【day2】(1)-[4]-(4)
大師匠たるタオから許可は貰ったことであるし――ルナールはアサギに向き直り、右手の平を上に向け、彼の方へ差し出した。
「アサギ君、今、〈攻撃〉系統で云えば〈氷の礫〉しか知らないと仰ったけど、それは、逆に――〈氷の礫〉を攻撃に使うものとしてしか知らない、という意味なのかしら」
「えっ?」
質問の意味が分からない、というふうにアサギは戸惑った顔をして首を傾げた。ルナールが苦笑し、もう少し言葉を変えて続ける。
「〈氷の礫〉を、アサギ君はどういう時にどういうふうに使うものだと――どういう用途を想定してらっしゃるの?」
「え、えっと……――想定だけで良いんですよね? 訓練は兎も角『実戦』で使ったことは無くても?」
「――。ええ」
そこでルナールは一度ぱちぱちと瞬きをし、次には若干含みのある微笑を浮かべたが、アサギはそれに気付かず、彼女の問いに真面目に答えを考えた。
「基本的には――後方支援を用途に考えております。特に相手に〈火〉の術士が居る場合に、それを無効化する……援護のような」
「はい。具体的には?」
「大気中の水分から礫を作り対象の頭上から落とすとか、海岸や川縁、湖畔等、比較的近くに水が多く存在する場所であれば、友軍側と〈敵〉軍の間に弾幕を張るようにして結界のように使ったり、退避の際の援護に使ったり……」
そこでアサギは、右に座っているリオンへチラリと顔を向けてから続けた。
「〈風〉の術士である方と協力が可能な状況であれば、『暴風雪』を起こすようにして、より攻撃的に、集団を相手にしたときの撃退手段にも使えるかと」
アサギの回答に対して、ルナールが「はい、分かりました」と微笑みを浮かべて頷く。――その笑みはやはり何か含んでいるように見えて、今度はアサギにも分かった。「間違っていない、だが満点ではない」と云われているように感じられたので、アサギは戸惑いの表情を浮かべて小首を傾げる。
ルナールが「師」の顔をして丁寧に講義を始めた――。
「やはりアサギ君は、〈氷の礫〉という術を『礫』という『武器』――戦いの場で使う術としか、考えていないようですね」
「……それでは駄目なんでしょうか?」
困った顔をしてアサギがまた首を傾げると、ルナールは分かりやすく苦笑し、「駄目というか、別に『悪い』訳ではないんですが」と云った。
「ただ単にそれは〈氷の礫〉という名前がついているだけ、とは思ってらっしゃらないでしょ。『礫』と云ってしまっているからなのか、『〈攻撃〉系統をそれしか知らない』というより、〈攻撃〉に使うものだと、断定して覚えてしまっているのでは?」
「え……え?」
アサギが目を白黒させていると、ルナールが手の平を上に向けていた右手を、キュッと握って拳を作った。そして直ぐにパッと開く。手の上には「氷の礫」、胡桃ほどの大きさの氷の球体があった。
リオンが「わあ」と感嘆の声を上げる。――〈魔術〉や〈魔術士〉を全く知らない者であれば、とても鮮やかな手品を見たように感じたろう。リオンの場合、それが〈水〉の術士による〈術〉だと充分理解しているはずだが、基本的に目に見えないものである〈風〉の術士のリオンは、こんなふうに「具象」が結果として表れる術を目にすると新鮮な感動を覚えるのだった。
ルナールが右手の平に乗った氷を、左手の指で摘んで若人二人に見せた。
「今は単に『例』のようなものですから、この程度の大きさにしてますけどね。アサギ君も〈水〉の術の基礎的な訓練として、この礫を手の中に作る練習は繰り返したでしょう?」
「は、はい……」
「でも、訓練が高度になると、手の中でなく――手を使わずに遠隔で、または、手に持てない大きなものを作るようにもなり、『礫』と呼んでいるせいなのか、〈攻撃〉に使うものだと思い込んでしまっている。鋭利にイメージすることで〈刃〉になる――というのはこういうことでしょう?」
摘んでいた氷の玉を右手に再び乗せ、左手をその上に伏せて「きゅ」と潰すように力を込める。
次に左手の指で摘んだものは、薄い氷――言葉通り鋭利な……透き通った剃刀のような一片だった。再びリオンが「わあ、すげえ」と感嘆の声を上げる。
「成る程ォ、それを風に乗せれば、かなり攻撃に使えるなあ」
リオンに微笑を見せてから、ルナールがアサギに続ける。
「……このように、礫が目に見えて武器になる。そうした術を覚え、訓練していくうちに……、これは、戦場で使う術だという認識になってしまい、これこそが、〈水〉の――〈氷結〉に区分される術の基礎なのだということを、お忘れではないかと。これは本当に、基本なんですよ、アサギ君」
「……」
ルナールはもう一度「礫」を作り、手の平に乗せて若者に見せる。困ったように小首を傾げ、まだ質問などが思い浮かばず口を噤んでいるアサギの隣で、リオンが「でもさあ」と口を挟む。
「その『礫』が基本だとして、それを一つ、目の前で作れたからって、どうするの? ――ジュースに氷が入ってないからってそれをコップに入れるようじゃ、魔術士が一番やっちゃいけない『安易』な使い道だよな」
するとルナールが、プッと吹き出す。そして「ええ、その通りです」と頷いた。
「当然、敵が前方に居る場合にコレを作って投げつけるくらいなら、その辺にある石を拾って投げる方がマシというものです――氷じゃないと極端なノーコンになってしまう、という訳でもないのならね」
今度はリオンが「そりゃそうだ」と笑った。ルナールは微笑を浮かべたまま、困った顔のアサギに云う。
「しかし、ですね。アサギ君は〈水〉の術士としての修行に熱心なあまり、〈治癒〉に関しても体内の〈水〉の巡りを診て調整する術の方に傾倒していて、実際それは素晴らしいのですけど――そこまでの〈術〉を使わずともよい、自分の〈力〉を無駄遣い・犠牲にする必要は無い『治癒の方法』が、頭から欠落してらっしゃいません?」
「――え?」
「例えば、発熱している人、ねんざや打撲で熱を持つ傷を負った人、あるいは、火傷を負った人が目の前に居た場合。――〈水〉の術士である貴方自身が、そこまで本格的な〈治癒術〉そのものを使う必要が、ありますか?」
「……あ」
「――ジュースに氷を入れるのは安易な用途ですが、氷嚢に入れる氷が無い時に礫を作るのはそうでもないと思いますよ? それも術士に出来る『治癒への助け』です」
アサギはぽかんと口を開いて目をぱちくりとさせた。目から鱗が落ちる、という言葉を具現化したかのようだ。
「アサギ君の〈治癒〉に対する熱意――人のためになろうとする情熱自体は、悪くありません。が……、術士として熱心なものだから、意識の点で少々――言葉が悪いですが、本末転倒になりかけている部分があります。人には、元々ある程度の自然治癒力が備わっており、それで何とかならない場合には、お医者様がちゃんといらっしゃるわけですから。本来ならば、精霊の力を直接に駆使した術に頼らず、人は、お医者様に診て頂くべきなのです、術士である我々自身も含め。あるいは、本来の『人医』としての技術と知識も手にした上で『治癒魔術士』でもある、そうした存在を目指す方が理想的です――アサギ君、貴方のお兄様はそうでしょう?」
「……は、はい…」
ぱちぱちと瞬きをして、アサギが頷く。長兄であるスオウは、司祭であり魔術士でもあるが、「医師」でもある。次兄のユカリも「医療補助」の技術を持っている――。
「どちらかと云えば治癒魔術士は、お医者様にかかる前の段階……、自然治癒力を保ち健やかな生活を送るための助言を行う――保健師のような立場を意識するべきです。その範囲で、特に〈水〉の術士ならば己が〈水〉の精霊より得た知識から、体質改善のために薬草や薬泉等を勧めるとか、あるいは、川、湖、海、井戸……それらの水質に常に気を配り、一般の人々に影響が及びそうな異変にはいち早く対応するとか。そうした活動が出来るのならば、本格的な、あるいは高度な〈治癒術〉を使えないとしても、〈水〉の術士として一向に恥じることではありません――勿論、お医者様に連れて行くのが間に合わない程の急な病人や事故に出会ったとき〈術〉を使えるに越したことはないので……、平和な時であっても〈解毒〉の術くらいは〈水〉の術士なら覚えておきたいものですけれど、ね」
ルナールが表情を少し、寂しそうな微苦笑に変えて続ける。
「今のような情勢で――戦場に於ける用途を考えましてもね……。最初から〈水〉の攻撃魔術士――軍属の魔術兵として戦うことを志願するなら兎も角、後方支援に〈治癒術士〉として入るのであれば、やはり『軍医』の補助としてのことです。――戦場では軍医さんでもそんなに丁寧な医療を施すことは出来ません、まして、術士が一人一人丁寧に〈治癒術〉を施してなどいたら、本人が倒れてしまいます。それよりはごく基本的な〈礫〉だけをバケツに何杯も作れる方が、余程に多くの命を助けることに繋がる場合だってあるのです」
「……はい」
「重ね重ね、アサギ君の熱意が間違っているとは云いません。が、方向を見誤ることがあってはいけません。アサギ君自身に『安易』な術の使用をする心根が無いとしても、一般の方々を『安易』に誘導しかねないような――一般の方々がお医者様より先に治癒魔術士を頼ってしまうような、そんな術士の姿を見せてはいけないのですよ。〈水〉に限りませんが本来は、〈治癒術〉の方が『最後の手段』とか『のっぴきならない緊急時のためのもの』だと思っておくべきです」
「はい――分かりました。目が覚めた気分です、ありがとうございます」
真摯にひきしまった表情をしてアサギはキッパリと云い、ルナールに向かって深々と頭を下げた。リオンもその隣で神妙な顔をしている。
ルナールは微笑を浮かべて、礫を再び両手で覆う。次にルナールが手の平を見せたときには、氷の影も形も無かった。
リオンが腕を組んで小首を傾げた後、「ねえ、ルナールさん」と声を掛けた。何だか「釈然としない」というふうな声色だ。
「何でしょう?」
「じゃあ、昨日のさ、俺がサンハルさんからやられたアレは、〈治癒術〉の範囲に入るのかな、俺、そんなヤバイ感じだったの?」
昨夜、バランスを整えるためにサンハルから「風を燃」された時のことを云っているのだろう。〈治癒術〉がのっぴきならない緊急時にのみ使われるべきものであるとするなら、昨日のは何だったのか。もしかしたら、あんな「ちょっと怖い」思いはしなくても良かったんじゃないのか? サンハルのような先達、〈マスター〉が、今ルナールの云った「心得」を知らない訳でも無いだろうに――それでリオンは釈然としない気分になったらしい。
ルナールが苦笑して小首を傾げた。是とも否とも受け取れない仕草だ。
「大まかに云えば〈治癒術〉の区分に入りますね。――『あれ』を施さなければ即座に命に関わっていたか、という意味では、昨晩のリオン君は、そこまで緊急の状態ではありませんでしたよ」
リオンがムッと口を尖らせたが、ルナールは彼から文句が来る前に「しかし」と続けた。
「状況の方が、『非常』ではありましたからね。隊長も仰ってましたが、城内に一般の避難民が居られましたし、現在は特に夜間、城壁外の警備も厳しくなっていますので、『ジョギング』程度でも外に出られましたら警備兵から不審者扱いされたかもしれません。――平時であればあの処置は行わず、誰か〈火〉の術士、いえ、サンハル隊長ご自身が相手になって、体術の訓練仕合でも提案していたでしょう。重ね重ね、平時であれば、隊長もそちらを選んでいたと思います」
「うーん……だったらそれでも良かったなあ、俺……」
「いえ、それも駄目です。そちらを選ぶと、今度は、今日からのリオン君の体調が、いよいよのっぴきならない状況になった筈ですよ。やはり『非常事態』ではありますから、貴方が問題無くぐっすり眠れるほどの訓練が可能な人員と時間がありませんでしたし。隊長が『数日寝不足でいるのとどっちが良い』と仰ったとき、まだ〈均衡〉が解っていなかったアサギ君だって窘めたでしょう?――昨夜の場合、リオン君は何より、早めに眠る必要がありました、そのためです」
ルナールが諭す口調で云う。




