【day2】(1)-[5]-(4)
「そう云うと、ただの感傷になってしまうな。私個人としては『それは無いだろう』と思っているが、断言は今、してはいけない、というか」
「じゃあ、他と同様、『理屈としては』くらいでも、『出来なくはない』――可能性はあると?」
アサギもそう云って首を傾げた。
イムファルは、「そっちをハッキリ云うことも、私自身には出来ないけどね」と苦笑した。
「私は実践者ではないから――タオ様には今、それを説明する気が無いようだし――」
ちらりとタオに目線を向けてから、イムファルが続ける。
「しかし私にも、――〈土〉の術式に『攻撃系』のものが全く無い訳ではない、とは云える。だからこそ、今の段階で〈土〉の術士を『容疑者』から外すのは恣意的だ、とも云わなきゃいけない」
イムファルは、ギュッと拳を作ってから、何かを摘む動作をしてみせた――先ほどルナールが〈氷の礫〉を作ってみせたのと同様の仕草だが、そこに「小石」は無い。
「先の例に出した『礫』だって、別に『攻撃に使ってはいけない』という禁忌になっている訳でもない。何度も云うが、攻撃に使うことを前提とする精神では〈土〉の術士としての存在が危うい――のかもしれない――ということだけでね」
「……そんなことは最初から思い浮かばず、『とっさに砂を掴んで投げつける』方が、〈土〉の魔術士としては余程『正しい』って……ことなんスね?」
確認するようにリオンが云うと、イムファルが「そうだ」と大きく頷く。
「だからこそ、〈土〉の術士に、『礫を攻撃に使うな』という禁忌は最初から必要無い。しかし、ルールが無いんだから、別に使っても構わないのはそうなんだ。ついでに云っておけば『罰』も無い。これは、人が作る『法律』の意味ではないよ、勿論」
「『礫』の術を攻撃に使ったからと云って、〈地精〉がそっぽを向く訳ではない――魔術士でなくなる訳ではない、そういう意味ですか?」
今度はアサギが確認し、再びイムファルが「そう」と頷く。
「砂を石にする――その術自体が初歩的なものだとしても、それを『不殺』という志の下、しかし『攻撃』に使おうとするならば、ここで――操作や制御の力量が問われることになる。仮に〈軍〉司令官が、『微調整』のまだ危うい魔術士隊員へ、『礫』を攻撃に使うよう命じることがあっては、『術士には殺すつもりがなかったのに敵を死なせてしまった』、そんなことが起きる危険性がある。それは、いくら〈地精〉がそっぽを向くことが無いとしても、術士本人には相当の精神的な衝撃であり、生涯のトラウマとなりかねない」
「――」
「この場合――術士の将来をも潰してしまうという点で、力量を把握していなかった・量れなかった司令官の重大なミスだ。サウザーではそう判断される――よって、〈土〉の術士を使う立場にある者も、『〈土〉の術士を如何に攻撃に参加させないようにするか』という心積もりを、基本に持っていなくてはならないのだが――」
コインを指で弾く仕草で架空の石を何処かに飛ばしてから、イムファルは表情を引き締めた。
「――それでいて、〈土〉の術式のうち、明確、正式に『攻撃術式』とされているものも確かに存在する。つまりそれは、〈土〉の『攻撃術式』を行使するのならばより高い力量が求められる、ということだ。同時に、『不殺』が基本であるはずの〈土〉の術士が、それを覆さなくてはならないほどの『攻撃性』を求められる状況に立つなら、強靱な精神も必要とされる」
「――〈土〉の術士が『市長を殺した』のだとすれば、それは……確実に〈マスター〉格の者、と……?」
アサギが、恐る恐るという声でそう云うと、イムファルは一つ、大きく息を吐いた後で、「そう云っていいだろうと思う」と答えた。
「市長の死に様――即ち、『真っ二つ』という状態を〈土〉の術で作ろうとするなら、候補は一つだけ挙がる――私にはそれしか思い浮かばない、ということなんだけどね」
「あることは、あるんだ……」
リオンが息を吐きながら呟くと、イムファルがこくりと頷く。が、それを教えるより先に前置きをした。
「しかし、二人とも大体想像はついていると思うけども、今云っていた党首室の状態を作ることが本当に『可能』なのか――『それは果たして?』、というところだ。もう先に納得しておいてくれ」
イムファルが肩を竦めると、アサギとリオンも苦笑を浮かべた。けふん、と咳払いをして声色を真面目なものにし、イムファルが続きを話し始める。
「〈土〉の術にも、〈風〉や〈水〉と同様、『刃』と名に付く術が正式に存在する。〈金剛石の刃〉――と云う」
「金剛石――ダイヤモンド?」
リオンが目を見開いて疑問調の声を発したが、イムファルはそれに対して返答をせず、
「〈刃〉とハッキリ云っているのだから、当然『斬る』ことを主に目的とする術だ。だから、『真っ二つ』という状態を作ることだけなら――可能、と云っても良いだろう。〈火〉よりは余程にあり得る」
そう云った。アサギが首を傾げて真面目な――如何にも教室で生徒が先生に質問するような――声で問う。
「〈水〉の〈凍結〉で『割る』方法や、〈火〉の――『細胞の水を蒸発させる』というような、実際斬った訳では無いけど結果的にそう見える、っていう感じの方法は、〈土〉には無い。そう思っても良いのですか?」
「そうだね。術式の体系論や総目録をさっきから思い出してみているんだが、〈土〉では、そうした――間接的な方法というのは、無い……と思う」
「〝肉体〟を象徴ってんなら、ダイレクトに細胞をどうにかする方法もありそうなもんだけど……」
今度はリオンが小首を傾げて呟いた。イムファルは苦笑して、それには軽く首を振る。
「それは、『概念』が〈術〉に、ダイレクトに反映されてる訳では無いからさ。『細胞をどうにかする術』っていうのは、存在しないね。ただ、他の何らかの〈術〉で細胞をどうにかする〝方法〟――『応用』となるとどうにかなるのかもしれないが、それは術士でない私には本当に思いつかない訳で……」
そこでイムファルが恨めしげな視線をタオに向けると――タオは、それに気付いて顔を上げ、苦笑を見せた。
「流石に俺が云った方が良いのか? この流れだと」
タオがそう云うと、イムファルよりもリオンが口を尖らせつつ「そうだよ」と返した。
「イムファルさんは余計なプレッシャー感じてるだろうし、俺達も何か、もやもやしちゃうよ」
「……。取りあえず、今の話の流れで云うなら、〈金剛石の刃〉より他に無いと云っておく」
タオはやはり苦笑を浮かべたまま、何だか煮え切らないことを云った。またリオンが「ぶう」と口を尖らせ、イムファルも、
「私の言葉に足りないところがあり、それが若者に『間違い』を吹き込むことになるのならば、タオ様から解説をお願い致したいのですが」
そう云った。――だが、タオはやはり手を振って、「いや、今のところはそれで良い」と云う。
「若手魔術士であるアサギとリオンに対しての解説や講義だと思ったら、イムファル、君の言葉に不足も誤りも無いから続けてくれ。――君自身が、続けられないと思ったのなら、どんな半端なところであろうと止めれば良い」
「――。分かりました」
「続けてくれ」とは依頼――イムファルからすれば軽い命令である。溜息混じりに彼は頷いた。傍らでフーコーやルナールも「やれやれ」と肩を竦めたり小首を傾げたりしている。
タオは、薄く笑っていた顔を再び、書類に向けた――。
「〈金剛石の刃〉は、同じ名称が付いているが〈水〉〈風〉の『刃』と違い――かなりの力量を持った者にだけ使える術だ。アサギ君が云ったように、〈マスター〉格である方にしか、そもそも会得できない、と断言して良い。また、会得出来てもそれを使うには、技術の研鑽が必要であるし相当の精神力や経験も必要だ」
「それこそ、タオみたいに……」
リオンが独り言のように呟き、自然と執務机の方へ目を向ける。イムファルは「うむ」と厳かに頷く。
「CFCが此方を疑っていることを鑑み、その能力的部分を根拠として敢えて、サウザー領内で『容疑者』を挙げるとすれば――片手の指で足りる」
「……。まず、タオと?」
「シンキ王国の前国王陛下――タオ様の師匠のお一人だよ。それと、中部アルクス・タウンの元町長――サウザー領全土の金工職人組合長をやったこともある人だ、君と気が合うかもしれないな、リオン君」
リオンが「へえー」と感嘆の声を出す。イムファルはそこで、「ええと…」と迷うような声を出して目頭を摘んだ。「もう一人、女性で居られた筈だが…」と呟き、記憶を探っているらしいイムファルに――フーコーが何故か苦々しい声で、
「――もしかして、私の大伯母ではなくて? イムファルさん」
と云った。ふん、と鼻を鳴らしながらの言葉に、イムファルが苦笑して「失礼、そうでした」と云い、ルナールも黙ってはいるが苦笑いを浮かべている。――アサギとリオンは「大伯母さんと仲が悪いのかな…」と小さな声で囁き合った。
「……その四名だ。私が把握している内で〈マスター〉というだけなら他にも居られるが、『経験』や『精神力』の点で――市長の死に様を作るのには無理があるんじゃないかと思われる。そりゃ――私が知らない、情報が古いだけで、既にその能力をお持ちの〈マスター〉が他にも居られて可笑しくはないんだけどね」
「――でも、『能力の点で挙げるとすれば』、なんですよね」
今度はアサギが訊ねる。敢えて容疑者を挙げるとすれば、の話だ。本題、この先の話はその容疑を晴らすことにある。アサギの声には何だか「懇願」するような響きが混じっていた。
イムファルは「そう」と力強く肯んじた。
「〈金剛石の刃〉という術からアプローチしてみると……――実際のところ、本当に人一人を『真っ二つ』に出来るのか、それも密室の外から行うことは出来るのか、それは、私が君達に講義出来ることではない。が、タオ様に意見を仰がずとも、私にも解る範囲で――党首室の状況には、決定的な矛盾がある」
「というと?」
「凶器の存在だ」
首を傾げたアサギに、イムファルはキッパリとそう云った。
「フーコー女史が真っ先に声を上げたのは、凶器の点で最も可能性が高い――最も容疑者としてあり得るのが〈風〉だと思ったからだろう。〈風〉の〈糸〉〈刃〉は、素人目には、何も『証拠』を残さずに『斬る』ことが可能だから。次点として、〈火〉の『蒸発』、〈水〉の『凍結後の衝撃』が来るね。『党首室に何の異状も無い』という証言に誤りや嘘が無いのならば、――そこまでが具体的な〈術〉を、考慮して良い範囲だと思う」
イムファルが一度大きく息を吐き、それから、ゆるゆると首を振った。
「〈水〉――〈氷の刃〉なら溶けた水が残り、〈火〉による『熱の刃』なら匂いや煙に加え、傷そのものに痕跡が残る――それは、凶器の正体を示唆するものだから、『異状』――何らかの手がかりとして認知されなくては可笑しい。が――〈金剛石の刃〉はそれどころじゃない、もっと確実に『容疑者』を特定する手がかりになる」
「それって……、確実に凶器――〈刃〉が、市長の傍に転がってなきゃいけないってことッスか?」
リオンが、少々呆れたような声色でそう云って、目を見開いた。イムファルはコクンと頷く。それから、ピッと右の人差し指を立てた。
「『概念』、象徴についてもう一つ云っておくと、〝有〟と〝無〟だと、〈土〉は〝有〟の極みだ。存在と非存在、そう云い替えるなら、〝存在〟を象徴する。それは『術』にも明確に出ていてね――。大公が二人にお見せした〈氷の礫〉は何も無いところから出てきたように見えただろうが、実際には空気中に存在する、目には見えない『水』を凍らせた。アサギ君には『術』として明瞭に解ってるね」
「はい」
アサギがこっくりと頷く。
「そして〈昇華〉によって、また空気中に目に見えない水として戻した訳だが――基本は〈土〉でも同様だけども、もっと即物的――と云うと何だな、『目に見えて物質的』なんだよ。『〝無〟から〝有〟は生まれない』、この次元に於けるその大原則は、〈土〉に於いて最も顕著なのだ。――つまり、〈金剛石の刃〉と呼べるほどの『物体』を生じさせる――存在せしめるならば、それとほぼ同量の体積、または同質量の、『何か』が『何処か』で無くなっていなければならないのだ」
「……」
「砂漠の話を思い出してくれ。〈土〉の術士が『礫』を仮に作ったら、それと同じくらいの『砂』『塵』はその周辺の何処かで無くなってる筈なんだよ」
アサギとリオンが顔を見合わせた後、アサギが一度、自分の右手を見下ろしてキュッと拳を作った。それからイムファルに訊ねる。




