【day2】(1)-[3]-(5)
「警護員の人がまさか『口封じ』になんて遭っていないことは、僕も――期待してます。でも、そうじゃなくて、――よくよく考えてみたら……そもそも…」
アサギは随分と悲痛に顔をゆがませて、誰にというのでもなく、何かを訴えるような声を出した。
「大統領と幹事長が純粋なイエスマンだったにしろ、大統領か幹事長が実は真犯人だったにしろ――、まだ広報をするつもりが無く、そのために司法捜査も始めていないということになれば、何にせよ、党首室に他殺体が放っておかれているということに――なるんですか? 夜通し通信して、こちらから何らかの有効な返答が無い限り、そのまま――大統領と幹事長は、市長の遺体を放っておいたということですか……? 市長が生きている可能性の方を考えたら、もしや、市長本人でも無く、代わりに殺された誰かの……」
顔色の悪いアサギを哀れむように、ルナールが目を細めた。
アサギはズボンの上の拳を、相変わらず震わせている。
「可能性はある」
きっぱりと云ったのはタオだ。
狼狽した顔をアサギが師匠に向けると、薄笑いをずっと浮かべていたタオは今、極めて冷静な顔をしていた。
「だが、今イムファルが仮定したように、意外と多人数が計画に荷担しているのであれば、誰にも知られぬようにひっそりと埋葬はした――出来たかもしれない。それは、大統領か幹事長が犯人でなかった場合も同様で、他の党幹部の中にも『今の段階で市長の死亡を一般人に知られるのは厄介だ』と思う者が居たなら、そういう者と共謀して埋葬、せめて安置は出来たかもしれん。――市長が実は生きていて、他人を身代わりに殺害したということなら、大統領か幹事長が党首室から離れた隙にその遺体を忽然と消したかもしれない――それも如何にも『魔術士の仕業』に見えそうだからな――その上で、何処かに、誰にも知られない場所に埋葬したかもしれない。そういう可能性だって、無いとは云えない。……アサギ、それを祈ろう。それしか、こっちには出来んよ」
タオが静かにアサギへ云った。
それが〈敵〉側の者であれ……、「人間の尊厳を考え」ていないような「非人道的」な「惨い遺体」が、一晩そのままで放っておかれたなんて――。それを思いついてしまったら――法師、僧侶であるアサギには、到底堪えきれない光景であったのだろう…。
――だが、実際そうだとしても、自分に出来ることは何も無い。アサギは泣きそうな顔をしていたが、ギュッと唇を噛み、タオの言葉にゆるゆると頷いた。
「何にせよ、全て可能性の話であり、想像の産物だ。ある程度の想定をしておけば、想定外の事態に慌てずとも済む、というだけのことだからな」
「……」
「それに、サウザーに関係ある可能性として特に重要になるかもしれないものを炙り出しただけで、ゼロでは無い可能性の全てを吟味しだしたらキリもない。例えば、CFCの反政府勢力が密かにフリーのアサシンや、それこそそっち系の魔術士を雇って暗殺したとか、大統領や幹事長はどこまでもイエスマンであって、ここまでに全く姿を現してない党内の反市長派がやったとか。それとも、今俺達がやっている戦には全く関係無い勢力が、ただ引っかき回すために横やり入れてきたとか。もっと単純に考えられる、最有力の容疑者をぶっちゃけてしまえば」
「え? ……最有力の容疑者――?」
イムファルが首を傾げると、タオがニヤッと笑った。
「簡単だぞ。君が云った『二名の護衛官』だ」
「……」
「その二人が犯人だ、ってのが、実は一番納得出来る状況だろうが。簡単すぎて気が抜けちまう」
幹部達や若者が、呆れたような顔を見合わせる。
「イムファル、君だってさっき、チラッと云ったじゃないか。二名の護衛官が大統領か幹事長の計画の加担者かもしれない、って。――口裏合わせなんて回りくどい意味でなく、大統領や幹事長とは関係無い『護衛官による犯行』、ってのが一番単純で辻褄の合う話だぞ?」
「あ、あぁ……」
「大統領と幹事長がそれを全く疑わず、こっちに濡れ衣着せるとかいう以前に『密室殺人』だと思ってるんなら、本気でバカだ。腹抱えて笑っちまうな。――だが、そんなこと云いだしたらキリが無い。何度も云うが、サウザーには犯人を特定する、捕まえる義務も無い訳だからな。――後は、ムチやボウガンからの事実確認の報告を待とう。何より、市長の死亡自体が本当なのかどうかは、それを待たなきゃどうしようもない」
タオが表情を苦笑に変えて肩を竦めた。イムファルが「仰る通りです」と頷いた。
「そんじゃ、そろそろ本題に戻ろうか」
「本題?」
タオがパンッと手を鳴らしてそう云うと、フーコーが「えっ?」と不思議そうな顔をした。今まで「雑談」をしていたつもりも無いのに。
すると、タオが呆れた口調で
「ほらあ、アエラ。また忘れてる。――君は何しに此処に来たんだ、その通信の報告だけだったか?」
「あ、ああ――」
そうでしたそうでした、とフーコーが慌てた顔をして何度も頷く。そうだった、CFCへの返答はどうするべきか、タオに意見を求めに来たのだった。
「今みたいな議論をした後だと、いよいよ、タオさん、貴方から直接の言葉をお願いしたいわ。私だと余計なことを云ってしまいそう」
フーコーが肩を竦めると、タオが薄く笑う。イムファルも
「私も少し不安が……。こちらの想定を、つい、零してしまうことなどあっては、ややこしくなります」
と困ったふうに小首を傾げた。
「頼りない部下で恐縮ですけど、ウチの領主はこう云ってます、て形にして頂けない?」
フーコーがタオに向かってそう云うと、相変わらず彼は薄笑いを浮かべて「そうだねえ」と殊更に何か考える顔をして髭を扱いた。
「総大将が倒れたことを教えて貰ったって、こっちにはどうしようもないんだよねえ。そんなことどうだっていいんだ」
「……まさか、それを云えとは仰らないでしょうね、タオさん」
大きな声の独り言、という風情でタオが云うと、フーコーが目を細め、呆れた声を出した。
「『うちの領主はこう云いました』ってことなら、俺はまずそれが本音なんだがな。『で? 市長が死んだから何?』」
タオは笑みを消さないまま、まずそう云った。フーコーが肩を竦める。
「……もう少しだけ、『具体的』にお願い出来ます?」
タオが再び「そうだねえ…」と呟いた。――口元に笑みはまだ浮かんでいるが、目の光が少し冷たくなる。それから、淡々とした声で云った。
「一つ。市長一人殺して戦が止むなら、とっくの昔にやっている」
それはつまり、サウザー側から見て、市長一人を狙って殺す理由は無い。もっと云えば、サウザーから見て、市長一人の生死はそんなに価値のあるものではない――そういうことだ。
タオ以外の全員は、こくっと唾を飲んだ。
「次。密室で人が死んでいたとき、すぐさま魔法による殺人と断定するのは、合理主義者の合理的思考ではない」
それはつまり――。今まで「合理主義者」「現実主義者」を標榜するが故に〈魔術士〉を敵視していたのが君らなのだから、こっちに文句を云うのは、もう少し合理的な考察と説明を済ませてからにしなさい――そう云っている。
「今の二つを、外交辞書で翻訳して返答すればいいさ」
「……難しい課題を与えて下さいますこと」
「そんな難しけりゃ、最初に君が云った『ふざけんなバカ』を翻訳するんでも構わんよ。そうでなけりゃ、知らぬ存ぜぬを押し通したっていい、俺の最初の本音も『で? 知らねえし』なんだから。ていうか、そもそも馬鹿正直に返答する必要も無いだろうよ。さっき、『返答を要求してくる狙い』も考えてたじゃないか、その『狙い』に乗ったら馬鹿見るかもしんないだろ。こっちが完全に無視しとけば、向こうの動きが見えてくることだってあるかもしれない」
タオの目の光は柔らかいものに戻っている。肩を竦めて領主は云い、外交部長と情報部長は顔を見合わせて「その通り、向こうが如何にやきもきしようと、こちらには関係無いんだからノンビリ行きましょうか」と苦笑し合った。
「それにしても、タオさん。貴方自身は、その可能性のどれを、一番有力視してらっしゃるの?」
フーコーが訊ねる。考えられる可能性を炙り出すのは、まあ良いとして、そのせいでこっちの頭は混乱しそうだ――何度もタオが指摘したとおり、フーコーはあらゆる可能性を並行して吟味することが余り得意ではないのだ――。領主本人はどの可能性を最も重要なものだと考えているのか。
タオが「俺か?」と云ってまた薄く笑う。
「俺はねえ、『極端なイエスマンが助けを求めている』可能性」
それを聞いて、イムファルとルナールは目をぱちくりとさせ、フーコーは呆れたふうに口を開いた。ソファのリオンが「結局そこに戻るのか!」とやはり呆れた声を出した。
「何なの、自分で混乱させるような謎を提示しておいて、一番単純なそれ?」
フーコーが口を尖らせると、やはりタオは笑っている。
「市長生存説――それはつまり影武者死亡説――、大統領か幹事長が真犯人説、そのへんは、まあ、深く考えたときにまだ潰せない可能性でさ。俺自身は、つくづく『大統領と幹事長が助けを求めてる』ように聞こえてきてたんでね……」
「――」
「ただ、どういう助けを求めているのかが、気になってる訳で……」
独り言のようにタオは呟いたが、それ以上は何も云わなかった。フーコーは相変わらず口を尖らせていたが、「はあ」と溜息をついただけだった。
タオから「返答」を聞けたところで、取りあえずフーコーとイムファルの「用件」は終わった。
二人が「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」と顔を見合わせると、タオがイムファルに顔を向けて、少々、意外そうに目を細め、「それだけなのか?」と首を傾げた。
「それだけ――と仰いますと」
イムファルが首を傾げ返して云うと、タオは、
「今日の通信は、その、『暗殺』へのツッコミだけだったのか? ――『地獄の怪物』については、何も?」
「ああ……」
そういう意味ですか、とイムファルは合点して、「ええ」と首肯した。
タオがパチパチと瞬きをした後、ニッと口の端を歪め、「へぇ~え」と大げさに息を吐いた。
何だか自分が馬鹿にされた気分になって――完全に気のせいだが――フーコーが「何よ、タオさん」とふて腐れた。
「……いよいよ、極端なイエスマンが『己達はどうすればいいんだろう』って云ってるように思えてこないか?」
「――?」
フーコーはルナールと顔を合わせて首を傾げ合う。イムファルは神妙な顔つきで領主の言葉を飲み込み――「ああ…」と溜息をついた。
「成る程――、云われてみれば、そうですね……」
「どういうことですか?」
ルナールがイムファルに問う。フーコーも彼に説明を求めるような顔をしていた。
「昨夜の段階では、曰く『地獄の怪物』が東部基地を攻撃したらしいと報告されていますが、CFC……CCFCまでは向かっていないか、攻撃をしていないか、ということなんでしょう」
「……まあ、そういう情報は、入ってないしね。――それで?」
「『腰巾着』である大統領と幹事長にとっては、『腰』を失ったことが何よりの大事で、自分に直接関係の無い基地が打撃を受けたことについては、サウザーの仕業かどうか、現段階で二の次らしい……――そんなふうに、感じられませんか?」
イムファルは苦笑して、二人の女性幹部にそう云った。彼の表情は――何だか冷たくも見える。
ルナールとフーコーも「ああ……」と納得する息を漏らすと、ルナールは続けて呆れたような溜息をつき、フーコーは「ふん」と鼻を鳴らした。
「成る程ね……。市長を失うことは自分の権力を脅かすことだから大事だけど、基地でどんな被害が出ようが、今のところ己には何の影響も無いものね。どうせ戦争してる最中なんだもの、基地が攻撃されることは誰からだろうが『当たり前』『想定内』だし」
フーコーが大げさに、嘲笑めいた声でそう云った。だが――気分が悪い。それを表すように、表情をしかめっ面に変えてチッと舌を打った。
タオはそんなフーコーに微笑し、腕を組んで独り言のように呟く。
「当てにならんなあ。――俺としては……、どんなに此方に濡れ衣着せてこようが一向に構わんから、『地獄の怪物』の方を詳細に語って欲しかったものだ。それこそ細切れの箇条書きでも構わんのに」
「――総大将の死亡なんかより、貴方にとっては、それが余程に有益な情報ってことね」
フーコーが溜息混じりに云うと、「その通りさ」とタオはパチパチと瞬きをした。
「当たり前だろう」
幹部達は顔を見合わせ、今度はタオに対して「やれやれ」という顔をしている。




