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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day1】終わりが始まった日 /2014.6.18
5/18

【day1】-[1]-(4)

 サヴァナの若者とフリュスの若者がやってくるであろう方向、吹き抜けの壁に這うように設えた階段を見ていると、二人の若者よりも先に〝(チョウ)〟の声が背後から聞こえた。

「タオ様。〈クルマ〉の準備が出来ました」

「ああ、ありがとう。ちょっと待っててくれ、リオンとアサギも連れて行くから」

 振り向くと、自分よりも頭一つ分は確実に背が高いチョウが立っている。彼を見上げて微笑を見せ、タオがそう云うと、チョウは微かに戸惑いの表情を浮かべたようだった。

「危険では。まだ若いです」

 ――「通信系の魔法」を得意とするため、却って、なのだろうか。この三つ子兄弟は、全員が無口な方だ。特にこの〝聴〟は言葉が端的で少ない――勿論、任務に関わることで正確を期す必要がある時はそれなりの口数になるが――。

「今はどこに居たって危険だし、『最悪に危険』にしないために俺が行くんだから、連れて行っても行かなくてもそう変わりは無い。それに、俺からしたら、若さは君も余り変わらない」

 からかうように、タオがニッと笑う。チョウは無言で鼻の頭を掻いた。

 客人二人は、若いと云っても成人している、チョウはそこから十程度しか違わない。そしてそこから二十を越えて年上のタオからしたら、全員纏めて自分の息子でも可笑しくはない、「若者」だ。

 とりわけ、チョウは三つ子の中、というより〈軍〉全体で考えても大柄な()()()()である。タオも同年代の同性と比べて低い背丈では無いのだが、それでも彼を見上げなければ視線を合わせられない。部隊の中では一番「大きい」だろう。そんな彼から見たら、若い客人二人は相当()()()も見えて、故に「幼く」思われるのかもしれない。

 チョウが、気を取り直して、というふうに声色を変え、

「〈クルマ〉は堀の外に待機してます」

「そんな大きなクルマなのか? 君のデヴァイスはそこまで大きかったかな」

 城の周囲へ巡らせた堀の外に、跳ね橋を渡れないような重く大きな〈クルマ〉の〈庫〉はある。チョウは若者二人を連れて行くことを知らなかったようだから、尚のことそんな大きなものを用意する必然性など無かったのに。

「最長三十二時間との予測を聞きましたから。野営になった場合に備えて、小隊用の物資運搬車(トラック)を一台借りました」

「ああ……そうなのか――気が利くな」

 頷きながらタオが微笑を浮かべる。

 再びタオはリオンとアサギを待って階段を眺めている。チョウも同じ方向を見つめた。無言で階段の上……それは通路であるから「何も無いところ」でもある、それを二人がじっと見つめている様は間抜けと云えば間抜けでもあった。

 領主は己のやることをやるために二人の若者を待っているだけだし、チョウの方も――、普段無口な男が、現在の切迫した状態から生じる不安を解消するため饒舌になる――ということは特に無いらしい。

 程なく、客分の若者二人が揃って階段を下りてきた。

 二人とも〝正装〟と云える格好をしていた。

 リオンは野袴に鎖帷子を身につけ、刺し子の半纏を羽織っている。儀礼用の()()()()「正装」も一応サヴァナにはあるが、彼らの基本的なファッション理念は「作業着は職人の正装」であるからして、技師・職人であり、魔術戦闘員でもあるリオンは、これで()()なのだ。さっきは下ろしていたクセのある肩までの金髪は首の後ろでくくっていた。二重瞼の目は色の付いたゴーグルで覆われている。

 対してアサギは、どうみても「戦争中」に「戦場」へ向かう者には見えない、動きにくそうで汚れやすく目立ちやすい格好だ。しかし、リオンと同様、儀礼的・職能的のどちらにせよ「正装」であった。フリュス一族はヴィレ・フリュスの司祭である。裾が足首に届く白い長衣にフリュス一族の一員であることを示す――名前と同じ()()色の帯を肩から袈裟がけにし、()()()()の銀髪をフード付きのマントで覆っていた。目が大きくて色が白く唇の色は桃色――ともすると幼女のようにも見える可愛らしい顔がフードのせいで少し陰りを帯び、また、若輩ながら司祭としての責任感に切迫して引き締まっていた。

 リオンは左手に折りたたんだ緑色の「(カイト)」を、アサギは腰に細身の剣(レイピア)を挿し、手にガラスで出来た短い棍棒(クラブ)を持っていたが、二人ともそれぞれ半纏やマントの内側に、愛用の〈装置〉を他にも持っていることだろう。身に帯びることが出来るものは持って来い、と云ったから、目に見えるのはそれだけ、ということだ。

 どちらの「正装」も、己の責任感、それを伴った自尊心を表していた。

「さて、では行こうか」

 随分あっさりと――散歩に誘っているかのようにタオは云い、くるりと出口を振り向いた。チョウ、リオン、アサギの三人はゴクリと息を呑みながら大きく頷いた。

 誰から命じられることもなく、城内でタオの姿が見える場所に居る者は敬礼を捧げ、「行ってらっしゃいませ!」と声を張り上げた。

 タオはフロアを振り向き、

「そういうのはいいから。おまえらはおまえらで、やることやれ」

 やはり軽く、手を振りながら苦笑しつつ云った。

 今が大事(おおごと)であることには違いない。尊敬され信頼されるのは嬉しいことだが、それが「熱狂的(フィーバー)」になるのを、タオは好まない。タオは現在の領主としてやるべきことをやりに行く、ただそれだけなのだ。殊更そっちが敬礼して俺を送り出すなら、俺もおまえらに敬礼して〝やるべきことをやれ〟と云わなくちゃいけなくなるだろうが、それをおまえらは俺に許さないだろうに?――タオはそれで苦笑した。

 今の時間帯に城内の警護役となっている兵だろうか、二人が正面の大扉を開こうと――恐らくタオを送り出すために――していたので、タオはまた苦笑した。普段……本来なら、大きな行事や儀礼・式典の時にしかこの扉は開けないのだ。日常生活ではその脇にある通用口しか、領主(タオ)本人も使わない。

「あのな、俺を出すために開けてんだったら、止めろ。大げさだ。俺、死にに行くような気になるじゃないかよ、国葬か」

「やっ、いえ、そんなことは……――しかし、タオ様は〝出陣〟なさいますのでは」

 警備兵の一人が慌てて首を振って云った。タオは肩を竦める。

「そういえばそうだけども。俺は、どういう情勢だろうが、やるべきことの根っこが同じだ。そんないつもと違うことやられたら、何か調子が狂う。だからいつもと同じように、俺一人とこっちの三人だけなんだから通用口を使う。――でも、そろそろ避難民がやってくるだろうから、開けるのは開けとけ。そんじゃ、そっちを宜しく頼むぞ」

 そう云って、タオは若者三人を連れ、大扉の隣りにある通用扉へ向かった。

 ――領主として、やるべきことは、戦のあるなしに関わり無く、同じだ。

 民が飢えないために農地と農民、商人、職人を護り、民が健やかであるために医師を育成し、病院を建てる。民が雨風に濡れないために家が建てられる町を整備して維持する。民が泣かないために法を司る。――民が死なないために、魔術士の領主が今、出て行く。

 根っこが同じなのだから、今が特別なのではないのだ。タオがやるべきことはいつだって変わらない。変わっているように感じられるとしたら、それが、異常な「熱狂」(フィーバー)なのだ。

 「戦争」は、当然のことながらハレ行事じゃない、だから、大扉を開けるという特別なことをして殊更領主(タオ)を送り出すのならば、それはケガレ行事――国葬と似たようなものだ。タオには死にに行く気(そのつもり)が無いし、警備兵にも無いのなら、――そう表現するのは不本意だがやはり、()は、淡々と過ぎる日々の一部――「日常()」でしかない。

 ()()のフィーバーから()()()()ことは必要だが、()()()()()()()必要は無いんだぞ。直接は云わなくても、タオは態度でそう云って、城を出た。

 跳ね橋は既に下ろされていて、堀の向こうに人が集まり始めていた。顔は不安そうなものが多いが、パニックになっていないようなのは安心だ。

 城内の準備がある程度整わなければ市民を入れられない。城外の警備兵や職員が、市民に声を掛けながら待機する場所へ誘導していた。

 跳ね橋を渡っていくと、市民のざわめきが聞こえた。

 タオに向かって駆け寄ろうとする者が居たので、慌てて警備兵が止めた。

「タオ様、どうなっちゃうんでしょう」

「大丈夫なんですか」

「みんな死んじゃうの?」

 その答えを、俺に求めるのか。タオはまた小さく笑う。

 雑踏がタオに向かって行こうとする。タオがぴたりと足を止めたので、警備兵は慌て、チョウも眉を寄せてタオに寄り添った。

「タオ様。危険です。クルマまで真っ直ぐ」

「聴け!」

 チョウの耳打ちには耳を貸さず、タオが声を張り上げた。

 蠢いていた雑踏がぴたりと止まる。

「私は、君達を死なさないための仕事をしに、今から行く! 城の者にも、君達を死なせないための仕事をするよう指示した! だから、君達も死なないために、生きるために、()()()()()()()()()! ――やるべきことが解らないならそれも構わない、きっとそれは、今やるべきことが『何もしないこと』なのだ!」

 民衆は一瞬どよめき、次には黙り込んで、己が領主を注視した。

「だが、()()()()()()()()()()()()()()()、だから今から行く! 君らは、君らのやるべきことをやり、()()()()()()()()()()()()()!」

 どうなってしまうのだろう、大丈夫なのか、皆死ぬのか。

 その問いに対して、タオ・サウザー領主は「大丈夫だ、俺に任せなさい」などとは云えない。それこそ、タオが避けたい「熱狂」に自ら身を置き、市民をそれに陥れる言葉になってしまう。

 「熱狂的」になって()()()()()()()()()をやってしまうくらいなら、「不安」に身を縮こまらせて()()()()()()状態になる方がまだマシだ。

 だから、タオは「不安を払拭する」ような言葉は出さなかった。

 ただ、民衆に対しても「やるべきことをやれ」とだけ云った。

 それは叱責でもあり、啓蒙でもあり、教授でもあった。静まりかえっていた群衆のところどころで、「先生…」だとか「師匠」だとかいう声が漏れる。恐らく、領内の「教育施設」で〈魔術〉あるいは〈精霊〉についての講義を、タオから受けたことがある若人だろう。

 警備兵やチョウが、「道を開いてくれ」と促すと、民衆は素直に従った。

 開いた道の両側に居る人々が、先ほどまでの狼狽に満ちた声色では無く、冷静で、しかし哀惜に満ちた声で、「タオ様、どうかご無事で」「先生、お気を付けください」と声を掛けてきた。

 うん、そのくらいで良いんだ、とタオは微笑し、「有難う」と返しながら、チョウが準備していたトラックに向かった。

 若者達も乗り込み、「さて、行くよ」とタオが声を掛けると、「運転手」のチョウが頷いてクルマを動かし始めた。

 大体同じ頃、「小さなお子様の居られるご家族と、妊婦さん、お年寄りから、駆け出さずに、ゆっくりお入り下さい」と案内が始まったが、民衆は直ぐには動き始めず、タオを乗せたクルマが見えなくなるまで、目で追いかけていた。


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