【day2】(1)-[5]-(5)
「〈氷の礫〉のように――目には見えないけど空気中に存在する『塵』程度では、〈金剛石の刃〉と呼べるほどの……人一人真っ二つに出来るほどの凶器は作れない……。そう思っていいんですか?」
「作れたとしたら普段どんなに汚い部屋に居たのかと呆れるし、それが綺麗になってただろうから、それはそれで『党首室の異状』と見なされるだろうね」
イムファルが軽く口角を上げる。リオンが思わず「プッ」と吹き出し、アサギも苦笑した。
と、思わず吹き出したリオンが「あれっ」と何か思いついた顔をし、
「……今思いついたんだけど…、だったらさ、さっき俺云ったじゃん? 細胞そのものを……えーと、〈水〉の方で凍らすのと同じ感じで、切ったみたいに見えるほど『塵に変える』っていうか……、そんな感じで……さっき云ってた『礫』の応用って出来ないもんかな?」
ふと思いついたことを纏めてしまう前に口にしている、そんな風情でイムファルに云う。――タオもそれを聞きつけて、ちらりと上目遣いにリオンを見た。
イムファルは目をぱちくりとさせ、腕を組んで「うーん…?」と首を捻った。
「成る程……? それは……〈術式〉の体系論で考えた場合だけなら、私には『不可能』と断じることが出来ない――が……」
そこで再び、イムファルがタオに顔を向けた。「これは確実に実践者たる貴方にしか答えられません」と云いたげな目の色をしている。
それはタオも既に察知していたのか、イムファルではなくリオンへ直接答えた。
「リオン、君のそういう、発想の豊かさと閃きは凄く良い。君は〈土〉の魔術士でも無いのに、そんなことを直ぐ思いつくとはな。その才能は大事にしなさい」
「はぁ……いや、まあ、褒め言葉には有難うって云うけど……」
「だが、残念ながら、『礫』の応用でってのは無理だな」
「そうなんだ? ……〈火〉や〈水〉の応用と似た使い方――斬ったように見えるほど細く無くなった細胞の分〝塵〟が増えた、ってくらいなら、『党首室の異状』として見逃すかな?と思ったんだけど……」
「ああ、それで、その発想が出たんだな? その『斬ったみたいに細く』ってのが、俺にも無理だ。君の指摘の『細胞そのものをどうにかする』っていうのなら、まあ……出来なくも無い、とだけ云っておくが――〈土〉ではやはり、『切断』よりは『欠損』みたいな感じになるだろうよ。そうでなければ、『斬れている』というより逆に、〝泥の糊〟が間を埋めてるような感じになるかもな」
「……」
「そんなことがやりたければ、〈水〉の凍結、〈火〉の蒸発の方が現実的だろうね。――やはり、今んとこは〈金剛石の刃〉だけが、解説に値する〈術式〉だ――と、俺からは云っておく」
そうなんだ……とリオンが、少々落胆したような溜息を吐く。傍のアサギは、再び「あまり気分の良いものでは無い」話を聞いて、軽く眉を寄せていた。
そして、タオがまた妙に含みのあることを云って、書類に視線を戻したので――イムファルも一つ溜息をついた。
「タオ様が〈金剛石の刃〉だけだと仰ったのだし……、それでは、話を戻すけども」
「あ、はい」
「御免、また何か脱線させちゃったみたいで」
リオンが肩を竦めてそう云い、イムファルは、「いや、それはタオ様の仰る通り、発想の点で良かったと思うよ」と頷きを見せながら返して、先を続ける。
「党首室の壁の外から〈金剛石の刃〉を使うことが可能かどうかは私には解らない――が、可能だとしても……、党首室にそれまで存在していた何かが、何にせよ無くなっていなくては辻褄が合わない。それも『党首室の異状』の筈だが、それが恐らく無い。『〈刃〉を作ったが故に無くなった何か』の方を見落としたとしても――リオン君、君が『凧に斧でも装備して』と云った例と同じだ、殺害した後、その凶器の『回収』はどうしたものか? 〈水〉の〈昇華〉と違い――一度〈金剛石の刃〉とした物を、元の物質・物体に戻すことは不可能――そんな術は、明らかに『無い』のだよ」
「……」
「〈刃〉自体を、『壊す』という意味で無くす――砂なり塵なりにする、ってことならば辛うじて出来るが、〈水〉の〈昇華〉とは比べものにならない時間が掛かる筈だ。というか、それをしたければ〈風〉の術士に頼んだ方がいいね、〈土〉の術士が自ら行うよりは『克して貰う』方が早い」
「いや、それでも……金剛石をそんな簡単に粒になんか出来ないよ。第一、それはそれで『党首室の異状』だよね。『昨日まで床はこんなに汚れてなかった』」
リオンがそう云うと、イムファルは「そうだね」と小さく笑った。
「だったら、君の発想……細胞そのものが斬ったように見えるほど欠損している方が、余程『異状』としては見逃される可能性が高いだろう、〝ほんの少しだけ埃が増えた〟程度だろうからね。だが、それは無理と〈土〉の〈マスター〉が仰せだ。――凶器の回収が出来ないんだから、持ち込むことも不可能だ。――CFCの『魔術士でない者』の方が、余程に魔術士が『何でも出来る』と過大評価してくれているのかもしれないが……、部屋の外から壁をすり抜けて物を入れたり出したりすること、まして術士本人が出入りすることは、魔術士にだって出来ない、この世に生きてる人間なんだから――魔術士だって、この次元の『空間』を超越することは不可能だ」
領主室に存在する魔術士全員――いや、タオを除いて――が、こっくりと頷いていた。
「同時に、『時間』を超越することも不可能……――この点で、先ほど例に挙げたマスターである方を、『アリバイ』の点で容疑から外すことも出来る」
イムファルが右手の人差し指から小指を立てて「四」を示した。
「〈金剛石の刃〉がどの程度の『遠隔』で操作・実行可能な術なのか、具体的に私が云うことは出来ないが、〝有〟から〝有〟を作る――『変化』をさせる術であることを考えれば、理論上、〈国境〉を越えるような遠距離ではまず不可能だ、『変化させたい何か』を己が明確に確認――視認出来る状況でなければならない。〈透視〉や〈遠視〉あるいは機械等の間接的な視認で可能な術は、辛うじて対象物を消す――消したかのように壊す、そのくらいまでだろう。〈金剛石の刃〉のような高度な術は、幾らタオ様や他三名の大魔術士であっても、そんな間接的な確認状況では不可能だろうと思う。――本当なら、〈刃〉自体は作ったとしても、大公が『凍結』の例で仰ったように、暗殺対象を目の前にして剣士が実際に得物として手に持ち、文字通り『斬る』のでなければ、綺麗に真っ直ぐ『真っ二つ』という訳にはいかないだろうとも――私は、考える。それでも敢えて『遠隔』に固執するなら、党本部建物のすぐ近く……党首室が視認出来る程度の距離でなくては、やはり無理だ。となれば、サウザー領民でそんな位置に居ただろう人間は、ボウガンとムチ、その隊員くらいだが、彼らは〈金剛石の刃〉が使えるほどの熟練した〈土〉術士ではない」
「……」
「熟練した術士――先に挙げた四名の御方で、市長が殺されたと思われる時間帯に、最もCFCに近い場所に居たのが、まさにタオ様だ。が、タオ様はそれこそCFCからぶっ放された『矢』に対処するため、ずっとグロスの丘に居られた。――CFC側は証言を信用しないだろうが、君達自身は、それにチョウ君が、証明できるよね、タオ様の『アリバイ』を」
アサギとリオンは、コクッと大きく頷いた。グロスの丘に向かったより後、タオは一度も自分たちの前から姿を消してなどいない。「発射」の報がなされて、「化け物」が顕れるまで微動だにしなかった、そう云ってもいいくらいだ。そうさせた――タオを拘束した当人がCFCと云って良いのに、それを疑われるようでは、何とも釈然とせず気分が悪い。
「シンキ王国は――それなりの規模の自治体で云えば――サウザー領の東端だ。先王陛下は現国王に王位を譲られて後、王国の南西にある離宮に下がられているが、それでもこの城から見てずっと東側――正確には東北東。中部アルクス・タウンはサウザー領のほぼ真ん中に存在し、やはりこの城から見れば東側。ユピタ=バルムはサウザー領の『南の国』だが、やはりこの城から見れば若干東寄り――南南東。今我々が居る城、サウザー領本部管轄地が、そもそもサウザー領の最西端、グロスの丘から平原を越えてサウバー山系が、一応現在の『国境』ということになっているのでね、要は、本部がサウザー領でCFCに一番近い、ってことだ」
イムファルがそこまで云うと、ふとアサギが困ったように首を傾げた。「どうした?」とリオンが訊ねると、
「……大統領と幹事長が、サウザーだけでなく『魔術士の同盟』を疑っているとしたら、その……地理的なことを云うと、フリュスの方がCFCに近いってことに……ならないでしょうか」
そう口ごもったアサギに、イムファルは一度ぱちぱちと瞬きをしてから苦笑を浮かべた。
「まあ、そう云えるかもしれないけどね……」
フリュス村は、経度で云えば、サウザー領本部より西に位置する。CCFCからの直線距離だとフリュス村の方が近いとは、云えるかもしれないが――
「それでも、フリュスとCFCの間には、サウバー山系から連なるアガド山脈とナリム大河があるだろう、あの地形は大きな隔壁だよ、それを考えて『遠近』を云うなら、やはりグロス平原の方が近いんじゃないかな。だからこそ、CFCもサウザーに集中し、フリュスはエグメリークに任せて手を出さないのだろうし」
「……」
「それに、今は、サウザー領の実力者、特に〈土〉の方に限って考察しているので置いておこうよ、アサギ君。フリュスに〈土〉の――〈金剛石の刃〉を実行出来るほどの術士が居られないことは――失礼ながら――分かっているしね。フリュスの方もエグメリークからの〈核〉に対応するためそれどころじゃなかったというアリバイが、タオ様と同様にあることを、我々は理解出来ている。向こうがこちらを疑っていることと信用しないだろうことは、同じく、もう仕方ないと先に考えて」
「はあ……そうですね」
アサギが溜息をつきながら頷き、イムファルが「じゃあ、続けるよ」と云った。――タオが、ちらりと顔をあげて、また軽く口角を上げたが、やはり誰もそれには気付かなかった。
「――シンキの先王様は、今日午後からの会議に出席されるために、離宮を昨晩お発ちになったとのご連絡があった。CFCで市長を殺害した後に離宮まで戻られたということは、時間的にあり得ない。アルクス元町長も同様だ、やはり会議への出席の旨が、アルクスのご自宅に居られた御本人から昨日のうちに告げられた――それより前にタオ様への面会のお申し入れもあったのだ。――そして、ユピタ=バルムのヴァン・フーコー様は」
「〝様〟なんて付けなくても宜しくてよ、イムファルさん。――あのバアさんなら、タオさんがグロスに向かった後から数時間おきに、『私に』説教かましに実家から〈通信〉してきてたわ。私だってそんなヒマじゃないっての」
イムファルの言葉に割り込み、口を尖らせながら云ったフーコーの言葉へ、アサギとリオンはどう返していいか分からず曖昧な頷きだけを見せた。イムファルも肩を竦めて「そうらしいですね」とフーコーへ苦笑を見せた。
「――まあ、そういう訳で……実力の点で可能性が考えられる残りのお三方も、空間と時間を超越することが不可能である以上、『アリバイ』があるってことになる。私には把握出来ていない、既に〈金剛石の刃〉を使えるだろう〈マスター〉が居られるとしても、やはり、サウザー領民で、その時、CFCに一番近い場所に居た御方こそがタオ様だという事実は覆らないと思われるし……。――重ね重ね、実践的な術士ではない私には確信を持った宣言が出来ないが、〈土〉のそもそもの精神、術の性質、術士の能力、時間と距離……諸々を考慮すると、理論上だけでも、〈土〉の魔術士にも、市長の死に様を含む党首室の状況を作ることは不可能だ、と結論づけられる」
「――風火水土……どの魔術士であれ、市長の暗殺犯として無理がある……ってことですね」
アサギが溜息をつきつつ云う。イムファルだけでなく、ルナールとフーコーも頷いた――タオだけが反応せず、俯いていた顔を上げて薄く笑っていたが、誰もそれに気付いていない。
少しの間、不自然な沈黙があり、そこでやっとタオを除く全員が、彼の方へ顔を向けた。
タオは、書類から顔を上げて机に肘をついている。合わせた手の指を唇に当てる格好で、若者と幹部を見渡した。
ゆっくりと机の上で改めて手を組み、
「若手魔術士への講義は終わったな。――では、今度は俺から、部下への説諭の時間だ」
――やはり、微かに口角を上げつつ、幹部達に視線を巡らせてそう云った。
説諭?




