【day1】-[1]-(3)
「さて、と。若者達、どうするね? 俺は、グロスの丘に向かうが。君達は、国に戻るか?」
顎から垂れた、まだこの頃は黒かった髭をしごきながらタオ・サウザーが若い魔術士、あるいは技師に対して尋ねる。
「今から戻って間に合う訳ねーよ。城で俺のやることは無いってんなら、あんたについていく」
「ぼ、僕も、先生についていきます。ど、どうせ死ぬかもしれないんだから、タオ師の、凄い〈魔法〉を目に焼き付けたいです。――でも、あの、お邪魔じゃなければ」
「バカだね、目に焼き付けても死んだら意味無いし、死なないために行くんだよ」
フリュスの若者が云った言葉にタオは笑い、頷いた。
「邪魔ということはない。君達が敢えて俺の邪魔をするつもりじゃないならな、一生一度の『見学』になるだろうよ――じゃあ、急ごうか」
タオはそう云って二人を促した。
扉を開けるとすぐに城内が慌ただしい。領主の執務室前の廊下など、普段なら静かすぎて不安になる程なのだが。
廊下の向こうから長身で黒髪の女性――、一応〈軍〉において、「魔術士」部隊の副隊長ということになっている、ルナールが、丈の長いスカートの裾を捌きながら走ってきた。
「タオ師、我が隊にご指示はございますか」
「結界と治癒。ただそれのみだ。あ、御免、それと情報交換」
端的にタオは答え、ルナールは一瞬、ぽかんと口を開いた。
「そ、それだけですか?」
「それだけ。いいか、CFC他、奴らへの攻撃・迎撃など考えちゃいかんぞ? 今は、連中の攻撃に耐え民衆を守る、ただその方法だけを全力で考えよ。そんかし」
タオがピッと指を立てて、
「連中への攻撃を考える必要は無いが、被害も考えなくていい。こっちの被害を抑えることに集中しろ。サンハルにもそう伝えなさい」
タオは素っ気なく、――また、冷たくそう云った。ルナール副隊長は、こくりと息を呑んで「解りました」と答えた。
「具体的に、結界はどの程度の範囲で。城壁の内のみであれば、『核』への備えは完璧に行えますが――」
そうは行かないでしょう、と続けたそうにルナールは云い、タオも「うん」と答える。
「さっき俺はグロウ技師から聞いたが、グロスの平原に落ちる可能性が高いらしい。おまえたちも情報部から着弾点の予測を絶えず聞け。出来る限りサウザー城直下の領内全土、最悪でも人家の限度を境界としつつ、着弾点を避けた範囲を網羅するよう努めよ」
「避けて……ですか」
「そうだ。結界の内での爆発を最も避けろ。民衆を守るための結界を張ることだけに、魔術士隊は集中すべきだ。〈矢〉を隔離してその中で爆発させる、という作戦は一切考えるな、俺が禁じる」
「――畏まりました」
「恐らく着弾予測も流動するであろうから、情報を絶やしてはならぬ。また、〝風〟の〈伝信〉が得意な魔術士を情報部へ回して、城壁外の民衆へ可能な限り広く避難のふれを回すのだ。――攻撃魔術士はどうするか? 遠隔障壁が得意な魔術士と組み、サウバー山系の友軍を保護する方法を模索せよ。治癒魔術士は城内医局に留まらず、一般病院、診療所にも振り分けて待機させよ。――全ての魔術士も情報部や警備隊との連絡を絶えず交わし、連携して最善を尽くしたまえ」
「畏まりました、――それで……タオ師匠は、どちらへ」
ルナールは再び「こくり」と息を呑んで訊ねた。
「俺はグロスの丘へ向かう。――あ、そうだ、ルナール。〝見〟と〝聴〟と〝吟〟で、一番運転が上手いの誰だ?」
タオは素っ気なく答えた後、随分早口に別の質問を投げた。のんびりしてはいられないというのもそうだが、その先の質問がルナールからやってくるのを避けたがっているようにも思われた。
ルナールがたじろいで顎を引いた後、戸惑いがちに
「運転が上手い、と云いますか――、一番運動神経や反射神経が良くて、格闘も優秀なのは〝聴〟だと思われますが」
サウザー領の魔術士部隊に於いて、特に「通信」系の魔法を得意とする三つ子兄弟である。それが兄弟間に限れば、「同調」と表しても良い程、スピードと正確性が高まる。そのうち、次男の名前をルナールは出した。
タオは「おお、そうか」と目を見開き、背後の若者二人をちらりと振り返ってから「そりゃ、丁度良い」と独りごちた。そしてルナールへ向き直る。
「じゃあ、チョウに運転手頼む、一番早くて丈夫な〈クルマ〉準備して、正面で待っとくように伝えてくれ。――ああ、勿論、ケンとギンとの同調を見込んでのことだ、城との通信もしてもらうから、自分の〈装置〉忘れるなつっとけ。ケンは情報部側に詰め、ギンは魔術士部隊内の情報中枢として動くよう命じる」
「か、畏まりました――あの、タオ師匠、グロスの丘で何をなさるおつもりですか。仰りたくないようですが、どうかお聞かせ下さい、サンハル隊長にもそれは伝えませんと――」
「急ぐんだよ」
ルナール副隊長は両手を胸の前で合わせ、懇願する目を見せた。タオは溜息をついた後で苦笑し、「あんまり大きい声じゃ云えないな」と大げさにコソコソした声になって、ルナールの耳元に手の平の壁を立てて囁いた。
「サンハルにだけ云えよ、他には云うな。『それを覚えてもやっちゃいけない魔法』の一つをやりに行く。――おまえはそれが何か知らないだろうが、これ以上は訊くな」
ルナールがみたび息を呑み、こくっと頷く。
「俺の指示は、チョウから入った情報を元にして随時伝える。が、余程のことが無い限り、そっちから俺の指示や判断を仰ぐような通信をチョウに入れるな。それと、いいか、くれぐれも、いくら手が空きそうだからって攻撃系の奴らを俺の補佐とかに回すんじゃないぞ。――何でって? どちらも、俺の集中が途切れるからだ。もし独断で追いかけてくるような奴、『後で覚えてろよ』って俺が云ってた、って云え」
「――はっ、はいっ」
タオが真摯に沈めた声で諭すように云うと、ルナールは顎を引いて敬礼で答えた。
「これだけ云えば、君も、各部署の長も、自分がやるべきことは解るだろう? 今与えるべき指示は既に与えた。民を守るための最善を、各々の判断に於いて尽くせ。――さあ、今度こそ行ってくれ、ルナール。本気で時間が無いからな」
「かっ、畏まりました」
魔術士副隊長が慌てて駆けていく。タオがくるりと振り返り、
「さて、若者たち。ついてくるなら君達にもやってもらうことが色々ありそうなんだが、〈装置〉はそれだけで大丈夫か、必要なもので身に帯びることが可能な物は一通り持って来い。君らが来るまで出られないから、急げよ」
リオンとアサギが手にしたものを一瞥して云う。リオンは「透明の板」を左手に掴み、アサギは水晶玉を手にしていた。
「あんたは、それだけで大丈夫なのか」
リオンが不審げに、タオの手にした杖を見返す。
〈魔法〉を表出する・増幅する・制御するための、魔術士が自分に合わせて作る・あるいは発見する、あるいは生まれてきたときから決められている、媒体としての「装置」。若い魔術士には機械工学や科学技術を組み込んで作られた物を使う者も多いが――情報部の〈風感識〉魔法装置は、サヴァナ・アルチザン・ギルドの雄、風精のマスター・マジシャンでもある技師が作った、魔術士以外でも使える「機械」としての〈装置〉だ――、タオが手にしているものは、樫の木を削っただけの杖である。
「俺は旧い人間なもんでな。『新しいもの』はなかなか馴染めないんだよ。サヴァナにも居るだろう、愛用の斧とハンマーとのみさえあれば、ちょっとした家一軒建てられる親方とか」
「……」
「いいから早く準備しなさいって。――ああそうだ、暑いだろうが、コート、ローブ、マントとか、そういう感じの、身を覆う物も忘れずにな」
苦笑しながら「ほらほら」と云うふうにタオが手を振る。リオンとアサギは己の居室へ駆けていった。
タオはそのまま、歩き、角を曲がり、階段を下り、真っ直ぐに城の正面ホールへ向かう。
ルナールには「各自の判断で最善を尽くせ」と云ったが、それが今の段階で周知になっている訳では無い。タオの姿を見つけると、それなりの役職に就いている者たちが慌てて指示を求めてくる。
「タオ様、ジルバ鉱山から、職員を退避させるべきかどうか問い合わせが来ております、如何致しましょう」
「ジルバなら、その場に留まるように云え。あちらは北東だ、城側に戻るよりその方がいい。水と食料が確保されているか確認し、足りぬならば急ぎ補給隊を派遣せよ。崩落やガス発生の危険が無い坑道や洞穴を厳選し、避難所とせよ。また、見学者や旅人も受け入れて待機させるよう指示せよ。ただし、より北、より東に住居を持つ所帯持ちは、二時間以内に帰宅できる場所であるなら戻るように云え」
「畏まりました!」
「タオ様、サンダッグ地区の畜産を営む者達から、家畜をどうすべきか問い合わせが来ております」
「籠城期間が長くなった場合、牛、豚、羊、鶏など食料とする可能性がある。それでも構わず、提供してくださるものであれば、共に城壁内へ入れて構わぬ。城内職員にも受け入れ準備をしておくよう通達せよ。同じく、避難民への無償の提供が構わぬならば、――飼料の確保は草原と比べて難しいが――乳牛と、まだ卵を産める雌鳥も歓迎せよ。そのために〈軍〉の厩舎と馬場を積極的に開放せよ。サンダッグに限らず、城下、特に西側に住まう世帯には迅速な避難を促せ。ご老体や病人等が居られて介助が必要な世帯があるなら至急申し出るように通達し、〈軍〉より救助部隊を派遣せよ」
「畏まりました、それと……身一つで避難して留守宅に盗人が入ったら補償はあるのか、と云うてきた商人がおるのですが……」
「そういう補償は無い。だから、留守にして城に避難したくなければそれでも良い。できる限り窓やドアを目張りして、地下室があるならそこに籠もれ、あるいは、食える金持ってんなら金庫も持って来い、加えて食い物商ってるんなら全部買い取るから持って来いって回答しろ」
「タオ様、城北のカイゼル敬老院より、一般市民の避難受け入れは無理だと申し入れが」
「それは仕方ない。現在院に居られるご老体の安全確保に最善を尽くすよう返答せよ。ただし、入所者のご家族は可能な範囲で受け入れるよう指示せよ。そうだ、さっきルナールには云ったが追加だ。魔術士詰め所に向かい、治癒魔術士を敬老院や避難所となっている幼・小学院にも一名ずつは派遣せよと伝えてくれ」
「畏まりました」
途中、妙に暢気なものもあったが、タオは全てに同じ調子で、素っ気なく聞こえるほどあっさりと返答していた。
そうして、城の大玄関前――吹き抜けになった広いホールに辿り着く。
何をするのかは知らないが、我が領主が何か大仕事をしに行くらしいことは、全ての城詰職員達に、上司から、あるいは雰囲気で、伝わっていた。




