【day2】(1)-[3]-(4)
「まず、現場の党首室が『密室』の状態であったこと――それには嘘が無いと仮定します。鉄格子も備えた窓は鍵が掛かっていて、天井や壁に異常は無く、扉は一つで警護が二名ついていた、その部分」
イムファルが云うと、ルナールが「ああ、はい」と頷いた。フーコーや若者達も、その状況を具体的にイメージしようとしているようだ。何も無い場所を見て何か考える顔をしたり、空中に指で線を書いたりしている。
「向こうの云う『不可解な状況』とは、そこに『侵入者はおろか訪問者も居ない』ことが加わって生まれているわけですが、まず此処に、我々には知り得ない隠し事があるかもしれません」
「というと……」
ルナールの視線が特に彼に向いていたので、イムファルはルナールに向かって続けた。
「――第一発見者が疑われることは、良くある話です。遺体が発見されるまでに訪問者が居ないという意味であれば、大統領か幹事長が第一発見者であったのなら、どちらかが手を下したと考えられなくはありません。そして、こちらに伝えてきた言葉にも矛盾はありません、ただぼやけているだけです。我々はその二名の警護員に聴取など出来ていないのですから、その部分を明瞭にすることが出来ません」
「……」
ルナールがハッと息を飲んで口元に手を当てた。
ソファに座っていたリオンが、パチンと膝を叩いて「そうだ!」と声を出し、前のめりになった。
「もっと考えれば――『侵入者や訪問者』ってのに『イレギュラーの』って意味を含ませているんだとしたら、予定にあった訪問者なら、死体が見つかった時より前にも来ていたかもしれないよ! 市長を殺しといて澄ました顔で警護に『ご苦労』とでも云って出てって……、その後、死体が見つかったってんでも、別に――ギリギリ矛盾はしてない」
イムファルがこくりと頷いた後で、「しかし」と云った。
「やはり、我々にはそれが明瞭に出来ない、警護官に聴取が出来ないんですから。――サウザーでも、私とテリーイン参謀長によるタオ様への報告は定例となっておりました。それと同様の定例・予定であれば、警護官のような者から見て『訪問者』とは受け取られていなかった可能性もありますし、彼らも大統領や幹事長を市長の『側近中の側近』と考えていたなら、全く疑わないかもしれません」
「そうだわ――、『魔術士』が疑われているのを前提としてたから目眩ましに遭ったけど、考えてみれば――これが普通の殺人事件なら、『市長に抵抗した跡が無い』ことだって、明らかに手がかりじゃないの。『犯人が被害者と顔見知り・親しい者であった』と考えられるんだもの」
今度はフーコーが声を高くして云った――彼女にも何だか、悔しそうな声色が混じっている。
イムファルがそちらにも頷き、
「もしどちらかが犯人であった場合、通信でそれを云ったことは、『危険』と云えば危険だったかもしれません。普通の殺人であればそう考えるのが自然ですので、『市長に近い存在の者』は容疑者として名が挙がってしまいます。……危険と云うより『賭け』でしょうか、『不可解な状況』を、強化する材料になるとも考えられそうですし」
「『魔術士が姿を見せずに遠隔で何かしたのに違いない』みたいな?」
「はい。――ただ、我々にはそれを否定してしまうことも出来ませんし、大統領か幹事長を容疑者として確定することも出来ません。何せ、現場の検証と聴取が出来ないのですから……」
イムファルも悔しそうに唇を噛む。ルナールが口元に手を寄せて思案げな表情を見せた後、「となると…」と呟いた。
「タオ師の仰る通り、『あんな非人道的なことが常人には出来る筈が無い』という部分が重要になってきますね。『魔術士ではない』という意味の常人に不可能な非人道的殺害方法とは、一体どの一線を指すのか――」
「昨日の通信では、『人間の尊厳を考えろ』というふうなことも云っていました。惨い遺体であることは確かなのでしょう。ただ、それが本当に『常人には出来ない』ものであるかどうか、向こうが全く云っていないのです――」
「イムファルさん……、イー・ルに全く居ないのはそうだったと思いますが、CFCには、ある程度魔術士が居ますよね?」
ルナールがそう云うと、イムファルだけでなくリオンも頷いた。イー・ルに居ない、という部分にだろう。
「はい。数は多くありませんが……。マスター格の方が、一人は居られることを把握しております、四大精霊のどれなのかは不明ですけども」
――サウザーの者は、ちゃんとした魔術士に対して、国籍や所属を問わず敬意を持っている。〈敵国〉の話をしていても、イムファルは無意識に敬語を使っていた。
「他に把握している範囲では、〈友〉である魔術士が十名居られるかどうか、意志の疎通を果たしている者が三十は居ない……、というところです――はぐれやもぐりならば、それなりの数が居るようですが」
「……そうした人達が遺体と現場を見れば、魔術士にしか出来ないことなのか常人にも出来ることなのか、判りそうなものですが――、考察の前提が異なりますけど、まだ公表をしないために司法捜査を入れないことにしたのならば、魔術士に確認をさせることも……無かったんでしょうね」
「そうなりますね――。CFCでは、サウザーに対抗するために魔術士を軍に採用してはいますが、地位や権限は、低いもののようですし……」
「当然――大統領か幹事長が真犯人であったなら、公表をしないためというよりも、それこそ保身と隠蔽のために捜査などさせるはずもないし」
ルナールが顔をしかめて呟くように云った。ルナールの言葉を聞いてフーコーが小さく舌を打ち、「じゃあ…」とイムファルに顔を向けた。
「怪しいのは、今日通信をしてきた大統領なんじゃないかしら。『状況証拠』を云ってきたのがそっちだもの」
そう云うと、イムファルは首を振る。
「いえ、それは確定出来ないでしょう。昨日通信をしてきた幹事長の方は、具体的なことを全く云わないまま、ただ罵倒してきたというだけですから、そちらの方が怪しいと云えなくもありません――本当に真犯人であれば、ある程度の『役作り』はしていたかもしれませんし。それに……、女史が仰った『保身』故の鋭い勘――云い替えれば、幹事長が『イエスマン』にありがちな小心者であったことに私も異存はありませんが、それなりの計画を持ってのことだとしても――相当『惨い』状態だったのが事実なら――自分のやったことに対して本当に動揺したかもしれませんよ」
「うーん……。じゃあ、二人ともが犯人、ってことは無いのかしら。別にそう考えても良いような気がしてきたわ」
「女史、それではまた初めに戻ってしまいますよ」
イムファルが苦笑する。
「貴方自身がタオ様に『CFCを買い被っているのではないか』と仰ったではないですか、二人ともがそこまで芝居上手だったとお認めになりますか? 私は両方の通信を受けた者として、その説は承服致しかねます」
するとフーコーは「あ、ああ、そっか」と口ごもった。そして再び「だったら……」と考え込む。
そんなフーコーを見てタオが苦笑し、
「アエラ、そこまでにしなさい。人のことは云えないが悪い癖だよ、集中するあまり、脱線する。――犯人は別に見つけなくたっていい、誰だって良いんだよ」
手の平をフーコーの顔の前に突き出してそう云った。フーコーは「見つけなくていいって……」と戸惑う。
「どっちが真犯人か判ってないと、今後が困りません?」
「どっちかが犯人かもしれない、という可能性を吟味してみてるだけだぞ、今は。それが悪い癖だって云ってるんだ、どっちとも犯人じゃないって可能性を忘れかけてるだろう。もしそっちだったら、俺達こそ大統領か幹事長に『濡れ衣を着せてる』ことになるぞ」
タオが大げさに呆れた口調で云うと、フーコーは再びバツが悪そうに小首を傾げた。
イムファルも苦笑して続ける。
「本当にどちらかが真犯人だとしても、今判っている情報から確定するのも不可能だと思われますし」
「まあ……そうよね。――でも、仮に大統領か幹事長が市長殺害の真犯人だとして……動機っていうか、目的は何なのかしら。私は心からあの二人を、筋金入りの腰巾着、市長が居なけりゃ、それこそ自分が生きてけないくらいのイエスマンだと思っていたのに……」
「そこが、タオ様の仰る『怖い』ことなのでしょう」
イムファルが重々しく頷きながらそう云った。
「今まで生粋のイエスマンだと思っていたのが、偽りのイエスマンだったということになる訳で……。どちらにせよ、独裁者から良いように使われていた手駒は、決して表に出さずとも辛酸を舐めてもいたでしょうし。それで憎悪が頂点に達して……という動機ででもあれば解りやすい話ですけども、現段階で分かっている状況からは突発的な犯行であるとは思われません。――となると、最終的に動機は――これも、一番解りやすいもので『最高権力』なのかもしれません――それに『憎悪』が加わっているか、『憎悪』が故に権力を『奪う』という混成されたものかもしれませんが」
そこまで云って、イムファルは眉を寄せ、「ただ…」と一度言葉を区切った。
「ただ、動機が解りやすいかどうかも今の問題ではありませんね。今、我々にとっての問題は、それが計画的なものなのだとすれば、市長の死亡をこんなに早くサウザーに告げてきたことは、その計画のどの部分を担っているのか……こちらに現段階で罪を着せたい目的は何なのか、が問題となる訳でして。もう少し未来を考えてみるなら、今後我々は『偽りだったイエスマン』の大統領か幹事長の動向を、どう読めば良いのか全く解らなくなってしまう」
「……そうですね…」
ルナールがしみじみと頷いてから俯き加減になり、思案げに口元へ手を当てた後、
「『偽りだったイエスマン』に今後どう対処するか、というのは、……それこそもう、『迂闊に動かない』という結論に至りそうですが――、通信の目的については、タオ師が仰った『挑発』が、あり得そうな感じがしてきますね」
と独り言のような口調で云った。
「明らかに濡れ衣であることを、真犯人だけは分かっている訳ですから……罪を認めることなど無いとも解っている筈です。単なる仮想で例えばの話ですが、タオ師の仰ったように、こちらが苛立った末に『核兵器を使用するような国から云われたくない』とでも返せば、『その報復として暗殺をした』とこじつけることは可能でしょうし、その時こそ、サウザーへの総攻撃の理由とするのかもしれません――自らが最高権力者となった上で」
「そうですね――、そうなると、この場合も、『まず此方に通信をした上で返答を要求する』――それも執拗に――という行動に理由が見えます……」
イムファルが「タオ様の仰る通り、じわじわと怖ろしくなってくる仮説です」と、眉を寄せつつ云った。
「話が戻りますが――『不可解な状況』を説明するにあたって『訪問者が居ない』点を確認するには、『二名の護衛官』も重要な役割を担ってきますが、そもそも、何か隠し事があるのかもしれないと勘ぐり始めれば、誰か――市長を殺害した者が――党首室を訪れた一瞬だけは、その護衛官が居なかったということだってあり得なくはない――それは、隠し事と嘘の境目というところですが――。しかし、それだってまだ、良心的な勘ぐりです。仮に我々が両名に確認のための聴取を要求したとて、真犯人なのかもしれない大統領か幹事長が了承する筈もありませんが、それでもまだ、想像出来る範囲の話です。――もしやそこで、サウザーからの聴取を了承するとしたら、その両名も、大統領か幹事長のイエスマン、市長殺害計画の加担者なのかもしれない訳で」
「……」
ルナールとフーコーがしかめた顔を見合わせる。
リオンも隣のアサギに顔を向けたのだが、アサギは口を噤んだまま俯いており、銀色のさらさらとしたおかっぱ頭は横顔を隠していたので、表情は知れなかった。ただ、彼はズボンの上に乗せた手を拳にしていて、それは小さく震えていた。
「そうなると――大統領か幹事長が最高権力を得るための計画には、意外と多くの人員が携わっている……密かに現市長の体制に反抗していた幹部達も荷担しているのかもしれないと勘ぐることが出来ますし――、そうでなければ、もしや、その二人の護衛官も、今――命を持っていないという可能性とて否定しきれません。そこまで無慈悲な計画を立てている訳ではないなら、護衛官に遺体を見せないまま、適当な口実を付けてその場を離れさせているのかもしれませんが……、そちらに期待したいものです」
溜息混じりにイムファルが云う。
――アサギが、「あっ、あのっ」と絞り出すような声を出しながら顔を上げた。皆の視線がそちらに向かう。




