【day2】(1)-[2]-(2)
年長者全員の目線が自分たちの方へやってきたので、アサギは緊張した。
本来の職が法師だからと云って、いつも法衣を身につけている訳では無い。――硬い年寄りから「何故こんなだらしない若造が勤務時間の領主室に居るのだ」と思われそうな木賊色の甚平を身につけているリオンに対し――アサギはグレイのスラックスに開襟シャツという出で立ちだった、その童顔も相まって本当に学生のよう。「試験」という言葉が何ともしっくりくる。面接の順番が回ってきたかのように肩を強ばらせ、膝の上で握り拳を作るアサギであった。
「俺に用があるんだろ、随分辛抱強く待っててくれてるね。――退屈はしてないか?」
「センソー関係の話だったら、俺達に全く関係無いことじゃないし――、気ィ入れて聞いてたよ。だから退屈なんてしてない」
リオンが首を両側に傾けつつ、答えた。アサギも隣で頷く。
「では、君達。――聞いてて、何だか妙だとは思わなかったか?」
タオが若者二人に聞く。
――アサギがリオンに顔を向けたが、リオンが苦笑し「だから、こういうときに手を挙げなよ。あんたの方が先に思いついたんだぜ」と小さな声で云った。
アサギが「はあ…」と頷いて、「正解かどうかは分からないですけど…」と前置きをした。
タオは「はは」と笑って云った。
「答えはCFCに聞いてみなきゃ俺だって分かんないよ。俺は『なんか変だな』と思った。君も『なんか変だ』と思ったなら、それだけで今は一応正解さ。君はどう感じた?」
「あの……」
幹部達もじっと若者を注視して答えを待っている。アサギは一度唾を飲んでから口を開いた。
「CFCに何の計算も企みも――裏が無いというなら、〝無知〟さんと〝傍観〟さんが、『初耳』という反応をなさったのは、可笑しくないですか?」
「――」
「あ、あの、ムチさんとボウガンさん、それにイムファルさんを疑っているという意味では無いんです」
イムファルが怪訝そうに目を細めたので、慌ててアサギが手を振る。――タオはそれを聞いて頷いていた。
「ムチさんとボウガンさんが諜報活動の中で知ったことだって云うんなら、先に情報としてイムファルさんへ、密かに伝わって当たり前ですけど、そうじゃなくてCFCの幹部から先に直接の通信が来て、お二人が『初耳』っていうことは……」
「――」
「それって……外は兎も角、CFC国内でも広報をしていないってことですよね」
三人の幹部は目を見開き、顔を見合わせた。
「勿論……、暗殺が行われた…というか、死亡を確認したのが昨日――何時頃なのかは知りませんけど――で、まだ次の朝なんですから、広報のための準備が整っていないとかはあるかもしれませんが、その前に、サウザーに、夜通し通信をしてくる必然性って……ありますか?」
いや無い、という反語表現を用いた訳でも無く、アサギは「自分に思いつかないだけで、もしかしたらあるのかな」と云いたげな怖ず怖ずとした声で云った。
イムファルは慌てて書類に目を向け、もう一度その内容を確認した。
アサギの後をリオンが引き継ぐ。
「アサギからそれ聞いて、俺、思ったんだけど、そもそも、こっちに文句云う必要なんか無くねえ? 真相がどうあれ、その前に国内で即報したって良いんじゃないかなあ。魔術士の仕業かどうかなんか本当のトコどうでも良いだろ、『我らが市長が魔術士から殺された、一人残らず魔術士をやっつけろ』って世論に持ってく材料にする方が正解なんじゃないの? ――総力戦を開始するって宣言された訳じゃないんだよね?」
イムファルがリオンに狼狽の色も顕わな顔を向けて、こくりと頷いた。
「んじゃあ、やっぱ、ガセって考える方が自然じゃない? 『裏が無い』んなら広報してないのが――っつうか、広報の前にこっちに知らせるのが『おかしい』、だから『裏がある』ってのは、ロンリ的に変ッスか?」
タオが「試験」などと云ったからか、リオンが少しばかりおどけた声を出して年長者の誰にともなく問うた。――それに対してタオだけが「ふっ」と笑みを見せ、イムファルとフーコーは悩ましげな顔を見合わせた。
「いくら何でも、『即』は混乱を招く可能性があるから、向こうも準備が要るでしょうけど、でも、そうよね――どうしてサウザーに……。本当なら、それこそ広報準備や引継でそれどころじゃない筈じゃないの…?」
フーコーは腕を組んでムッツリと唇を引き結び、俯き加減になって何か考える顔になった。ルナールが彼女の二の腕にそっと触れて、
「アエラさん。……やっぱり、リオン君の云うとおり、何か『裏』があるんじゃないかしら? 外貨稼げるほどの芝居の才能があると、本人には自覚が無いだけかも」
「いえ、それは無いわよ、あれは……。――私だけなら頭に血が上って担がれてたかもしれないけど……」
フーコーがイムファルに顔を向ける。イムファルはフーコーにも頷いてみせた。しかし狼狽の表情は消えない。
「感情的な罵りに過ぎないのは、全くその通りだと思うのです……。しかし、アサギ君の云うとおり、国内の広報よりも前に此方へそれを通信する理由は、皆目見当がつきません。これもリオン君の云うとおり、実行犯が誰だろうが――停戦を訴える反政府派の粛正や厭戦の世論を払拭する材料として、余程に使える筈ですのに……」
「それについちゃ一つ、考えられる理由があるぞ?」
タオが何だか楽しげな声でイムファルに云った。
「CFC市長、アスール新民党首であるプルマン氏は、CFC国内に於いて相当の求心力、カリスマ性を持ち、崇敬の念を集めていた。そんな彼の死亡の広報は、総力戦支持の世論を高める効果よりも、士気を下げて停戦世論を高める危険性の方が高い――と判断したってのはどうだ?」
するとフーコーが大げさに、「ないないない」とタオに手を振ってみせた。
「仮に、万が一、百歩譲って、そうだとしても、よ。――そうね、もし、立場が逆なら」
「ふん?」
「サウザーが――本当は想像だってしたくないけど――タオさん、貴方をCFCの暗殺で失ったとなればね。士気は高まるのか下がるのか五分五分の賭け……、幹部は額を突っつき合わせて、どう広報すべきか相当迷うでしょうね。……いえ、士気を『高める』方だって『暴走』になってしまわないとも限らないから、広報そのものに慎重になると思うわ」
机に両手をついてタオにそう云うと、フーコーはイムファルとルナールにも目を向けた。二人も眉を寄せたりハの字にしたり、そんな顔をして大きく頷く――想像だってしたくないのは二人も同じなのだ――。
タオは「嬉しい話だね、面映ゆいが」と云った後、そのまま――薄笑いを浮かべていた。
「かと云って、それでCFCに『何すんじゃボケ』とは、いくら私でも云わないわよ。っていうか、云う前に、広報もする前に、飛んでいって刺し違えてやるわ」
「その時は君達、ちゃんとアエラを止めるんだよ」
タオが「くく」と喉を鳴らし、イムファルとルナールに向かってそんなことを云った。二人は苦笑を浮かべる。
フーコーの主張を聞いていたリオンが――アサギも聞いているけども――、「そうなんだよなあ」と溜息混じりに云った。
リオンは頭の後ろに両手をやり、足を組んで天井を眺めていた。――今、執務室に居る年長者は誰も「領主室で行儀が悪い」とは咎めなかった。恐らく、彼らよりもう少し年下、リオンらよりも少しだけ年上の者――チョウなど――の方が、そうした叱責を即座に投げることだろう。
「ガセじゃねえってんなら、考えりゃ考えるほど、凄く変だよなあ。マジで犯人が誰だろうがどうでもいい、総大将が死んだことを真っ先に敵に伝えるってどういうこと? 普通に考えれば、その通信者、単なる裏切り者かスパイじゃん」
「当然、〝スパイ〟の方ではないんですよね。それはムチさんやボウガンさんで、そのお二方の隊しか居ない?」
「そう……。直接こちらに通信をしてくるような『内通者』という意味のスパイは居ません…。現状ではムチやボウガンも、内部の職員として潜入しているのではないですし…、仮にそうであれば彼らからの情報が先になるはずで」
イムファルが戸惑いと狼狽の入り組んだ表情を見せて若人へ云った後、頭痛がする、というふうに額を軽く掴み、首を振った。
――随分と回り道をしてしまった、年長であり当事者である自分たちが先にそれを妙だと思わなかったことに、少々後ろめたくもなるが――、リオンの云ったことが正にその通りである。一言で云ってしまえることだったのだ。
戦時、「総大将」の急死を敵国に知らせる必然性がどこにある? 「犯人」どころか「死因」すら本来どうでもいい。サウザーによる暗殺だろうが事故死だろうが、病死だろうが――本来なら、死後の体勢が整うまで、影武者を立ててでも死亡を隠す筈の状況ではないのか。
ルナールが口元に手を当てて何か考える顔をし、イムファルに訊いた。
「イムファルさん――昨日と今日の通信は、誰が送ってきたんですか? 昨日と今日で同じ人物?」
「いえ、向こうが云っていることが本当なら夜通し送っていたということですから、途中で交代もしたんでしょう、それぞれで違いますが……」
「名乗らないまま? 誰か判っていないんですか?」
ルナールが目を見張って問うと、「いえいえ」とイムファルは手を振った。
「アスール新民党の幹事長〝ウーノ・パイガー〟と、ユニオン――UCFC側の大統領〝ワイト・ダッカーズ〟です」
それを聞いたルナールはぴくりと目を細め、再び思案げな顔をしてから首を傾げた。
[今回分から平日金曜日・祝日前日も、夜の2回投稿にしてみます。
この後、22時も投稿あります]




