【day2】(1)-[4]-(7)
「『魔術士はこんなことが出来るんだから楯突くんじゃない』っていう、脅かしとか見せしめの目的もあれば、あからさまに魔術士の仕業に見えるようなやり方、するんじゃないかな。罪を着せるんじゃなくて、『魔術士がやった』って」
「……」
「勿論、〝本当〟の魔術士はそんなことしないけど、はぐれなら、考えそうじゃない? ある意味――ダークサイドだけど――職人の手見せとおんなじで」
職人でもあるリオンだからこそ思いついたことなのだろう――一度不快そうに目を細めたフーコーだった。
「はぐれの魔術士に限らず、フリーの殺し屋なんかが仕事探すときも、そういう『営業』すんじゃないの? ものすごい長距離のライフル射撃やってみたりさ」
肩を竦めながらリオンが続けると、――顔をしかめていたフーコーも、溜息をつきながら小さく頷いた。そしてルナールと顔を見合わせる。ルナールも頷いてみせた。
「はぐれも抱えてるCFCですから、そういう発想は持っているかもしれませんね。こっちに濡れ衣着せてきたのは、そんな意図を勘ぐったということもあるのかも……」
「で、もしかすると、『そんな脅しには屈しないぞ』って虚勢もあってぎゃんぎゃん噛みつく口調だったってのもあるのかしら? 全く、ちゃんとした魔術と魔術士の理解はしないくせに、ゲスい考察だけは出来るのね」
大げさにフーコーは溜息をつき、ルナールが「それで」とリオンに声を掛けた。
「それでリオン君が〈凍結〉を暗殺に使うとしたら、どうだと?」
「うん……、俺がその術を使えたならさ、『真っ二つに斬ったみたいに割る』なんて真似しないな。何て云うか、地味――ああ、アサギ、御免な、ちょっと気分悪い例えになるけど」
アサギの表情が微かに歪む。リオンは断りを入れつつも、先を続けた。
「修行始めでも出来る、雑にやると自分が怪我するような術だから慎重な修行が要る――つってたけど、裏返せば、本気で殺すつもりの時に手加減とか遠慮は要らないじゃん。全身を凍結させちゃえばいい。斬ったみたいに真っ二つなんて真似より、全身カチカチにして、粉々に割っちゃう方が派手だろ。アサギが云ったような、〝ある程度の幅〟を凍らせるってのも、実は悪くない。その範囲を粉々に割って『抜いた』みたいになってたら、『綺麗に真っ二つ』より――ともすると『粉々』より、精神的な破壊力があるぜ? ルナールさんが云った『欠損』とか『損壊』になってる方が余程怖ぇよ」
「……」
やはり気分が悪そうにアサギは眉を寄せ、横目にリオンを軽く睨んだ。
「その方が余程、『常人には無理で』『非人道的な』魔術のアピールになると思うけどな」
「……それは『簡単』な術なんですから、魔術士の手見せにはなりませんよ」
ふて腐れたような声でアサギが云うと、リオンが「それは俺も分かる」と頷いた。
「でも、そんな違いが分かる奴らなのか? アスールの幹事長とUCFCの大統領って。あんたとかルナールさんが見れば、『下品なはぐれが初歩の術で何をアピールしてるんだ』って、逆に馬鹿に出来るんだろうけどさ――本当に刃物で斬ったみたいに細く凍結させて割られてる死体を見ちゃった時に『怖い』って感じるのは、素人より余程あんた達の方なんだろ」
それはそうだ――アサギは無言のままリオンにこくりと頷いてみせ、そしてルナールに目を向けた。〈マスター〉であるルナールには可能なのか?と。
その視線の意図は伝わったらしく、ルナールは曖昧に首を動かした。縦とも横とも取れない。
「『細く』となれば――私には出来ます。骨の問題は残りますが、それは『時間』の問題で……その問題を置いておくならば『斬ったように見えるほど真っ二つに割る』という状況自体は作れると思います」
「……」
「しかし――私にも、『遠隔』では無理です。『遠隔で』『細く』、それを両立することは、ほぼ不可能。まして、『時間も無い』となれば完全にお手上げです」
言葉通り、ルナールは「手を上げろ」の形に両手の平を二人に見せ、今度はハッキリと首を横に振った。
「――『遠隔』というのは、例えば私が此処、サウザー城に居てCFCを狙うという『遠距離』の意味でないのは勿論のこと、部屋の直ぐ外、という意味も含んでいます。――アエラさんは、〈透視〉出来る術士のサポートの下で部屋自体を真っ二つにするくらいのつもりでないと、と仰いましたが、私には――そのサポートがあったとしても、扉や壁に張り付いたとしても、無理。――何故なら、アサギ君、リオン君、今貴方達が座っているソファの位置からすら……タオ師の位置に居る人物を『斬るように割る』ことなど無理だからです」
ルナールが手の平で二人を指しながらそう云った後、タオに顔を向けた。
アサギは「そうですよね」というふうに頷き、リオンは「そうなんだ」と息を吐いた。
「もっと云えば」
ルナールも溜息混じりにそう云い、執務机を挟んでタオの真正面に立った。領主へ尻を向けることになるので、それへの断りか、タオに「失礼します」と云ってから、二人を振り返る。
「この位置でないと無理です」
「……随分、断定的だね」
リオンは少しばかり呆れたような口調で云ったが、その隣でアサギはやはり「ですよね」と云うふうにしみじみ頷いていた。リオンが彼に「解るんだ?」と顔を向けた。
「――うん……、理解は出来ます。斬ったように見えるほど細くて真っ直ぐっていうのは、ちゃんと、対象が肉眼で確認出来る位置、手が届く位置じゃないと……――ルナールさんでも、そうなんですね」
そうでないとどうしたって出来ない術だと、既に思っていたが、マスターたるルナール自身が「無理」と断言したので、やっぱりそうなのか、とアサギにもここで「納得」が出来た。
「それも、相当気を遣う筈だから時間はかかるし――フーコーさんが『縛り付けておくか意識不明にしておくか』と仰いましたけど、これも同じことだと思います」
「そうです。この位置でなくてはいけない、というのも――リオン君が云ったように、本気でただ殺すつもりであれば遠慮は要りませんが、絶妙な距離を見極めなければ、やはり自分が怪我をしてしまう恐れがあるから、というのもあります。自分が怪我をしないように対象に触れはせず、しかし暗殺対象――というよりも、『凍らせる箇所』が確実に肉眼で捕捉出来なくてはいけない。かつ、確実に細胞や血液、骨細胞までも凍らせる低温まで下げるとなると……相当気を遣います。意識がある上、明らかに『不審者』が目の前に居て、じっとしておいてくれる親切な暗殺対象など居る筈がありません、自殺志願者とて、苦痛で身動きするに決まっています」
ルナールがアサギに向かって――意識してのことかどうか分からないが――冷酷に聞こえるほど淡々とした声で云った、またアサギが「そうですよね」と溜息混じりに頷いた。
「『斬ったように細く凍らせる』ならば、この位置でなくては無理なんですから、『市長が真っ二つ』という状況を作るのに、『遠隔』がまず一つ、不可能の由縁」
――若者二人に顔を向けてルナールがそう云ったとき、タオが微かに顔を上げて唇の片方を軽く歪めたが、誰もその表情を見ていない。無論、彼に背中を向けているルナールもそれに気付かないまま、続けた。
「次に『時間』。アエラさんと同様、やったことが無いんですから具体的な数字は出ませんけど、『一瞬で』という訳にはいきませんね。調度品や室内には全く影響が無いようにとなれば、慎重を期す必要がありますから、数十分は絶対に欲しいところ――でも、いつ警護兵がノックするかも分からない、アポ無し取次無しでフリーパスの幹部や部下がいつ入ってくるかも分からない。それ以前に――鉄格子が填まっているとは云え、一体窓から誰が見ているかも分からない。そんな状況でじっくり時間をかけてそんなことをやっている場合でもない――そもそも理由も意味も無い訳ですが――」
「……」
「そうなるとぐるっと回って、『斬ったように細く凍らせる』こと自体が前提として間違っており、そちらが不可能と云える。『遠隔』と『時間』の方を優先させるなら、リオン君が云ったように、全身を凍結させる方が余程に――こう云うと何ですが――『簡単』ですし、それこそ『脅かし』として有効な分、その方法を選ぶ理由にはなります」
勿論、私はやっていないしやりませんけどね、と云いながらルナールが肩を竦めた。そして「はあ…」と息を吐いた後、つっとイムファルに目を向けた――ルナールにつられて、フーコーも彼に目を向ける。
二人の女性幹部から視線が集中し、イムファルは「……何でしょう?」と戸惑った顔をした。
フーコーが
「こうなると、〈火〉と〈土〉の講義も必要でしょう。イムファルさん、〈火〉について二人に簡単なレクチャーしてあげなさいよ」
「はっ? わ、私がですか。いや、それはやはり、〈マスター〉であるサンハル隊長などの方が……」
イムファルが声を上擦らせる。ルナールが微笑して、
「……今此処に隊長がいらっしゃるならそれが良いでしょうけど、そうじゃないんですもの。冷静な、理論のみの講義なら、貴方ほど講師に適した方も居られないと思いますよ」
そう云うと、イムファルは小首を傾げて軽く頭を掻き、ちらりと若者二人に目を向けた。――二人とも、素直で真っ直ぐな視線をイムファルに向けている。「魔術士ではない者」からの講義など役に立つのか? そんな疑念など全く持っていない、敬意を滲ませた目の色だ。
イムファルは「分かりました」と頷き、「では僭越ながら」と口を開いた。
「お二人に確認しておきますが、私は実践的な技術に関しては何も持っていないと思ってくださいよ。ちゃんとした魔術士であるのは貴方達のほうなんですから、『先達』からの助言だとは思わなくて良いんです。実践を踏まえての詳細は、サンハル隊長のお時間が出来た時にでもお訊ねください」
アサギは「はい、分かりました」とこっくり頷き、リオンは軽く笑って「はい」と云った。それから、少しばかりからかうような口調で、
「イムファルさん、そうは云っても俺ら、客ではあるけどまだまだ若造でもあるし、言葉遣いの方はそんなに丁寧にしてくれなくてもいいよ。タオとルナールさんが居るからそんななってんのかもしれないけど、もっと楽に、自然な喋り方でどうぞ」
そんなことを云った。――「楽にして良い」とは若造本人の側が云うことでは無い。だが、領主と大公が居るが故に、僅かながら緊張があることも確かだ。この若者二人とそんなに多く口をきくことは無いが、別の場であればもう少し「年長者」としての言葉遣いになっている筈である。
イムファルが苦笑を見せてから、
「無理に偉そうな言葉も使わないけれども、お言葉に甘えて、一番楽な喋り方をさせて貰うよ」
そう云い、ひとつ咳払いをした。




