【day2】(1)-[4]-(3)
「――〈糸〉で確実に斬り殺そうと思うなら、首を飛ばすつもりで使う方がまだしもだわね。それでも、頸椎まではなかなか……、〈風の糸〉だけで皮膚から筋肉、関節にまで入れられるのは相当高度、殆ど『運頼み』でしょう。まして、縦一線に真っ二つなんて、リオン君の云うとおり頭蓋骨が邪魔よ――ただし『一瞬で』という条件なら、だけど」
フーコーが自分の額からへそ辺りまで手刀を滑らせた。リオンが「一瞬?」と首を傾げる。
「そう。いくら時間を掛けても良いっていう条件を貰えるならば、不可能とは云いきれない。雨だれが岩を穿つように、常に正中へ何度も何度も〈糸〉をぶつけていくことで、最終的に真っ二つにすることなら恐らく可能。それだったら、調度品や部屋が無傷で人だけを切る、ってことも出来なくは……ない」
「そりゃ――確かに、理屈で云えばそうなるけどさ…」
リオンが腕を組んで首を捻る。フーコーは頷きを見せ、
「そうなのよ、あくまで『理屈としては』なの。紙で指を切ったときの痛みだって、死ぬほどじゃなくても相当イライラするでしょ? 最初に一発貰っただけで、まず驚いた後、痛い上イライラして、身動きするに決まってるわ」
そう云って人差し指を自分の額に軽くぶつけた。
「暗殺どころか、子供の悪戯程度でしかないのよ。その痛みで身動き出来ないようにしたけりゃ、前の段階で昏睡状態にでもさせてなきゃ。でもそれが可能なんだったら、別に〈糸〉使う必要も無い、意識が無い人間にトドメ刺す方法なんかいくらだってあるわ。意識があるまま椅子に括り付けて身動きさせないようにするとしても、顔だけはきっと動かす筈だもの――もう既に死体になっているのを切断するっていうんなら分からなくもないけども、それにしたって〈糸〉を使う必然性は無いのよね、だったら〈刃〉の方が簡単だし。生きてる人間に〈糸〉使うんなら……むしろ、『このまま真っ二つになるのかもしれない』って痛みだけを味わわせる『拷問』に使う方がまだ意味はあるかもねえ。――ああ、つくづく気分の悪い話になって御免ね」
腕を組んで首を捻っていたフーコーが、眉を寄せて肩を震わせたアサギへ断りを入れた。
「椅子や机にも傷が付かないやり方だけに特化して考えてみたら、頭から股の間に巡らして『絞る』ように切るってやり方も考えられなくはないけど、それでも骨が難儀ね。それに、市長の死体はとてもキレイにスッパリと切られてる。絞るように切ると、皮膚の切れ目が歪になってそうなものなのに……」
「――」
「そしてやっぱり、何より時間が掛かる。やったことないからどの位時間が掛かるものかは解らないけど、複数人で一日中絶え間なく交代でやったって、真っ二つにするまで丸一日は確実にかかりそう――椅子や机に傷を付けちゃいけない条件なのに骨は切らなきゃいけないし、人が変わったら切り口だってブレる筈なんだもの、相当慎重にならなきゃいけないわ――。真っ二つにすることが目的なら、ちゃんと刃物使う方が余程効率がいい。で……市長は、そんなに時間を掛けて殺された――というより『斬られた』はずが無い。何故なら、〈核ミサイル〉の発射スイッチは市長本人がオンにした筈だから、その時は生きてた。死んだ、あるいは切断されたのは、その〝直後〟、長く見積もっても数時間以内の筈――そうじゃないと、昨日の段階で罵倒の通信が来る訳が無い。〈マスター〉が百人二百人、一体何人居ようが、そんな短時間では無理――だから、可能不可能で云ったら確実に不可能」
きっぱりとフーコーは云って、腕を組んだままで「はあ」と息を吐いた。そして「第一」と苦々しい声を出す。
「最初っからよくよく考えてみれば、本当に魔術士が暗殺任務を課せられたとしたら、魔術士が犯人だと疑われない状況下で行う筈なのよ。密室で何の手がかりも残さずなんて――都合が良いときだけの合理主義者ほど、直ぐ魔法やオカルトを疑うわ。マジで魔術士が犯人とすれば、さっきの話じゃないけど、明らかに別の魔術士に罪を着せる目的を持ってのことよ――ただし、術としてそれはやっぱり不可能ではあるんだけどね――。素人からしたら魔術士を疑って仕方ない状況なのは理解したけれど、それでサウザーに濡れ衣着せてくるのは、何とも自惚れた話だわね。こっちとしては、動機なんか無いもの。タオさんの言葉じゃないけど、そこまでして市長一人を、何が何でも魔術で殺さなきゃいけないモチベーションなんかありゃしないわ」
フーコーは「ふん」と鼻を鳴らした。
「――こちらに暗殺の動機があるというよりも、市長一人に暗殺される価値があると思ってるのが、何とも滑稽な話よ」
フーコーの声を聞いて、タオがチラリと彼女を見上げ、軽く口角を上げた。フーコーはその表情に気付かないまま、ルナールへ、それからアサギへ顔を向けた。
「気分が悪いでしょうけど勘弁してね、敢えて訊くわ、アサギ君。――市長は『真っ二つ』に『切断』されていたらしい。室内に異状が無い――凶器らしきものも見当たらない以上、それだと〈風〉が一番あり得るから、まずリオン君に講義がてら訊いてみたのだけど、アサギ君は――、その位置からでもいいわ、タオさんの位置、ここに座ってる人物を真っ二つにしようと思ったらどうする?」
アサギは肩を竦ませてから、「あ…あの…」と口を開いた。フーコーの云う通り、気分は良くない。だが――リオンの時には、まだ彼がそれを知らなかった、〈術〉の別の用途を教えてくれたりもした。自分にとっても何か、身になる議論となるのかもしれないから、アサギはその問いを真摯に受け止め、真面目に答えを出そうとした。
「――僕は元々、〈水〉の、攻撃系の〈術〉は殆ど知らなくて……、せいぜい、〈氷の礫〉くらいしか……。それを鋭利にするよう意識することで切り傷は作れるかもしれませんけど、それもリオン君が云った〈風の刃〉と同じく、無数の小さな傷を負わせるという意図になると思います…」
アサギが自信なさげにそう云うと、フーコーでなくルナールが、「それでいいのよ」と云うふうに力強く頷いてみせた。
「リオン君とは違って、〈氷の礫〉ならば調度品にそこまでの傷は付かないかもしれませんけど、後で溶けて、周りは水浸しになるでしょう。幾ら出血に紛れたとしても、ある程度の量になるから気付くと思うし――。党首室内にはそんな水たまりなんて、無かったんですよね? だったら明らかに『室内の様子がおかしい』ってことになりますもの。あるいは、血を水で流したような跡がある……という訳でも」
「ええ、――私たちは普段の党首室を当然知らないけど、恐らく大統領や幹事長にとっては、『市長が真っ二つになっている』こと以外、変わったことは無かったように見えていたのだろうと思うわ」
ルナールが頷きつつ、アサギに確認した。
「だったら――僕には無理ですが――、〈氷の刃〉で切断することも、方法としてはあり得るけど『不可能』と云えますし――それに、確実に殺害することの方を目的として〈水〉系統の術を使うなら、〈氷柱〉で刺す方が良い気がします。そうでなければ、より大きな〈礫〉で撲るか……」
――リオンの相手が自然とフーコーになっていたのに対し、今度はルナールがその役に回ったらしく、彼女が再び大きく頷いて、「その通りね」と云った。
「『真っ二つ』は取りあえず置いといて、仮に、私自身が〈水〉の術式で人を一人確実に殺害するとしたらどうするか、を想像してみたんですが、最初に出てきたのは『斬る』よりは『氷柱で刺す』方でした。でもそれにしたって、溶けた後の水が問題になります、アエラさんが云ったように、それが自然に蒸発してしまうほどの時間も発見までに掛かってはいない筈なんですもの。急いで水を消したければ、〈火〉の術士と協力する必要があるけれど、しかしそれでも――、見た目おかしなことは無いとしても、室内の湿度や温度に異変が生じている筈です。窓が開いていなかったというのですから、その異変を感じない方が可笑しい」
「……」
「他に殺害方法だけを考えてみれば、室内の水蒸気を操作することで、陸上の室内で溺死させることも可能ではある。ただしそれも、極端に湿度が高い室内や水が多くある場所、浴室等の場所に限られてきます――でも、お風呂で溺死させるんなら、〈魔法〉など使わずとも、浴槽に頭を押さえつければそれでいいじゃないのって話ですね――。今、この執務室のような環境ではちょっと無理ね、せめて水槽、金魚鉢くらいでも無いことには――。それにそもそも、市長は真っ二つになっていた訳だから、それはあり得ない。溺死の後で切断されていたというなら分からなくもないけれど、それはやはり時間を考えると無理……」
先ほどのアエラと同様、ルナールは口元に指をあて、声に出しながら自分の考えを纏めているというふうに呟いていたが、ふっと顔を上げてタオに顔を向けた。彼女の視線に気付いたタオが書類から頭を上げる。
「なんだい」
「タオ師、切羽詰まって必要はありませんけど、〈術〉を使って構いませんかしら。アサギ君に実演として」
――「ちゃんとした魔術士」は、「〈魔法〉を使わなくても出来ることを、安易に〈魔法〉でやってはならない」という心得を持っている。昨日、サンハルから説教されたときに、タオは「魔法をリモコンだと思ってはいけないというのは小学生が習うこと」と云ったが、「魔法で誰かの役に立とう」なら兎も角、「魔法で楽をしよう」という考えは、はぐれやもぐりに向かってしまう最大の原因なのだ。
ルナールは、今は〈術〉を使う必然性が無いけれども構わないだろうかと、大師匠であるタオに訊ねたのだった。
タオは微笑して、
「今は若手への講義も兼ねているようだから構わんよ。――でも、俺を暗殺の実例にするのは止めてくれよ」
と云った。ルナールは「当たり前です」と慌てた顔をした。
タオは直ぐに、書類に視線を戻した――余程彼にとって、興味深いことが書かれているのか、今は自分が若者達に対して何らかの教示を行うつもりが無いようだった。




