【day2】(1)-[4]-(6)
「――雪山の行軍で天候が荒れ、キャンプを余儀なくされた場合にどうしましょう。そんな非常時に、〈火〉の術士がいないからと云って――雪から水を、出来たらお湯を、作ることが出来ない〈水〉の術士って、何だか恥ずかしくありませんか?」
ルナールの例えに、アサギが目をぱちくりとさせた、それから大きく頷く。その通りだ――それは恥ずかしい……後ろめたい気分になる。
「私もそこまで極められていませんから、そうした行軍に参加することになるのは――情けない話ですが、正直、現段階では避けたいですね。ですから、本来男性と相性が良い〈火〉の理解をアサギ君が深めることは……、何と云うか、『得』なんですよ。私より優れた術士になれる、と云ったのは、お世辞でも単なる励ましでもなく、むしろ私の羨望です。今の段階で既に〈水の友〉である貴方は恵まれてます。将来の可能性がとても広がっているんですよ」
――アサギも、今度は戸惑った様子を見せずに表情を引き締めた。ルナールの言葉に、
「はい。――頑張ります」
と真摯な声で応じ、深く頭を下げる。
そんなアサギの隣でリオンが、「あれ、でも…」と何か思いついたような声を出した。
「でも、さっきルナールさん、氷の礫を直ぐに消しちゃったじゃん。あれは、〈水〉の術としては、昇華と違うの? ――あ、御免、また割り込んじゃった」
疑問をつい口に出したリオンだったが、慌てた顔をして手を振った。そんなリオンにルナールが微笑を浮かべて首を振る。
「いえ、構いませんよ。――本題に自然と戻れますし、リオン君にもそれが理解して貰えるでしょう」
「え?」
「まず質問にお答えしときましょう、私が先ほど礫を消したのは、単に大きさの問題です」
首を傾げたリオンへ、ルナールはそう云った。右手の指で先ほどの〈氷の礫〉の大きさを示す。
「さっきのはこのくらいの大きさでしたでしょ。あのくらいなら、直ぐに空気中に戻せます――それは〈水〉の術としての〈昇華〉です。が……このくらいになると、私にも、あんな瞬間的には無理です。自然と溶けて蒸発するのを待たなくては――」
そう云って、ルナールは胸の前で手を使い、スイカほどの大きさを示した。
「溶かすのを術で出来ても蒸発は自然に任せなくてはいけないか、溶かすのを自然に任せて蒸発を術で行うか、どちらか一方なら、それなりの時間があれば何とかなる、という感じ。溶かすのと蒸発を連続して、あるいは同時に行おうと思えばやはり、〈火〉の術士のサポートが無いと、体力が保ちません。球体のような塊だから、という訳でもなく、同じくらいの水を氷結させたどんな形のものでも、です。ですから――」
ルナールが眉を顰めて先を続けた。
「……人一人『切断』出来るくらいに研ぎ澄まされた〈氷の刃〉を、直ぐに溶かして空気中に戻すことなど、マスターである私にも、不可能なのです」
「本題に戻る」というのはこういう意味だったのだ。リオンも眉を寄せて、「そういうことか…」と溜息混じりに頷く。
「……かと云って、『市長のこの死に様を作ること』が〈水〉の術式に於いては不可能、と断言してしまっては恣意的です。タオ師が仰ったように、CFCが感情的である分、此方は努めて冷静に吟味してみましょう」
ルナールが顔の横でピッと指を立ててそう云った。本当に「講義」をしているかのような言葉遣いでもある。アサギとリオンも若手――「生徒」のような顔で神妙に頷いた。
「アエラさんも、それが本当に実現可能かどうかは兎も角として『この状況』自体を作ることは可能かどうか、というアプローチで〈風の糸〉の説明をなさいましたね」
「あ、うん。『理屈としては出来なくもない』っていう結論だったよな――〈水〉でもそんなのがあるの?」
ルナールが軽くフーコーへ目線を向けて云い、リオンがその言葉に頷いてから訊ねた。するとルナールが微笑し、
「アサギ君、何か思いつきますか?」
ルナールが首を傾げながらアサギへ訊ねた。――本当に「講義」「授業」のようだ。
アサギは「えっと…」と素直に首を捻って考える。「解答に自信が無い」というよりも――「それが本当に可能かどうか、甚だ疑問である」「既にそれは自分で分かっているのだが」と、そんな感覚があったために、アサギは口ごもりながら答えた。
「先ほどの、『熱量』の操作――ですよね。それも、今の本題に繋がった気がしますが……」
ルナールがアサギの言葉に「その通りです」と頷く。
リオンが「どういう意味?」と首を傾げ、アサギに顔を向けた。ルナールが「では貴方がリオン君に」と云うふうに手を差し出す。
さっきと同じようにリオンへ顔を向けて、アサギが語る。
「〈氷の刃〉で切断するのは、外部というか、環境から氷を作ってそれを……凶器にする方法です。市長が――、本当に切断……斬殺をされていたのなら、〈水〉の術式に於いては〈氷の刃〉が使われたと思っても良いのですが……」
「……。斬殺じゃないのに、『真っ二つ』に出来る可能性が、あるって?」
リオンが目をぱちくりとさせて云う。アサギは首を捻りながら、
「出来る可能性、って云ってしまうと、リオン君とフーコーさんが議論していた〈風の糸〉と同様で――『それでもやっぱり出来ない』って結論になると思うんですけど」
「理屈だけなら、それもアリか、と思うような『手段』が無くはないってことか」
「はい。先ほど、〈礫〉を作る時のイメージについて話しましたよね、それ、思い出してみて下さい。――〈水〉の術士が〈氷結〉の修行を始めるときは、取りあえず氷点下を目指すんです、少しくらい雑になっても構わない。かといって――極端に大雑把だと危ないから、まず水の凝固点、摂氏零度を『的』にする感じで『調整』の仕方を修行する訳です、そこから、怪我をするほど大きくは外れないように」
アサギが再び、両手を離したり近づけたりして「調整」の具体的なイメージをリオンに伝える。
「実際、本当に修行のし始めでは、危険なので、まずウールや毛皮の手袋を填めて行います――『氷』を作る修行なのに不思議な感じがするでしょうけど、真夏の暑い日を〝事始め〟にしたり、暖炉や焚き火を準備して始めることもあるんですよ――。もう少し段階が進んでも、気を緩ませると軽い凍傷になってしまうこともあって――つまり、『細胞』を凍らせる……人体に含まれる水の方を凍らせてしまう危険があるのです……」
「講義」のような流れの中で真面目に説明をしている以上、出来るだけ冷静であるよう心がけているが、アサギの表情は少しばかり険しくなっていた。リオンはそんなアサギに少しばかり不憫そうな顔をして、しかし真摯に聞くために唇を引き締めた――彼にもその先は大方想像がついていたけれど――。
「――でも、それを云い替えると、『凍死させる』という、ある意味攻撃系と云える術が、〈水〉の術士には使えるってことで……。しかも、それは、ごく基本的な術式のほんの少しだけ延長線にあるのですから、〈マスター〉どころか〈友〉にもまだ至れていない初歩者にも不可能では無い…」
「……てことは、市長が真っ二つってのは……」
リオンが呟くような口調でそう云うと、アサギが人差し指を立て、自分の額から顎に向かって真っ直ぐに線を書いた。
「こう……、『切断面』――正確に正中の細胞を、超低温に凍らせた後、何処か適当に叩くとか押すとかすれば、斬るというより割れるように『真っ二つ』に出来なくもないのでは……と。それで少し時間が経って凍結していた場所が溶けたら、『斬られている』ように見えるかもしれません。外部の水を氷にして凶器にするのと比べたら、不自然な水たまりなどは出来ないですし…」
「ううん……」
リオンは腕を組んで首を捻り、喉で唸った。アサギも小首を傾げている。
「でも、そんなこと出来るの?」
リオンが率直に訊ねる。自分は〈水〉の術士でないから、本当のところ分からない。が、話を聞く限り、自分の分野である〈風〉、その〈糸〉と同様に「理屈ではそれもアリ」程度の話であって、「可能か不可能で云ったら不可能」なんじゃないかと、そちらの方が解り始めていた。
アサギが曖昧に首を振る。
「そうなんです……。リオン君が〈糸〉のことで云ってたみたいに、この場合もまず骨――特に頭蓋骨がネックになります。骨まで割ろうと思ったら、〈水〉の術士だけではなかなか難しく……。それでも、敢えて……仮に僕がやろうとしたら、ただ凍らせるだけのイメージじゃなくて、より強く『膨張させる』イメージ――皮膚の側と脳の側から頭蓋骨を圧迫させるようなイメージも一緒に持たなくてはいけないのかな…」
自分で云っていて気分が悪くなったのか、アサギは一度口元を押さえた後、ぶるっと首を振った。
「それに、骨をどうにか出来たとしても――ごくごく初歩、術士のたまごでも可能な術式とは云え、鋭利な刃物で切断したように見えるほど、歪みも無く真っ直ぐ、一直線に凍らせるって域になれば、これは初歩者には絶対出来ません――何せ、修行のし始めで自分が凍傷になるのは意識してのことじゃない、事故みたいなものですから、そんな厳密なコントロールは無理です。〈友〉となれた僕にも、ちょっと自信が無いです。『真っ直ぐ』は兎も角、鋭利な刃物のように『細く』なんて……この位の『幅』が出来てしまう――というか、欲しい感じ」
アサギはそう云って、自分の唇を挟むように二本の指を顎へ添えた。
「この幅で真っ直ぐに細胞を凍結出来て割れたとしても、『真っ二つに切断』という表現は出ませんよね」
リオンだけでなく、ルナールやフーコーにも目を向けてアサギが云う。フーコーも「そうねえ」と云って否定はせず、ルナールも「そうでしょうね」と頷き、
「『切断』――というより、『欠損』『損壊』という表現になるかもしれませんね」
と添えた。リオンは「そうだなあ」と云った後で、不思議そうに首を捻り、
「それに、意味ねえよな、そのやり方。――俺が仮に、その〈術〉知ってて、暗殺に使うとしてさ――あ、フーコーさん」
「え、何?」
何か思いついた顔をしてリオンがフーコーへ声を掛ける。〈風〉のマスターは、今、自分に声を掛けられるとは思っていなかったらしく、少し驚いた顔をして応じた。
「さっき、魔術士が暗殺任務を課せられたら、魔術士の仕業だとは分からないように行う筈、って云ったじゃん?」
「ええ、それが当たり前ね」
「それって目的が完全に殺害の場合、だよな。そんで、犯人が誰か分からないようにする時。――まあ、それがフツーだけど。そうじゃなけりゃ、別の魔術士に罪を着せるためか」
「ええ、そう云ったけど?」
「でもさ、目的がそれでもなかったらさ」
あんまりあっさりとした声でリオンがそう云ったので、フーコーが眉を寄せる。
「何ですって?」




