【day2】(1)-[5]-(3)
アサギはたじろいで肩を竦ませ、リオンは目を見開いた。タオの表情は相変わらず微苦笑なのだが、何だか冷たい――言葉の印象のせいだろうか。
「イムファル本人が云ったろう、〈土〉は『死』の象を含むと。そこだ。それを忘れてはいかん」
「……え…」
「『死』は全ての生物にとって平等で分け隔てが無い――死して〈土〉に帰る、それは全ての『生物』に共通だ。敵味方、男女――雌雄、人種――種・品種、主食、信仰、主義、出身地――生息域、体格、外見、性指向――生殖方法、年齢、全く関係なく、生きてさえいれば平等に与えられるものが『死』だ。だから、戦場に於いて敵味方関係無く『不殺』を心がけることになるのは、どうせいつか死ぬものを『敢えて殺す』という発想を、〈土〉が――戦場だからと云って当たり前にしているようじゃ、最終的にバランスが取れないからなんだよ、それは最も傲慢で不遜な術士の姿となるんだ。……ぶっちゃけ『はぐれ』と変わらん」
「でも、それが……どうして『残酷』って表現になるんですか」
「具体例を云わなきゃ解らんのか? ――早い話が……死にかけている・死にそうだ・生きていることが苦しい、それ故に『死にたがっている』――戦場でそんな者を、殺してやることもしないんだよ、俺は」
「――っ」
「どれだけ、『死』以外に安息の場所、方法が無いと思われても、俺は、それを与えんのだ」
そこでタオは一つ息を吐く間を作った。
「――だからな、『不殺』の精神が最も前に出ているが故に『慈愛』の印象を捨てられないんなら、〈土〉は同時に『残酷』でもあるのだと、それを覚えてなさい。そう云ってる」
特別脅かすような声色や口調を使っている訳では無い。単なる事実をそのまま云っているだけのような、淡々とした口調だ。だが、若者二人はごくんと唾を飲んで、背筋をぴんと伸ばし――神妙に、こくりと頷いた。
〈土〉のマスターたるタオへの印象、それはそのまま〈土〉の性質でもあるのだと――そういう説明だったように思う。
慈愛深い、本人がどう云おうが、それを否定する気になど全くなれない。頼もしいが故に敬意が湧くのも偽りではない。しかし、平等であるが故に厳格で、相手が誰であろうが容赦は無く、畏怖の対象ともなる。
タオは、頷く二人に笑みを見せて己も頷きを返し、そのまま書類へ視線を戻した。
イムファルが領主の言葉を聞き、そうした仕草を見て「ほう」と息を吐く。――タオの言葉を聞いて、冷静に考えてみれば……その通りだと思う。確かに、先ほど若者に講義した内容は――こうした概論を初めて聞くという若者に対して「易しく」を心がけたためなのか、「優しく」という感情まで交じってしまっていたようだ……、意識して自戒する。
「――タオ様の云った通り、ちょっと感傷が混じってしまったようだ、済まなかったね」
イムファルは気を取り直して、というふうに軽く首を振り、
「だが、余計な話をした訳でもないのでね。先を続けるよ」
そう云うと、イムファルが二人の顔それぞれに視線を向ける。アサギもリオンも「はい」と頷いた。
「『砂漠での交戦』の例に戻ると、『礫』を投石のために使うというのは、――そうした精神に由来するものだけでなく不合理でもある。端的に云えば、それを真っ先に考えるのは『無駄』だ」
「え、どうして?」
リオンが首を傾げると、「君の方がすぐ判るよ」とイムファルが微笑んだ。
「リオン君、具体的にイメージしてごらんよ。君が砂漠で――此方、仮に私が〈土〉の術士だとして対峙している。そして『礫』を飛ばしてきた。〈風〉の君はそれに対処出来ないというのか? ――〈土〉を克すものが〈風〉の筈だが」
「……ああ…」
そうか、とリオンは頷いた後で、「でも…」と少々口ごもる。リオンが何を思いついたのか想像が出来ているらしく、イムファルは微笑を浮かべたまま続けた。
「そりゃ、相手がタオ様のような実力者だと、判ってて対峙しているなら話は別だ。それぞれの力量の差を考慮しない場合、単純に考えて、の話だよ」
「あ、うん。だったら」
それなら判る、とリオンは納得して頷いた。
「此方側からすれば、相手が〈風〉だと判っているのに、最初から『投石』で攻撃するなど無謀過ぎる。相手の力量が判ってない状態なら尚のことだ――君は〈嵐〉……風を起こしているだけなのに、まだひよっこが『礫』を投石に使ったら、己の作った石を吹き返されてぶつけられるという馬鹿げた事態に陥りかねない――。それよりもまず己の身や自隊・自軍を守ること――防御を考える方が『合理的』ということさ。攻撃を考えるのは、その後だ」
リオンが、今度はハッキリと「でもさあ」と異論を唱えた。
「〝砂嵐〟だけが襲いかかってるんならそれでも良いだろうけど……ずっと壁だけ作ってる訳にもいかないよね。〈嵐〉で埒が明かないと思ったら、此方は今度は、〈風刃〉とかも併せて、その壁を崩そうとするよ?」
「そうだね」
イムファルは若者の反論に慌てることもなく、素直に頷いてみせた。
「一対一の場合は純粋に術士の判断に委ねられるから置いといて、それが隊・軍という規模で、所属する術士が〈土〉だけだったらどうするか――」
「うん」
「そうした場合であれば、隊長なり司令官なりが――〈土〉には『敵を倒す』という発想が無く『不殺』を心がけることになるという素地があるのを踏まえながら……『応戦』というよりも『交戦停止』のために作戦を練る、って流れになるだろうね。基本的に、〈土〉の術士には防御に頑張ってもらう。余力があるならば、『礫』のような術も牽制のように使う――具体的にはそういう感じかな。そのためには、相手の術士の力量や兵力等の情報も必要だから、それを調べなくてはいけないが……言葉が悪いけど防御で『時間稼ぎ』をしつつ、最終目的としては『自軍の退却』、そのために『敵軍の足止め、あるいは後退』をさせる作戦を、上官が模索する、そういうことになるか」
「うーん、何だか消極的だな」
リオンが首を捻ると、「条件が不利だからね」とイムファルが肩を竦めた。
「今の例では、敵側を〈風〉と想定し、自軍を〈土〉のみという条件にしたから。――だからこそ、魔術士隊は出来るだけバランス良く風火水土それぞれの術士を配置しなきゃいけないし、上官は術士の特性を知っていなきゃいけないのさ」
「ああ――それで……!」
ふと、アサギが何かに感心したような高い声を出したので、リオンは驚いて彼に顔を向け、イムファルも「ん?」と首を傾げた。「いきなり何だよ」とリオンが呆れた口調で云うと、アサギは「あ、済みません」と少々恥ずかしげに頬を染めた。
「それで、サウザー領では、術士の養成施設だけでなく、研究機関等も充実してるんだなあと……思って。――こう云うと何ですけど悪意は無いんです――テリーインさんやイムファルさんも魔術士ではないけど、『部下』に術士が居る状態に、戸惑ったり困ったりしてませんよね。それは、そういう――『上司』『上官』として、〈精霊〉、〈魔術〉や〈魔術士〉への理解が深いからなんだな……と。それは、魔術士の養成だけでなく、研究機関があって、研究者と教授が居られるから、なんですね」
ああ、そこか、とイムファルが頷き、「まあね、そういうことになるね」と微笑を見せた。
アサギの故郷であるフリュス村、リオンのサヴァナ・ギルドは――それこそこう云っては何だが――規模が小さい。団体・集団の幹部が「全て魔術士」という状況にあっても、それを構成する民衆は特に疑問を持たないのかもしれない。専門の研究機関が無いと云っても、幼いうちから精霊や魔術士についての「教育」や「啓蒙」は、ある程度なされてもいる筈だ。
が、サウザーの場合、城下の領本部だけなら兎も角、領全土の規模になると、そうはいかない。「幹部」と呼ばれる役職に就くために魔術士であることが必須となってしまうと、純粋に、数が足りなくなってしまう。
それに――「魔術士」というのは「技術者」、特定の技術・技能を身につけた者という意味でしかない。というより、そう思うべきなのだが、「出世するためには魔術士にならなくてはいけない」「魔術士は特別な優遇をされる」というふうな認識が民に生まれてしまっては問題なのだ。
サウザー領の民は、少なくともCFCやイー・ル等と比べれば、当然のことながら、〈精霊〉や〈魔術〉に対する理解が深い。だが、それでも人間だ。出世欲や物欲、利他よりも利己に走る性根が全く無い聖人だけが領民であるなどと、それも当然のことながら、無い。
〈魔術士〉である〝サウザー〟のもとに集まって形成された領であるから、今に至るまで幹部に魔術士が多いのも、ある程度は当然だが――ルナールやサンハルのように世襲制の領内国家の幹部だと特に、魔術士になることを「最初から求められている」ということもあるし――、それは、「魔術士でなくては幹部になれない」ということでは決して無く、〈魔術士〉から出発した領土である以上、その領民は〈魔術士〉ひいては〈精霊〉への「理解があるべきだ」と、そちらが先なのである、魔術士に「なる」ことは個人それぞれの「進路選択」でしかない、それがサウザー領民の持つ根本的な感覚であるべきなのだ。
サウザー領の〈魔術士〉は、〈魔術士〉というだけで民から「尊敬」の対象とはなる。それは、――その「技術」を手にするためには、生まれもっての才能も無関係ではないが、それ以上に相当の努力や強い意志――人間性・精神性も必要だと、そうした過程にも思いを馳せることが出来る、「理解」があるからだ。「技術」によって生じる「結果・効果」に対してだけ敬意が生まれるのではない。逆に云えば「魔術によってもたらされる結果」――「出世」という勘違いも含め――それだけを求めて魔術士になろうとする者は、サウザー領に居て貰っては困るのである。それは「はぐれ」「もぐり」と呼ばれる者の発想なのだ。
だからこそ――「養成機関だけでなく」というよりも、研究機関、単なる「教育」「学習」「啓蒙」の場や施設がまずあって、それとは別に、進路として本気で〈魔術士〉を目指した者、なれるかどうかは兎も角として〈精霊〉との意思疎通を図りたい者のために専門の技術養成機関がある、という順序が本来正しい。
よって、イムファルも、魔術士に対して敬意はあるが、さほどの羨望は無い。アサギの云う通り――部下に魔術士が多く居たとしても、魔術士でない自分に引け目など感じたことも無い。むしろ研究者として、理解が深いことへの「誇り」がある。
――CFCやイー・ルは……、いや、そもそも〈魔術〉と〈魔術士〉の存在を全く認めていないイー・ルは置いておくとして、CFCは……、〈魔術〉と〈魔術士〉への理解は全く無いまま、しかし〈魔術士〉の集団との戦争のためにだけ、敬意も払わず、ともすると蔑みながら、「特定の技術者」である〈魔術士〉を「兵器」として、使い潰しているのだ。それは――もしや、己には全く無い「羨望」あるいは「嫉妬」を、CFCの幹部や民は、魔術士に対して抱いているからなのだろうか……?
そんなことが、ふと頭を過ぎり、イムファルは小さく俯いて表情を曇らせた。だが直ぐに、一度目元を擦って若者達に向き直る。
「――アサギ君の云う通り、〈軍〉の規模になると、自分が術士ではないとしても上官や司令官に知識が無くては魔術士を率いることが出来ないから、前提として『理解』、学習が必要だ。適材適所とはどんな場所でも云えることだが、〈軍〉はダイレクトに兵士達の命を預かることになるのだから、そうした理解がないまま適当に隊を編成するようでは司令官の資格が無い。司令官の方に適正が無かったということになる」
「で、〈土〉の場合は特に〝防御〟に特化してて、――云い方変えると〝攻撃〟は苦手分野だから、使い所考えなきゃいけない……ってことか…」
腕を組んで「成る程」というふうにウンウン頷いたリオンだったが、ふと首を傾げる。それからアサギにちらりと目を向けた後、タオのほうへ顔を向けた。
――結局、具体的なことは全く知らないが、では、昨日――「核の矢」に対して、タオは何をしようとしたのか? 本来なら攻撃が苦手分野である〈土〉の魔術士なのに、昨日は……何を?
しかし、それは恐らく――疑問を口に出しても、イムファルは答えられないし、タオも答えてくれないことだろう――サヴァナに〈通信〉したとき、親方達が何をしようとしたのか教えてくれなかったのと同様に――。その疑問を直接口に出すことはなく、リオンはイムファルに、
「じゃあ……、イムファルさんは最初から、〈火〉だけじゃなく、〈土〉の魔術士も、容疑者から外してたってこと? 〈土〉の術士が、市長を殺せた筈は無いって」
そう訊ねた。――イムファルはその問いに対して、曖昧に小首を傾げた。




