し視線を上に向け――わざとなのだろうか――夢見るような目と声でそんなことを云った。
フーコーがぶるぶると首を振り、「でも、不毛なのよ。無意味なのよ!」と叫ぶような声を出した。
「『仮に居たとしたって可能かどうか解らない』って話でしょうよ、タオさん。そんな者は居ないからこそ、可能不可能を証明だって出来やしないんじゃないの。一体どっちが先なの、不可能を証明するために非存在を探すことになるの? 不毛すぎるわ」
「実存を云々する『哲学』の講義なら、大統領や幹事長も受けてると思うぞ、大学出てるだろうし」
タオが飄々としてそんなことを云う。
「アエラ、そういう流れに持っていくと、確実に大統領や幹事長は、『非現実的な屁理屈で話を逸らそうとしている』と思うだろう。実際、こっちにとっては哲学的な『非存在の証明』を向こうから振られたことに違いないんだが、向こうにそんなつもりは無いから、こっちが『逃げてる』と受け止めるに違いない。俺達の方がわざと水掛け論にしようとしている、と思うに決まってる」
フーコーは一瞬絶句した後、
「そ……そりゃ、こっちだってあんな俗物と、実存の哲学論を戦わすつもりなんか無いわよ! それこそ不毛な議論になることは解ってるわ。でも、そうなるともう、大統領と幹事長に一から魔術の講義をしなきゃいけなくなっちゃうじゃないの、サウザーでは小学生から教えることを、いい年のオッサンに一から? どんなに掻い摘んだって、それこそ大人しく聞く耳も持たないわよ!」
焦った声でタオへ訴えた。――そんな部下へ、タオは意地の悪い笑みを見せた。
「それは――今度は、〈核〉の危険性を伝えたければ『物理学』から学ばせなきゃいけないって理屈だなあ。そりゃ、聞く耳持たないよな、連中、自分が聞きたいことしか聞かないから。でも、連中が喜んで聞く〈核〉の有益性を吹き込むために物理学の講義する必要は無いってのも、同じ理屈だ。――フーコー、俺が云ってんのは、そういうことじゃないぞ?」
「……」
「まだ解らんか。――そう、CFCでは死ぬまで知らないことを……サウザーという『魔術士の国』に於いては小学生でも知っていることを、君達は良く知っていて、魔術士、魔術の研究者として存在している。しかし、それが故に、単純なことを見落としている。重要な、それこそ哲学が欠落している」
特別な叱責口調でもないが、淡々とした声はゾッと背中が総毛立つ程冷たく感じられた。先ほどアサギとリオンが「〈土〉は残酷でもある」という講義を受けたときに感じたようなことを、幹部達も今、感じているだろう――平等であるが故に、敵味方関係無く寛容で、同時に容赦も無い。
ごくんと息を飲んで肩を強ばらせた三人に、タオは表情を緩ませた。冷笑でなく微苦笑を見せて、
「君達の解説は、出発点が間違っていた。――なあ、イムファル、ボウガンからの報告書を見た時、どうして、『魔術士でない者には無理』だと思っても仕方ないが、『魔術士の仕業でもない』、などと思った――恐らくボウガンも『そう』思ったのかもしれないから、同じ説教をせにゃならんと考えたんだがな」
「え――?」
「ルナールとフーコーもだ。何故、今の解説が、魔術士にも出来ないという結論に至るんだ。CFCからの通信――『細切れの箇条書き』とボウガンの報告書、今俺達に与えられた情報から、何故その結論が出る? ――結局、最初に『濡れ衣を着せられた』ものだから、君達は『それを晴らしたい』が故の考察に偏ってしまっていた」
「待ってよ、じゃあ、タオさんは、『魔術士に出来る可能性』を思いついてるって云うの!?」
フーコーが身を乗り出して高い声を出す。タオは呆れた顔をして、「だからさあ」と溜息をついた。
「俺が云ってるのはそうじゃないよ。――ルナール」
腰を浮かしかけていたフーコーへ「落ち着いて座ってろ」と云うふうに手の平を下向けて振ってみせ、タオは正面のルナールを真っ直ぐに見つめた。ルナールはぴくっと背筋を伸ばして「は、はい?」と声を上擦らせる。
「〈治癒術〉について君はアサギに『心得』を軌道修正するよう説いたのに、君自身が、大事なことを忘れてる」
「え――えっ…?」
タオは続けてイムファルとフーコーにも顔を向けた。
「イムファル。君は、CFCの方が〈魔術士〉を過大評価してくれているのかもしれない、と云ったが、君は『魔術士でない者』を過小評価してしまっている」
「はっ…?」
「フーコー、君は、都合の良いときだけ合理主義者ほど真っ先に〈魔術〉や〈オカルト〉を疑う、と云ったな。しかし、君は君で、魔術士であるが故に、結局、都合の良いときだけ魔術を求める者と、同じ土俵に上がってしまったんだ」
「……ど、どういう意味――」
一人一人を丁寧に指さしながら、キッパリとタオは云い放つ。最後に
「俺は最初っから、今の段階で、大統領と幹事長に付き合う必要は無い、同じ土俵に上がってやる筋合いは無い、って云ってるだろう」
溜息混じりにそう云うと、タオはソファから立ち上がった。
「向こうが作った粗末な土俵に立ってしまうから『不毛論』が生じる」
執務机に戻りながら領主が呟くように云った。三人の幹部が狼狽の表情を浮かべて、その後ろ姿を目で追う。




