【day2】(1)-[4]-(2)
――ざっと目を通しただけで、タオも訝しげに眉を寄せた。
俯いているのと同じだからさほどハッキリ見えないが、ソファに座っている若者達にも、師匠が軽くではあるが表情を変えたことは伝わっている。
興味、または好奇心――と云うと明るすぎる表現になってしまうだろうか。アサギは不安げな表情を浮かべつつ、何だか緊張が走っている年長者達の間へ、物問いたげに視線を巡らせた。
リオンは少々、除け者にされたような気分になっていたのか、ふて腐れたような声で――
「なあ、俺達にも教えてくれよ。一体どういうことなんだ? シロウトは魔術士の仕業と思いそうだけど、魔術士にも無理な状況って、どんなだったんだ?」
身を乗り出しつつ、先ほどと同じように執務机の周りに立った年長者へ訊ねる。
幹部三名が若者達に目を向ける。云っていいものか悪いものか、という迷いがほんの数瞬間だけ漂ったが、三人はこくりと頷き合った。サウザー側としても、サヴァナとフリュスの客人に対して「いつかは伝えるべき情報」であり「伏せていてはいけない情報」となるのかもしれない。それに、アサギとリオンの方が、今内緒にされても気分が良くないであろうし――ただ、まだ多感と云える若い二人に「云って良いものかどうか」という、年長者ならではの迷いがあったのだ――。
フーコーが一度息を吐き、彼に「じゃあ、リオン君」と声をかけた。
「リオン君。貴方――その位置からでいいわ、タオさんを、〈術〉だけで真っ二つに出来る? 縦に」
フーコーは机の面に顔を向けているタオの頭の上へ手刀を掲げ、真っ直ぐに下ろした。タオが書類に目を向けたまま、「物騒な例え出すなよ」と苦笑めいた声を出した。
リオンは「無理無理」と慌てて首と手を振る。
「真っ二つって、そんなの無理。術だけでってんなら尚のこと、俺には無理ッ。……俺が今ちゃんと使える〈攻撃術〉って……〈風刃〉の小さいのを沢山飛ばして、失血を狙うか急所に当たるのを期待するかって感じだもん」
「〈装置〉があるなら?」
「……うーん…――凧使って、そいつに凶器……斧でも装備させれば、振り落とすみたいにして真っ二つ……って出来なくもないかなあ」
「じゃ、その位置じゃなくて、部屋の外からだと、どう?」
「いやあ、絶対無理だよ。前もってその部屋に凧忍ばせとくってんなら何とかなるかもだけど、密室で、コトの後、その凶器を残さないってんなら、絶対出来ない」
「でしょうね」
フーコーが大きく頷く。リオンは「まだ君には出来ない」と云われたのかと一瞬思い、気を悪くさせかけたが、フーコーは
「私にも無理よ」
と云った。リオンはぱちぱちと瞬きをする。〈マスター〉のフーコーにも無理、と。
「部屋の外からやるんなら、部屋ごと真っ二つにするつもりでもないと……。机も椅子も窓も壁も――無傷じゃ済まないわ、きっと部屋の中に台風が飛び込んだみたいな風景になるはずよ。それに、この執務室のように机の正面が扉っていうんならアタリも付けられるけど――それだって、自分がコトを起こすときに標的が座ってる保証も無いのよ。前もって内部の様子を知っている上で、標的が何処に居るかを把握してなきゃ、確実に失敗。だから、〈透視〉できる術士がサポートでもしてくれないと、私にも一人じゃ絶対無理ね」
フーコーがタオの見下ろしている書類を軽く指さして云う。党首室の見取り図が書かれているのかもしれない。
「まして……、窓や壁は兎も角、机や椅子も無事で、座ってる人だけを瞬時に真っ二つなんてね、そんなことが出来る魔術は無いわ」
吐き捨てるように云ったフーコーの言葉に、リオンが目を見開く。
「つ、机と椅子? ちょっと待って、それって、――市長が、タオが今座ってるみたいに座ってるとしてさ、その市長だけ……、タオの体だけが二つに割れてるって、そういうこと!?」
「――そうよ」
フーコーが頷くと、タオが顔を上げ――物騒な話をしているのに表情は相変わらず薄笑いだ――、執務椅子の肘掛けを握るようにして深く座り直し、背もたれに身を預けた。
「姿勢はこういう感じだね」
タオがリオンとアサギを見てそう云った。……如何にも尊大に、権力者が権力の椅子に座っている形だ。
フーコーはそんな領主を指さして、「そしてこういうふう」と云いつつ、タオの頭のてっぺんから机で隠れている股間辺りまで向かって真っ直ぐな線を描くと、
「……それが少し、こう……割れている。真っ直ぐきれいに半分こ」
タオを指していた指、その手と、もう片方の手を今度は自分の頭の上に持っていき――其処に出来た切れ目を裂くように両側へ開く動作をした。
「机にも椅子にも、窓や壁などにも全く異常無く、人――市長だけが、ね」
タオはそこで「見本はもういいかな」と小さく呟き、再び前のめりになって書類を覗き込む。
――何とも……地味か派手かで云えば地味の側だろうが、ショッキングな死体だ。アサギだけでなくリオンも、一瞬身を震わせて、今度は相当の狼狽を顔に出し、「あり得ねー!」と激しく首を振った。
「俺がカマイタチ使ったら、机は間違い無く傷だらけ! 真っ二つどころか、傷だって腰から上にしか付かないよ、きっと。凧と斧を一緒に使ったって……何とか机は掠める程度でも、椅子は」
「そうなのよ……」
フーコーは顔をしかめてリオンに大きく頷いてみせ、次には声に出しながら自分の考えを纏めているというふうに、訥々と語り始めた。
「大体、〈風〉の術で、ある一室に閉じこもった人間を一人確実に殺害したければ、『切る』よりも、そうねえ、大体顔の高さに『真空』のエリアを作り、窒息か爆発を期待する方が確実なんだけど、――市長は明らかに『切られてる』し……」
「――」
「じゃあ、これが『暗殺』だと云うことはおいといて――順番を逆にして考えてみる。可能不可能と云うより、室内に何の影響も及ぼさず人だけ真っ二つにする方法があるかどうかを考えてみたら、『無いとは云いきれない』んだけど……」
「え、そんな方法……ある?」
独り言のようだったフーコーの言葉に、リオンが首を傾げながら割り込んだ。直接の師匠ではないが、〈風〉の〈マスター〉であるフーコーはリオンから見て先達である。彼女からも学ぶべきことはあるはずだ。
フーコーの方からすれば、考え事の最中に割り込まれたようなものであるから、一度軽く目を細めたが、リオンの好奇心も理解出来るので、素直に答えた。
「リオン君、〈風の糸〉は使えるわよね?」
「えっ? ――〈風糸〉って、〈感〉とか〈識〉に使うもんだろう? ……攻撃目的で使えるの?」
きょとんとしたリオンにフーコーが苦笑を浮かべた。
「使おうと思えばね。誰も本気で攻撃には使おうとしないだけよ、凄く地味で大したダメージにならないから」
「……じゃあ、〈風糸〉を使ったら、机や椅子にすら傷も付けず、人を真っ二つに出来るっての?」
「そこなのよ。真っ二つに『出来るか』と云ったら、それは限りなく不可能に近い……というか、『非現実的』と思う。私が云ってるのは、可能不可能じゃなくて、調度品や室内の他のものには全く傷を付けず人だけを切る方法が『ある』かどうか。〈風の糸〉は単に方法として、アリかなと思いついただけなのよね」
「……じゃあ、仮に〈風糸〉を使うとしたら、フーコーさんは、どういう使い方になると思ってんの?」
「その前に、リオン君は〈風の糸〉を攻撃に使おうとしたらどうなるか、知らないのよね?」
フーコーが念のために訊ねると、リオンは「う、うん」とたじろぎつつ頷いた。別に知らないなら知らないでもいい、とフーコーが肩を竦めながら説明した。
「云ったでしょ、凄く地味なのよ。――そうねえ、普通なら薄皮一枚切れるくらい。紙で指を切っちゃうのとそんなに変わりないわね」
「ええ?」
リオンが大げさに呆れた顔をして首を捻る。
「でも、馬鹿にしたものではなくてね――『殺害』も、出来なくはないのよ。だって、ものによっちゃ紙の切断能力も舐めたもんじゃないでしょ? 上手く入れば何とかなる、それと同じ」
そう云いながらフーコーは手刀を自分の首筋に当てた。ああ…とリオンが納得したふうに頷く。
「『針』のように『刺す』つもりで使うと傷も目立たない。キッチリ急所を狙える技術があれば――ある意味、本当に『暗殺向き』の術かもしれないわ。〈糸〉なら〈刃〉ほどには、術者の消耗も激しくないし」
「――ううん……」
「まあ、直接、戦いに使えるほど『攻撃的』な術じゃないことは確かよ。リオン君が戦場で〈敵〉と対峙したときは〈刃〉を使う方が良い。ただね」
フーコーが、真面目な顔をして顔の前に人差し指を立てた。目の色が、さっきよりも「年長者」「師匠」っぽい。より「指導」に近いことを云おうとしているらしい。リオンは無意識に、組んでいた脚を解いて背を伸ばした。
「〈風の糸〉を、敢えて〈攻撃〉に使えるものと思っとく必要は無いし、〈感〉や〈識〉がメインの用途って思うのも正しいんだけど、〈結界〉や〈防御〉には使えるものだと、覚えとく方がいいわよ」
「え? 防御?」
「薄皮一枚しか切れない程度の攻撃力だとしても、それを張り巡らせることが出来れば、なかなか馬鹿に出来ない防御能力があると思わない?」
そう云ってフーコーは、両手を胸の前に突き出し、観音開きの扉を開くような身振りをして、腕を両側に広げた。
それを見てリオンが「ああ……!」と頷く。
「そうか……。俺、〈風〉って、『遠隔』想定の〈攻撃術〉が多いから、懐に入られるのが弱点って思ってたんだ。でも、素手の相手だったら〈糸〉だけで何とか防御も出来るんだね」
「そういうこと。それこそ斧や剣を防ぐのには心許ないけど、素手やナイフ程度なら、取りあえず命は守れる防御方法としてアリなのよ。ちなみに、私は特に女の子の弟子に〈風の糸〉の修練をさせるときは、それで織った『ローブ』や『ショール』を纏うイメージを持つように云ってるの。そして、常にそのイメージを持っていても体力を消耗しない、あるいは瞬時にそれを纏えるようにって、そういう鍛錬、コツを磨く修行をさせてるわ――日常に於いても不埒者から身を守れるようにね」
「……成る程」
「リオン君が今云った通り……『実戦』だと〈風〉の術士は、どちらかと云えば遠隔想定で後方に配置されることが多いけど、万一、白兵戦に入ってしまった場合でも、心臓や眉間、頸くらいは、〈糸〉を織った『衝立』を鎧や帷子の前に置くイメージを持つようにすると、結構身を守れるわよ。――もちろん、〈風の糸〉程度でも、『結界』というくらい無数に、または、より広範囲に張り巡らそうと思えば、結構ハードだけどね」
「うん、解った。いいこと教えて貰った、ありがとう、フーコーさん」
膝小僧を掴んでリオンがぺこっと頭を下げる。――やはりリオンは素直な人物だ。気を悪くすればふて腐れる、それを隠そうともしないが、喜んだときには直ぐに笑い、誰かから恩を受ければ直ぐに礼を云う。
フーコーは微笑を見せた後で、「で」と本題に戻った。
「それじゃあ、市長の場合を考えてみると――、いくら〈風の糸〉で『殺害』自体は可能だからって、普通に考えたら『真っ二つ』ってのは無理でしょう?」
「そうだなあ……、頭蓋骨があるもん……。流石に〈糸〉で骨までスッパリとは…」
アサギが何だか眉をハの字にし始めているので、フーコーはまず「残酷な話になってごめんなさいね、アサギ君」と断った。




