【day2】(1)-[3]-(3)
「さっきルナールさんが仰った、誰か他の者の死体を見せて、でも市長は生きていて……っていう仮説ですけど……、ルナールさんは『その計画に大統領と幹事長が関わっていない筈は無い』と考えたから、『市長は本当に死んでいる』と思った訳ですよね。でも、その、実は市長本人ではない死体を見たのが、大統領と幹事長、当人だったらどうですか? そんな惨い死体であったなら、いくら側近でも直ぐには、市長本人じゃないと判断出来なかったかもしれないし……。それで、その死体を準備するのは、秘書が……やったとか。もしかしたら、実際に手を下したのは幕僚長だったりとか。幕僚長はあくまで市長の命令に忠実なのであって、大統領や党幹事長に対してはそうじゃないんでしょう?」
「――」
「それだったら、大統領と幹事長が『本気で』取り乱していたのも筋が通るんじゃないでしょうか。――市長自身が、その……『イエスマン』である大統領と幹事長に満足していたなら話は別ですけど……信頼がさほどでも無かったと云うなら、警戒も……してたかもしれませんし――」
「保身」のために「イエスマン」となる者は、同じく保身のために最終的には裏切りも辞さない。ルナールやフーコー、イムファル――年長者の方が余程それを知っている。
――そして、CFC市長本人は大統領や党幹事長と比べて「愚か」ではないと、彼らは評価していた。市長自身が大統領や幹事長に対し、「使える手駒」ではあるが「愚かなイエスマン」だと……サウザー幹部と同様の評価を下していたとすれば?
「もし、そうだったら、『自分を死んだことにする』計画へ、大統領と幹事長を参加させなかったかもしれませんよね。自分の云いなりになる駒を参加させない程の計略が裏にあるのかもしれないと思ったら――こちらとしては、やっぱり……迂闊に動かない方が良く、慎重になるべきなんでは…」
相変わらず自信が無さそうな声でアサギは云ったが、ルナールは目を見開き彼に近寄ると、握手するように手を取った。
「突飛な空想なんてとんでもないわ。アサギ君、それは……考えてて良いことだと思うわ」
「年長者が先に思いつかなかったのが恥ずかしいわね」
フーコーも頷き、少し悔しそうな口調で云った。タオは「ふふ」と小さく笑う。
「つまりだな。『今後の展望』で云えば、一番簡単な話ではあるんだよ、『市長が実は生きている』可能性を一応置いておくのは。しかし、置いとくのは良いが、消してしまうのは危険ってことだ。――もっと厳密に整理しとくと、市長が実は生きてても死んでても、それはどうでもいい、こっちは別に総大将の首を取ることなんか目的にしてなかったし、今もしてないんだからさ。飽くまでも死亡がこっちに伝えられたことが今の問題」
皆が「はい」と神妙に頷く。
「一番得体が知れなくて怖いのは大統領と幹事長が、本当にバカじゃなかった場合だ。――他の突っ込み所、誰か気付いてるか」
「……」
タオが再び視線を巡らす。今度はアサギも首を傾げていた。タオは「やれやれ」と云うふうに肩を竦めた。
「気付かないというより、忘れてるな、君達。イムファル、君の持っているその紙に書いてあること」
そう云ってタオはイムファルが手にした紙を指さした。イムファルが戸惑いの表情を浮かべて、書類に視線を落とす。
「『細切れの箇条書き』。深く考えたら、それは結構、恐ろしい内容だぞ?」
「お、恐ろしい?」
「……議論していくうちに、君達、大統領だか幹事長だかが云った、『こんな不可解な状況で』『あんな非人道的なことが』『常人に』出来る筈無い、という言葉……、『魔術士がやった』という言い分を、いつの間にか受け入れてしまっているだろう」
タオの言葉にフーコーが眉を寄せた。
「受け入れてなんかいないわ。濡れ衣だと思ってます」
「違う、そうじゃない。――『サウザー、あるいはサヴァナかフリュスがやった』という濡れ衣じゃなくて、『魔術士が』というニュアンスだ。向こうが『サウザー、サヴァナ、フリュス以外の魔術士かもしれませんね、すいません』と濡れ衣を認めたら、『魔術士』のニュアンスには納得するってんなら、やっぱり『受け入れてる』ことになる」
「え……申し訳ありません、私の解釈が間違っていたからでしょうか」
「魔術士を疑っているのかもしれない」という解釈を、最初に云ったのはイムファルだ。言葉通り申し訳なさそうに眉を下げて彼が云うと、タオは「いや」と手を振った。
「イムファル、君の『解釈』が間違ってたとは云わない。CFCから見て、サウザー、サヴァナ、フリュスを纏めると一言、『魔術士の同盟』だし、向こうがそう思っているだろうことを俺達も何となく認識してるよな。で、昨日の罵倒はダイレクトに、魔術士が何か悪魔めいた『魔術を使った』と云いたがってたようだし、今日の云い方はその『同盟』を指しているようにも聞こえて、加えて『現場の状況が魔術士によって作られた』かのような表現にはなっているから、サウザーの者である君が『そういうことを云いたがっているのじゃないか』と感じてしまっても、まあ、そこは不思議ではないんだ」
「……では、どういう意味でしょう…?」
「本当に、連中曰くの『常人』には不可能な状況であったのか? それが俺達には一切検証出来てないじゃないか」
「……」
「『不可解な状況』は、まあ良いだろう、取りあえず。だが、『あんな非人道的』ってどんなだ。常人は、どの一線を『魔術士以外には出来ないような非人道的所業』と判断するんだよ。『魔術士の領域』『常人の領域』とで、その一線は明確に引けるか? そんな世界的基準が、いつ決まった」
ふん、とタオが鼻を鳴らした。
「これは脱線と云えば脱線だが、俺がもしその通信を直接受けてて、その場でかちんと来てたら、『核ぶっ放す奴に〝人道〟云われたくねえよ』って吐き捨ててたかもしれんな」
それを聞いてイムファルが、「それは正論だと思いますが…」と呟くと、再びタオが口角を上げた。
「……だが、それは、暗殺が『サウザーの仕業である』ことを認める台詞に聞こえなくもないぞ?」
「――」
「それを向こうが『待ってました』って受け止めたらどうする」
「――では……実のところ、向こうとしても『本当にサウザーの仕業かどうか』はどうでも良く、ただの挑発という可能性もあると?」
イムファルは戸惑った声を出し、フーコーに目を向けた。視線を向けられたフーコーは「納得しかねる」というふうに首を捻る。
「それはどうかしら……。そうなると、あの、芝居とは思えない取り乱し方が納得出来ない…」
「さっきも云ったが、俺はその口調や声色等を判断材料に出来ないから、君らが『そう思えない』と云うなら、俺はその仮定を引っ込めるよ。ただ、引っ込める前に訊いておきたいが、フーコー――いや、イムファル」
一度はフーコーに声を掛けたが、タオはそれを撤回してイムファルに顔を向けた。
「昨日と今日、両方の通信を直接受けた――聞いてるのは君の方だな」
「は、はい」
「昨日は、サンハルが一緒だったんだよな? テリーインも居たのか」
「サンハル隊長と参謀長は、通信開始時にはレーダーの方へ集中していらしたので、全てをちゃんと聞いている訳ではないかもしれませんが…」
「そうなのか。まあ、それでも一応耳にしているなら、サンハルとテリーインが受けた印象とフーコーが受けた印象も比べたいところではあるが……、今は君一人に訊こう。イムファル、君は昨日と今日――大統領と幹事長の二人ともが、本気で取り乱していたと、自信を持って云えるか?」
「……」
タオの質問に、イムファルは眉を寄せて記憶を辿った。それから相変わらず戸惑った声色で、
「自信を持って……と云われますと……。胸を張って『絶対にそうでした』とは云い難いです、私は声だけを聞いたので、顔は見ておりませんし――表情や身振りは大根だが台詞だけは名優というのは本職の俳優にも居るでしょうし――しかし、あの動揺の仕方はポーズとは思われませず……」
「――そうか。そうなると、いよいよ『細切れの箇条書き』が怖いぞ」
タオはイムファルの自信なさげな言葉に落胆したり苛立ったりする様子が無かった。むしろ――先と同様、薄く笑う。
「タオさん、どういうこと? 何が云いたいの」
フーコーの方が少々苛立った様子も見せ、卓を指でトントンと叩きながら領主へ問う。
「片方は本気で取り乱して罵倒してきたが、片方はそうじゃなく芝居だった。片方が本気だったから芝居の方も真実味を帯びていたのかもしれない――と云いたい」
「だから、だとすれば何だって云うの」
「芝居で取り乱してた方は、市長殺害の真犯人なのかもしれない。――その可能性を、君達は潰せるか?」
「……!?」
幹部三人、若者二人に分かれて、タオ以外の全員が驚いた顔を見合わせた。
「な、何でそういうことになるの」
「だから、『細切れの箇条書き』さ」
フーコーが机に手を乗せて身を乗り出す。タオのあっさりした声を聞いて、イムファルが慌てて書類を見直す。自分がこの手で作成した書類をじっくりと見直して、イムファルは眉を寄せた。
「イムファル、どうだ? 向こうが提示してきたという状況証拠、その『細切れの箇条書き』は、本当に犯人が魔術士であると、示唆しているか? 君自身も初めに、『魔術士に対する勝手な思い込み』にしか思えないと、云っていたよな。君はその通信を聞いたとき、それは魔術士以外にだって出来なくはないんじゃないかと、思ったのと違うか?」
「……」
「今は、俺が考えついてることを君達にも考えついて欲しいから、少々悪意のある前提があってもいい。即ち――犯人が大統領か幹事長だったとして、その『箇条書き』は矛盾するか?」
「――い……いいえ…」
震える声をイムファルが絞り出す。
「む、むしろ――魔術士以外に不可能という論理は『誘導』に過ぎず……、犯人が大統領や幹事長でない証拠には、一切、なって――おりません」
そして、独り言のような声色で呟きながら、見つめていた書類を再び、くしゃりと握り締めた。唇を噛みしめて眉を寄せ――悔しそうな顔をしていた。
イムファルは全員に視線を巡らせて「申し訳ありません」と云った。
「やはり、先に云った私の見解が間違っていたのです。単に、向こうが『犯人が魔術士だと疑っている』という見解だけを云ったつもりではありましたが、それは同時に、暗に、そう云っている通信者――大統領と幹事長は犯人ではない、と考える方向へ誘導してしまった」
真摯に頭を下げてくるイムファルへ、ルナールが慌てて「貴方が謝るようなことではないじゃないの」と手を振り、しかしどういうことだろうと、フーコーやタオに戸惑いの目を向けた。
「つまりだな。本当に大統領と幹事長の両方が暗殺犯ではないのなら、『魔術士に対する勝手な思い込み』に過ぎない。が、どちらかが真犯人であったなら、それは、ただ芝居が上手いってだけじゃなく、こちらに、濡れ衣というより罪を着せる意図があるってことになる訳だ」
タオがそう云うと、アサギが怖ず怖ずと口を開く。
「それは、そういうことになるでしょうが――でも、どうして、どちらかが真犯人であるという可能性が考えられるんですか? その『状況証拠』から……」
「大統領か幹事長のどちらかが、『嘘』はついていないが『隠し事』はしている。その可能性を考えれば、どちらかが真犯人であっても矛盾しないんです。だから、こちらに伝えて来た細切れの状況を証拠として『魔術士が犯人に違いない』と云う論理、向こうの主張は本来、破綻しているんです」
イムファルが悔しそうに、掠れた声で、アサギだけでなく全体へ云った。
「我々は、実際に現場で何の検証も出来ていないんですから――隠されていることがあるなら、それに対して何の考察も出来ません」
「イムファル、君は既に俺が思いついたことに辿り着いているようだ。まだ目を白黒させてる皆に、自分自身の整理がてら、君が説明してやんなさい」
タオが「ふ」と笑ってそう云った。申し訳ないという気持ちや自分の浅はかな部分に対する悔しさが渦を巻いていたイムファルだったが、領主の穏やかな声を聞いて戸惑いの表情を浮かべ、次には自分に「落ち着け」と云い聞かせるように大きく息を吐いた。




