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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day2】学習の日(1)午前:討論、講義、説諭
45/98

【day2】(1)-[4]-(5)

「……解った。納得出来ました、ありがとう」

 表情は渋いままだったが、リオンはぺこりと頭を下げてそう云った。口調は真摯できっぱりとしていた、適当な方便で「納得」などと云ったのではない。

 ルナールが微笑を浮かべて、「良かった」と頷いた。それから、

「……精神論の()()を先にしてしまいましたが…」

 そんなことを独りごちながら、ソファに座った若者達の前、テーブルを挟んだ向かいのソファの前に立った。座りはしないまま、リオンとアサギの前に手を差し出しながら「お二人ともちょっと手を出して」と云った。

 軽く身を屈めたルナールに向かって二人は素直に腕を伸ばし、リオンが左手を彼女の左手に、アサギは右手を彼女の右手に乗せた。

 するとリオンが再び目をキラキラさせ「うわ、すげえ」と呟く。アサギも「あっ?」と不思議そうな声を出した。

 ルナールの手は、ひんやりしていた。が、彼女の()()が低く感じられた訳ではない。

「少し手を浮かせてみて」

 云われた通り、ルナールの手の平、その肌に触れていた手を二人が浮かせると、やはり、()()()()()()()()()が手と手の間にある。リオンが「凄く気持ちいい」と思わず呟く。

(ここ)の裏の森と似てる。特に朝の、霧みたいだね」

 そんな喩えに、アサギも頷いた。それも初夏から夏にかけての朝だ。昼間が暑くなることを知っているから、この適度な湿気を帯びた冷気を「気持ちいい」と感じる季節の森。冬の朝だとこうはいかない、リオンは地元が砂漠と接した乾燥地帯だから、そうした季節の違いまではピンと来ないのだろう――。

 もういいですよ、と云うふうに、ルナールから手を引っ込めた。アサギとリオンもそれに倣い、手を膝の上に戻す。

 ルナールはソファからも離れ、再びフーコーの隣りに立った。

「〈礫〉を作るのが基礎だとするなら、今のは『応用』です。その意味は分かりますね?」

 とルナールがアサギに云うと、彼は軽く驚いた顔をしており、こくこくと頷いた。リオンの方には伝わっていないらしく「応用?」と首を傾げた。

 ルナールがにっこり笑い、

「じゃあ、アサギ君がリオン君に教えてあげて。アサギ君の認識に誤りがあれば私が訂正します」

 そう云った。

 ある事柄に対しての理解の深さは、「その事柄について、第三者に教えることが出来るかどうか」を判断の一つに出来る。教えることが出来ないようなら、それは「まだ理解が深まっていないから」だ。普段のアサギならば「ちゃんと理解出来ている」としても()()()()()()()せいで、リオンへ「教える」ことは出来なかっただろうが、今は先達であるルナールが傍に居るから、「理解が間違っている」場合は指摘をして貰える。それに安心して、アサギがリオンへ顔を向けて口を開いた。

「ええと……。礫が基礎で、先ほどのが応用だと云うのは、大まかに云うと、『振り幅』の問題なんです。ここが今の通常の――常温の空気だとしますね」

 そう云ってアサギは右手を胸の前で立てた。一度、その手に左手を合わせて、

「氷の礫を作るのは、ぐーっと、空気中の水を集めながら温度を下げていくイメージなんですが…」

 「ぐーっと」と云いながら、合わせていた左手をリオンから見て右側へ、指を窄ませながら離していった。大体「肩幅の半分」を表すような距離を両手が示している。

 リオンが、「ああ、うん」と軽く頷く。

「ルナールさんの冷気は、このくらいの幅でしか、温度を下げていないんです。今のこの部屋の空気より、少しだけ低い。『少し涼しい』って感じでしたよね」

 今度は胸の前で、合掌から三センチ程度の幅で手を離す。

 リオンが小首を傾げて、「そっちの方が難しいんだ?」と云うと、アサギは「それはもう」と大きく頷いた。

「『空気中の水を集めながら温度を下げる』のが〈礫〉だと云いましたが、実は、〈水〉の術士(ぼくら)にとって、『水を集める』方は比較的()()なんです。そこから『氷の塊』にするのが〈氷結〉の術の基礎訓練ってことになるんですけど、水を()()()()で考えていいから温度に集中出来る。そして常温から氷までは温度の『幅』があるから、イメージしやすいんです。何て云うか、『少しくらい乱暴でも形になる』っていうか」

「んー……『遊びがある』って感じ?」

「そうですね、氷になる零度が此処だとすると」

 そう云ってアサギは左手を、今度は脇の前辺りに一度立てた。それからまた胸の前の右手と合わせて、さっきよりも広く――肩を少し越して広げた。

「ここまで――零度より下げてしまうイメージになったとしても、自分の手が冷たいだけで何とか氷自体は出来ますから。だから、()()()()()『氷点下』を目指すような形で最初は練習するんです。そこから零度()()()()を目指すという、少し高度な修行に進むんですが、常温から()()()()、となると、氷点下までの幅とは全く違う訳で」

「ああ、そう云われたら何か判るよ。氷をイメージする時は幅があるから、『途中』が少しくらい雑っていうか、勢い付いても何とかなるわけだな」

 リオンが頷きながらそう云うと、アサギが「そういうことです」と同じように頷き返す。

「しかも、さっきのルナールさんのは、()()()()()()少しだけ温度を下げていたので、それがとても高度――繊細なんですよ。リオン君も、手の平は別に湿ってはいないでしょう?」

 アサギが手の平を見せながらそう云ったので、リオンも改めて、先ほどルナールの手に触れていた自分の手を見て思い出す。そこまで「湿った」感じはその時無かったし、今も無い。

「……僕だったら、ああいう『微調整』は相当神経使わないと出来ないです。いえ、それで出来たかどうかも判んないですね」

「え、そうなんだ?」

「はい。――温度の調整に気を取られたら、()()()()()()()()()手汗をかいたようになっているかもしれないし、その逆だと、冬の空気くらいの冷たさにしてたかもしれない。術のベースは礫とほぼ同じなんだけど、水を、三態のうちどの状態で保たせたいのか、温度をどの辺りで留めたいのかっていう、『調整』が難しいんです。だから『応用』」

 アサギがそこでルナールに顔を向けると、特に間違いを指摘する箇所は無かったのか、彼女は微笑して頷いた。

 リオンは「へえー」と感心する声を出しながらルナールを見て、次にはフーコーへ顔を向けた。

「〈糸〉をどんだけ細く長く伸ばせるか、みたいなもんかなあ」

 リオンが今ここに居る〈風〉の〈マスター〉に訊ねる。フーコーは腕を組んで小首を傾げ、リオンに向かって意地悪く

「ちょっと違う。五十点」

 と口角を上げてみせた。

 リオンが「五十点は『ちょっと』じゃないよ」と拗ねた声を出すと、フーコーは相変わらずちょっと意地の悪い口の歪め方をしつつ、

「『どれだけ縒りと磨きをかけて』。リオン君の台詞にそれが大前提として入っているのなら、もうちょっと点上げても良くてよ」

「……そりゃ、俺ももうド素人じゃないから、勿論そのつもりで云ってるよ。『縒りが甘い〈糸〉は糸と云わねえ、()()ってんだ』って、サヴァナの親方からも怒鳴られまくった」

 ふて腐れた声でリオンが云うと、フーコーはにっこり笑って「じゃあ、七十点はあげる」と云い、その後少し真面目な顔になった。

「『細く』は合ってるけど、『長く』が違うわね。どっちかいうと、どれだけ『短く』出来るかだと思うわ」

「短く……?」

 リオンは不思議そうに呟き首を傾げた。もともと〈風の糸〉という術を〈感〉や〈識〉のための術だと思っていたので、「しっかりと一定の太さに縒る」――精度を上げる・保つ――ことを第一に心がけ、それを如何に長く――つまり「遠く」出来るか、それが〈風の糸〉の質を高めることだと思っていたのだ。だが、〈マスター〉たるフーコーは「そうじゃない」と云った。どういう意味だろう。

「そう云うと語弊があるかな、もう少し細かい云い方しなきゃいけないわね。でも、今ユイちゃんがやってアサギ君が云った『微調整』を〈風の糸〉に照らし合わせると、()()()()()()()そういうことになると思う」

 リオンが「それってどういう意味?」と身を乗り出してフーコーに訊ねたが、フーコーは苦笑して軽く首を振った。

「その()()は、また今度、別の機会にしましょう、リオン君。どんどん話が逸れていっちゃうわ、今はユイちゃんとアサギ君が途中よ」

 フーコーの言葉に、「あ」と声を出してリオンはアサギとルナールの二人に顔を向けた。「御免、割り込んじゃった。どうぞ」、慌ててそう云ってリオンが手を差し出す。

 ルナールが苦笑混じりに会釈した。

「それでは、話を戻しますね。――〈礫〉を作るのが〈氷結〉のごく基本的な術であり、私がやってみせたような冷気は応用ですが、アサギ君の云った通り、術式のベースと考え方は同じです。ただ、その『考え方』の部分で、もう少し厳密なことを云っておきますと」

「は、はい」

 口調は穏やかなままながら、ルナールの顔から笑みは消えたので、アサギが少々うわずった声を出して応じた。――ルナールが再び、「そんな緊張することじゃないのよ」と微苦笑を見せた。

「〈氷結〉は〈水〉の術の区分に入っていて、〈礫〉が術士にとって初歩、基本ですから、アサギ君も意識していないと思いますけども、水の()()操作(コントロール)している訳ですから、実は、〈火〉の術式と全く無関係でもありません」

「あっ……」

 アサギが小さな声を上げて目を見開く。

「〈水〉の術式区分に於いて、〈氷結〉は基本ですが、〈液化〉は〝応用〟〈気化〉〈昇華〉が〝派生〟――『高難度』とされているのはそのためです。そちらは、〈水〉の術士にとっての『水』の操作というよりは、より『熱量』の操作側へ偏りますからね」

「そうですね……解ります」

 神妙な顔つきでこくりと頷いたアサギに、こんどは明確に、にっこりとルナールが笑った。

「話が戻るようでもありますが、ですから、そこまで高度な〈治癒術〉の修行に集中するのでなく、〈火〉の理解、〈火〉との意志の疎通に目を向けてみても、〈水〉の術士にとって損は無いんですよ、アサギ君。それは決して脇道に逸れることではありません」

「――」

「フリュスというお家の生まれであることを差し引いても、元々どちらかと云えば女性(female)と相性が良い〈水〉と、男性(male)でありながら〈友〉になれたアサギ君は、才能と、()()()()()()()()性格に恵まれているということです。〈火〉の理解も貴方に備われば、私より優れた術士になれるでしょう」

 照れたのか、困ったように小首を傾げるアサギに、ルナールは「お世辞でもないんですよ」と続けた。

「実際、具体的に例を挙げてみますとね。先ほど云いましたが、基本の〈氷結〉と()の術は、〈水〉の術式の修行に於いて、初歩・基本とはされていないでしょう? つまり、氷を水にする」

「あ……はい。『段階』に制限は無く、〈氷結〉の『次』くらいではあるけれど、その術が扱えるためには、強い意志を持って〈マスター〉を目指すくらいの『心構え』は持たねばならないと……、〈友〉に()()()()()()()ようでは得られるものでない、と教えられています」

「そうですね、〈マスター〉たる私も、それは〈水〉の術士として完全に極めてはいませんし」

 ルナールが大きく頷いてから続けた。

「そこが、〈水〉というより『熱量』の調整(コントロール)、という訳です――ですが、難しいからといって避けているよりは……『水の基本術式に入っていないということは、水の術士に必須の術ではないのだろう』と思って()()()よりは、それが出来た方が良い具体的な場面(シーン)もあるでしょう。例えばアサギ君が後方支援の術士として隊に入ったとします」

「は、はい」


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