【day2】(1)-[4]-(1)
今度こそ「用件」は終わった。いい加減、本来の職務に戻らねばなるまい。イムファルとフーコーが「それでは」とタオに軽く頭を下げたところで、執務室の扉が「こんこん」と音を立てた。
外側からノックする音の後、「情報部のグロウです、イムファル部長はいらっしゃいますか」と声が聞こえた。
イムファルがタオに意志を問うような視線を向け、領主が「いいよ」と云うふうに頷くのを確認してから扉に近づいて開いた。
昨日はノックもなく飛び込んできて用件を叫ぶように伝えてきたが、今日のグロウは扉が開いても、「入りなさい」と云われない限り、廊下から執務室の内側には入ってこない。
扉は執務机の正面にあるので、グロウはまずタオに向かって一礼し、イムファルに顔を向けた。
「済まん、ちょっと色々と話し込むことがあったんでな。私を呼びに来たのか」
イムファルがそう云うと、グロウ技師は小さく首を振る。
「いえ、直ぐにお戻り頂かねばならぬ事態が起きた訳ではありません」
そう云って、手にした書類をイムファルに差し出した。
「〝傍観〟より報告が参りましたので、これを」
イムファルは目を見開き、「有難う!」と少々声を高くしてグロウに云った。執務机の周りで、フーコーやルナールも「はっ」と息を飲む。
「〝無知〟からはまだ何も?」
「はい。――ボウガンは党本部を探ることに成功したようです。ムチは東方基地近辺に居りましたので、そちらから中央の間で軍や行政関連を調査しているらしく」
「そうか――ご苦労。そうだ、グロウ。折り返し、CFCで市長死亡の広報、報道は現段階でされたかどうか訊いてみてくれないか。まだされてないとすれば、された時点で、どういう形・内容でなされたか、報告をするように」
「――部長、あの……」
イムファルの指示に直ぐに頷かず、グロウは軽く眉を寄せて戸惑いがちに口を開いた。
「どうした?」
よく見ると、グロウの顔色が良くない。
「部長――ボウガンからは、その報告と同時に、別の諜報隊を交代要員として派遣し、帰還命令を出して頂きたいと要望が出されております。そうでなければ、数日、任務から離れて待機とさせて頂きたいと」
「――何?」
イムファルが目を細め、彼の後ろでタオやフーコー、ルナールも首を傾げている。
「……その書類に目を通して頂ければお解りかと……、個人的な意見ですが、私としても、ボウガンの要望を受け入れて頂きたく存じます」
イムファルはほんの微かだが狼狽の表情を見せ、
「君の個人的な意見とは?」
「その報告を受けた限り、ボウガンの疲労が甚だしいと、私にも感じられましたので。帰還は難しくとも、休暇のつもりで待機命令を出して頂けないでしょうか」
イムファルが手にした書類をチラリと見下ろす。何が書いてあるのか、まだちゃんと読んでいないが、この報告を受けたグロウ本人も顔色が悪いのだから、ボウガンの疲労も推して知るべし、ということなのだろうか。
「――そうか、解った。帰還命令……は今すぐには出せないから、三日間の待機をボウガンの隊に命じる。適当な身分を装い、ちゃんと宿を取って休めと伝えなさい。ただ、市井レベルでどういった報道・風聞が聞こえるかは、これまで通り、無理をしない程度に蓄積しておくように」
「畏まりました」
「それと、先に云ったことはムチにも伝えてくれ。市長死亡の広報はどのタイミングでどういった形でなされたか、なされるのか」
「はい。――では、失礼します」
一礼してグロウが扉の前から去る。内側に開く扉だから、イムファルがそれを閉めた。
そのまま扉の前でまず、情報部長は書類を両手で掴み中身を確かめる――数枚の紙を一枚ずつ捲り読み進める、その手が次第にぶるぶると震え始め、イムファルは瞬きも忘れたように目を見開いていた。
そんな表情に、タオが「どうした」と問い、フーコーとルナールも「何て書いているの…」と不安そうな声を出した。
きっと顔を上げ、イムファルが領主に向かい、
「タオ様――ここに……、『CFCが魔術士の仕業だろうと思った理由』が書いてございます。『極端なイエスマン』説が完全に確定したとは申せませんが、『どちらかが真犯人』という可能性は潰れたかと」
「――」
「ですが――、魔術士の仕業ではない証拠も、此処には書かれております」
それを聞いてルナールとフーコーが彼に近寄る。「見せて!」と手を出してきたフーコーへイムファルは書類を渡した。
その書類に書かれた文字は――党首室の内部を描写していた。ボウガンは〈風〉と友であり、〈水〉と意志を通わせている魔術士である。果たして党本部に潜入してのことなのか、それとも外部からの〈透視〉によるものかは解らないが、――サウザー側の人間として現場の観察に成功したのだ。
――恐らくボウガン本人も思ったのだろう、「これは魔術士によるものではない」と。そして、イムファルも、「ここに書かれているのは、魔術士の仕業ではない証拠だ」と思ってそう云ったのだった。
――イムファルは〈軍〉の魔術士隊に属するような「正式な魔術士」ではない。〈魔術〉を専門とする〈教育施設〉を出てはいるが、〈友〉や〈マスター〉には、どの精霊ともなっていない。魔術士隊へ正規に属するのは基本的に「一つの精霊と〈友〉にはなっている者」である、入隊時最低限の資格で云うと「〈マスター〉から見て〈友〉となる見込みが高い者」であるから、イムファルは魔術士隊員ではないのだ。
一般に魔術士を志望する若者は、四大精霊のうちの一つに的を絞り、「意思の疎通」「友」「マスター」とそれぞれの段階を目標として修行を進めるのだが、イムファルは、〈魔術〉を使うことには好奇心や興味が強くなかったため、「友」「マスター」を目標にする意欲が薄かったのである。彼の場合、知ること――この世の理、この世界に精霊が居る意味、この世界は一体どうなっているのか、それを知る欲求の方が強かった。技術者としての魔術士でなく、科学者あるいは哲学者としての魔術士を志望していたと云い替えても良いだろう。よって、使うことを前提として一つの精霊に的を絞ることが――彼の場合は心理的に――難しかったのである。
イムファルはその代わりに、全ての精霊との「意思の疎通」、その段階だけを目標とした。階段の一番下だけを目標としているのだから安易と云われそうだが、その一番下を踏破することとて実は簡単ではない――だからこそ技術者として魔術士を目指す者は一種類にまず絞るのだし――。
そしてイムファルはそれを実現させた。四大精霊全てと意思の疎通を可能としている。〈友〉というより、精霊を〈師〉として、この世界のことを知るための教えを請うことに満足している――意思の疎通だけであっても、精霊全てとなれば困難であることを魔術士志望の者なら皆知っているから、そういう意味でイムファルも若手から羨望と尊敬を集めている――。
そんなイムファルであるから――ボウガンからの報告書を見て、正式な魔術士ではないとしても、それが「魔術士になら出来ること」ではない、と考えたのだ。
正式な魔術士であるルナールとフーコーも並んで、二人で書類の右と左を掴み中身を読み進める。――彼女らの表情も段々と険しくなった。
タオが「おい、俺にも見せろよ」と不満そうな声を出したが、フーコーが顔を上げ、彼に手を突き出した。
「タオさん、貴方は先にそれを平らげちゃって頂戴。冗談じゃなく、朝食を終える前に昼食のワゴンがやってくるわよ。――流石に貴方も気分が悪くなるかもしれないわ」
「……」
タオが机を見下ろす。まだパンがひとかけらと、牛乳が三分の一ほど残っていた。
むっつりとしてタオはパンを口の中に放り込み、牛乳のグラスを掴む。
ルナールとフーコーが書類をタオに渡すのを後にするとしても、イムファルが机の横に近づき、領主へ簡単に云った。
「ボウガンは党首室の中を覗くのに成功したようです。取りあえず、それだけ申し上げておきます」
「……。その室内が、食欲無くすようなことになってるって訳か」
「――そうです」
「あるいは、諜報隊員が『休暇を呉れ』と自分から弱音を吐いてしまうような状況、ってか。アスール新民党の内部――それも『党首室』を覗くとなれば、それだけで結構な難度だが、ボウガンの『疲労』はそれ故のものだけじゃない、ってことだな?」
「勿論、それだけでも身体的な消耗、疲弊はするでしょうが、それだけで自分から弱音を吐くほど、『傍観』は繊細ではありません。――影武者なりの他人がやられた『市長生存説』も潰れたと――思って良いでしょう」
二人の会話を聞いて、ソファのアサギがぴくりと肩を強ばらせた。もしや本当に、まだ遺体が放置されていたというのか。
そんなアサギの肩をリオンがグッと掴む。しっかりしろ、と云うふうに。アサギは彼の顔を見て「うん」と頷いた。
ルナールとフーコーもしかめっ面を書類から上げて、はあっと大きく息を吐いた。
「イムファルさんの云う通りね。――常人に出来ることでは無い、魔術士の仕業だと思っても不思議ではないけど、魔術士に出来ることでもない状況だわ…」
フーコーが苦々しくそう云うと、ルナールも溜息混じりに、
「それこそ、魔術士に現場検証させれば、そんなこと一目瞭然でしょうに……。何だって先に罵倒がやってくるのか理解出来ません」
そんなことを云った。
フーコーが執務机に近づき、書類をタオに渡した。タオが皿を横に退け、机に書類を広げて見下ろした。




