【day2】(1)-[5]-(2)
「でも、『誕生』とも仰いませんでした?」
「そう。植物の種は大地の中、『闇』から『誕生』――発芽するものだろう? 動物も……まあ、真の闇というほど光が全く無い訳ではないが、程度の差はあれ、『胚』は卵や胎内で、遮蔽された環境で育まれるよね。――つまり、『誕生』とは光に向かうことであるから『誕生するもの』自体は未だ闇にある、と解釈される訳だ。となると、その『闇』を受け持つのは、種や胚を遮蔽している〈土〉、と……そういう見解が今のところ有力で、研究者の中では一般的なのだよ」
「はあ……」
「――そして何より、全ての生物は死して『土に帰る』。だから、本来なら生と死の両方を併せ持つと云っても良いのだが――生まれたら死がある、死があるから生がある、それを、〈土〉は特に『死』の側で受け持っているというのかな」
「……」
「極まった〝静〟であり〝安定〟――それ故に『死』を受け持つ。……まあ、生死、『生物』、特に『人間』を例として云うと、対称的な二つ、あるいはそれぞれ四つに、簡単に分けられるものでもないのだがね」
特にアサギが「ふんふん」と頷きながら耳を傾けている。
「〈土〉は〝肉体〟を象徴し、〝生命〟は〈火〉と〈水〉が象徴する。この辺りは本当に感覚の問題もあって突っ込んだ講義になるから端折るけども、もう少しだけ厳密に云うと、〝生〟は〈火〉に偏り、〝命〟は〈水〉に偏って象徴される」
「え、……じゃあ〈風〉は? そこに入れないの?」
リオンが少々、口を尖らせながらも焦った声色を交えて訊ねると、イムファルは微笑を浮かべて云った。
「〈風〉は、〝魂〟だ。よって――解るかい、リオン君」
「えっ、な、何がッスか?」
笑みこそ浮かべているがイムファルの声はとても真摯だったので、リオンはたじろいで背を伸ばす。
「〝肉体〟は、生と死から逃れられない。〝魂〟は、生と死に囚われない。そこから連なり……、〝自由〟と〝束縛〟で云えば、〈土〉は束縛の極みを象徴し、〈風〉は自由の極みを象徴する」
「……」
「だから、一般に使われる『ポジティヴ』『ネガティヴ』という言葉、その意味や印象――『陰陽』をそういう意味で使うのは好ましくないし、その印象による分け方を風火水土それぞれでするのは――個人がどう受け取るのも勝手ではあるけど、あくまで主観的で、こう云っちゃなんだけど、ナンセンスなんだよ。全ては、それぞれが象徴するモノの均衡の上で世界は成り立っているのでね。〝自由〟だけが極まってそれが『貪欲』『放蕩』『乱倫』に繋がったとしても、〈風〉が象徴する〝自由〟がネガティヴな訳では無い。そうだろ?」
「う、うん――そっか……」
リオンは頭を掻きながら神妙に頷いた。
「では――、厳密に云うと、〈水〉が『命』を象徴するというのも、どう生きていたとしても命そのものは〈水〉が……ということであって、『生き方』は、〈火〉や〈風〉が象徴し、それらに左右されるということなんでしょうか」
アサギが首を傾げながらそう云うと、イムファルも一度、「そうだなあ…」と小首を傾げて頬を擦った。
「『生き方』と云うと人の『主観』が感じられるから少々語弊があるかもしれないが、解りやすく云えばそういうことになるかな……。――『能動』と『受動』の考え方のほうが良いかもしれない、『生きる』ことと『生きている』ことは同じじゃないというか……意識・随意の『生』と、無意識・非随意の『命』というか……、ううん、やっぱり今、突っ込んで講義することじゃないね――サウザーの研究機関では『科目』として幾つか分けてゼミナールを持つんだよ、相当長くなる」
苦笑してイムファルが云うと、アサギが「あっ、そうなんですか」と背筋を伸ばし、「済みません」と頭を下げた。
イムファルは「謝るようなことではないよ」と手を振った。
「ここでアサギ君に云っておくなら――、こうした理念の点でも、〈水〉と〈火〉は、『克すものと克されるもの』であり対称的ではあるが、対立するものではなく縒りあうものだ、ってことだ。だから、先ほど大公が云われたように、アサギ君が〈火〉にも目を向けてみることは決して損にならないよ。術士ではない私の立場からも、それは好ましいと勧める。――これは脱線を促すことになりそうだから強くは勧めないけれども、この概論や体系論について興味があるなら、研究施設でより詳しい講義を受けたり図書室を訪れたりしてみると良い――暇なときにでも……戦争が終わって余裕が出来たら、ということになるが」
最後の一言を、寂しげな微苦笑と共にイムファルが云い、アサギも「ありがとうございます」と無理な笑みを浮かべて頷いた。
イムファルは一つ咳払いをし、「では、それを踏まえて」と云った。
「〈土〉の具体的な術式について続けよう。〈土〉がそうした概念を象徴しているが故に、〈攻撃術〉と呼べるものがそんなに多くないというのは先に云った通りだが、実際、〈土〉の術士を志願した者が初期に修行を始める術も、リオン君が云った〈糸〉〈刃〉や、アサギ君が云った〈礫〉と違って、直接的に攻撃術として使うようなものではない――というか、そう考えながら修行する者は居ない、と云うべきか」
そこでイムファルはちらっとタオのほうへ目を向けたが、タオは書類を見下ろしたままだ――特に「訂正」しなければいけないことなど無いらしい。イムファルは小さく溜息をついて続ける。
「アサギ君が云った〈氷の礫〉が、遠距離で雨のように降らして直接攻撃に使える、また、〈風〉術士のサポートによって暴風雪を起こして敵を撃退するのに使える、つまり一種の武器として使えるというのはその通りだ。が、やはり大公が云われたように、〈氷の礫〉を作って投げつけるくらいなら、そこらの石を拾って投げるほうがマシだと云うのもその通り。それは〈土〉の側でも云えるんだな」
「……というと?」
リオンが首を傾げると、イムファルは「〈土〉の修行の初期段階でも」と先を続けた。
「――『砂』や『土』を『石』『岩』のように大きく固くするものがあるのだが、それは直接『攻撃』に使う事を想定してのことではない。目の前に敵が居て、いちいち『石』を術で作るくらいなら、直接砂を掴んで投げても別に構わないだろう、目つぶしくらいにはなる」
「いや、でも、それじゃ流石に敵を『倒す』のは無理だよね。目つぶしって……。例えば砂漠で敵と対峙したとき、その術使って『投石』用の石作るのは、意味あると思うけどなあ……?」
リオンが手を振りながら少々呆れた声で云うと、イムファルは笑みを見せた。
「そう。だから、〈土〉の術――というより術士は、最初から『敵を倒す』という目的、感覚を、殆ど持っていないんだ」
「……」
リオンとアサギは顔を見合わせた後、サウザーに於ける師匠の方へ目を向けた。イムファルだけでなくフーコーとルナールも領主へチラリと視線を向けたが、タオはそれに気付いているのかいないのか、相変わらず書類に目を向けたまま、ペンの尻でこめかみの辺りをトントンと叩いている――。
イムファルは若人に向き直り、「それが、先ほど例を挙げた『象徴』『概念』と繋がってくる」と云った。
「リオン君が云った『砂漠での交戦』を例に挙げてみよう。仮に、君が『砂漠』という地の利を生かし、砂の〈嵐〉を起こして此方を襲撃したとする――まあ、風を起こすだけだと直接の攻撃術とは云えないが、折角砂漠に居て最初からわざわざ〈刃〉を使う必要も無いよね、力の消耗も少なくて済むだろうし」
そう云って、イムファルは左腕をリオンの方に伸ばし、手の平を自分に向ける形で指を窄ませ、そこから「パッ」と何かを撒くような仕草をした。
リオンは「うん、砂漠だったら、まず、その作戦が来ると思う」と頷いた。アサギの方は、例として挙げられた状況をイメージし、それを納得するように「ふむふむ」と頷く。
「この時、〈土〉の術士は――本来ならそういう術名ではないが、今は便宜的に氷と同様の『礫』の術と呼んでおこうか――、砂から『礫』を作って投石による応戦、という発想をしない。そうでなく、その『礫』の術を応用して、砂から『壁』を――盾を作る、という発想をする。一対一でなく『隊』にあるならば、それらを守るために『防護壁』や『砦』という規模になるが」
イムファルはそう云うと、右手を広げて自分の顔から胸の辺りまでサッと下ろし、「壁」を表現した。
「成る程……」というふうに頷いた後で――アサギが、神妙な顔つきになり、独り言のような口調で呟いた。
「じゃあ――やっぱり、さっきまでの僕の認識……、〈氷の礫〉を攻撃に使うものとしか思っていなかったのは、『発想』としてずれていたんですね…」
何だか「しゅん」とした声色に聞こえたので、ルナールが「あらあら」というふうに慌てた顔をして何か云いかけたが、今「講師」となっているイムファルの方が彼女よりも先に手と首を振って、「いいや、そうじゃないよ」とすかさずアサギに云った。
「いや、アサギ君。先ほど姫様が仰ったのは、君が〈水〉の術のなかでも〈治癒〉を志している割りに、という意味でのことだ。〈水〉の術士でも、〈軍〉の作戦面に於ける後方支援隊を志す者、あるいは、術士としての技能を持ちつつも魔術士隊でなく前線の隊を志願する者にとってならば、〈氷の礫〉は攻撃術式の基本だと認識されるし、また、そう認識した上で、『初歩を疎かにしないように』と心がけるべきなんだよ」
「は、はあ……」
「君はそれを志している訳ではないのに、視野が狭くなりかけている部分があったから、それを姫様は指摘しただけだよ、君の発想が全て間違っていた訳ではない」
イムファルの言葉は励ますようなものであったが、「早合点から要らぬ萎縮や自嘲をするものではない」と軽く窘める口調も含まれていたので、アサギは小さく首を竦ませながら「分かりました」と頷いた。
「〈土〉の術士の『発想』は、そういう『どちらともとれる』術を、最初から攻撃に使うものだとはしない――基本的な発想が、守護や防御にだけ働く、というのかな。というよりも、順番が逆……攻撃に使うような発想を最初からする者は、〈土〉の術士にはなれない、ということになるだろうか。だから、さっきの〈氷の礫〉の話とは出発点が違うんだね」
「それはつまり……? 他精霊と違って特別、〈地精〉は、攻撃を目的とした魔術を望んでいる者とは〈友〉にならない、ってことなんでしょうか」
アサギは気を取り直して、真摯な声で訊ねる。するとイムファルはまた、ちらりとタオに目を向けた。領主は相変わらずだ、ずっと書類に集中している――。
「――そう……云ってもいいのかな、私が断言は出来ないが。そういう……『魔術士になるためのプロセス』に関する部分は、研究者には触れないことが多いのでね。『魔術士でない者』がその辺りを百パーセント理解出来るとなったら、それは『マニュアル』の作成が可能、ということになってしまうだろう? ――魔術士に『なる』ということの本質は、そんなに簡単に外へ向けて言葉に出来ることではない、恐らく、本当に魔術士である君の方が理解出来ていると思うが」
イムファルが苦笑を浮かべてそう云うと、アサギも「ああ……そうですね」と感慨深げに頷いた。
「全ての精霊の均衡によって世界は司られるが、とりわけ〈土〉は、父と母だと〝母〟を象するものでもあってね……、全ての『生物』の、〝肉体〟〝個体〟は〈土〉が象するとは今云った通りだ――故に、ある意味最も〝慈愛深き者〟が〈土〉であり、戦の場に於いても、敵味方関係無く『不殺』『養生』『守護』の精神が必要となる」
「イムファル」
声を掛けられて少し驚き、イムファルは声の方向に目を向ける。タオが顔を上げて、微かに口元を歪めていた。――今の話に割り込むべき場所があっただろうか?
タオはイムファルをペンで軽く指し、
「その云い方は、少々ポジティヴに過ぎるな、というか、あんまり『感傷的』だ」
「……そう…でしょうか?」
「そうだ、『研究者』として相応しくない、君自身の印象が混じった主観に傾いている。――アサギ、リオン」
戸惑いの表情を浮かべたイムファルから若者二人に視線を移し、タオが淡々とした口調で云う。
「〈土〉に『母』の象が入ってるのは間違ってないし、敵味方関係無く『不殺』を心がけることになるのは、まあ、そういうものなんだが……、『最も慈愛深き者』というイムファルの表現は忘れろ」
「えっ……でも、僕もそんな印象が――〈土〉にありますけど…。いけないんですか?」
アサギが小首を傾げてそう云うと、タオは苦笑を浮かべた。
「〈水〉の君がか。そりゃ困ったな。――じゃあ、それだけじゃなく、『最も残酷な者』という表現も同時に覚えてなさい」
「……」




